お手紙RTAのプロットとか初稿とかメモ
・コラさんの乗船降船RTA
ハートクルーif
ポーラータングに乗ったのはいいけど旅先で可哀想な子供見る度に足抜けして解決に動いちゃうやつ
子連れ&小舟で半年航海できてるんだから解決したら自力で船に戻れるはず、戻れちゃうのでまたやる(ループ)
→海軍残留ifのほうがいいかも、センゴクさんが匿ってたけど目を覚ましたのでポーラータングに預ける感じで
ローのことは「ちゃんと大きくなったみたいだしもう俺がいなくても平気!愛してるぜ!元気でな!」ぐらいに思ってる
海賊やる気がないし自分が色々な意味でトラブルメーカーなので匿って欲しくないコラVS逃がす気0ブチギレロー
頻繁に脱走して出先で大立ち回りしては追いかけてきたハートの人たちを巻き込むコラ
傍から見ると愉快な絵面だが脱走を許すと行先でまた子供を庇って死んだりしかねないのでハートの人たちは必死
コラも真面目に脱走してるが「こいつらなんでこんな必死…?」感が強い
→これ3926でやると楽しいのでは?冷凍保存ルートで目を覚ますまでに四半世紀かかっちゃったパターン
年食ってちょっと丸くなったローとクソガキ扱いされてるコラ、「あんなに楽しそうなキャプテン久々だな〜」って見守るクルーたち
一気に情報開示するとパニック起こしそうなのでセンゴクが用意しておいた手紙でちょっとずつ現状を理解させる作戦
状況分かってないので今すぐセンゴクのところに行って謝りたい、そもそも海兵に復帰したいロシナンテ
全部終わった後でも天竜人の扱いは慎重を期するしクルーにして面倒見る気満々のロー
大体状況が分かったら最後は2人でセンゴクの墓参りに行ってエンディングかな…多分最後の手紙にセンゴクの墓の座標が書いてあるやつだなこれ
↑これが最初のプロット、これを元に話を膨らませます
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0.プロローグ
目が覚めたら知らない医療船で治療受けてる
ぶっきらぼうだけど優しい医者(見た目はパパファルガー)と愉快なクルーに囲まれて若干安堵しつつも大混乱なコラさん
1.手紙①
落ち着いたところでセンゴクからの手紙
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この船は海軍の船ではないが、名の有る医療船だ。お前を預けるに値すると判断した男がキャプテンを務めている、まずは安心して体を回復させなさい。落ち着いたらまた連絡する。
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あらゆる角度から手紙を確かめる。確かにセンゴクの字体、花押もある、暗号も織り込まれて内容に嘘はなさそう
今がいつで世の中がどうなってるのか聞いても「落ち着いたらね!キャプテンとセンゴクに釘刺されてんの」の一点張り
定期的に診察に来るドクターは圧がすごいがいいやつそう、親身になってくれるし…でもやっぱり「落ち着いたらな」の一点張り…マジで今何がどうなってんの…
2.RTA開始
多少動けるようになってきたところで敵襲
「絶対外出ないでね!」って言われたけど民間人に対応させる訳に行くか〜い!医療船襲うクズなら尚更!ってよろよろ抜け出すコラさん
外に出たら物凄い勢いで敵船が沈められてて目が点のコラさん
白衣の下はスミだらけのドクター、マストにでっかい海賊旗も見つけて色々察するコラさん、咄嗟に海へ飛び込んだら海中で待ってたペンシャチにとっ捕まえられるコラさん
「おっとォ、命を軽率に捨てるのはうちの船じゃ御法度だぜ?海兵さん」
「ゴホ、ゲホ!お前ら、あの旗っ……!」
「あ~、やっぱりバレたか。実はおれたち海賊なんだよね〜」
「あっでも医者なのは嘘じゃないよ!二足のわらじってやつ?」
「というわけで、暴れる患者には海賊式の拘束を受けてもらいま〜す」
「クソ、離せ!この……!」
「無理無理!あんた能力者なんだろ?海の中じゃおれ達には手も足も出ねぇよ、安静にしとけ」
「……なるほどな。確かに随分と厄介な患者だ。まあ安心しろ、あんたが治るまできちんと面倒は見てやるさ。何せセンゴクと取引しちまったからな」
自分が捕虜になったせいでセンゴクに迷惑かけてる、でもだるい身体で胸元を探っても患者着の中には当然緊急用のナイフも入ってない。舌噛もうにも濡れてうまく行かない。ペンシャチに移送されながら自分の大ドジに頭を抱えるコラさん
3.手紙②
自死一直線になっちゃったので各種拘束を受けた上で監視下に置かれるコラさん
ローからセンゴクの手紙を渡されて「あんた宛の手紙だが、あんたが死んだらおれ達で開けて良い事になってる。いいのか?」
「……海賊に手紙なんか送る訳ねェだろ。第一本物だとして、こんなに頻繁にやりとりなんかしてたらどう思われるか」
「だから死んだ方がいいってか?おれが許す訳ねェだろ。センゴクはそのあたりも考慮済だ、あんたへの手紙はまとめて預かってる」
「何通あるんだ?全部寄越せよ」
「そりゃ無理だな。渡すタイミングも決めてあるんだよ、面倒なことだが」
「……」(手紙引き抜く)
「おれたちは海賊だが、センゴクがあんたと手紙をまとめて預ける程度には信頼されてる。その辺の海賊ならわざわざ治療なんてしない。身ぐるみ剥いで手紙も捨ててるぜ。その手紙もどうせ仕掛けがあるんだろ?本物かどうか見分けは付いたかよ、海兵さん」
「……おれを人質にしても旨味なんかねェよ。おれは訳ありでな、交渉材料には使えねェ。万が一センゴクさんを丸め込んだとしても、悪さをする素振りを見せたらお前らなんか船ごと吹き飛ばされるぞ」
「知ってる。この船も随分年期が入ってるしな、あのジジイならやりかねない」
一瞬宙へ向けられた瞳は存外穏やかだった。表情こそ嫌そうではあったが、一瞬上げられた口の端はまるで懐かしい思い出を脳裏に描いているように穏やかだ。
「お前らの目的は何だ」
「保護と治療だよ。あんたが何者であっても今はうちの患者だ」
「……どこまで、何を聞いてる?」
「大したことは聞いてねェ。あのジジイの思い出話には何度か付き合わされてたが、その程度だな。あんたのことは───よく知らねェんだ」
海賊のくせに、海のクズのくせに、どうしてそんなに懐かしそうな、優しい顔でおれを見るんだ。お前らは一体何者なんだ。どうして海賊のくせにそんな、まともな医者みたいに振る舞うんだ。
僅かに苦笑して、"ドクター"はおれに手紙を差し出した。何度も見た暗号印だ、見間違えるはずが無い。初めてコートを羽織ったばかりの頃、お互い改まった顔を取り繕って受け取った時から、記憶に刻み込まれているのだ。いつだっておれを導いてくれた、強く正しい言葉がここにある。
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少しは回復して来たか。お前はすぐに無茶をするからな、くれぐれも安静を心掛けるように……と言っても聞かないだろうな。さて、私の優秀な部下ならもう気が付いただろうが、訳あってお前を海賊に預けている。経緯はまた説明するが、少なくともお前の治療についてはしっかりとこなすはずだ。長期の潜入捜査で疲れも溜まっているだろう、存分にこき使ってやるといい。ああ、"支払い"は既に終わっているので気にしないように。
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「……支払い、か」
溜息と共に腕を下ろす。またセンゴクさんに迷惑を掛けてしまったが、確かに今すぐに死ぬ必要は無さそうだ───経緯はまだ分からないが。
おれを預ける意味合いはさておき、あのセンゴクさんが軍医ではなく海賊くずれを頼る理由がまるで思いつかない。長期の潜入捜査を始める時点で海兵としての正式な登録は抹消されているはずだ。確かに単純に考えれば軍医に預ける訳にはいかないだろうが、だとしたら何故放置しなかったんだ?死に掛けているドンキホーテ海賊団の幹部を捕虜にする訳でも無く、しかし捨て置きもせず、海賊と交渉してまで治療し、なのに意識が戻っても"安静"の指示のみ。
分からないことが多すぎる。おれがドフィに撃たれた後、一体何がどうなったんだ?
4.RTA②
宝箱に入れた子供のその後が気になるが、身元が身元なので迂闊に聞けない
クーから新聞を買おうとして死ぬほど怒られるロシナンテ(新聞買うと今の世界情勢がバレるのでクルー総出で止めてる)
安静にしろって言われてるのに全然聞かないロシナンテ
すぐベッド抜け出してはペンシャチに捕まる毎日
ローにめたくそ怒られてむくれるロシナンテ、両足取られてハワ…ってなるロシナンテ(能力名の開示すると身元がバレるので細かい説明はしない)
「このクソガキ!大人しくしてろと何回言わすんだ!!」
「ガキぃ!?!?おれもう26だぜドクター、センゴクさんから聞いてないのか!?」
「知ってるわそんなこと!治してやろうってのに逃げ出すやつなんかクソガキで十分だ、あんただって……… いや、とにかく寝ろ。これ以上バラバラにされたくねェならな!」
仕方ないのでどうにかドクターやクルーから情報得ようとするロシナンテ
「おれが回収された時ってお前ら一緒にいたのか?」
「いや、おれ達があんたを預かった時のはもっと後だ、色々処置済みだった」
「……回収された時のこと、何か聞いてないか」
「さあな。知ってたとしても口止めされてるぜ」
「センゴクさんにこっちから手紙は出せないのか?」
「出しても返事は返って来ねェだろうな。仮に届いたとして、海賊船からの手紙を受け取れると思うか?あんたが一番よく知ってるだろう、海兵さん」
「そう……だよな」(てことはこっちの動向も向こうには見えないのか…)
「何か気になることでもあるのか」
「おれの他に預かってるやつはいないのか」
「いねェな」
「……あんた、センゴクさんに認められるぐらい腕が良いんだよな。その……変わった病気の子供の治療とか、頼まれなかったか?」
「! ……さあな。それ聞いてどうするんだ?」
「……病気の子供を保護してたんだ。信頼できる医者を探してて……なあ、今はいつなんだ?おれが目を覚ますまでどれくらいかかったんだ……?」
「………………子供は…助かったよ。おれから言えるのはそれだけだ」
「本当か!?あんたが治してくれたのか!?」
「…まあ…そうだな」
「よかった!まともな医者、いたんだな…!ありがとう!よし、俺は適当なとこで降ろしてくれ」
「は?????」
「言っただろ?訳有りなんだ、乗せとくと面倒に巻き込んじまう。あんた良い医者なんだから迷惑かけたくねェし……怖!ドクター顔怖!!!そうだよな海賊だもんな!迫力凄ェな、ひょっとして賞金とか掛かってないよな?」
「掛かってたぜ、何十億も」
「えっ!?」
「今のあんたなんか秒でぶちのめせんだよ。命が惜しけりゃ大人しく寝てろ!!!」
ひょっとしてマジでやばい船に乗せられたのでは…って今更なるロシナンテ
センゴクさん、この先生と一体どういう知り合いなんですか???
5.RTA③手紙③
サクッとミニボートをかっぱらって脱走するロシナンテ
小舟での単独行動は得意だぜ!カームがあるから隠密行動もお手の物!
気がついたらロシナンテとミニボートが消えてて真っ青のクルーたち
いつの間に!?っていうかまさか1人で逃げた!?そんな馬鹿な、流石にこの海のど真ん中で……と思うがキャプテンも真っ青なのでガチかコレ……ってなる
「船の中探してるんですけど見つからなくて。能力者だし流石に海には出てないと思うんですが……」
「いや、海を探せ!あの人は単独で長期間航海できる、ボートが無くなってるなら海に出た可能性が高い!」
「嘘でしょキャプテン、あの人能力者なのに!?」
「能力者だけどだ!おい、最後に見たやつは誰だ!朝の回診は3時間前だ、それ以降に見たやついるか!?」
「おれ見ました、朝番と交代する時なんで多分1時間ぐらい前にハッチ近くで煙草吸ってて」
「その時甲板に誰かいたか?いたやつ手を挙げろ!……ならその後にボートで逃げた可能性が高い。1時間あれば相当離れてる可能性がある、手分けして探すぞ。ペンギン、5分で全員集めろ!ベポは針路を絞れ、シャチはジャンバール連れて先に甲板出ろ、まずは目視できる範囲を探せ!」
「「「アイアイ!」」」
「しっかし、ここどこなんだろうなァ……」
見渡す限りの青の中、ロシナンテは独り言ちる。潮の流れはあるからとにかく進んではいるが、黄色い船が見えなくなると途端に視界が単調になった。青い空、青い海。島の手掛かりになりそうな物も無い。海図の1つも見られれば違っただろうが、流石にそこまでは手が回らなかった。まあ船を離れることが第一目標だったので仕方ない───ということにしよう。
「すっかり体が鈍ってんなァ~。随分寝てたみたいだからまた鍛え直さねェと。……ハハ」
言ってから自分で少しおかしくなってしまった。右も左も分からず装備も持たずに海に漕ぎ出した時点で、おれに待ってるのは良くて餓死。順当に行けば溺死。いくら単独航海に慣れているとはいえ───いや、慣れているからこそ分かっている。これは自殺行為だ。鍛え直す意味も時間も無いだろう。
だけど仕方ない。軍に戻っても良くてインペルダウン行き、そうでなくてもドフィに命を狙われるのが確実な身の上だ。ローを治してくれたドクターには迷惑掛けられない。センゴクさんがどこまで掴んでいるか分からないが、治った後で迎えに来る予定ならセンゴクさんにも咎が及ぶ可能性が高い。いくら海軍を離れるつもりだったとしても、恩人達に砂を掛けたい訳では無いのだ。
ごろりと船に寝転ぶと、視界に一面の青空が広がった。考えてみれば、何かに焦ることも無く行動するのなんていつ振りだろう。ローと旅をしている間は常に焦燥感があったし、ドフィの元に潜入してからは毎日が緊張と失意に埋もれていた。その前も様々な組織の調査で似たようなもんだったし、諜報員になる前は───
ぐらり。
ぼんやりと雲を探していたら、急に船が傾いだ。飛び起きると、船のすぐ横で海の中から何かが上がって来るのが見える。海獣か!?まずい、装備も無いから今は迎撃が、
ザバァ!
「いたぞ!脱走した患者だ!!」
「集合集合!シャチ、キャプテンに連絡入れろ!」
「ほんとに海にいたよこの人信じらんねェ!」
突然わらわらと船の周りに見覚えのあるツナギが湧いて、おれは自分の失敗を悟った。船出て数時間は経ってるぞ、こいつらここまで泳いできたのか?どんなスペックだよ!
