『お姉ちゃん直伝の卵焼き』結婚式の前夜って、どんな感じなんだろうね〜?
緊張するのか、それともワクワクが勝っちゃうのか─────そんなことを考えながら、キッチンで卵を割る音に集中してた。
「あれ、ちょっと焦げちゃったかも?」
形が少し不格好になった卵焼きを巻き直して、さらにもうひとつ。これで最後の仕上げ。お皿にふんわり盛り付けたら、完成だよ。
「遥ちゃん、ご飯できたよ〜!」
リビングで準備をしていた遥ちゃんを呼ぶと、小走りでこっちにやってきた。
「お姉ちゃん、ありがとう。卵焼きなんて久しぶりだね。」
笑顔でそう言う彼女の顔は、どこか浮かれていて、でも少し寂しそうにも見える。
「いつもみたいに彼方ちゃん特製だよ。さ、召し上がれ〜。」
そう言って、箸を差し出すと、遥ちゃんはふふっと笑ってひと口食べた。
「うん、美味しい。やっぱりお姉ちゃんの卵焼きがいちばん美味しい。」
そんな言葉を聞いて、わざとらしく肩をすくめてみせる。
「ありがとう〜 遥ちゃんにそう言われると彼方ちゃんも嬉しいよ〜。でもさ、今じゃ遥ちゃんの方がずっとお料理、上手になったよね。」
「そ、そんなことないよ。」
遥ちゃんは照れくさそうに笑う。
「そうだとしたら、お姉ちゃんが教えてくれたおかげだよ。最初は何回も焦がしてばっかりだったけど…いまではちゃんと美味しく作れるようになった。」
遥ちゃんの言う通り、あの頃の遥ちゃんは、卵焼きを焼くたびにフライパンから煙を上げて、台所中を大騒ぎにしていたっけ。
でも、いつの間にかその手つきは見違えるほど滑らかになって、味も形も完璧なものになった。
遥ちゃんの作った卵焼きを思い浮かべながら、箸を置いて軽く伸びをする。
「これが毎日食べられる旦那さんは幸せ者だね〜。羨ましい限りだぜ〜。」
ちょっとおどけた調子で言ってみせるけど、なんとなく心の奥でじわりとした感覚が広がる。
なんだか、遥ちゃんがすごく遠い場所に行っちゃうみたい─────────
「あのね、お姉ちゃん。」
ふいに、遥ちゃんが箸を置いてこちらを見つめる。
「なぁに〜?」
「今まで、ありがとう。」
突然の言葉に、手が止まる。
「小さい頃からずっと、助けてもらってばかりだったね。お姉ちゃんがいつも側にいてくれたから、私、今までなんでも頑張ってこれた。」
遥ちゃんの目に涙が溜まっているのが見える。
「ちょ、ちょっと待って〜。そんなの聞いてないよ〜!」
慌ててティッシュを渡しながら、照れ隠しに笑う。
「だって、今日くらい言わせてよ…。」
泣きながら、それでも一生懸命に感謝を伝える遥ちゃん。そんな彼女を見ていたら、胸の奥がじんわり温かくなった。
「遥ちゃん、幸せになるんだよ。」
少しだけ真剣な声色でそう言って、彼女の頭を優しく撫でる。
「うん、うん…ありがとう、お姉ちゃん。」
それ以上、何も言葉を交わさなかったけれど、二人の間には確かに通じるものがあった。
明日、遥ちゃんは新しい人生を歩み始める。
だから今夜くらいは、彼方ちゃんが遥ちゃんの背中を押してあげるんだ。
「さ、泣いてばかりじゃお肌に悪いよ〜。ほら、もっと食べて〜。」
そう言っていつもの調子に戻ると、遥ちゃんはまた笑顔で卵焼きを頬張る。
その笑顔が、彼方ちゃんの宝物。
彼方ちゃんの想いは、きっとずっと遥ちゃんと一緒だよ。
遥ちゃんの未来が、どこまでも幸せでありますように。