君に酩酊 座敷の個室を貸し切り、元雷門中サッカー部員で集まって突発的に開催された飲み会は大いに盛り上がっていた。
特に円堂は、円堂を慕う後輩達からの質問攻めの応酬で忙しそうだ。
みんなの中心に居てみんなに愛され、それはそれは楽しそうに談笑している円堂を、恋人である鬼道は微笑ましそうに見ている。
「円堂は相変わらずだな」
俺がそう声をかけると鬼道は「そうだな」と言って笑い、猪口に少し残っていた本日二合目の日本酒を飲み干した。
円堂と鬼道が恋仲であることは、元雷門中イレブンの中では俺を含めて数名しか知らない。
今になって思えば当時から付き合っていたのかも知れないが、円堂達から馴れ初めの話しをされたことはないし、深く詮索するつもりもないので、その辺りは本人たちのみぞ知るところだ。
「豪炎寺、すまないがそこにあるグラスとピッチャーを取ってもらえないか」
鬼道の手は少し離れた位置に置いてあった水用のグラスを指していた。
元々肌の色素が薄いこともあり、酒を飲むと顔の赤さが目立つタイプではあるが、言われてみれば今日は割と飲んでいる方かも知れない。
グラスに水を取りながら大丈夫か?と声をかける。
一杯目の生、続けて二杯ほどおかわりして、今しがた日本酒を二合。日本酒は俺も貰っていたが。あと、確か誰が頼んだものでもないチューハイも、自分が飲むと言って飲んでいたはずだ。
鬼道は俺から水を受け取り礼を言うと、グラスの中身を飲み干した。
「養父の付き合いで普段からよく飲んでいるから大丈夫だ。だが今日は、気分が良くなって少し飲み過ぎてしまったな」
成人して当時よりも落ち着いた鬼道は、こう見えて羽目を外しているようだ。
「おい、大丈夫かよ?あんまり無理すんなよ」
隣に座っていた染岡が、水を飲んでいた鬼道に気付いて声をかける。
「多少酒が回っただけだ、心配ない。ありがとう。」
そう言うと鬼道は一息吐いて立ち上がった。
「少し外の風に当たってくる。」
「ああ。足元に気を付けろよ。」
鬼道は個室から出る段差を降りながら、分かっていると言うように片手を上げた。
非常階段のある方面へと歩いて行った鬼道を目で見送っていると、部屋の奥の方で円堂が「俺ちょっとトイレ行ってくるわ!」と立ち上がった。
個室の出入り口は一箇所しか無く、俺たちが座っていた場所が一番戸に近いため、必然的に円堂は俺の前を通る。
案の定、前を通った円堂と目が合い、俺はトイレの方面とは逆の非常階段の方を指差した。
苦笑した円堂は礼を言うように手を顔の前にかざすと、やはり非常階段の方へ向かって行った。
円堂も根っからのキャプテン気質は健在なようで、更には恋人がかなり酔っているとなると心配なのだろう。
「(……というか……鬼道と円堂とで一番席が離れていたのに、鬼道が席を立ったことにすぐに気付いたということは……)」
似た物同士の親友二人を頭に思い浮かべ、笑いを堪えきれずに吹き出した。
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あいつ大丈夫かな?