「ほら帰りますよ!ベポ、ロープ出せ!船引っ張ってくから」
「ま……待て!お前らドクターんとこのクルーだよな!?聞いてないかもしれねェがおれは訳有りでな、降ろさねぇと面倒に巻き込まれるぞ!」
「面倒?それってセンゴクとの約束破るより大変なの?」
「えっ。えーとそれは……」
「はい、脱走患者1名様ご案内~。しっかりキャプテンに説教されてくれ」
💌
連れ戻されてキャプテンにアホ程怒られるコラさん
心臓取られてキャプテン預かりに、流石にヒョエ……ってなるコラさん
すっごい嫌そうな顔で新しい手紙渡すキャプテン
「……脱走したら渡せと言われている……」
「えっ、『渡すタイミング決めてる』ってそういう感じなのか!?なんでもやってみるもんだな」
「脱走を認めた訳じゃ無いからな!次にやったら完治まで足没収するぞ!!」
「お前らのために言ってるんだって~、本当に色々マズいんだよ」
「ったく……馬鹿馬鹿しい話だが、おれもこの海じゃ名を知られてる。あんた目当てだとしても襲ってくるような馬鹿はそうそういねェよ」
「ええ?おれドクターのジョリーロジャー見たこと無いぜ、有名どころのは一通り覚えてるからノースブルーじゃ……いや待て、ここノースブルーじゃないのか?おれどこまで連れて来られてんだ!?」
「……チッ。あんたが知る必要は無い。とにかく安静にしろ、おれの船で勝手は許さねェからな!!」
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この手紙は開ける機会がないことを祈るが、お前のことだから早い段階で読むだろうな。無事に捕まったようで何よりだ。
お前の上官として次の2つの事実を伝えておく。「脱走するな」と言っても聞かないだろうが、今後はこれを踏まえた上でよく考えて行動しなさい。
1.お前の主治医は間違いなくお前を治そうとしている。少なくともお前が1人で暮らしていけるようになるまでは、お前に害を与えることはない───そのように協定を結んでいる。
2.信じがたいとは思うが、今のお前にとって最も安全な場所はその海賊船だ。お前の面倒を見ている海賊にとっても、私にとっても、そこに居てくれるのが一番安心だと言える。
お前は昔から医者に怒られてばかりだったな。良い機会だ、たまには傷が跡も残らず癒えるまで大人しくしてみるといいだろう。
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「……痛いとこ突くなァ」
確かに、ドジのせいで昔から生傷を作っては軍医に叱られていたっけ。海軍のハードワークと無鉄砲な性質の合わせ技で、おれの体はすっかり傷跡だらけだった。
海賊船よりも外の海が危険に満ちているなんてにわかには信じがたいが、センゴクさんが言うならこの2つは事実なのだろう。問題はなぜそうなったかだ。単純に考えればおれのやったことが───オペオペの実を盗んで民間人に食わせたのがバレて、ドフィと海軍から追われているからだろう。だが、そうだとするならセンゴクさんがおれを庇う理由が無い。おれが目を掛けて貰っているとは言え、こんなところで公私を混同する人では無いはずだ。
それに、いくら複数の勢力に追われているからと言って、なぜ海賊船が一番安全なんてことになるんだ?ここがノースブルーでないならドフィの目も流石に届かないだろうし、世界政府に加盟していないような国に降ろせば海軍からも身を隠せるだろう。
「やっぱり情報が足りねェな~」
今はとにかく情報が欲しい。脱走もできないなら、残された手段はセンゴクさんからの手紙だけだ。ドクターの口振りからして手紙には条件が設定されているはずだから、色々試して手紙を回収にかかるのが早いだろうか。
ロシナンテは立ち上がり部屋のドアを開けた。まずは自分が既にやったことを整理しよう。紙とペンを用意して貰わねば。
「おーい、誰かいるか?ちょっと頼みたいんだが」
「あっあんたまたこんな時間まで起きてる!もう消灯時間すぎてんだから寝ろってばァ~!」
6.RTA④
窓の外は真っ暗だが、部屋に備え付けられた時計は午前5時を指している。自分の体内時計とも一致しているので、意図的に時間がずらされているようなことも無いだろう。水差しを片手に自分へ"凪"を掛け、するりと部屋の外へ出た。
船内は狭く入り組んでいるが、この数日で構造は把握できた。潜水中は外部からの侵入が皆無なので見張りが手薄になるし、朝の見回りまではまだ時間がある。少し遠回りだがギャレーの前を通ればアリバイ作りもできるだろう。少し大げさにふらつき、時折あくびをしながらハッチ下の通路を通ると、僅かな照明が鉄製のはしごに反射している。遠くからキャプテンと夜番の会話が微かに反響している───どうやら見つかってはいないようだ。階下へ影を作らないように慎重に足を進め、やっと目的の部屋に辿り着いた。
ドアに張り付いて聞き耳を立てる。部屋の中には気配が1つだけ、物音もしない。外の音が漏れてこないよう防音壁を展開して、ほんの少しだけドアを開けた。……反応無し。中を覗く。期待した通り、部屋はもぬけの殻だった。
手紙が貰えないのなら、こっそり取りに行くのが一番手っ取り早い。何を隠そう潜入調査が専門なのだ。こうした活動もお手の物って訳で───まあ病み上がりなので多少すっ転んだりはしたが、音は出ないので問題ない。失敗したとしてもドクターはおれに害を与えないらしいのでまあ死にはしないだろうしな。
海賊船において重要書類の保管先なんて限られる。この海賊団は妙に統率が取れているが、その分アタリも付けやすい。重要な物は重要な人物が管理する、しかもスペースの限られた船内で、となれば真っ先に狙うのはそう、船長室だ。
手紙のありかを探してたらロー(子供の姿)の写真とか昔被ってた帽子とか出てくる
もしかして……親!?!?生き残ってたのか!!!
感動しつつ手紙を探すが見つからない、引き当てたと思ったら引き出し開けたら振動タイプの電電虫の受話器が外れるよう仕掛けてあってアウト
ローに死ぬ程怒られるけど「ドクターってもしかしてローの親父さんか!?それなら納得だ、助かってたんだな良かった!親父さんは名医だったってローから聞いてるよ、考えてみりゃローがでかくなったらこんな感じかなって……えっドクターどうした!?おい泣くなよ、違ったのか?あ、親戚とか?」
7.RTA⑤/手紙④
宣言通り両足取られたけどめげないロシナンテ
船が寄港中に窓から身を乗り出して号外撒きに来てるクーの新聞を指銃でくすねて入手(窓の上空に来たところで鞄に穴開けた、狙撃はそこそ得意だぜ!腕落ちて無くて良かった~何回かスカったけど……)
ドレスローザの王が代替わりしたってニュース、前回の代替わり(DR編の内容)に触れられててドフラミンゴが逮捕されてることが発覚、ついでに逮捕から10年以上経ってる事も発覚
10年以上!?!?待て、何がどうなってる!?オカルト記事でも書く新聞社なのか!?
船に戻って回診しに来たローを問い詰めるロシナンテ、ここで13年前の話はネタばらし
・ドレスローザは再興済
・ドフラミンゴは逮捕されてる
・トラファルガーローが一役買った
・ロシナンテの働きで上記3つが成されたんだよ~
当然呆然のロシナンテ、センゴクからの手紙入手
「
・お前のやりたかったことはお前の助けた子供が成した、胸を張りなさい
・今のお前はもうお尋ね者ではない、ただし出自についてはバレると色々マズいのでそこだけは伏せておくように
なのでお前を秘密裏に助けるために海賊と協定を結んだのではない、誤解するなよ
・今後自分が何をしたいかゆっくり考えろ
」
……ええ~……なら、センゴクさんに会いてぇな~……
8.RTA⑤/手紙④
諸々を鑑みて完治を大人しく待つことにしたロシナンテ
しおらしくしてるのでローも両足を返却……したそばからローの部屋に忍び込むロシナンテ
部屋の隅からロシナンテに関する資料が出てくる
???……あ、カルテ……じゃないな???治療に必要とか??????……ってなりながら漁ってたらセンゴクさんからの手紙が混ざってた、花押も暗号もない、でもこの字と文体は間違いなくセンゴクさんの……
「
・これはあくまでセンゴク個人としての手紙だよ
・ロシナンテについての思い出話
・お前もちゃんと思い出話を共有するように、あくまで個人間のやりとりなのだから立場は対等だ
・xxx年、toトラファルガー・ロー
」
……25年経ってる。
ローってあのロー?センゴクさんと個人的なやりとりを?
っていうか、この手紙がここにあるってことは、
ここで完全にネタばらし
ドクターの正体は大人になったロー
25年経って世界は激変した、海軍はもう解体されて存在しない、後釜の組織はあるけど脱走兵の犯罪者登録は抹消されてる
だからあんたが追っていたものも、追われていたものも、もう何もない。
「………そうか」
「センゴクの所には連れてってやる、最後の手紙はそこで渡すよ。」
9.RTA⑥/手紙⑤
到着したのはセンゴクの墓
お手紙⑤、ロシナンテにだけ分かる暗号解くと⑥
⑥は次に回すか
10.エピローグ①
今のあんたはもう個人のロシナンテだ、海軍も兄も世界もあんたを縛る物は無い
……ところで、25年前に───いやあんたにとってはついこの間か。おれと約束したこと、覚えてるか?あの時もあんたは今と同じだった。海軍も兄も世界も放り投げて、ただのロシナンテとして約束したことを。
待ち合わせがあるんだろ?隣町まで送ってってやるよ。
その後は世界を見て回って今の世に追いつくと良い。あんた、自分が何をしたのかまるで知らないだろ。
……ああ、丁度いいことにおれは船を持っててな。少し年を食ったがまだまだ現役だ、世界のどこにでも行けるのはとっくに証明済だぜ
ノースブルーまではそう長くかからない、観光する場所も少ない島だ。……そんなもんじゃつまんねぇって、寝ぼすけのドジっ子が世界を見て回りたいって言うなら、ついでにうちに乗せてやるぐらいは考えてやってもいいだろう。
11.エピローグ②
「キャプテ~ン!大変だ、またロシナンテがいねェ!」
「あのクソガキ、またか!!船は!?」
「こないだ麦わらんとこから貰った小舟に乗ってったみたいだ」
「よし、掛かったな!あれにはビーコンが付いてる、反応追えば」
「それなんですけど、ロシナンテさんが……壊したみたいで……」
「はァ!?」
「そのォ~、書き置きがあってェ。これなんですけど」
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【退団届け】
ハートの海賊団様へ
長らくお世話になりました。私ドンキホーテ・ロシナンテはこの手紙が発見された時点をもって客員としての立場を辞し、一般人として生きていくことにいたします。
こうして退団届を書くのももう10回……11回?あれ?もっとだっけか?まあいいや、とにかくこの届けが最後の1通になることを願っています。
ロー、世話になったな!おれのこと覚えててくれると嬉しいぜ!
ドンキホーテ・ロシナンテ
追伸
こないだ上陸した島で聞いたんだが、この近くの島で悪さをしてる海賊崩れがいるらしい。女子供も被害に遭ってるんだと、絶対許せねェよな!お前らはそういうこと絶対すんじゃねェぞ、もし悪い噂なんか聞いたら船長室に忍び込んでローの恥ずかしい秘密とか漁ってやるから覚悟しろ。
あと、なんかちっさい機械?が小舟にくっついてたんだけどドジって壊しちまった……。すまん。
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「何回言ったら分かるんだ、客員は正式クルーじゃねェから退団とか無いんだよ……!!」
ぐしゃ。ローは読み終わった書き置きを速攻で握りつぶした。
クルーたちは呆れた顔が半分、にやけ顔が半分だ。また始まったよ、キャプテンとロシナンテの鬼ごっこ。どうせすぐとっ捕まるのにあの坊主も懲りねぇなァ。次は何分割にされるか賭けようぜ。いや、どこの壁に接着されるか賭ける方が面白いんじゃないか?
盛り上がり始めたクルーたちの端で、ペンギンがいかにも『堪えきれずに』といった雰囲気で噴き出した。隣で半目になっているシャチが背中を小突く。
「ペンギン何笑ってんだよ、おれらまたあの坊主捜しに行かないとだぜ」
「いや、キャプテン楽しそうだなァって」
「まあ……そうだな。良かったよ本当。センゴクの読み通りとは言え、坊主が真っ直ぐ海に飛び込んだ時はどうなるかと思った」
「ま、丸く収まったから結果オーライだろ。キャプテンもロシナンテも、もう少し大人しくしててくれりゃ言うことないんだけどな~」
「無理だろ」
「まあ無理だよなァ」
「最後に見たのは誰だ!……半日前!?ならもう島に到着してる可能性が高いな、ベポ海図持って来い!ペンギンは戦闘の準備任せる!シャチ、食堂の壁の掃除しておけ!」
「アイアー……壁?」
「一番奥の壁だ!あそこに貼り付けてやる、額縁も用意しとけ!あのガキ今度こそ反省してもらうからな……!!」
我らがキャプテンは愛刀を折らんとばかりの勢いで握り締め、海の向こうを睨み付ける。素直すぎる感情表現はまるでクソガキだった頃のようだ。
クルーたちの輪の中から悲鳴がいくつか上がった。恐らく食堂以外の壁に掛け金を払ったばかりのクルーたちだろう。怨嗟の渦の中にあるにも関わらず何故だかここ数年で一番の平和を感じて───ペンギンとシャチは顔を見合わせて思い切り笑った。あーあ、クソガキ2人がのびのび暴れてら。
💌
後半で
・船長室から手紙を一気に回収
・手紙に書いてあった振りしてクルーからまだ入手してない段階の情報を引き出す
はやる予定です
コラさんのちょっと出来るとこ見てみたい
センゴク+ローが先回りして色々手を打ってるので知恵比べはコラさんが不利ですね
まあ情報を秘匿するのが目的ではないので良い感じに……ショックを受けない程度にちょっとずつ……ってしたい親孫心
ドクターがちゃんとしたドクターなのを知ってからならローに対するショックもそこまでじゃないかなって
30億のヤバ海賊じゃ無いなら海賊なの自体はそこまでじゃないかなって……
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第一稿
プロローグ 彼岸より愛を込めて
もうこの命は長くない。自分が一番よく分かっている。
お前が1人で生きていけるようになるまで付いててやりたかったが、どうも難しそうだな。すまない。
どんな形でも良い、お前の人生が幸福なものであることを祈っている。
もうお前を縛るものは何も無い。やりたいことを見つけて海に漕ぎ出すのも、誰もお前を知らない島で穏やかに暮らすのも、それ以外の何だってお前の自由だ。
……ああ、もし1つだけ願っていいなら、おれのことを時々思い出してくれると嬉しい。
色々なことがあったが、2人で笑っていた時もあっただろう?その時のことを思い出してくれたら、あの世で大喜びするよ。
1.目を開けても白ばかり
ふと目が覚めた。
目の前には白が広がっている。霞んで見えない目で、回らない頭で、なんとか意識をたぐり寄せた。───天国か?いや、天国になんて行ける訳が無い───ああ、雪か。ノースブルーの雪は水気を含んで重く、羽根のコートも放っておくとすぐに萎れてしまう。この辺りの空はいつも灰色だった。
耳鳴りがする。何かが振動するような音。微かに揺れる地面。……砲撃だろうか。子供は、ローは、逃げられただろうか。
ぱち、と瞼が上下に動く。手探りで泳いでいた思考の中に子供の姿を見付けて、急激に脳が動き始める。そうだ、ロー!気絶しちまってたのか、じゃあ"凪"も切れたのか?逃がさないと、あの恐ろしい兄の手から、この籠の中から、逃がさないと!
慌てて起き上がろうとして、腕が何かに引っかかった。引っ剥がそうとしたが何でか腕に力が入らない。血を流しすぎた。雪で冷えたせいもあるのだろう、もう寒さも感じないが。
「暴れるな」
肘の少し下の辺りを何かが抑えた。……手だ。暖かい。誰だ?
目を強く閉じる。もう一度開ける。少し曇りのマシになった視界に、見知らぬ男が見えた。髭に眼鏡、白衣に白手袋、真っ黒なクマを貼り付けた目元が不健康そうだ。……医者?いや、研究者か?眉間に刻まれた皺がいかにも気難しそうな雰囲気を漂わせている。多分おれより年上だろう、30代……いや40代ぐらいか。
目を擦ろうとして、腕が動かないのを思い出した。───拘束されてる?
