『そういうの』冬の空気は頬に冷たく、吐く息が白く曇る。私たちは放課後の帰り道、人気の少ない公園のベンチで一息ついていた。マフラーをぐるぐる巻きにして、コートのポケットに手を突っ込んでいるけれど、それでもやっぱり寒い。
隣で侑ちゃんが空を見上げている。彼女の顔がほんのり赤いのは、寒さのせいだろうか。それとも夕焼けの光のせいだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、私はぎゅっと肩をすくめる。
「歩夢、こっちきて」
突然、侑ちゃんが私を呼ぶ。その声に顔を上げると、彼女はじっと私を見つめていた。
「え、なに?」
少し不安になりながらも、私は彼女の近くに寄る。すると、侑ちゃんは何も言わずに自分の首に巻いていたマフラーを外して、それを私の首に優しく巻きつけた。
「ね? これで寒くないでしょ?」
侑ちゃんはいつもと変わらない無邪気な笑顔でそう言ったけれど、その仕草があまりにも自然で、一瞬、心臓が止まるかと思った。
「……!」
何も言えなくて、ただ顔が熱くなっていくのがわかる。冷たい空気なんてどこかに消えてしまったみたいだ。
「歩夢、どうしたの?」
「え、な、なんでもないよ!」
慌てて言い返すけれど、視線を侑ちゃんに合わせることができない。…だって、こんなことをされたら意識しない方が無理だ。
「侑ちゃん、ほんとそういうの、どこで覚えてくるの?」
つい心の声が出てしまう。心の中はまだドキドキしていた。
「え、これ?」
侑ちゃんは首を傾げる。その仕草がまた無邪気で、なんだか悔しい。
「別にどこかで覚えたとかじゃないよ。歩夢が寒そうだったから、ほら、つい…?」
「つい、って……」
私は内心、複雑な気持ちになっていた。半分は嬉しいのに、もう半分は不安でいっぱい。同好会の他のメンバーに対しても侑ちゃんはこんな風に優しいから、みんな侑ちゃんのことを好きになっちゃうんじゃないかって、本当は内心、心配。
幼馴染としての誇らしさと、独り占めしたい気持ちが胸の中でせめぎ合ってる。
私のそんな様子を見抜いたのか、侑ちゃんがふと微笑んだ。
「大丈夫だって。"こういうこと"するのはちゃんと歩夢だけだから」
「えっ……?」
驚いて顔を上げると、侑ちゃんの瞳がまっすぐ私を捉えていた。まるで私の心を見透かしているみたいで、息が詰まる。
「ほら、歩夢前に言ってたじゃん。『私だけの侑ちゃんでいて』って」
「っ……!」
頭の中でフラッシュバックする、あの夜の光景。
誰かに侑ちゃんを奪われるんじゃないかと、不安でたまらなくて、気持ちを抑えきれずに抱きついてしまった私。そして、思わず口をついて出た言葉
『私だけの侑ちゃんでいて』
まさか侑ちゃんが、あの時の言葉を覚えていたなんて。羞恥心と動揺が押し寄せて、胸がドキドキする。
「もぉ〜っ!侑ちゃん!なんで今それ言うの!」
顔を真っ赤にしながら侑ちゃんの肩を叩くと、侑ちゃんはおかしそうに笑いながらそれを受け止めた。
「あはは、ごめん。ごめんって。でもやっぱり、歩夢ってほんと可愛いなぁ。トキメいちゃう。」
その声に、さらに頬が熱くなる。
「もぉ〜、そうやってバカにして〜」
でも次の瞬間、私の口からふいに素直な言葉がこぼれた。
「……私だって侑ちゃんだけだよ、ばか」
ぽつりと呟いた言葉に、侑ちゃんは一瞬驚いた顔をして、それから楽しそうに笑った。
「ねぇ、歩夢。そういうの、どこで覚えてくるの?」
まさか、私が侑ちゃんに言ったセリフを返してくるなんて!
「ふふ、歩夢、赤いよ。大丈夫?」
「もぉ〜っ!侑ちゃん、ばかばかばか!」
叩く手に少しだけ力を込めながら、でも心の奥では侑ちゃんの温かさに触れる幸せを感じていた。