『朱に交わればなんとやら』待ち合わせのカフェで待っていると、少し遅れてやってきたせつ菜先輩が見えた。正直、ちょっと驚いた。普段から時間に正確なせつ菜先輩が遅れて来たこともそうなんだけど、多分、今気にすべきはそんなことではない。
せつ菜先輩、毎度のことだけど、今日の服装もダサ……うん、独特すぎる。
「かすみさん、お待たせしてすいません!」
いつものように元気に駆け寄ってくるせつ菜先輩。しかし、その顔はどこか申し訳なさそう。
「もう、ほんとですよ。かすみん、待ちくたびれて帰っちゃうところでした」
嘘だ。遅れたとは言ってもせいぜい5分程度。正直、私も今来たばかりで時間的にそれほど待ってもいない。ただ、いつも真面目なせつ菜先輩をほんの少しだけ困らせたくなった。
「ご、ごめんなさい!かすみさんとの貴重な休日なのに遅れてしまって…」
せつ菜先輩は更に焦った様子で顔を真っ赤にし、どうしようかと考え込んでいる。にっしっし。いい気分だ。いつもなら、さあどうしてやろうかとこの後のイタズラに思いを馳せるところだが、せっかくの休日なのでこの辺りにしておく。
「本当ですよ!あ、じゃあこうしましょう。遅刻したおわびとしてせつ菜先輩には今日1日、かすみんの着せ替え人形になってもらいます。せつ菜先輩の私服、かすみんが責任を持ってもっと可愛くするんで、せいぜい疲れて置いていかれないようにしてくださいね」
うん。我ながらナイスフォローだと思う。
こちらの提案に安堵の表情を浮かべ、元気よく大きい返事をするせつ菜先輩の手を引いて、私達はショッピングモールに向かった。
いくつか試着用の洋服を選ぶ前にあらためてせつ菜先輩をじっくり観察する。せつ菜先輩、可愛い顔してるんだから、ちゃんと選べば絶対イケるはず…なんだよね。……ムカつくけど。
いくつかの服を選んで、せつ菜先輩に手渡す。
「これ、試してみてください。もっと「可愛い」せつ菜先輩になると思いますから」
数分後、試着室から出てきたせつ菜先輩を見て、思わず息を飲んだ。
シックな黒のブラウスにせつ菜先輩のイメージカラーを彷彿とさせる、スカーレットのタータンチェックのスカート、それに同系色のベレー帽………想像以上に似合ってる。あらためて認めるのは癪だが、やっぱりこの人「格好いい」だけじゃなくて、すごく可愛い。
「どうですか、かすみさん?…その、似合ってますか?」
恥ずかしそうに微笑むせつ菜先輩。でも、なんでこんなに似合うんだろう。しかも、この人、私とほぼ同じ身長なのに、出るところはしっかり出てて、果林先輩とは違う系統だけど、はっきり言ってスタイルが良い…ムカつく、悔しい、あぁムカつく。
「なんで後輩のかすみんより身長低いのにそんなにスタイル良いんですか!?せつ菜先輩の方がかすみんより1㎝低いのに!1㎝しか!変わらないのに!ア゙ーーもう!ほんと悔しいですぅ!」
つい声を上げてしまう。せつ菜先輩は一瞬驚いた顔をして、次に顔を赤くして視線を逸らした。
「あ、あの…ごめんなさい。でも、かすみさんもすごく可愛いですよ!」
その恥ずかしそうな表情が、なんだか余計に悔しい。
レジに向かう途中、せつ菜先輩が子犬のように目を輝かせたかと思うと、何かを手に取りそれをこちらに差し出した。
「かすみさん見てください!この帽子!絶対かすみさんに似合いますよ!」
せつ菜先輩が選んだのは、シンプルだけどセンスの良い、淡いクリーム色のベレー帽。
「うーん…まあ、しょうがないですねぇ〜、せつ菜先輩がそこまで言うなら試しに被ってみてもいいですけど」
軽口を叩きつつも、実はちょっと嬉しい。せつ菜先輩が私のことを考えて選んでくれたんだなって。
「はい!きっと、かすみさんが被ったらすごく可愛いですよ!」
打算もお世辞とも程遠い、きっと、まごうことなき本心から出ているであろうせつ菜先輩のその言葉に、思わず笑みが溢れる。──────本当に、この人は。
「…これ、買います」
税込6000円。しず子のお小遣い2ヶ月分。女子高生には決して安くはない買い物だ。きっと明日からは、次のお小遣いまで節制の日々を強いられることになるのだろう。気が重くなる。でも不思議と、今の気分は晴れやかで、温かい。
ショッピングを終え、外に出た時、せつ菜先輩がポツリと話し始めた。
「こういうことを言うと言い訳に聞こえるかもしれませんが、実は、今日遅れたのは…かすみさんに会うための服を選んでたからなんです。でも、結局選べなくて。急いでいつもの服を着てきちゃいました」
この人はすぐ平気でこういうことを言う。
舐めないで欲しい。そんな口説き文句で、このかすみんが落ちると思っているのなら大間違いだ。ほんと、大間違いだ。
せつ菜先輩が遅れたのは、かすみんのために服を選んでいたからだったんだ。少しでも「可愛い」って思ってほしくて、それで─────────
「そんなことだったんですね。じゃあ、これからはかすみんが一緒に選んであげますから、また一緒に買い物に行きましょうね、せつ菜先輩」
「はい、ぜひお願いします!」
たまらず平静を装う。太陽のようにペカペカと笑うその笑顔を見て、こちらも自然と笑顔になる。
夕日がお台場の街並みを、人をゆっくりと飲み込み始める。朱色に染まった頬をせつ菜先輩だけには見られたくなくて、ほんの少しだけ、足を早めた。