男から目線をずらすと、真っ白な天井と壁、無骨な機器の山と、そこから伸びる管が見えた。管の先を辿ると自分の腕に繋がっている。病院?いや、研究施設の可能性も捨て切れない。医者にしては目の前の男はなんだか怪しい、海兵としての経験がそう告げている。
「やっと目が覚めたな。……ああ、まだ動くなって。あんた随分寝てたんだ、まともに動くにはまずリハビリが必要になる。大人しくしてろ」
ここはどこだ、と言おうとしたが、空気を吸い込むと喉が引きつれた。咳き込もうにも肺が大きく広がらず、小さな咳をひたすら繰り返す。どうやら本当に筋肉が落ちているらしい。少し落ち着いてきたところで口元に何かが当てられた。ぬるい液体が流れ込む。
「水だ、少しずつで良いから飲め。───その調子だ」
「ゲホ、っあり、がとう……ここ、どこだ」
「病院だ。おれは医者だ、気を楽にしろ」
「びょういん?……なんで」
「あんたはミニオン島で瀕死のところを保護された。センゴクがここにあんたを預けたんだよ。俺はあんたの主治医だ」
「センゴク、さん」
「あんた宛てに手紙を預かってる。まずは起き上がれるようになるまで大人しく治療を受けろ。読めるようになったら渡してやるよ」
自称医者はそう言うと立ち上がった。部屋のドアを開け、外に向かって何やら話している。程なくして同じ白衣を着た男が2人部屋へ入って来た。動物を模した可愛らしい帽子が目を引く。さっきの不健康そうな男と同じぐらいの年だろうに随分ファンシーな見た目だが、こいつらも医者なのだろうか?
「おおー、マジで起きてる!おれ感動しちゃった。おはよー、気分はどうだ?おれはシャチ、こっちはペンギンな。あんたの身の回りの世話を担当するぜ」
「声がまともに出るようになるまではおれかシャチが部屋にいる。枕元に呼び鈴置いとくから、何かあったら遠慮無く呼んでくれ。起きてられそうなら体の調子を聞きたいんだが、もう少し寝ておくか?」
矢継ぎ早に話しかけられて、話の内容を処理しきれない。「えっと……」と煮え切らない答えを返すのが精一杯だ。おれをじっくりと眺めてから、2人は顔を見合わせた。何やらアイコンタクトが交わされている。
「まだ眠そうだな、しばらく寝てな」
「明かりが眩しいとかあるか?寒くない?あ、声出すの厳しいならまばたきで教えてくれりゃいい。困ってないなら3回まばたきしてくれ」
寒くはない。眩しいのも気になる程ではない。長く海兵として過ごす中で過酷な環境には嫌でも慣れている。ひとまず3回まばたきしてみせると、2人は僅かに笑って離れていった。
部屋を見渡すと、確かに言われた通り病院を連想させる造りだ。センゴクさんの名前が出たと言うことは、彼らは軍医なのだろうか。そういえば振動とは別にゆっくりと体が揺れているのを感じる。馴染み深い、波による揺れ。……どこかの軍艦に収容されたのだろうか。
……考えているうちに段々眠くなってきた。体が重い。……ひとまず安全な場所ではあるようだ。どうせ動けないし、体力を回復させるのを……優先しても……駄目だ、眠い。
2.1通目の手紙
「なあシャチさん、ここどこなんだ?おれが目ェ覚ますまで……むぐっ」
「はいはい、だからそういうのは一人で体起こせるようになってからだってば。なーんも出来ない患者にはおれらもなーんも言えませ~ん」
スプーンで口に突っ込まれた粥はほとんど液体だった。薄く味は付いてても3食これだと流石に飽きる。ドジのせいで入院も療養も慣れたものだが、なにせ体は丈夫なのでいつも数日で軍務に戻っていた。こんなにしっかり療養する羽目になるなんてもしかしたら初めてかもしれない。
初めは怪しいと思っていた医者と世話係だが、その雰囲気に反してきっちり面倒を見てくれるので拍子抜けした。点滴されてる薬について質問すればきちんと回答が返ってくるし、毎日の診察も丁寧だ。センゴクさんが預け先に選ぶだけはある───彼らの言葉を信じるなら、だが。
実際おれの体は随分弱っているみたいだった。体を起こすのも一苦労で、無理に力を入れたせいで点滴の管を何本か抜いちまってからは起きようとする度に世話係がすっ飛んでくる始末だ。飯すらまともに食えないようでは流石に不安が募る。筋肉も随分落ちたみたいだし、おれどれくらい寝てたんだ?2-3日じゃ効かない気がするんだが……。
「お、飲めた?あとちょっとだから全部食べような~」
「ここ船の中だよな、なんかずっと振動してるから分かりづれェけど絶対波の揺れだよなこれ。海軍の、むぐ」
「だからァ、余計なこと考えんなよ。おれらはあんたを治すために世話してんの。東の海じゃ"病は気から"って言うらしいぜ?心配ばっかしてちゃ治るもんも治んねェよ!なあペンギン」
「そうだな。年上の言うことは聞いておくもんだぜ、坊主」
「坊主はやめろって!そりゃあんたらよりは年下かもしれねェが」
「言うこと聞かない患者なんかクソガキで十分だろ」
「はァ!?」
ドアの方から聞こえた声に振り返ると、丁度ドクターが部屋に入ってくるところだった。この人、今おれのことクソガキって言ったか!?
「勘弁しろよドクター、おれもうガキって年じゃねェぞ!?」
「大人扱いして欲しいんだったら相応の振る舞いをしろ。傷の様子見るぞ、ペンギン上脱がせろ」
「アイアーイ」
ぐっと言葉に詰まった隙に、慣れた手つきで患者着が剥がれた。胸元には弾痕がいくつかあり、しかしそのいずれも塞がってきている。ドフィに撃たれた傷は致命傷だったはずだが、あの状況からよく助かったもんだ。怪しい医者だが腕は確かなんだろう。
「口を開けろ。……声出せ。アー。……よし。自己紹介してみろ」
「自己紹介?」
「脳味噌の確認だ。名前ぐらい言えるだろ」
言われて初めて気が付いた。おれ、まだ自己紹介もしてねェや。……ここに預けられた経緯が分からない以上、何でもかんでも話すのは得策じゃ無いだろう。少し迷って口を開く。
「おれはロシナンテだ。今年で27になる。……今はこれしか言えねェ、悪いな。訳ありなんだ」
「フン。構わねェよ、治療には関係が無いからな。……まあ、多少の事情はセンゴクから聞いてる。ついでに言うとお前に話す内容についてはセンゴクから制限を掛けられててな、お互い詮索はナシにした方が面倒が無いだろう」
「制限?」
「あんたがパニック起こさないように少しずつ情報開示するんだとよ。言っただろ、手紙を預かってるって───ほら、これだ」
顔の前に突き出された封筒には、確かにセンゴクさんの花押が書かれていた。慌てて受け取ろうとするとスッと引っ込められる。なんだ、からかってんのか?このおっさん。
「慌てるなよ、読めるようになったら渡すって言っただろうが。手紙開けられんのか?飯もシャチに食わされてただろ」
「自分で食えるっての!こないだちょっとこぼしたからシャチさんに止められてんだよ」
「『ちょっと』!?粥ほとんど残ってなかっただろ!?パンツまでまるっと着替える羽目になってたし!」
「それは悪かったってェ!とにかく、手紙ぐらいは読めるから!渡してくれよ、何も分かんねェのいい加減不安なんだ。さっきシャチさんが言ってたぜ、"病は気から"なんだろ?」
半目でおれを見ていたドクターは、一つため息をついて手紙を差し出した。重い腕を何とか上げて手紙を受け取る。
「ありがとなドクター!診察は終わりか?悪いが、読むとこあんま見られたくなくてよ」
「用は終わった、俺はもう戻る。シャチは残すぞ。あと粥は食ってからにしろ」
「分かった分かった。心配症だなァ、ドクターは」
「あんたがドジだからだよ。手紙開けようとして破んじゃねェぞ」
「するかよ!……多分」
✉️
粥を食べ終わると、シャチさんはベッドから一番遠い壁に椅子を持って行き、そこでうたた寝を始めた。気を遣ってもらえて助かるぜ。
ベッドの隅に避けていた手紙をあらゆる角度から確かめる。封筒は海軍のものではないが、センゴクさんが私用で手紙を出す時によく使っていたものと似ていた。表にある"ロシナンテへ"の文字を確かめる。これもよく使っていたイーストブルー特有の筆記具のものに見える。字体にも違和感はない。花押も見慣れた物だ。動きの悪い指に苦戦しながらそっと手紙を開く。シーリングワックスとスタンプは諜報部でよく使われていた機密文書用の物が使われていた。封の仕掛けを確認しても開けられた形跡はない。封筒を解体し、合わせ目に薄く刻まれた暗号を確かめる。"私信、センゴクより個人宛、軍務に関する内容無し"───どうやら本当にセンゴクさんが書いた物のようだ。中に収められた紙をそっと取り出すと、懐かしい文字がそこにあった。
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ロシナンテへ
目が覚めたようだな。酷い怪我だったから心配したぞ、まずは一安心と言ったところか。
この船は海軍に所属する船ではないが、腕のいい医者を抱えた医療船だ。お前を預けるに値すると判断した男がキャプテンを務めている。
医者の言うことをよく聞いて、まずは体を回復させなさい。落ち着いたらまた連絡する。
センゴクより
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……ああ、おれ、心配かけたんだな。
目頭が熱くなって、慌てて指で押さえる。思えばもう何年も顔を見せていない。任務で連絡する時は雑談する余裕なんて無かったから、私情の入った言葉を聞くのは久しぶりだった。父のように思う優しい人が、幼い頃と同じようにおれを気に掛けてくれている。嬉しい気持ちと苦しい気持ちで胸がいっぱいになる。
センゴクさん、おれ、あなたに、海軍に、背を向けたんです。きっと今頃あなたの耳にも、おれのしでかしたことが届いているでしょう。後悔はありません。可哀想な子供を助けるためだった。そのためならどうなってもいいと思ったんです。だけどもう、あなたに心配してもらえるような人間じゃないんです。
「センゴク、さん」
すみません。口から零れた言葉はみっともなく震えて音になりきらなかった。手紙は当然何も返さず、もういない"優秀な部下"への優しい言葉を手の中に留めている。シャチさんが部屋の隅で僅かに身じろぎしたが、サングラスの奥の瞳は閉じられたままだ。本当、気を遣ってもらえて助かるぜ。
3.白衣の下の秘密
ズズン、と鈍い音がして床が派手に揺れた。支えにしていた壁に押し返され、床へ向かって体が崩れる。慌てておれを支えたペンギンさんはすぐに外へ飛び出していった。間を置かずにまた船が揺れる。……この音、この揺れ、もしかして船が砲撃を受けてるんじゃないか?慌てて体を起こすと、丁度廊下からペンギンさんが顔だけ出した。
「ロシナンテ、ベッドの下でじっとしてろ!おれは外見てくるから、戻るまで絶対に動くなよ!!」
言うだけ言ってすぐにドアが閉められ、部屋には揺れと爆発音だけが残された。右に左に傾く体を床で支えて、這うように窓へ向かう。低く小さな丸窓を覗くと、すぐ近くの海面が不自然に波打っていた。間違いない、砲撃だ。船が攻撃を受けている!
「医療船を狙うなんて、許せねェ……!」
この部屋にはドクターと世話係しか来ないので戦闘要員がいるのかは分からない。だが、世話になってる船がピンチなのにベッドで震えてるだけなんて訳には行かないだろう。体も多少は動くようになってきた、どこかで拳銃を調達できれば多少の戦力にはなるはずだ。少し緊張しながら「"凪"」と唱えて胸を叩く。続けて両手を打ち合わせると、想定通りに音は消えていた。良かった、久々でもちゃんと能力は発動してるな。
壁と床を伝ってドアを開けると、部屋の中とは打って変わって無骨な内装が広がっていた。壁も床も縦横無尽に金属の配管が走り回り、あちこちで機器が振動と共に稼働音を上げている。いつも遠くで鳴ってた音の正体はこれか。随分と変わった造りの船のようだが、医療船だとこういうのが普通なんだろうか?
ともあれ、船には違いないんだから構造は大体一緒だろう───と思って歩き出したが、全然駄目だった。なんだこの船、設計したやつは何考えてんだ!?やたら階層が多いし、外の状況を知ろうにも窓がやけに少ない。あっても小さいのでおれの体格じゃ覗くのも一苦労だ。揺れ続ける船の中を何度も転びながら移動していると、風と共に人の声が漏れ出ている扉を見付けた。やっと外か!
半ば体当たりするように扉を押し開けると、そこはどうやら甲板のようだった。少し離れたところにドクターがいて、その向こうにはサーベルを持った男が数人こちらへ走り寄って来ている。危ねェ、と叫んだが声が出ない。ドジった。今のおれの足で間に合うか!?
走り出そうと足を踏み込んだ瞬間、目の前が薄い青に染まった。ドクターの白衣が脱ぎ捨てられ、手袋が宙を舞うと、鍛えられた腕にも手にもタトゥーが彫られているのが見えた。シャツの背中には不敵に笑う笑顔のマークが大きく書かれている。まん丸な目、不適に笑う口元、まるで海賊団のシンボルマークみたいなそいつと目が合う。待ってくれ、これってどう見ても、
(海賊……!?)
叫んだはずの言葉はやっぱり音にならず、ドクターはおれに気付くこともない。どこからか馬鹿デカい刀を取り出したドクターが腕を一振りすると、向かってきていた男達が突然真っ二つになった。バラバラに飛び散った人間のパーツが勢いのままに頭の上を通り過ぎていく。悲鳴を上げながら宙を舞う頭部を思わず目で追うと、船のてっぺんに翻る旗が見えた。やっぱり間違いない、黒地に赤で少し見づらいが、あれはジョリーロジャーだ!
「あ?おい、あんたなんでここにいる!?」死角から出てきた真っ白なツナギの男が大声を上げた。「キャプテン、例の患者が脱走してる!後ろだ、ハッチの陰!」
ドクターがおれの方に振り返る───今、『キャプテン』っつったか?信じられないが、まさか、この男が?不健康そうな目がおれを睨む。墨まみれの手がおれの方に伸ばされる。シャツの胸元でもシンボルマークが笑っている。
「お前ら、そのガキを捕まえろ!」
よく通るその一声で周囲の気配が全ておれに向かった。まずい、まずい、まずい!これ医療船じゃねェ、海賊船だ!!咄嗟に甲板の端へ向かって転がり、手近な柵を乗り越えて海に飛び込んだ。海面を割って視界が再び青く染まると、急に自分の心臓の音が爆音で鳴っているのが聞こえる。海に浸かったせいで能力が解除されたのだ。口から空気が逃げ出していった次の瞬間、背中を強く引っ張られて海面へ押し出される。塩水で一瞬ぼやけた目の前に、シャチさんとペンギンさんの顔が飛び込んできた。
「おっとォ、命を軽率に捨てるのはうちの船じゃ御法度だぜ?」
「命拾いしたな兄ちゃん、おれらが泳ぎ得意じゃでラッキーじゃねェか」
「ゴホ、ゲホ!お前ら、あの旗っ……!」
「あ~、やっぱりバレたか。実はおれたち海賊なんだよね〜」
「あっでも医者なのも嘘じゃないよ!二足のわらじってやつ?」
「というわけで、暴れる患者には海賊式の拘束を受けてもらいま〜す」
言うが早いか、ロープで体が拘束された。ただでさえ動かない体が完全に固定され、ペンギンさん、いやペンギンとシャチがおれを引っ張って船へ泳ぎ始める。
「クソ、離せ!この……!」
「無理無理!あんた能力者なんだろ?海の中じゃおれ達には手も足も出ねぇよ、安静にしとけ」
「なんで知ってんだよ!畜生、今までは泳がされてたって訳か!?」
「落ち着けよ、おれらはセンゴクから色々聞いてんの。こういうのも見越して色々対策は打たせて貰ってんだよ、諦めな」
悔しいが2人の言う通り、もう手も足も出ない。こうなると咄嗟に海へ逃げ出したのが運の尽きだった。力の抜けた体はいつも以上に重い。遙か頭上、甲板からは"ドクター"改めこの海賊船の"キャプテン"がおれを見下ろしていた。
「……なるほどな。確かに随分と厄介な患者だ。まあ安心しろ、あんたが治るまできちんと面倒は見てやるさ。何せセンゴクと取引しちまったからな」
ドジった。最悪だ。何が患者だ、人質じゃねェかおれ。この期に及んでセンゴクさんに迷惑を掛けることに絶望する。海水に浸かった体はろくに動かず、舌を噛むことさえ難しい。おまけに武器の1つも手元には無い。───やっちまった。頭を抱えようにも腕は当然固定されていて、内心でだけ地団駄を踏みながら体は船へと近付いていった。
4.2通目の手紙
ガチャ。重いドアが開く音がして、足音が近付いてくる。ベッドのそばから話し声がして、しばらくすると不健康そうなおっさんの顔が視界に入ってきた。
「どうだ、少しは大人しくする気になったか」
「ウー!」
「……頑固だな」
聞かれたところで答えられるはずがない、何せ今のおれはガチガチに拘束を受けている状態だ。両手両足をベッドに固定された上、口にも布を詰め込まれた上からロープまで噛まされている。お前らがやったんだろうが、なんで面倒だな~みたいな顔してんだよ!
