『青の夢』夢を見ていた。人魚の夢。
水槽の中をゆっくりと泳ぐ人魚が一人。艶やかな黒髪が水に揺れるたび、鱗がきらめいて光を反射する。その姿はどこか神秘的で、美しかった。人魚は楽しげに水の中を舞いながら、時折こちらを見ては優しく微笑む。
「せつ菜先輩みたい……」
その笑顔が、どうしてもせつ菜先輩の姿と重なって見える。あどけなさの残る整った顔立ちも、艶やかな黒髪も、楽しそうな笑顔も、まるでせつ菜先輩そのものだ。
私に何かを伝えたいのだろうか。人魚の唇がゆっくりと動く。しかし、どれだけ耳を澄ませても、声は聞こえない。こちらの様子に気づいた彼女は、自身の喉にそっと手を当てる。何かを探るように震えるその手、何度も動く唇。まるで"大切な何か"を失ったかのような悲しみが、その表情には滲んでいた。その姿に胸が締め付けられるような痛みがこみ上げる。痛々しくも儚く、割れ物のガラスのように輝くその美しさに、私は心を奪われた。その美しさに惹かれることで、何かを補おうとするかのように。
やがて、彼女は静かに目を閉じ、"それ"を受け入れるように、優しく笑った。
『大丈夫ですよ』
ガラス越しに手を合わせながら微笑む彼女の声は聞こえない。それでも、彼女は確かに私にそう語りかけているように思えた。
「せつ菜先輩─────────!」
反射的に手を伸ばした。しかし、その指先が水面に触れる前に、人魚の姿はゆらゆらと揺れて消えてしまった。
───
「かすみさん…?」
目が覚めると、せつ菜先輩が目の前にいた。どうやら部室でうたた寝をしてしまったらしい。せつ菜先輩は心配そうに私を見つめている。
「起こしてしまいましたか?」せつ菜先輩が優しく声をかけてくる。私は夢の中の人魚を思い出しながら、せつ菜先輩の瞳をじっと見つめた。
「どうかしましたか?」せつ菜先輩は少し困惑した様子で問いかけてくる。その澄んだ瞳と夢の中の静かな人魚が重なり、胸の奥が再び締め付けられる。
「別に、なんでもないです」
そう答えたものの、夢の余韻はまだ、私の心の底で静かに波打っていた。