銀高ss「帰った」
「……おかえり」
朝起きて、一人ぼーっとテレビを見ていたら玄関チャイムが響いた。朝っぱらから誰だよと悪態を付いてガラリと扉を引けば、なんと高杉の姿が。
「あれ、もういいの?」
「ああ」
「け、結局なんだったの?大丈夫なの?」
「ああ」
洗っといてと何日分かの洗濯物が入っているであろう風呂敷を押し付け、高杉は入院なんてなかったかの様にするりと俺の横を抜けて、さっさと居間に入って行った。
「ええ……」
先日から何一つ状況が分からない俺を放置して、高杉ソファーにごろりと横になると穏やかに胸を上下させ始める。
いや、家出してた猫か。
色々と聞きたい事はたくさんあるのに、眠る顔は今までにないくらい穏やかで。一先ず帰って来れたわけだからと、暫くその寝顔を見守った。
それから、入院してたのなんて嘘みたいにいつも通り過ごした。昼飯も夕飯も食べて、一緒に風呂入って。聞きたいことはたくさんあるのに、高杉はあまりにも変わらないから、それはそれで聞く雰囲気でもなく。結局なんで入院したのかは分からないままだった。
ぺち。
ぺちり。
何かが頬を叩いている。しかし意識は心地よい眠りに揺られている。起きたくない。
ぺちん。
しつけーな、なんだよ。
べちん!
「痛ってえ!」
右頬に走った激痛に、思わず目を覚ます。しかも下半身が重い。明らかな異変に靄がかかっていた意識は覚醒して、その原因に目を向けた。
「な、にしてんの?」
「……」
高杉がぺたんと布団越しに俺の上に座っていた。
「……」
高杉は何も言わない。ただじっと口を結んで、こちらを見ている。
「眠れねーの?」
高杉が首を横に振る。
「腹減った?」
ちがう。
「トイレ?付いてって欲しい?」
ちがうらしい。目の鋭さだけで殺されそう。そんな睨むな。
「じゃあ、なによ」
手を伸ばして、長い前髪を分けてやる。ただされるがままにされている高杉の瞳はただ真っ直ぐこちらを見つめているだけで、真意は分からない。ただ、自分からすれば暫く離れていた分を取り戻せればいいなと手の平で頬を撫でてやる。
「……い」
「あ?」
僅かな声量で高杉が言う。
「したい」
「え」
「しろ」
この状況で、その意味が分からないわけはない。ナニなんてそりゃあ数えきれないほどやっている。でもこんなに急なこと初めてだ。
と言うか、何の前触れもなく突然帰ってきてなんだこれ。とりあえず頭の中はナニどころの騒ぎではない。
「なに、一体。どうしちゃったわけ」
「だから、してぇって言ってんだろ」
「そうじゃなくって。お前、なんで入院したかもちゃんと言ってないだろ」
「……それは」
ふい、と高杉が目を逸らす。ほら、きっと何か言いにくい事があるんだ。別に言いたくない事を強要したい訳じゃない。だけど身体の事となるならまた話は別だ。俺はそういうのはちゃんと、二人で考えたい。
「身体、何があったの」
「……」
「高杉」
「笑うなよ」
「笑えるかよ」
真っ直ぐ見つめてやれば、高杉がゆっくりと目線をこちらに向ける。まだ戸惑うような、迷う色。
「………だとよ」
「え?なんて?」
声小さ。なんて言った?
「だ、だからっ!」
ぼすんと高杉が布団を叩く。
「求愛、欠乏症、だと…」
涼しげな顔が、イチゴみたいに真っ赤に染まっていた。
「なにそれ」
「……そのままだ」
「いや、分かんねえって。最後まで説明して」
かあ、と更に高杉の頬に赤みが増す。恥ずかしがってる……のか?一体何に?
「あ、」
「あ?」
「通称、甘え下手症候群……」
語尾につれどんどんと小さくなる声をどうにか聞き取った。
「あまえべた……」
「言うな」
「ご、ごめん…」
高杉はとうとう俯いてしまった。
ようやく病名が明らかになったはいいが、全然症状とかが見えてこない。やはり高杉自身に語ってもらうしかなさそうだ。
「なあ、ちゃんと教えろよ。俺がお前のこと、どんな風に想ってるのか知ってるだろ」
「……」
「心配してんの。お前に何かあったら、俺は嫌だ」
身体を起こす。ころんと転がり落ちそうになる高杉をそのまま正面から抱きしめて、やっと腕の中に戻ってきた体温をもう逃さないと言うばかりに密着した。
「……ぎんとき」
「なあに」
「本当に大したことねェんだよ。お前が気にするような事でもない」
「それは俺が決めんの。ほら、さっさと言いなさい」
早くと急かすように、そのうなじをあまく噛んでやる。ひ、と高杉が短く鳴いてくたりと力が抜けた。
「それ、やめろ」
「お前がちゃんと言えたらな」
「あ、ぅっ…」
もう一度。今度はちょっと歯に力を入れて。噛まれる度に小刻みに震える身体を抱き直して、こつんとおでこを合わせた。
「教えなさい」
強めに、言葉を発する。ちょっとずるいけど、高杉にしか聞こえない声も乗せて。
「……ぅ」
観念したように、高杉が口を開いた。