抗議の意を込めて精一杯暴れていると、ペンギンの帽子が視界に入ってきた。
「キャプテン、全然駄目だぜこの坊主。大人しくしようって気が微塵もねェ」
「相変わらず死のうとしてんのか?」
「そう。拘束解くと速攻で暴れるわ壊すわ首かっ切るわ舌噛むわ、酷いもんだ。おれらの話も聞きゃしねェ。ちょっとは懐いたのかと思ってたのにな~」
「ンムー!ウ!」
「仕方ねェな、おれが話す。お前は外出てろ」
「アイアイ。くれぐれも気をつけてくれよキャプテン、ただでさえあんた」
「余計なお喋りなんて珍しいなペンギン。指示を忘れたのか?」
「……そうでしたね、すみません。ごゆっくりどうぞ」
ひらひらとペンギンが手を振るのが見える。一瞬視界が青くなって、突然口の中が空になった。咄嗟に舌へ歯を立てるが布が一枚邪魔をしている。なんだ、拘束が全部外された訳じゃねェのか。この視界が青くなる現象、恐らく"キャプテン"の能力なんだと思うが今ひとつ見当が付かない。人間をバラバラに出来て、おれの口の中の布を触らずに抜き取れる能力って何なんだ?
「人質になるぐらいなら死ぬってか。大した忠犬っぷりだな、海兵なんてもっと適当な奴も多かったぜ」
「そいつらと一緒にすんな。センゴクさんには恩があるんでな、これ以上迷惑掛けらんねェよ。……あと、おれは海兵じゃねェ」
適当に投げた言葉に、何故か"キャプテン"は目を見張った。一瞬だったが間違いなく、いつも眉間に寄せられている皺が緩んだ、ような。……なんだ?海兵に何かあるのか?
考える間もなく、物騒なタトゥーの彫られた指がひらめいた。手品みたいにその指の間に手紙が現れる。センゴクさんの手紙だ。
「あんた宛の手紙だが、あんたが死んだらおれ達で開けて良い事になってる。いいのか?」
「……センゴクさんが海賊に手紙なんか送る訳ねェだろ。万が一本物だとしても、こんなに頻繁にやりとりなんかしてたらどう思われるか」
「だから死んだ方がいいってか?おれが許す訳ねェだろ、おれは医者だぞ。それにセンゴクはそのあたりも考えてるぜ、あんたへの手紙はまとめて預かってる」
「まとめて?……何通あるんだ、さっさと全部寄越せよ」
「そりゃ無理だな。渡すタイミングも決めてあるんだよ、面倒なことだが」
クマの張り付いた目をじっと睨み付ける。海賊との交渉に必要なのは眼力だ。少しでも引けばその瞬間に負ける。例え全身を拘束されていようと、意識だけは負ける訳に行かない。海軍に入ってすぐに覚えさせられる内容だ、海兵じゃなくなっても教えは身に染み込んでいる。
だが、いくら睨み付けても男はどこ吹く風といった様相だった。さっき目を見張ったのが嘘みたいに、涼しい顔でおれを見ている。おれだってセンゴクさんから優秀だとお墨付きを貰った程度には実力があるつもりだが、こいつはそれ以上だってことか。……改めて、とんでもないのに捕まっちまった気がしてきた。
「おれたちは海賊だが、センゴクがあんたと手紙をまとめて預ける程度には信頼されてる。その辺の海賊ならわざわざあんたを治療なんてしない、身ぐるみ剥いで手紙も捨ててるぜ。この手紙もどうせ仕掛けがあるんだろ?本物かどうか見分けは付いたか、小僧」
「……おれを人質にしても旨味なんかねェよ。おれは訳ありでな、交渉材料には使えねェ。万が一センゴクさんを丸め込めたとしても、悪さをする素振りを見せたらお前らなんか船ごと吹き飛ばされるぞ」
「知ってる。この船も随分年期が入ってるしな、あのジジイならやりかねない」
一瞬宙へ向けられた瞳は存外穏やかだった。表情こそ嫌そうではあったが、一瞬上げられた口の端はまるで懐かしい思い出を脳裏に描いているように穏やかだ。語る口調だって柔らかで、内容にも違和感は無い。でっちあげのエピソードを並べているようには見えないんだよなァ。
何より、この男が"ドクター"としておれに接する態度は海のクズのものと思えなかった。傷を確かめる指先に、体調を確認する言葉に、医者としての真摯なあり方が確かに感じられたのだ。だからこそおれも敵襲があるまで大人しく指示に従っていた訳だし。
センゴクさんのお墨付きがあったとはいえ、緊張も疑いもせずに人の作った暖かい飯を食うなんて久々だったから、絆されてしまっているのだろうか。まあ実際こうして拘束されちまってるんだから諜報員としては失格……いや、もうおれは海兵じゃないんだった。
「で、どうする?まだ死にたいか?」
ひら、と手紙が揺れる。少し悩んでから首を振ると、男の笑みが僅かに深められた。
「お前らの目的は何だ」
「保護と治療だよ。あんたが何者であっても今はうちの患者だ」
「……どこまで、何を聞いてる?」
「大したことは聞いてねェ。あのジジイの思い出話には何度か付き合わされてたが、その程度だな。あんたのことは───よく知らねェんだ」
海賊のくせに、海のクズのくせに、どうしてそんなに懐かしそうな、優しい顔でおれを見るんだ。お前らは一体何者なんだ。どうしてそんな、まともな医者みたいに振る舞うんだ。思わずドクターの顔をまじまじと見つめてしまった。ドクターは僅かに苦笑して、それからおれの拘束を外していく。背中を支えられて体を起こし、差し出された手紙を無言で受け取った。
何度も見た花押だ、見間違えるはずが無い。初めてコートを羽織ったばかりの頃、お互い改まった顔を取り繕って最初の指令書を受け取った時から、記憶の真ん中に刻み込まれているのだ。いつだっておれを導いてくれた、強く正しい言葉がここにある。
✉️
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ロシナンテへ
少しは回復して来たか。お前はすぐに無茶をするからな、くれぐれも安静を心掛けるように……と言っても聞かないだろうな。
さて、私の優秀な部下ならもう気が付いただろうが、訳あってお前を海賊に預けている。経緯はまた説明するが、少なくともお前の治療についてはしっかりとこなすはずだ。長期の潜入捜査で疲れも溜まっているだろう?存分に羽を休めるといい。
ああ、"支払い"は既に終わっているので気にしないように。
センゴクより
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「……支払い、か」
溜息と共に腕を下ろす。またセンゴクさんに迷惑を掛けてしまったが、確かに今すぐに死ぬ必要は無さそうだ───経緯はさっぱり分からないが。
おれを預ける意味合いはさておき、センゴクさんが軍医ではなく海賊を頼る理由がまるで思いつかない。長期の潜入捜査を始める時点で海兵としての正式な登録は抹消されているはずだ。確かに単純に考えれば軍医に預ける訳にはいかないだろうが、だとしたら何故放置しなかったんだ?死に掛けているドンキホーテ海賊団の幹部を捕虜にする訳でも無く、しかし捨て置きもせず、海賊と交渉してまで秘密裏に治療し、なのに意識が戻っても"安静"の指示のみ。
分からないことが多すぎる。おれがドフィに撃たれた後、一体何がどうなったんだ?
5.白い子供の行方
「いた!このクソガキ、さっさと部屋に戻れ!」
「やべっ……待て待てペンギン!おれは甲板まで散歩したいだけだって、たまには太陽の光浴びたいし煙草も吸いたいんだよ!なァ、ちょっとだけ!ちょっとだけだから!!」
「駄目に決まってんだろ、またこの間みたいにクーから新聞盗る気だろ!?うちにクーが来なくなったらどうすんだよ!」
「だったら他のやつらが読んだ後でいいから回してくれよ、ベッドで大人しく読むからさァ」
「患者は余計なことすんな、寝てろ!おら戻るぞ!」
✉️
引きずられるようにして戻された病室には、いかにも怒り心頭といった様子のドクターが待ち構えていた。無理もない、おれが脱走したのはこれが初回じゃないし、脱走の度にドジって何かしらの備品を破壊してしまっている。……後者については本当に故意じゃないから、出来れば情状酌量が欲しいところだ。まあ無理だろうけどさ。
「また脱走したらしいな、良い度胸じゃねェか」
「なんだよ、ちょっと散歩しただけだろ~。もう結構良くなって来てんだからいいじゃねェか」
「良くなって来てんのは見た目だけだって何回言ったら分かるんだ?致命傷レベルの怪我だったんだぞ、中身はまだ全然治ってねェよ」
「大丈夫だって、おれ頑丈だか」
言葉を言い終わる前に視界が青く染まった。ドクターの口元だけが不自然に笑っている。やべ、駄々をこねすぎたか!?どこからか取り出された刀が一振りされると、おれの膝下はすっぱり切断されてしまった。
「ギャーーーーーッ!?!?!?」
「うるせェ!前に脱走した時に言ってあったよな、次に同じ事やったら出歩けなくしてやるって」
「こんな物理的な方法だって思うかよ!?医者のやることじゃねェだろ、どーすんだよこれっ!!」
「安心しろ、くっつけりゃ元に戻る。あんたが反省するまでは没収だ。これに懲りたらベッドで寝てろこのクソガキ!」
「分かった、分かったからクソガキは止めろって!おれもう26だぜドクター、センゴクさんからも聞いてないのか!?」
「知ってるけどだ!治してやろうってのに逃げ出すやつなんかクソガキで十分だ、あんただって………いや、とにかく寝ろ。これ以上バラバラにされたくねェならな!」
ドクターはそう言うなり白衣を翻したが、慌てて呼び止める。今、絶対何か言いかけたよな?手紙が出てくる条件が分からない以上、能動的に情報を得るためには誰かに聞くのが一番いいはずなんだ。目が覚めてから随分日にちが経っているはずだ、いい加減に何も考えずに寝ているのは飽きた。こうしてぼんやりしてる間に、何かあったら───
「待てってドクター!少しは話を聞いてくれ、おれだってしたくて脱走してる訳じゃねェよ!」
「ァ!?この期に及んで言い訳か!?」
「違う!知りたいことがあるんだ、それが分かるまではおちおち寝てらんねェんだよ。体が動くようになった以上、どんな手段を使ってでもまた脱走するぞ、おれは」
「……随分元気になったもんだな。ついこの間まで死のうとしてたやつのセリフかよ」
「お前らはおれを人質にした訳じゃねェんだろ?センゴクさんも大丈夫だって言ってるし、信じるさ。生きてるんならやんなきゃいけねェことがあるからな」
真っ直ぐにドクターの目を見る。しばらく目が合ったままにらみ合いが続いたが、意地でも目を逸らさずにいるととうとうドクターが目線を外した。勝った!!
そばにあった椅子へ座ると、深く溜息をついてまた俺を見る。顔にデカデカと「呆れました」と書いてあるが、その程度で怯んでちゃ海賊に混ざって暮らしてなんか行けねェよ。今はとにかくこのチャンスを逃さないことが大切だ。
「……センゴクに口止めされてることも多い、まともに回答するとは思うなよ。で、何が聞きたいんだ」
「助かるぜドクター!!知りたいことが分かったら大人しくするからよォ」
「御託は良い。あんたの話は信用できねェ」
「酷ェな!まあいいや。おれがミニオン島にいたことは聞いてるんだよな?回収された時ってあんた達もそこにいたのか」
「いや、おれ達があんたを預かった時のは回収された後だ」
「じゃあ、回収された時のことは何か聞いてないか」
「さあな。知ってたとしても口止めされてるぜ」
「口止めかァ……センゴクさんにこっちから手紙は出せるのか?」
「出しても返事は返って来ねェよ。仮に届いたとして、海賊船からの手紙を受け取れると思うか?あんたが自分で無理だと言ってただろうが」
「そう……だよな」
最短の航路で言えば、センゴクさんから口止めを解除してもらうのが良いだろう。だが、センゴクさんと連絡が取れないならこのルートは望めない。そもそもセンゴクさんがなんで口止めしてるのか分からないと説得のしようも無いし。であれば、口止めされてそうなことを片っ端から聞いてみるのが良いだろうか。分かったことと分からないことを整理していけば、推測できることもあるはずだ。
「おれが起きたことはセンゴクさんに伝わってるのか?」
「いや。さっき言った通りだ、接触する手段がねェよ。おれは事前の取り決め通りに動いてるって訳だな」
「ミニオン島はどうなった?」
「さあな」
「あんたはなんでセンゴクさんと知り合ったんだ」
「黙秘だ」
「おれの存在は知ってたんだよな?」
「どうだろうな」
取り付く島も無い回答だ。思ってた以上に口止めの範囲は広いらしい。あと、このおっさんも思った以上に口が硬いな。海賊なんてこういう尋問受けるとすぐにボロを出すかキレるかが多いのに、面倒くさそうにはしても回答自体はしっかり返ってくる。……センゴクさんからも認められてるような人なのに、なんで海賊なんか、と思うのはきっと野暮なのだろう。
情報量を地道に増やすのは時間が掛かりそうだ。一旦方針を変えて、ドクターの気が変わる前に本題に踏み込んでしまおう。
「おれの他に預かってるやつはいないのか?」
「いねェな」
「……あんた、センゴクさんに認められるぐらい腕が良いんだよな。その……変わった病気の子供の治療とか、頼まれなかったか?」
ドクターの瞳が一瞬広がった。お、この話は情報を得る余地があるか?正直助かった、事情を話さずにどう切り込むか結構悩む内容だったから。
「……さあな。それ聞いてどうするんだ?」
「ミニオン島で気絶するまで、病気の子供を保護してたんだ。信頼できる医者を探してて……」
そうだ、ロー。あいつは今どこにいるんだ。あの後どうなったんだ?
"凪"は恐らくおれが意識を失ったタイミングで効力を失っている。無事に逃げられたならそれでいい。だが、もしそうでなかったら。誰かに、例えば海軍やドフィに捕まっていたのなら、急いで助けに行かなければならない。賢いやつだから恐らく逃げ延びただろうとは踏んでいるが、状況が分かるまでは寝てばかりもいられないのだ。
「なあ、今はいつなんだ?おれが目を覚ますまでどれくらいかかったんだ。保護した子供がどうなったのか分かんねェと心配でよ、」
「……子供は……助かったよ。おれから言えるのはそれだけだ」
ドクターの声に、半ば思考へ沈んでいた意識が急激に覚醒する。助かった?助かったって言ったか、今!
