『硝子越しの夕陽』一面に広がる砂浜は、オレンジとピンクの絵の具を溶かし込んだような空の下、静かに波の音を反射していた。沈みゆく太陽が海を照らし、波間には揺れる金箔が散らばる。私たちの影は細長く伸び、海風がそっと頬を撫でていく。
目の前には遥さんがいる。彼方さんの妹でありながら、その穏やかな物腰はどこか姉のような落ち着きを感じさせる。不思議な人だと思う。彼方さんの柔らかさを受け継ぎながらも、彼方さんとはまた違う芯の強さがある。
「私、遥さんが羨ましいです。毎日彼方さんと一緒にいられて。」
そう言った瞬間、自分の声が砂に染み込んでいくような儚さを覚えた。ほんの小さな嫉妬が混じっていたのかもしれない。でも、遥さんは驚くでもなく、静かに微笑んでくれた。
「ふふ、家族の特権ですから。」
その笑顔は夕陽の色を帯びて、まるで海面に浮かぶ一瞬の虹のようだった。私はその言葉に何も返せず、ただ頷く。砂の上で揺れる自分の影が、彼方さんを追いかけているように見えたからだ。
「……でも、しずくさんとお姉ちゃんを見てると、私もしずくさんが羨ましいと思うときがありますよ。」
静かな波音に紛れて、遥さんの声が耳に届く。その言葉に、私は不意を突かれた。
「え……私が?」
「ええ。」
遥さんは夕陽に目を細める。その瞳には、私には届かない何かが映っているように思えた。
「私がお姉ちゃんの‘妹’じゃなかったら、家族とは違った‘特別’になれてたのかなぁ、って。」
遥さんの言葉は、波打ち際で弾ける泡のように淡い悲しさを帯びていた。家族という確かな絆の中にいるからこその切なさ。私には想像できない、遥さんの孤独。
私は言葉を紡ぎたかった。でも、どう言えばいいのか分からない。ただ、遥さんの視線の先に彼方さんの姿を思い描いた。その輪郭が霞むのは、沈む太陽のせいか、それとも私の中にある名前のない感情のせいなのか。
「特別……」
口にした瞬間、それがどれほど重い響きを持つのかを理解した。それはきっと、私が彼方さんに抱いている気持ちと遥さんが抱えている気持ちの狭間にある、見えない境界線のようなものだ。
遥さんが砂を軽く蹴ると、風に乗って細かい粒がさらさらと流れた。彼女はそのまま微笑みながら私を見つめる。
「しずくさんも、そんな風に思ったこと、ありません?」
問いかけられたその瞬間、胸の奥に波紋が広がるようだった。私は答えを出せず、ただ沈黙したまま砂浜に目を落とす。
遥さんの足元に残った小さな足跡が、夕陽の影と共に消えていく。その跡を追うように、私たちの影も海へと溶け込んでいった。
「……ごめんなさい、私、ちょっとだけずるいのかもしれません。」
そう告げた私の声は、どこか自分ではない誰かが語っているように感じた。でも、遥さんはそんな私の不器用な告白に、優しく首を振る。
「いいんですよ、それが"誰かを大切に想う"ってことなんだと思います。」
遥さんの声は、海風に混じって遠くへ流れていった。その優しさが痛いくらい胸に染みる。
私たちの間に漂う空気は、まるで海と空の境界線のように曖昧で、それでも確かに存在していた。
夕陽は次第に沈み、私たちの影も世界から消えていく。残されたのは波音と、遥さんの柔らかな笑顔だけだった。