里にいる幼馴染み(許嫁)を想うユウギリさんの話。 瞼を閉じれば、海中を揺蕩うように意識が溶けていく。
それはユウギリが護国を成そうとする少年と出会った頃の、忍者を志す前のただの少女だった頃の擦り切れた記憶だった。
暗闇の中で響く水の流れ続ける音色は故郷にいる者達の事を呼び起こす。
争いから距離を置くことで平穏と静寂を手に入れた里に自ら火種を投げ込むつもりはなかった。
しかし、海底に沈む彼らの暮らしがいつか脅かされることがある可能性を知らされた時、この胸の内側に宿った種火から目を逸らすことを許されないと思った。
不安は日に日に大きくなった。焦燥にも似た感情、この泡沫の揺り籠に包まれた里に災厄の星が落ちようものならユウギリは耐えることが出来なかった。
「どうして、誰も聞いてくれない……。私は間違っているのか……!?」
ユウギリは胸の内を吐露した。その少年は何も言わなかった。
少年は紅玉姫が定めた許嫁。不本意という感情はなくとも、ユウギリは少年のことを。シノノメに対して、自分の味方であることを信じて疑わなかったのは過去に植え付けられた優しさを知っているからだ。
きっと、分かってくれると傲慢にも思っていた。
凪いだ海のようにこちらを見下ろす少年。
水面に映る自分自身を見ているような感覚だった。ここに居ればいい。ここは安全だ。
そう語りかけるように少年は何も言わなかった。
逃げるように少年に背を向けた。向き合う勇気がなかった。
里を出ると決めて飛び出した時、自分の言葉が少しでも響いたのかシノノメはユウギリの前に現れた。薄く開いた唇が酷く物言いたげにも見えた気がした。しかし、当時のユウギリは何を考えているか分からない表情に苛立ちを覚え、引き留めもしないのに立ち塞がるシノノメの隣を通り抜けた。
「 ユウギリ 」
消えいく泡沫のような淡い声に振り向くことはしなかった。
それが、あいつの声を見た最後だった。
今はどれほど成長したか想像することは難しかった。元気でいるならそれでいい、生きているならそれでいい。この地上で赤く染まる大地を踏みしめるたびに思わずに居られない。
どうか、あの人達の目にこの色が映らないようにと願いながら剣を握ることしか出来なかった。
ざりっ。土を踏み、人の近づく気配でユウギリは瞼を上げた。
この絶望的な戦いに身を投じる異国の仲間の姿に身体から力が抜け、安堵感が溢れるのを感じた。一人ではない。
「………もしかして、探させたか」
このように穏やかな声を出したのはいつぶりだっただろうか。
仲間。そうか、私はあの時ほんの少しでもいいからお前に味方でいてほしかったのだと今更ながら気づいた。