「本当か!?良かった、上手く行って……いや、もしかしてあんたが治してくれたのか!?」
「…まあ…そうだな」
「そうか、まともな医者はこんなとこにいたんだな…!ありがとう、恩に着るよドクター。よかった、本当に良かった……」
スミでいっぱいの手を取ってぐっと握ると、ドクターは口を引き結んで俯いてしまった。なんだ、照れてんのか?まあ海賊なんかやってると正面から感謝される機会も少ないだろうからな。だけどおれは今あんたにメチャクチャ感謝してるぜ。海賊でも何でも良い、あの子供を治してくれる医者がここにいたんだ。ロー、良かった、良かったな!
「なあ、子供は今も無事なのか?どっかに捕まってたりしないよな?」
「しねェよ。……自由を謳歌してる。あんたのおかげだ」
「そんなことねェよ。おれはあの島から逃がすので精一杯だった───いや、そんなことはいいんだ。よしドクター、俺は適当なとこで降ろしてくれ。出来るだけ早いうちに頼む」
「は?」
「言っただろ?訳ありなんだ、乗せとくと面倒に巻き込んじまう。あんた良い医者なんだから迷惑かけたくねェし。あ、センゴクさんの支払ったもんを返して欲しいとかじゃねェぜ、安心して」
つらつらと話しながらドクターに目線を戻すと、ポカンと開いていた口がみるみる歪んだ。額に青筋が浮かび、元々深い眉間の皺がますます深くなっていく。気のせいか怒りのオーラみたいなものまで……あれ、これ覇気か?え、覇気が出るほど怒ってんの!?そんなことあるか!?
「怖っ!ドクター顔めちゃくちゃ怖いぞ!!そうだよな海賊だもんな!迫力凄ェぞ、まさか賞金とか掛かってないよな?」
「掛かってたぜ、何十億も」
「えっ!?」
「今のあんたなんか秒でぶちのめせんだよ。命が惜しけりゃ大人しく寝てろ!!!」
叫ぶと同時に放たれた覇気に負け、ベッドに背中が沈む。揺れる脳味噌のせいで視界がめちゃくちゃにブレた。慌てて部屋に入って来たペンギンがローを止めるのが遠くに聞こえる。
海賊。賞金何十億。ほんとに?流石にハッタリだよな?だってこの船の旗、全然見たことも無いジョリーロジャーだったぞ。あ、実は海賊上がりの医者とか?それなら納得が……いや、だとしても何十億なら流石にどっかで見てるか。ドクターだってセンゴクさんよりは随分若いだろうし、ここ数十年で懸賞金が10億超えてた海賊なんて随分限られるはずだ。それがなんでノースブルーで無名の医療船なんかやってんだよ。色々おかしいだろ。
1つ分かれば1つ分からなくなる。頭が痛くなってきたが、これはさっきの覇気のせいだろうか。センゴクさん、この医者は一体どういう知り合いなんですか?おれ、ひょっとして物凄くヤバい船に預けられていませんか……?
6.3通目の手紙
「おい、見つかったか!?」
「駄目です……すみませんキャプテン、気を付けろって散々言われてたのに情けねェ。まさか白昼堂々脱走するとは……」
「船の中片っ端から探してるんですけど見つからなくて。能力者だし流石に海には出てないと思うんですが」
「いや、海を探せ!あの人は単独で長期間航海できる、ボートが無くなってるなら海に出た可能性が高い!」
「嘘でしょキャプテン、あの人能力者なのに!?」
「能力者だけどだ!おい、最後に見たやつは誰だ!朝の回診は3時間前だ、それ以降に見たやついるか!?」
「おれ見ました、朝番と交代する時なんで多分1時間ぐらい前に病室で筋トレしてて」
「あのクソガキ、また隠れて筋トレしてやがったのか!!ウニお前も見たんなら止めろ!……いや、その話は後だ。1時間前は甲板に誰かいたか?いたやつ手を挙げろ!……いねェんだな、ならその後にボートで逃げた可能性が高い。1時間あれば相当離れてる可能性があるから手分けして探すぞ。ペンギン、5分で全員集めろ!ベポは針路を絞れ。シャチは今いるやつ連れて先に甲板出ろ、まずは目視できる範囲を探せ!」
「「「アイアイ!」」」
✉️
「しっかし、ここどこなんだろうなァ……」
見渡す限りの青の中で独り言ちる。潮の流れに頼ってとにかく進んではいるが、黄色い船が見えなくなると途端に視界が単調になった。青い空、青い海。島の手掛かりになりそうな物も無い。海図の1つも見られれば違っただろうが、流石にそこまでは手が回らなかった。まあ船を離れることが第一目標だったので仕方ない───ということにしよう。
「足返してもらうまで筋トレも出来なかったし、すっかり体が鈍ってんなァ~。随分寝てたみたいだからまた鍛え直さねェと。……ハハ」
言ってから自分で少しおかしくなってしまった。右も左も分からず装備も持たずに海に漕ぎ出した時点で、おれに待ってるのは良くて餓死。順当に行けば溺死。いくら単独航海に慣れているとはいえ、いや慣れているからこそ分かっている、これは半ば自殺行為だ。鍛え直す意味も時間も有るかは怪しい。
だけど仕方ない。今頃海軍からは手配書が回っているだろう。おれがオペオペの実を盗んでどこかに隠したと思われてるだろうから、捕まれば良くてインペルダウン行き。そうでなくてもドフィに命を狙われるのが確実な身の上だ。ローを治してくれたドクターには迷惑掛けられない。
センゴクさんがどこまで掴んでいるか分からないが、治った後で迎えに来る予定ならセンゴクさんにも咎が及ぶ可能性が高いだろう。いくら海軍を離れるつもりだったとしても、恩人達に砂を掛けたい訳では無いのだ。
ごろりと船に寝転ぶと、視界に一面の青空が広がった。考えてみれば、何かに焦ることも無く行動するのなんていつ振りだろう。ローと旅をしている間は常に焦燥感があったし、ドフィの元に潜入してからは毎日が緊張と失意に埋もれていた。その前も色んな組織の調査で似たようなもんだったし、諜報員になる前は───
ぐらり。
ぼんやりと雲を眺めていたら急に船が傾いだ。飛び起きると、船のすぐ横で海の中から何か上がって来るのが見える。海獣か!?まずい、装備も無いから今は迎撃が、
ザバァ!
「いたぞ!脱走した患者だ!!」
「集合集合!シャチ、キャプテンに連絡入れろ!」
「ほんとに海にいたよこの人信じらんねェ!」
突然わらわらと船の周りに見覚えのあるツナギが湧いて、おれは自分の失敗を悟った。船出て数時間は経ってるぞ、こいつらここまで船にも乗らずに泳いできたのか!?どうなってんだよあの船のクルーは!
「ほら帰りますよ!ベポ、ロープ出せ!船引っ張ってくから」
「ま……待てお前ら、キャプテンから聞いてないのか!?おれは訳有りなんだよ!詳しいことは言えねェが、降ろさねぇと面倒に巻き込まれるぞ!」
「面倒?それってセンゴクとの約束破るより大変なの?」
「えっ。えーとそれは……」
大量のジト目があらゆる角度からおれに刺さる。脳内にボワンと現れたセンゴクさんがこれまたボワンと現れたドクターに説教を始めた。『私と協定を結んだはずだな。何故ロシナンテを逃がした?やはりお前も海のクズか、罪は償ってもらうぞ』センゴクさんに後光が差し、黄色い船が巨大な掌によってペチャンコにされたところで、船に乗り込んできたシャチがおれの肩をポンと叩いた。
「はい、脱走患者1名様ご案内~。しっかりキャプテンに説教されてくれ」
✉️
ドクターの手の上に乗せられたキューブを見て、おれは震え上がった。リズミカルに脈打つピンクの塊はどう見ても───心臓だ!!
「ド、ド、ドクター、その、それ、持ってるやつって、ひょっとして」
「あんたの心臓だ。預かっておく。二度と脱走しようと思うなよ。二・度・と、だ!」
自分の胸に手を当てると、そこには四角い穴だけがあった。"凪"が掛かってる訳でも無いのに心臓の音がしない。怖い。おれなんで生きてるんだ?ドクターの能力メチャクチャすぎるだろ、なに食ったらそんなことが出来るんだよ!
おれの心臓を白衣のポケットに放り込んだドクターは、物凄く嫌そうな顔で内ポケットから何やら紙を取り出した。おれに差し出す。慌てて受け取ると、表に"ロシナンテへ"の文字が見えた。これ、センゴクさんの手紙じゃねェか!
「え!?手紙!?今!?なんで!?」
「……脱走したら渡せと言われている……」
「えっ、『渡すタイミング決めてる』ってそういうパターンもあんのか!?なんでもやってみるもんだな」
「脱走を認めた訳じゃ無いからな!次にやったら完治まで足没収するぞ!!」
「怒るなよォ。お前らのために言ってるんだって、本当に色々マズいんだ」
「ったく……馬鹿馬鹿しい話だが、おれもこの海じゃ名が知られてる。あんた目当てだとしても襲ってくるような馬鹿はそうそういねェよ」
「ええ?おれドクターのジョリーロジャー見たこと無いぜ、有名どころのは一通り覚えてるからノースブルーに……いや待て、ここノースブルーじゃないのか?おれどこまで連れて来られてんだ!?」
「……チッ。あんたが知る必要は無い。とにかく安静にしろ、おれの船で勝手は許さねェからな!!」
そう怒鳴ると、ドクターは肩を怒らせて部屋を出て行った。後には呆然としたおれ、あと部屋の隅でジト目を維持したままのシャチが残される。視線が頬に突き刺さっているが気にしてる場合じゃ無かった。
今から思うと、船から脱走した時もノースブルーにしちゃ気候が落ち着いてたな。目が覚めてから日にちも経ってるし、ミニオン島の辺りからは離れちまったんだろうと暢気に思っていたが、ひょっとしておれはとんでもない距離を移動してるんじゃないか?そういえば変わった造りの船だったけど、まさかカームベルトを越えたとか言わねェよな。
……いや、悩んでも仕方ない。どうせ手持ちの情報からじゃ推測は困難なのだ。まずは手紙を読んでヒントを探そう。話はそれからだ。
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ロシナンテへ
この手紙は開ける機会がないことを祈るが、お前のことだから体さえ動くようになれば早くに読むだろうな。無事に捕まったようで何よりだ。
お前の上官として次の2つの事実を伝えておく。「脱走するな」と言っても聞かないだろうが、今後はこれを踏まえた上でよく考えて行動しなさい。
1.お前の主治医は間違いなくお前を治そうとしている。少なくともお前が1人で問題なく生きていけるようになるまでは、お前に害を与えることはない───そのように協定を結んでいる。
2.信じ難いとは思うが、今のお前にとって最も安全な場所はその海賊船だ。お前の面倒を見ている海賊達にとっても、私にとっても、そこに居てくれるのが一番安心だと言える。
お前は昔から医者の言うことを聞かなかったな。もう大人なんだから、たまには傷が跡も残らず癒えるまで大人しくしておくのを勧めるぞ。
センゴクより
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「……痛いとこ突くなァ」
確かに、ドジのせいで昔から生傷を作っては軍医に叱られていたっけ。海軍のハードワークと無鉄砲な性質の合わせ技で、おれの体はいつも傷と傷跡でいっぱいだった。
海賊船よりもその外の方が危険に満ちているなんてにわかには信じがたいが、センゴクさんが言うならこの2つは事実なのだろう。問題はなぜそうなったかだ。単純に考えればおれのやったことが───オペオペの実を盗んだのがバレて、ドフィと海軍から追われているからだろう。だが、そうだとするならセンゴクさんがおれを庇う理由が無い。小さな頃から気に掛けてもらっているとはいえ、これだけの罪を犯したやつ相手に公私混同なんてする人では無いはずだ。
それに、いくら複数の勢力に追われているからって、なぜ海賊船が一番安全なんてことになるんだ?ここがノースブルーでないならドフィの目も流石に届かないだろうし、世界政府に加盟していないような国に降ろせば海軍からも身を隠せるだろう。
「やっぱり情報が足りねェな……」
今はとにかく情報が欲しい。脱走もできないなら、残された手段はセンゴクさんからの手紙だけだ。ドクターの口振りからして手紙にはそれぞれ渡す条件が設定されているようだから、色々試して手紙を回収にかかるのが早いだろうか。
ロシナンテは立ち上がり、シャチに向かって歩き出した。まずは自分が既にやったことを整理しよう。紙とペンを用意してもらわねば。
「なあシャチさん、ちょっと頼みたいんだが」
「え、この流れで普通に話しかけてくるやついる?うっそだろお前。心臓に毛でも生えてんの?」
「まあな、こう見えても図太さには定評があるんだ。つってもその心臓はドクターに取られちまったんだけどな!ワハハ」
「全然褒めてないんだよなァ~!馬鹿言ってないで頼むから大人しく寝ろってば」
7.白衣の下の秘密(2)
窓の外が薄明るくなってきた。部屋に備え付けられた時計は午前5時を指している。おれの体内時計とも一致しているので、意図的に時間がずらされていることも無いだろう。水差しを片手に自分へ"凪"を掛け、するりと部屋の外へ出た。
船内は狭く入り組んでいるが、何度かの脱走を経て大体の構造は把握できた。潜水中は外部からの侵入が皆無なので見張りが手薄になるし、朝の見回りまではまだ時間がある。少し遠回りだがギャレーの前を通れば、「水が飲みたいけど夜中だから人を起こすのは気が引けた」なんてアリバイ作りも完璧だ。少し体を縮めて足を運び、時折あくびをしながらハッチ下の通路を通ると、僅かな照明が鉄製のはしごに反射していた。下層からキャプテンと夜番の会話が微かに反響している───どうやら見つかってはいないようだ。階下へ影を作らないように慎重に足を進め、やっと目的の部屋に辿り着いた。
ドアに張り付いて聞き耳を立てる。部屋の中には気配無し、物音無し。外の音が中に漏れないよう防音壁を展開して、ほんの少しだけドアを開ける。……反応無し。中を覗く。期待した通り、部屋はもぬけの殻だった。
手紙が貰えないのなら、こっそり取りに行くのが一番手っ取り早い。何を隠そう、こう見えて潜入調査が専門なのだ。こうした活動もお手の物って訳で───まあ病み上がりだから多少すっ転んだりはしたが、音は出ないから問題ない。失敗したとしても、ドクターはおれに害を与えないらしいのでまあ死にはしないだろう。体のどこかは取られるかもしれないが。
海賊船において重要書類の保管先なんて限られる。この海賊団は妙に統率が取れているが、組織立っている分だけアタリも付けやすい。重要な物は重要な人物が管理する、しかもスペースの限られた船内で、となれば真っ先に狙うのは船長室だ。
こういう時にナギナギの能力は重宝する。適当に探し物をしても、その途中で多少ドジっても、音は全くしない。人の目さえ無けりゃこっちのもんだ。患者着の合わせ目に挟んでおいた手袋を取り出す。備品を拝借したのに気付かれなくて良かった、シャチにはかなり怪しまれたが。
机の上。ハズレ。引き出しの中。無い。ベッドの下。スカ。棚の中。例えば、被ったホコリが妙に薄い本の中───パラパラとめくった医学書の中から写真が1枚落ちる。慎重に拾い上げると、何人かの子供を撮った古い写真だった。真ん中に写っている子供を見て、うっかり音の無い叫び声を上げる。……これ、真ん中に写ってるの、ローだ!!この帽子、間違いない!
