『ぬくもり』昼休みが始まると、いつものように教室の片隅にある席に向かった。しかし、今日はいつもと違う。身体が鉛のように重く、胃のあたりに鈍い痛みが広がっている。最悪だ。よりにもよってこのタイミングで。
私は席に着くなり、そのまま机に突っ伏してしまった。
「かすみちゃん、大丈夫?」
廊下の窓際から声をかけられ、顔を上げるとそこには歩夢先輩が心配そうにこちらを見ていた。両手で抱えられた教科書やノートの類を見るに、どうやら移動教室の途中だろう。いつも笑顔の彼女が、今日は少し眉をひそめている。
「……大丈夫です あー、でもただ少し…疲れちゃって」
そう言ったものの、私の体調が悪いのは歩夢先輩の目から見ても一目瞭然なようで、無理に笑おうとする私に、歩夢先輩は優しく微笑んだ。
「そんなに無理しなくていいよ。ちょっと休もうか。」
そう言うと、歩夢先輩は私の肩に手を置いてくれた。その温かさに、少しだけほっとした気持ちになる。
「予鈴、もうすぐ鳴りますよ…?」
「………? あぁ! 心配しないで。かすみちゃんのクラスの子には私から話しておくから。」
いや違う。私の授業のことじゃなくて、歩夢先輩の授業が─────────そう言いかけたが、もはやこれ以上声を出す気力もない。正直、身体の方が限界だ。
全く、どこまでお人よしなんだろう、この人は。自分のことよりも真っ先に他人を思いやれる優しさに、少しだけ腹が立つ。でもその優しさに甘えることしかできない今の自分にはもっと腹が立つ。全く、揃いも揃って同好会の先輩達は──────責任感の塊みたいな人に、優しさの塊みたいな人、本当に、本当に、変な人達ばかりだ。
ひとりむしゃくしゃしている横で、歩夢先輩は私をそっと立ち上がらせる。どうやら保健室へ連れて行ってくれるらしい。歩幅、歩きやすいように私に合わせてくれてる。本当に、この人は。
歩いている間も、痛みは収まらず、時折立ち止まってしまう私に、歩夢先輩は懸命に付き添ってくれた。保健室に着くと、先輩は私をベッドに横たわらせ、毛布をかけてくれた。温かい。
「ここで少し休もうか。私、薬とってくるから、何かあったらすぐに教えてね。」
歩夢先輩の優しい声が、痛みで疲れた心にしみる。
あ、今なら眠れそう。少しの間、目を閉じると、いつの間にか私は深い眠りに落ちていた。
夢の中、歩夢先輩の温かい手の感触が、私を支えてくれているような気がした。