今日はかなりハイペースで飲んでいた気がする。席が遠くてあまりよく見えなかったけど、豪炎寺の向かいだったこともあって飲み過ぎてしまったのだろう。
普段からワインを好んで飲んでいるし、潰れるほどではないだろうが……隙間が見えるほどに半開きになった非常階段の扉を開けると、そこにはやはり鬼道が居た。
階段の柵に背をもたれかけながら、俺に気付くと俺の名前を呼ぶ。
「大丈夫か?袋持ってこようか」
「いや、大丈夫だ。ここで少し涼んでいた」
「本当か?日本酒結構飲んでただろ」
「本当に大丈夫だ。全く……心配性だな、"俺達の"円堂は」
そういうと鬼道は穏やかな表情で微笑み、腕を広げたので、俺はそっと非常階段の扉を閉めて誰も来ないことを祈りながら、鬼道の腕の中に身を預けた。
「俺のことを見てくれていたのか」
「そりゃ見る……っていうか鬼道やっぱ相当酔ってるなぁ」
「そうかも知れない」
くつくつと喉の奥で鬼道が笑う。すると、鬼道がうんと甘い声で続けた。
「……お前が愛おしくて仕方ない。あんなにあいつらに笑顔を振り撒いていながら、俺を気にかけてくれていたなんて」
耳元で低い声で囁かれてどきりとする。
「鬼道だって俺のこと見てただろ」
「ああ、見ていた。心から楽しそうなお前の顔から目が離せなかったんだ。可愛い、愛おしい…… "俺の"円堂……」
俺を抱きしめる鬼道の手が、俺の背を撫でる。
「ほ、ほら、大丈夫ならもう戻るぞ!みんなも心配するだろ……!」
「ああ、それもそうだな……」
鬼道はそう言いながら俺の肩に顔を埋めて、少し冷たくなった鼻先を首筋に当ててきた。アルコールと、甘い言葉によって熱くなった身体に、俺より少し低い鬼道の体温が心地よい。
「円堂……もう少しだけ良いか……?」
鬼道からのお願いなんて、断れるわけがない。
まぁ、もう少しだけなら……とそのまま鬼道を抱きしめ返した。
「俺は未だに、何故円堂が俺を選んでくれたのか分からないんだ」
「……そんなの、俺だって」
たまらなくなって、鬼道の肌が剥き出しになっている首筋にそっとキスをした。
「鬼道が俺を好きなんて、毎日夢見てるみたいだって思うよ」
「円堂……」
すると突然首筋に、生暖かいものが触れ、思わず身体をぴくりと震わせてしまった。佉む俺に構わず、鬼道の舌が首筋を愛撫する。
鬼道に愛されることをよく覚えている俺の身体は、一瞬で快楽を全身に伝え、気を抜いたら膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
「ぁ、んっ……き、鬼道…!」
「好きだ、円堂」
首にかかる鬼道の吐息にすら身体の芯が反応してしまう。鎖骨から喉仏を通り顎下まで、味わうかのように執拗に舐られて、俺は漏れ出そうになる声を必死に堪えた。
すると、ちゅうと音を立てて首筋にキスをされる。ちりりとした痛みに、これ痕ついたなぁなんて思考の端の方で思った。
「……好きなんだ。お前が、世界中で誰よりも」
「うん……俺も好きだよ。この宇宙で一番」
俺がそういうと鬼道は俺の首筋を甘噛みし、更には手が俺のシャツの隙間に入り込もうとし出したため、このままじゃダメだと思い少し腕に力を込めて体を離す。
「す、ストップストップ!ここ店だから!とりあえずそろそろみんなのところ戻ろうぜ?」
「生殺しか」
「帰ったら!続きは帰ってからしよ?な!」
鬼道に触れたいという気持ちを何とか理性を総動員して抑え、鬼道の手を引き扉の方に体を向けた。
「……絶対だぞ」
「おう」
「滅茶苦茶に抱くからな」
「っ……わ、分かったよ……!」
鬼道が俺の手をくいっと引いてきたので、鬼道の方に顔を向けると、そのまま鬼道は俺の唇を攫うようにキスをした。
直ぐに離れた唇は得意気に笑い、その表情はビルの隙間から覗く月の逆光で美しさが際立って、息を飲み見惚れてしまう程だった。
「今夜はまだまだ楽しめそうだ」
「……お前は……ほんっとうに……」
恰好良い奴だよ、鬼道。
惚れた弱み。俺に見せる弱いところも、かっこつけなところも、それがばっちりキマッてるところも、鬼道の全部に俺は弱いんだ。