動揺しながらも写真を丁寧に本へ挟み直し、手紙探しを続ける。クローゼットを覗くと、数分前に見たのと同じ、特徴的な柄の帽子が隅に吊り下げられていた。少し痛んではいるが間違いない。ローの帽子が何故ここに?
扉を大きく開く。帽子へ手を伸ばす。
「プルプルプルプル」
無音だった部屋の中に突然音が響いた。
振り返ると、クローゼットの横に置かれた棚の上、電伝虫が着信を知らせている。受信機が棚の下に落ちている。慌てて拾おうとして、受信機の端に細い糸が付けられているのに気付いた。───やられた、クローゼットの扉に仕掛けがあったのか!思ったが早いか目の前が青く染まり、次の瞬間には目の前にドクターが立っていた。
「おれの部屋で何をしている?」
ギロリとおれを睨み付ける男の顔をまじまじと見た。脳内にローの姿を思い浮かべる。写真の中の少年はどう見てもローだったが、無視し切れない違和感も確かにあった。少し大人びた顔立ち、しっかりと付いた筋肉。写真の端はすり減っていた。あれは明らかに時間経過によるものだ。
「おい、答えろ。回答によっちゃいくらあんたでも」
詰め寄るドクターの方へおれも一歩踏み出す。両肩を掴むとドクターが訝しげにおれを見た。"凪"を解き、意を決して口を開く。
「ドクター、あんたもしかして」
「な、なんだ。まさか気付いたのか!?」
「ああ。あんた、おれが連れてた子供の……ローの親父さんか!?」
ドクターは目を見張った。やっぱりそうか、それなら何もかも辻褄が合う。この人、ローの親父さんだったのか!
「あんた生きてたんだな、良かった!そりゃローのこと助けるに決まってるよな。なんたって自分の子供だ。親父さんは名医だったってローから聞いてるよ、おれが助かったのも納得だ。考えてみりゃ顔もローに似てるし、あいつがデカくなったらこんな感じかなって……えっ、ドクターどうした!?おい泣くなよ、おれなんか変なこと言ったか?親父さんじゃないのか?」
「……違う」
ドクターは手で顔を覆い、そのまま動かなくなってしまった。肩が僅かに震えている。慌てているとまた青い空間が広がり、次の瞬間には自分のベッドへ戻っていた。……おれ、なんかまずいこと言ったんだろうか?
8.4通目の手紙
全身で這うようにして部屋の窓へ向かう。体を押し付けるようにして背中を伸ばすと、なんとか窓の外が見えた。タッパがあって助かった、膝下取られてても窓には体が届く。広がる青空には無数のクーが飛び、遠くには港が見える。現在この船は寄港中だった。
脱走防止のために膝下を取られ、部屋のドアは固く閉ざされているが、甘い。盗み見て頭に叩き込んだ手順を思い浮かべる。部屋の隅に立てかけられた金属の棒をたっぷり5分かけて取りに行き、5分かけて窓に戻る。タッパがあって本当に助かった、膝下が無いとこんなに移動に時間がかかるんだな。普段なら2-3歩の距離なのに道中で何度床へキスしたことか。
窓枠の隅に開けられた小さな穴へ棒を差し込み、記憶に従って何度か回すと、窓の一番下が重い音を立てて窓枠から外れた。そのまま回し続ければ、窓全体が外へ倒れるようにして斜めに開いていく。隙間から顔を突っ込むと、久々の潮風が頬を撫でた。海面に反射した太陽の光が眩しい。やっぱり人間は定期的に外の空気吸わないと駄目だな。船の中に閉じこもってちゃ湿気ちまうよ。この船のやつら、よくこんな環境で平然としてるもんだ。
上を見上げると、ちょうど頭上をクーが旋回していた。深呼吸して空を指差し、視線を固定する。"凪"を発動。あとはタイミングを待つだけだ。10分は優に待っただろうか、ついに真上をクーが通り過ぎた。
(指銃!)
狙い通り、クーのポーチへ音もなく衝撃波が吸い込まれる。何ヵ所かに開いた穴によってポーチの底が抜け、いくつかの紙が降ってきた。手を伸ばし、そのうちのいくつかをなんとかキャッチする。残りの紙がバサバサと海へ落ちていくのを横目に素早く室内へ戻り、元通りに窓を閉めた。内心でクーに謝罪する。今度買う時は倍額払うから許してくれ。
指銃を使うのは久々だったがちゃんと撃てて安心した。将校向けの基礎訓練で覚えたはいいが、おれの練度だと撃つまでに時間が掛かりすぎてまるで使えなかったんだよな。まさかこんなところで役に立つとは。
窓の下にもたれたまま、慌ただしく戦利品を確かめる。狭い海域のニュースを売るクーだったらしく、大した内容は書かれていない。それでも隅から隅まで目を通す。……見知らぬ島や人の情報ばかりだ。今いるのがよっぽど僻地なのだろうか。質の悪い紙をガサガサとめくっていくと、小さな記事が目にとまった───【ドレスローザ新王 即位の儀】。
「ドレスローザ……」
忘れもしない、兄がその手に収めようと画策していた国だ。王の代替わりなんて情報は無かったが、まさかドフィが手を回したのか?記事を食い入るように眺める。儀式の写真が小さく載せられていた。……よかった、新王はドフィとは別人みたいだ。少しホッとして読み進めると、過去にあった動乱についての解説が続いている。動乱?そんなのあったのか?ドレスローザについて調べた時には無かったと思うんだが。
……10年以上前の有名な動乱。当時の七武海、元天竜人のドンキホーテ・ドフラミンゴが首謀者。高名な海賊王と"死の外科医"トラファルガー・ローが反乱軍を先導し、首謀者は捕縛された───
「……は?」
✉️
「戻ったぞ。大人しくしてたかクソガ……」
「おいドクター、こりゃどういうことだ!?」
部屋へ入って来たドクターに詰め寄ろうとして、おれは盛大にベッドから転がり落ちた。ドクターの背後に控えていたシャチがおれの体を起こしに慌ててすっ飛んでくる。
「おい、なんであんた新聞持ってんだ!!」
「そんなことはどうでもいい、なんだよこのニュース!本当にあった話なのか!?」
シャチに支えられながらドクターの顔へ向かって新聞を突き出すと、眼鏡の向こうの瞳が瞬いた。
「なるほどな、ドレスローザの記事か。チッ……運の良いガキだな」
「やっぱり本当なのか。これ、10年以上前って書いてるぞ!おれ一体何年寝てたんだよ!?」
「説明してやるから落ち着け。足没収してもまだ脱走すんのか、どうなってんだよあんた」
シャチとドクターに引きずられ、強制的にベッドに戻される。一旦黙ってベッドへ座って見せると、ドクターはシャチを部屋から下がらせ、少し考えてから話し始めた。
「その記事に書いてあることは本当だ。ドンキホーテ・ドフラミンゴはドレスローザを支配し、王にまでなったが、王族と海賊、それから民が力を合わせて王座から追い落とした。めでたしめでたしって訳だな」
「ドフィとローはどうなったんだ!?」
「起き上がるな!……そうだ、横になってろ。あんたデカいからベッドから落ちると戻すのが手間なんだよ。ドフラミンゴは逮捕されてインペルダウン行き、トラファルガー・ローは海賊続けてる。まあ、名は売れてるよ。もう10年以上前の話だ」
「10年……」
思わず体の力が抜けた。10年以上前に、ドフィは逮捕されてる。ローが先導して。……10年。
「じゃあ、おれがミニオン島で撃たれてからも、」
「10年以上掛かってるよ。あんたはミニオン島で倒れていたのを海軍に回収されたが、その時点では仮死状態だった。気温の低さが功を奏した形だな。体丸ごと凍結保存されて研究所行きになりかけたのをセンゴクが止めて、そのまま手元に置いてたらしい」
「……おれ今40歳近いのか」
「あんたが生まれてからの年数で言えばそうなるかもしれねェな。凍結保存中は体が変化していないから、年を取ったと言えるかは微妙なところだ」
「道理で……体に違和感が、無い訳だ」
「トラファルガー・ローがあんたの功績をあちこちにアピールしたから、あんたの名前もドレスローザあたりじゃ多少は知られてる。まあ、形はどうあれあんたの本懐は……遂げられたってことにしておいてくれ」
少し気まずそうなドクターの話は、頭に入ってきたような、きていないような。いっぺんに流し込まれた情報に頭がパンクしそうだ。10年。目が覚めたら何もかもが終わっていて、10年経っていて。……世の中はすっかり変わっちまったらしい。ああ、知らない内容のニュースばっかり新聞に載ってると思ったけど、違うのか。おれが寝ている間に世界に置いてかれたから、知らない話ばかりだったんだ。
新聞を握り締めたままドクターの顔を見ると、いつもの不機嫌そうな顔ではなく、この人にしては随分と眉の下がった、困ったような顔だった。
「そんな顔すんな。寝てたもんは仕方ねェ、今から追いついて行けば良い。……思ったよりあんたを起こすのに時間が掛かっちまった。悪いな」
「あ……いや、違う。文句言いたい訳じゃねェんだ。そうだよな、どう考えても致命傷だったもんな。……起こしてくれてありがとう、ドクター」
笑みを作ってみせる。感謝しているのは間違いなく本当だが、おれは今、上手く笑えているのだろうか。ドクターはぐっと唇を噛み締めて、どこからともなく手紙を取り出した。おれの手に握らせると部屋を出て行く。もう見慣れてしまった"ロシナンテへ"の文字。心は突然経過した10年に溺れているのに、手は淀みなく動いて合わせ目の微かな凹凸を確かめている。長く諜報なんてやっているとこうなってしまうのは先輩も後輩も一緒だったっけ。……センゴクさん、元気かな。
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ロシナンテへ
ドレスローザの出来事を知ったようだな。
お前がミニオン島で倒れてから随分長い時間が経った。その間に、本当に色々なことがあったんだ。
細かいところはお前の主治医から聞いた方がいいだろうが、私からもこれだけは言っておく。
兄を止めるというお前の目的は、お前の成したことにより結果として達成された。胸を張りなさい。
正義に君臨する者として、正面から褒めてやることは出来ない。だが、私個人として考える機会が与えられたのであれば、ねぎらいの言葉を掛けただろう。
困難に遭う中で、お前は確かに弱い者のため動いたのだ。
急に色々なことを聞いて驚いているだろう。ドジが増えないよう気を付けなさい。
まずは体を休めながら、今後についてゆっくりと考えるのを勧めるぞ。
最後に。お前が助けた子供の働きもあり、お前はもう追われる身では無くなっている。
ただし、ドレスローザの動乱がきっかけでお前の出自───私と会う前の出来事についても世間に知られてしまった。自己紹介などする際は注意するように。
いずれにしても、お前を海軍に隠れて治療するためにその船に預けた訳では無い。お前の傷を癒やすために、何よりもまずお前の主治医の腕が必要だったのだ。誤解するなよ。
センゴクより
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手紙を畳み、元通りにしまってベッドの隅に置く。何をする気も起きず、そのまま天井を見つめていた。
───おれ、どうしよう。止めたかった兄も、引っ張り回してた子供も、帰る先との決別も、ちょっと寝てる間に何もかもが無くなったらしい。いや、正確に言えば"無くしてもらった"のだろう。重荷を。重荷、だったのか?そう思われていたのか?いずれにしても全てはもう無い話なのだ。
カチ、カチ、と時計の音が部屋に響いている。こんなデカかったっけ、この音。
子供の頃からずっと、やるべきことは目の前に山積みだった。それが突然全て失われてしまったような気がする。今のおれに何が残ってるんだろう。これから何をするべきなんだろう。今後やるべきこと。すること。しないこと。今まで。これから。
「急に言われてもなァ……」
カチ、カチ、カチ。時計の音がうるさい。「サイレント」と呟いて指を鳴らすとベッドの上は静まりかえった。眠くも無いのに目を閉じる。───そうだな、とりあえず煙草が吸いたい。それから……センゴクさんに会いてェな。別に何かを決めてもらおうって訳じゃないんだ。ただ……話したい。今までにあったことを、これからどうするか悩んでることを、聞いて欲しい。『センゴクさん、おれ何したらいいと思います?』なんてな。
なんて返してくれるだろうか。厳しい人だ、『そういうことは自分で考えて答えを出せ』かな。いや、"仏のセンゴク"なら『決まらないなら、決まるまでは海軍で働くといい』かもしれない。どっちだろうか。両方かも。ひょっとしたら次の手紙にもう書いてあったりして。
フフ、と漏れた自分の笑い声は防音壁に跳ね返され、どこにも行けずに虚空へ消えていく。少しだけ気分が上向いた自分に安心して、おれはそのまま眠りに就いた。
9.数えられない手紙
「……よし、問題なしだ。そろそろ完治も見えてきたな」
「本当か!?じゃあそろそろ煙草吸って良いか?」
「許可する訳ねェだろ!この船は全面禁煙だ、おれの監視下にある内は1本だって吸わせるか!」
「そりゃねェぜドクター、こんなに頑張って大人しくしてんのによォ」
「大人しくするのは当然なんだよ!こんなに暴れる患者なんて麦わ……いや、とにかくまだしばらくは大人しくしてろ」
無慈悲な指示に肩を落としていると、目の前が青く染まった。ドクターがいつの間にか小脇に何やら長い棒を抱えている。いや、棒にしてはなんだか曲がってるな。まるで人間の足みたいな、いや、これ本当に足じゃないか!?
「ギャーーーーーーッ!!!」
「うるせェよ、いちいちビビんな。目ェ覚ましてから何回見てんだよ」
「無茶言うな!!ドクターの能力マジで何なんだよ、何食ったらそんなポンポン人の体バラせるんだよ!バラバラの実?チョキチョキの実とか?」
「どっちもハズレだ。ほら、あんたの足だ。多少は反省したようだからな、返してやるよ」
ドクターは当然のように足を差し出す。いや、返されても困るが!?
「えっ、いやドクターがくっつけてくれよ!て言うかこれおれがくっつけていいのか!?」
「誰でも付けられるぜ。角度を間違えるとそのあと歩きにくいだろうから気を付けろよ」
「無茶言うなこのヤブ医者!!頼むからあんたが付けてくれよ、おれ自分で付けてドジらない自信がねェって」
「足の角度なんか間違えようがねェだろ、見りゃ分かる」
「分かるか!!医者と一緒にすんなってェ~!」
✉️
さて、足が返ってきたらやることは1つだ。
我ながら軽快な足取りで忍び込んだ船長室は狙い通りもぬけの殻だった。クローゼット横の電伝虫を指差し確認する。今度は引っ掛かんねェからな!!
前回探せなかったところを重点的に探そう。引き出しの奥、飾り棚の裏、積み上げられた本の山の中───センゴクさんの手紙があといくつあるのか分からないが、封筒はそれなりに厚みがあるものだった。何通も重なればそれなりに場所を取るはずだ。
完治までそう遠くないとは言われたが、具体的にどれくらいなのかは聞かされていない。完治したあとどうなるのかも不透明だ。船を降ろされたらセンゴクさんに会いに行くつもりだが、海軍から追われていないにしてもマリンフォードへ向かうのは簡単では無いだろう。後々のことを考えると、何としても手紙は全て手に入れておきたい。……おれの欲しい言葉じゃなくていい、関係ない話題でも良い。今のおれに必要なのはきっと、あの人の力強い言葉なんだ。そんな気がする。
古いカルテの束が収められたキャビネットの中身を全て机の上に出す途中、棚の底に違和感を感じた。1つ下の段を確かめる。……ああ、これ底が二重になってるな。慎重に底板を外す。紙の束が見えた。1番上に置かれていたのは───おれの経歴書だ。
「……おれ?」
中の資料をまとめて掴み出すと、下の方から紙がバサバサと滑り落ちた。封筒だ。少し掠れた文字が見える。"トラファルガー・ローへ"……見慣れた字体。隅の花押。海軍で多用される、決められたルールに沿って折られた封筒。震える手を叱咤してその1つを拾い上げ、恐る恐る中の手紙を取り出す。丁寧に開く。
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トラファルガーへ
貴様が送ってきた手紙の内容、あれは本当か?確かにロシナンテは迂闊なところがあったが、流石に鍋を爆発させはしないと思っていた。何度も言うようだが海兵としては随分優秀な男だったんだぞ、貴様が海賊でなければロシナンテが就いていた任務の内容を詳細に書いてやりたいぐらいだ。
貴様の話を聞いていると、任務を離れている間のロシナンテは私の知っている姿とかなり印象が違うな。元大目付という肩書きのせいか、不本意ながらロシナンテの普段の姿については私に話してくれる者が中々いないのだ。貴様が海賊なのが本当に惜しい。
まあ、今となってはその境界線も無いようなものだが、それでも老体にはいつまで経っても踏み越えることが出来ないものだ。海軍が一度解体され、新しい形で再生されたからこそ、海賊に手紙を出す自分をなんとか許せたぐらいなのだからな。
始めの手紙に書いたように、これはあくまでも個人としてのセンゴクが出している手紙だ。1人の人間として対等な立場なのだから、貴様もきちんと返事を返すように。何せ隠居の身だから暇でな、思い出話の相手はいくらでも欲しい。
最近気に入っている菓子を同封しておく。食べたら歯磨きは忘れないように。
センゴクより
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内容を脳内で咀嚼しながら何度も読み返す。指先の感触に違和感を感じて手紙を裏返すと、隅には日付が書かれていた。20年後の日付だ。おれから見て20年後にこの手紙が書かれたのであれば、つまり、おれがミニオン島で倒れてから最低でも20年が経過していることになる。
それに、この内容。この手紙をドクターが持っていると言うことは、ドクターの名前は"トラファルガー・ロー"なのか?同姓同名の別人と言うにはよく似た顔。医療の腕。人間の四肢を切断・接合する能力。一度組み上げたはずのピースがバラされ、全く異なる絵が作られていく。年齢が合わないからとその可能性を捨てていたが、本当に年齢が合わないのか?合わないのはおれの年齢なのだと、ドクター自身が言ってたじゃねェか。
「人の手紙を勝手に読むんじゃねェよ、クソガキ」
背中に投げつけられた声に慌てて振り返る。いつも通りの不機嫌そうな顔で、ドクターがそこに立っていた。
「足を戻した途端にこれか?やっぱり完治まで足は没収だな」
「……トラファルガー・ロー?」
「なんだ。おれに何か用か?」
「お前、ローなのか。トラファルガー・D・ワーテル・ロー。……あの、死にそうだったガキ?」
ドクターの目が何度か瞬く。眼鏡を外すと、濃いクマが一層目立った。強く鋭いが、確かに光を宿した目がおれを真っ直ぐ見る。考えてみりゃ顔もローに似てるし、あいつがデカくなったらこんな感じかなって───
「そうだ。おれはトラファルガー・ロー。あんたが保護してた”病気の子供”だよ、コラさん」
おれの目の前まで歩いてきたドクターは、おれの手元の紙を覗き込んで、それからイタズラっぽく笑って見せた。あのクソガキと同じ笑顔、同じ呼び方。しゃがんで目線を合わせてやると、「泣くなよ」と呆れたように言われた。
「お前……病気、治ったのか」
「あんたのおかげでな。オペオペの実の能力を使って自分で治したんだよ、大変だったんだぜ」
「デカくなったなァ。……身長、倍ぐらいあるか?」
「倍までは行かねェって、あんたどんだけおれのこと小さいと思ってたんだ」
「だってよォ、お前、あんなっ……やつれちまって、死にそうで!良かった、っウ、本当に、良かったなァ……!」
グシャグシャと頭を撫で回してやると、ローはよろめきながら声を上げて笑った。
「やめろって!……あんたが泣くところ久々に見たよ。やっぱ変わんねェな、コラさん!」
「そりゃそうだろ、おれからしてみりゃちょっと寝てただけだぞ!急におっさんになっちまいやがって」
「おれ、もう39だぜ。あれから26年経ったんだ。あんたが寝てる間に何もかも変わったよ。海賊王は2代目が決まった。海軍は無くなって、今は別の名前になってる。おれは海賊やってたけどそんな区分も無くなったから、それも昔の話だな。今は海を旅しながら流れの医者やってる」
「医者って……じゃああのジョリーロジャーはなんだよ」
「"ハートの医療船"のマークだ」
「どう見ても海賊の旗だろあれ!」
「別に海賊辞めたって訳じゃねェからな。良いデザインだろ?」
しれっと言ってのけるローに、泣きながら笑ってしまった。良かった。こいつが楽しそうにやれてて良かった。こいつが未来を生きることが出来てて、本当に良かった。こんなに嬉しくなったのは久々だった。
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夜の甲板は暗い。じっくり見るのは初めてだが、潜水艦の甲板も普通の船とそう変わらないようだ。黄色い船体も太陽が落ちれば思ったより夜闇に溶け込んでいた。
祝いとか何とか適当な理由を付け、やっとのことで1本だけ渡された煙草を咥える。煙をゆっくりと肺いっぱいに吸い込んだ。……軽い。そのくせ妙に薬臭い。あんまり美味くねェな、これ。海賊団の幹部なんか何年もやってたせいで舌が肥えちまったみたいだ。それでも無いよりはマシだが。
甲板端に座り込むおれの隣にローが歩いてきた。何故かバケツを片手に提げている。
「なんだそれ」
「消火用のバケツだ。あんたいつも肩燃やしてただろ」
んな訳あるか、と言おうとしたが心当たりはあるので黙った。こういう時にも煙草は便利だ。……スパイダーマイルズじゃ、色んなことをごまかすのにずっと煙草を咥えてたな。ローの記憶にも残る訳か。
ローが背後へ手を振ると、ぽつぽつと甲板にいたクルーたちが船内へ引っ込んでいった。人払いってやつか。波の音と船の稼働音だけが辺りを支配する。
「なんか聞かれたくないことがあるなら"サイレント"してやるぜ。……つっても、もう覚えてないか?」
「覚えてるよ。その技、おれも使ってるからな」
「え!?オペオペの能力で!?なんで!?」
「オペオペはかなり応用が効くんだ。再現できたのは随分後になってからだが、ガキの頃散々見せてもらったからイメージもしやすかった。案外便利だな、あれ」
「すげェな。おれの足持ってったのもオペオペの能力なんだろ?流石50億の実、なんでもありじゃねェか」
「あんたがくれた実だ。これの力であんたのことも治せた。随分時間は掛かっちまったが」
「生きてただけでもおつりが来るさ。……だがまあ、26年かァ」
「ああ。世界は変わったよ。もう政府も海軍も海賊も無い。天竜人も野に放たれた。……まあこれに関しちゃ、残念だが今も過去を根に持つやつは多いな。あんたもその辺りは隠した方が安全だろうが、少なくともこの船にいる限りは関係ない。だからこそ、センゴクもこの船にあんたを預けたんだ」
吐き出した煙草の煙がふわふわと暗闇に溶けていく。瞬きの間に過ぎ去ったらしい年月は、長すぎて正直あまり実感が湧かないのが正直なところだった。必死に描こうとしていた今後の展望もあえなく崩れ去り、最早影も形も思い浮かばない。26年も経てば世界はすっかり変わっているだろうし、おれの記憶なんか何の役にも立たないだろう。何を考えるにしても、縁になるものが存在しないのだ。
今のおれにとって確かなのは、すっかり傷も癒えたこの体。それから、おれのことを心配してくれていたセンゴクさん。元気になってくれたロー。それくらいのものだった。
「なあ、ローはなんでおれを預かっててくれたんだ?」
「言っただろ、センゴクと取引を……」
「今のお前ならそんなの無視出来るんだろ。自分で言ってたじゃねェか、その気になればおれぐらいボコボコにできるって。センゴクさんがここに来ない限り、いくらでもごまかせるだろ」
「……まあ、そうだな。バレたところで、センゴクにも一方的に負けることは無ェだろうさ」
「なら、なんでだよ。26年も前に死にかけてたやつ、ずっと付き合う必要は無かっただろ。おれ海兵だったし、お前の病気治すのだっておれが勝手にやったんだ。ドフィとのこともそうだ、巻き込もうなんて思っちゃいなかった」
「ハハ!なんだ、おれの心配してんのか?別に理由なんかねェよ。あんたがおれの病気を勝手に治したのと同じで、おれもあんたの本懐を勝手に遂げた。おれもセンゴクも……ただ、あんたに生きてて欲しかったんだよ。それだけだ。ガキが妙なこと気にしてんじゃねェっての」
ローは穏やかな笑みを浮かべている。おれの背中を膝で小突く姿は、すっかり年上の貫禄だ。眼差しがセンゴクさんと重なった。なんだよ、ガキ見るみたいな目で見やがって。お前だってついこの間まで手のひらサイズのガキだったくせに。
「ガキじゃねェよ。もう26だぞ、これでも結構色々やってて……まあ、それももう意味ない話か」
「拗ねんなよ、今はあんたの方がガキだろ」
「拗ねてねェよ!おれだって真面目に悩んでんだ、これからどうするか」
「まあそうだろうな。好きなだけ悩めよ、自分がこれからどーすんのか延々悩むなんてガキの特権だ」
「分かった風な口聞きやがって、こないだまでお前もガキだったくせに。なんだよ、『おれも昔はそうだった』ってやつか?」
「……そうだな。あんたから受けた恩がデカすぎて、自分が何をすりゃ報いることができるのか分かんねェで、散々悩んだよ。たっぷり10年は悩んだ」
「えっ、そうだなのか!?おれ、本当にそんなつもりじゃなかったぞ!?」
「知ってるよ。癪だがな、センゴクに諭されたんだ。『受けた愛に理由などつけるな』とよ。それからは悩むのを止めにして、自分のやりたいこと追いかけてる。あんたのやりたかったことがおれのやりたいことの1つになった、それだけだ」
ローは堂々とおれの前に立ち、おれを真っ直ぐに見ていた。白衣が夜の風に翻って眩しい。つい数年前に見ていた暗い瞳とは違う、芯に光を湛えた目がそこにあった。
「受けた愛に恥じない男になったつもりだぜ。時間はかかっちまったが、あんたの目だって覚ましてやれた。おれ以外にこんなこと出来るやつはいねェよ」
「……そっか。ロー、立派になったんだなァ。凄ェよお前」
「へへ。当然だろ。おれを誰だと思ってんだ」
「怪しい医者だと思ってた」
「えっ!?」
「いやそんな顔すんなよ、お前明らかに堅気じゃねェ雰囲気醸してるから起きた時はてっきり妙な研究施設にでも入れられたのかと───痛ェ!!」
落とされた拳骨が脳天に刺さり、思わず悲鳴を上げる。ちょっと照れ臭くなっただけだろ、加減しろバカ!……いや、加減してこれなのか?そうだよな、センゴクさんと良い勝負が出来る気でいるんだもんなこいつ。本当おれが寝てる間に何があったんだか、そのうちじっくり聞かないと。
溜息を吐いたローはふと苦笑して、「灰が落ちるぞ」とおれの口元を指差した。
「やりたいことが決まんねェってんなら、うちに置いてやるよ。あんたの仕事っぷりは優秀だったらしいじゃねェか、話はセンゴクから聞いてるぜ」
「……いや、ある。センゴクさんに会いたい」
「そうか」
意を決して告げた言葉にも、ローは表情を変えなかった。まるでおれがそう言うと知っていたように。白衣の内ポケットから取り出された封筒には、すっかり見慣れたセンゴクさんの文字がある。"ロシナンテへ"───
「なら連れてってやるよ、センゴクのところへ」
10.最後の手紙-------------------------------------------------------------
ロシナンテへ
挨拶に来る気になったのか?律儀なやつだ。老いぼれなぞ放っておいて好きに暮らせば良いものを。
……いや、お前に『挨拶はきちんとしろ』と言い聞かせたのは私だったな。
幼い頃のお前は声が小さくて挨拶の1つも出来なかった。いつの間にか背も声もでかくなりおって。
知っての通り、お前が起きるまでに随分と時が過ぎた。私も海軍を退き、自分の家に戻ってから長く経つ。
隠居の身になってからは暇を持て余していてな。いつでも遊びに来るといい。もてなしはせんぞ、茶と茶菓子は自分で持ってくるように。
センゴクより
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マリンフォードに近い小さな島の、これまた冗談みたいに小さい船着き場へタラップが降ろされる。年代物の木の床は所々が腐食し、ドジって転べば踏み抜きそうだ。海に落ちたらシャレにならないので慎重に歩き始めたが、案の定右足の先が突然沈んだ。悲鳴を上げるより先に目の前が青くなり、土の上へ放り出される。土産に持ってきた茶菓子だけはなんとか死守した。
「いてて……助かったぜ、ロー」
「気を付けろ。最低限の手入れはされてるみてェだが、あんたのドジをカバーできる程じゃ無い」
「そうだな。この調子じゃ中もどうなってるかなァ」
ぼやきながらも気を取り直して歩き始めたおれに、ローが慌てて着いてきた。
「あんた、ここ来たことあるのか?」
「そりゃあな。来たことあるどころか住んでたこともあるぜ、あんまり変わってなくて安心した」
「そうだったのか」
「おれが海兵だったことも……天竜人だったことも、もう知ってるんだよな。両親を亡くしてドフィと別れた後、おれはセンゴクさんに拾われてしばらくの間ここで暮らしてたんだ」
伸びた草の隙間、すっかり隠れた飛び石を記憶に沿って踏んでいく。道に沿って小さな島の中へ進んでいくと、コンパクトな造りの家が見えてきた。イーストブルーの特定地域でよく見られる形式の伝統的な家屋は、元を辿ればワノ国をルーツとするらしい。海軍でもとびきり地位のある人だったのに、家は見合わぬ程シンプルで素朴だ。"ワビサビ"がどうとか言ってたっけ。
豪奢な暮らしと泥水を啜る暮らしの落差で疲れ切っていた幼いおれには、ままごとのような静かな暮らしは天国のようだった。本当に天国に来てしまったのかと思う程に凪いだ暮らしに、慣れるまでの間センゴクさんに何度も『ここって天国?ぼくは死んだの?』と聞いては困らせてたな。
「おれが落ち着くまでの間、センゴクさんは毎日マリンフォードとここを往復してくれた。泣き虫で甘ったれでドジばっかのガキ相手に、本当に良くしてくれたよ。二つ名通り神様みたいな人だった。海兵になった後はたまの休みに2人で泊まるぐらいだったけど、今のおれにとってはここが実家だ。……いや、それももう違うのかもな」
ローが通りやすいように伸びきった草を踏み慣らしながら、家の前で道を右に折れる。訝しげな顔をしたローは、それでも何も言わずに着いてきた。もうお互いに分かっているのだ、この先に何があるのか。それをお互いが理解していることも。なだらかに下っていく道を進み、島の端へ伸びる道を進んでいく。海岸を横目にぐるりと島の外周に沿って歩くと今後は緩い上り坂。海に向かって僅かに張り出した高台の上は見晴らしが良く、センゴクさんもここからの眺めを随分と気に入っていた。『死んだらここに埋めてくれ』なんて言うぐらいには。
───果たしてそこには、見たことの無い墓がぽつんと建っていた。マリンフォードじゃあまり見なかった石造りの四角い墓には、よく知る名前が刻まれている。
「お久しぶりです。挨拶が遅れてすみませんでした」
足を揃えて背筋を伸ばす。敬礼。
「お手紙ありがとうございました、現状を把握するのに大いに役立ちました。あれ、何通用意したんですか?おれが受け取ったのは5通ですけど絶対もっとありますよね?最低でも倍はあると思ってますよ。それだけしか見付けられなかったんで結構悔しく思ってて……まあ、智将センゴクと懸賞金何十億だかの海賊が手を組んだらそりゃ勝てる気はしないですけど。というか、いつの間にローと仲良くなったんですか。それだけじゃ無いですよ、海兵だってことも天竜人だったこともちょっと寝てる間にローにバレてるし、海軍も無くなったらしいし、2代目の海賊王もいるらしいし、ドフィは捕まっててローは治ってて、センゴクさんは、」
目から何かが溢れた。無視する。少し後ろで息を呑む音が聞こえた。それも無視だ。目の前の石は何も言わず、"センゴク"の文字だけをおれの目に写している。返事が無いのも無視して、喉が勝手に絞られるのも無視して、小脇に抱えたままの煎餅の袋が怪しい音を立てるのも無視して、
「センゴクさんは、死んじまってるし……」
足下のまだ新しい敷石が濡れていく。甘ったれで泣き虫でドジばかりのロシナンテを、センゴクさんはもう宥めても叱ってもくれなかった。どうして待っててくれなかったの、ぼく頑張ったのに、そりゃ任務は失敗したけど、でもやらなくちゃいけないと思ったことをやったんだ。見てよ、ローの病気治ったんだよ!ぼくだってセンゴクさんみたいに、可哀想な子供の助けになれたんだ。……なれたよね?ねえ、何か言ってよセンゴクさん!
心臓の中で大暴れする子供を、センゴクさんに育ててもらった26歳のおれが必死に抱きしめている。分かってただろ。あらかじめ預けられた何通もの手紙、過ぎ去った長い年月、"海のクズ"に託された養子の身柄。おれの性格を考慮して整えられた人員配置。指揮官がいないからこそあらかじめ綿密に練られた計画。示された航路を頑なに守ろうとするローの態度。
分かっていた。分かっていたんだ。少しずつ届けられる情報の端々に、おれの覚悟を促すメッセージが丁寧に織り込まれていた。おれはセンゴクさんお墨付きの優秀な部下だから、きちんとあなたの指示を受け取っていましたよ。どれもこれも、あなたが教えてくれたことです。
「センゴクは、」後ろから控えめな声がする。「センゴクは数年前に死んだ。海賊王を巡る動乱が一昔前にあって、その時色々無茶してたからな。差っ引いて考えりゃ大往生だと言えるだろう。おれも出来るだけ引き延ばしを試みたが、センゴクが『もう十分だ』と……すまねェ、コラさん」
申し訳なさそうな声に首を振る。誰のせいでもない、おれがちょっと寝坊したのが悪いんだ。いや、それだってローが精一杯頑張ってくれた結果なんだから、『なんでだ』なんて思えない。涙と鼻水でドロドロになった顔をシャツの袖で適当に拭って、顔を上げる。石に彫られた重厚な文様が涙でぼやけて見えて、目を拭い直した。
「……あ?」
名前の刻まれた石の、隅を縁取る彫刻に違和感がある。風雨に晒されて薄く汚れの付いた表面に手を伸ばし、積まれた石の合わせ目に彫られた文様をなぞる。指先に微かな凹凸が触れた。"私信、センゴクより個人宛、軍務に関する内容無し"───
「手紙……!」
「えっ?あ、おい!コラさん!?」
てっぺんの石をあらゆる角度から確かめる。底を見ようと石を掴んで傾けたおれに、驚いたローが飛び付いてきた。そりゃそうだろう、今のおれはハタから見たらいきなり人の墓を解体しようとする狂人だ。腰の辺りにしがみ付かれ、ぐいぐいと引っ張られる。無視する。
「落ち着けコラさん……!センゴクはもう死んだんだ、墓なんか荒らしたって」
「違ェよ!手紙だ、手紙が仕込まれてんだこの墓!」
「は、手紙?……はァ!?」
「中のどっかに手紙があるはずだ!おいロー、お前の能力で調べられねェか!?」
「あんた何言って、……いや、分かった。ちょっと退いててくれ。"ROOM"」
青い空間がローの手を中心に広がり、墓を包み込んだ。「マジか」と呟いて目を見開いたローの手のひらが返されると、おれの右手の中ですっかり粉々になっていた煎餅の袋が消える。代わりに、見慣れた封筒がそこにあった。
11.いまや白紙の未来-------------------------------------------------------------
おれの息子へ
よく見付けたな。流石だ。
これがおれの書く最後の手紙になる。どうだ、手紙はどれくらい読めたか?お前にプレゼントをする機会も最後だから、年甲斐も無く張り切ってしまった。
最近はすっかり体がくたびれてしまってな。お前が助けた子供ときたらガープの孫とつるんで好き放題暴れおって、おかげで尻拭いが大変だったんだ。お前の小さい頃を思い出すよ。もう随分昔になってしまったが、毎日お前のドジの尻拭いで駆け回っていたなァ。お前が育てた訳でもないのに、妙なところで似ている気がする。
……いかんいかん、年を取ると感傷的になってしまうな。色々なことがあったが、お前が目を覚ますまでの間にこの海も随分平和になった。老体に鞭を打った甲斐があったよ。おれが出来ることなどあまり無かったが、まあプレゼントの1つだということにしておいてくれ。
もうこの命は長くない。自分が一番よく分かっている。
お前が1人で生きていけるようになるまで付いててやりたかったが、どうも難しそうだな。すまない。
どんな形でも良い、お前の人生が幸福なものであることを祈っている。もうお前を縛るものは何も無い。やりたいことを見つけて海に漕ぎ出すのも、誰もお前を知らない島で穏やかに暮らすのも、それ以外の何だってお前の自由だ。
……ああ、もし1つだけ願って良いなら、おれのことを時々思い出してくれると嬉しい。
色々なことがあったが、2人で笑っていた時もあっただろう?その時のことを思い出してくれたら、あの世で大喜びするよ。
2人目の父より
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手紙を開いたまま、随分と長く動けずにいた。どれくらい経っただろうか───墓の前で泣きながら座り込んだままのおれに、ローがそっと声を掛けてきた。
「コラさん。すまねェが、そろそろ日が落ちる。あんたはまだ病み上がりなんだ。せめてセンゴクの家か船の中に……」
「ああ……悪ィな、もう大丈夫だ。行くかァ……」
酷いことになっている顔を適当に拭ってごまかす。もうシャツの袖がドロドロだ。いい年なのに情けねェが、まァ、親が死んだ時ぐらいは仕方ねェだろう。ということにした。
供えていた茶菓子を回収して立ち上がり、来た道を戻る。ローが心配そうな顔をして着いてきた。ゆっくりと2人で歩く。
「手紙、何が書いてあったか聞いても良いか」
「自由に生きろ、幸せになれ……あと、たまに思い出してくれってさ。父親忘れるやつなんかいねェっての、変なこと気ィ遣ってよ」
「そうか。……すっきりしたみたいで良かったよ」
「おお、ローのおかげだぜ!ありがとうな、色々」
笑顔でピースしてやるとローも笑った。泣き腫らした顔じゃ酷い笑顔だったろうが、まあいいか。人間、笑顔が1番だ。ちょうど家の前の分かれ道に辿り着き、ローが足を止める。
「……なあ、あんたこれからどうするか決まったか?」
「それなんだよなァ。いくつか考えてることはあるが、まあ急ぐ話は無ェし、海に出るなら足も必要だし……何から手を着けたもんか」
「だったら、おれから1つ提案がある」
「提案?」
ローはおれに向き合い、真っ直ぐ目を合わせた。不敵な笑みを浮かべる───いかにも海賊みたいな笑顔だ。
「今のあんたはもう自由だ。おれはこの通り元気になった、ドフラミンゴは捕まった、海軍は無くなった、海は平和になった」
「……そうだな」
「だが、1つ約束が残ってるぜ。26年前の……いや、あんたにとってはついこの間か。おれと約束したこと、覚えてるか?」
「約束……」
「自由に生きるなんて言っても、今のあんたは世の中を知らなさすぎるだろ。暇なら丁度いいじゃねぇか、世界中を見て回ってまずは今の世に追いつくと良い。あんたのやったことで世界がどうなったか存分に確かめるといいさ」
脳裏に雪の中の光景が蘇る。霞み始めた目で、鈍くなった頭で、なんとか口から吐いた言葉。あんまりにも多くの物を失った子供に、せめて最初に見る夢を持たせてやりたくて───
「おれのスタンスは変わってねェぜ。宛てが無いならうちに置いてやるよ。今後は患者扱いはしねェが、飯と寝るところは提供してやる。戦利品がありゃ分配もされる、あんた文無しだろ。行きたいところがあるなら……まあ多少は考慮してやってもいい。おれの船はこの海で1番の船だぜ、少し年を食ったがまだまだ現役だし、世界のどこにでも行けるのはとっくに証明済だ」
「……でも、良いのか?おれ訳ありだぜ、"キャプテン"」
「今更だろ」
スミだらけの手がおれに向かって差し出された。
「……おれ、最初に行きたいところがあってさ」
「なんだ」
「おれにとっちゃついこの間なんだが、待ち合わせしたやつがいるんだ。スワロー島ってとこまで乗せてってくれねェか」
おれも手を差し出す。破顔したローと手のひらを打ち合わせると、パァンと良い音が辺りに響いた。
エピローグ 数え切れない手紙たち
「キャプテ~ン!大変だ、またロシナンテがいねェ!」
「あのクソガキ、またか!!船は!?」
「こないだ麦わらんとこから貰った小舟に乗ってったみたいだ」
「よし、掛かったな!あれにはビーコンが付いてる、反応追えば」
「それなんですけど、ロシナンテさんが……壊したみたいで……」
「はァ!?」
「そのォ~、書き置きがあってェ。これなんですけど」
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【退団届】
ハートの海賊団様へ
長らくお世話になりました。私ドンキホーテ・ロシナンテはこの手紙が発見された時点をもって客員としての立場を辞し、普通の人間として生きていくことにいたします。
こうして退団届を書くのももう10回……11回?あれ?もっとだっけか?まあいいや、とにかくこの届けが最後の1通になることを願っています。
ロー、世話になったな!時々で良いからおれのこと思い出してくれると嬉しいぜ!
ドンキホーテ・ロシナンテ
追伸
こないだ上陸した島で聞いたんだが、この近くの島で悪さをしてる海賊崩れがいるらしい。女子供も被害に遭ってるんだと、絶対許せねェよな!お前らはそういうこと絶対すんじゃねェぞ、もし悪い噂なんか聞いたら船長室に忍び込んでローの恥ずかしい秘密とか漁ってやるから覚悟しろ。
あと、なんかちっさい機械?が小舟にくっついてたんだけどドジって壊しちまった……。すまん。
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ぐしゃ。
ローは読み終わった書き置きを速攻で握りつぶした。
「何回言ったら分かるんだ、客員は正式クルーじゃねェから退団とか無ェんだよ……!!」
クルーたちは呆れた顔が半分、にやけ顔が半分だ。また始まったよ、キャプテンとロシナンテの鬼ごっこ。どうせすぐとっ捕まるのにあの坊主も懲りねぇなァ。次は何分割にされるか賭けようぜ。いや、どこの壁に接着されるか賭ける方が面白いんじゃないか?
盛り上がり始めたクルーたちの端で、ペンギンがいかにも『堪えきれずに』といった雰囲気で噴き出した。隣で半目になっているシャチが背中を小突く。
「ペンギン何笑ってんだよ、おれらまたあの坊主捜しに行かないとだぜ」
「いや、キャプテン楽しそうだなァって」
「まあ……そうだな。良かったよ本当。センゴクの読み通りとは言え、坊主が真っ直ぐ海に飛び込んだ時はどうなるかと思った」
「ま、丸く収まったから結果オーライだろ。キャプテンもロシナンテも、もう少し大人しくしててくれりゃ言うことないんだけどな~」
「無理だろ」
「まあ無理だよなァ」
「最後に見たのは誰だ!……半日前!?ならもう島に到着してる可能性が高いな、ベポ海図持って来い!ペンギンは戦闘の準備任せる!シャチ、食堂の壁の掃除しておけ!」
「アイアー……壁?」
「一番奥の壁だ!あそこに貼り付けてやる、額縁も用意しとけ!今度こそは反省してもらうからな……!!」
クルーたちの輪の中から悲鳴がいくつか上がった。恐らく食堂以外の壁に掛け金を払ったばかりのクルーたちだろう。我らがキャプテンは愛刀を折らんとばかりの勢いで握り締め、海の向こうを睨み付ける。素直すぎる感情表現はまるで子供の頃のようだ。
怨嗟の渦の中にあるにも関わらず何故だかここ数年で一番の平和を感じて、ペンギンとシャチは顔を見合わせて思い切り笑った。あーあ、クソガキ2人が楽しそうにじゃれ合ってら。
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「うーん、良い天気だなァ」
見渡す限りの青の中で独り言ちる。海に漕ぎ出して半日、やっと目的の島が見えてきた。潜水艦の中から見る深海もロマンがあって良いが、やっぱり子供の頃から慣れ親しんでいるのは船の上から見る海だ。青い空、青い海、おまけに久々の煙を肺いっぱいに吸い込んで、窮屈な小舟の中ごろりと横になった。
センゴクさんにもこんなのんびりした時があったのだろうか。想像つかねェや。今度海軍の時の知り合いに会ったら聞いてみるかなァ。ガープさんとか……あれ?まだ生きてるのか?いやでもあの人が死ぬところなんか想像できないな。……あの人、死ぬことあるのか?いやあるだろ、人間だし。……多分。
ローは何でかおれの面倒をずっと見てくれるつもりらしいが、頭より先に体が動く性分だから医療船のクルーなんてもんになったらめちゃくちゃ迷惑掛けそうだ。それに、いくら今は年上とは言え世話してたガキの世話になるのは流石に……なんか……おれも一応大人だしやっぱり気が引ける。何度"退団届"を出しても却下するあたり、面倒見が良すぎて余計な苦労を背負い込むタイプになってる気がするんだよな、あいつ。
考えている間に、いつの間にか灰が長く伸びていた。落っこちてきた灰の熱さに飛び上がる。小舟が派手に揺れた。
島に着いたらまずは煙草を買おう。それから"海のクズ"をぶちのめして、あとは広いベッドで眠れれば言うことは無い。その後は───まあ、なるようになるだろう。やるべきことなんて結局分からないままだが、今すぐに結論が出るもんでも無さそうだしな。困ってる人がいたら出来る範囲で助けよう。気に入らないやつがいたらぶちのめそう。ドフィの顔も一度は見ておきたいし、父上と母上の墓も今ならきちんと作れるかもしれない。センゴクさんの手紙だって全部は読めてないはずだ。そうやって思いつくままに過ごしていく内に、いつか何か、これと思うものが見い出せればそれでいい。何せ人生はまだ長いらしいので。
島が次第に近付いてくる。砂浜で駆け回っている子供達が、何故だかおれを指さして叫び始めた。……なんだ?海賊だとでも思われてんのか?もう道化の化粧もしてないのに、失礼なガキ共だ。手を大きく振ってやると、なんだか肩の辺りが暖かく感じる。本当に良い天気だなァ。この辺りは気候も良いみたいだし飯にも期待できそうだ。
「おーいガキ共、安心しろ!おれは怪しいやつじゃねェ!」
「燃えてる!燃えてるぞ!兄ちゃん、肩!肩見ろーーー!!」