月と太陽の共鳴り「これでもう俺はお役御免だな」
冗談のつもりで言った。
つもりというのは、好きな人が自分以外の人と結ばれることに正直ヤケになっていたため、半分本気で言っていたところもあるからだ。
「?それってどう言う意味だ?」
円堂は本気で意味がわかっていない様子で、目を丸くしながら首を傾げている。
ああ、すまないとなんとか笑顔を作りながらも、円堂の方を見ずに続けた。
「豪炎寺が帰ってきた今、もう俺が居なくても円堂は大丈夫だなという意味だ」
そう、俺が想い焦がれて仕方がない人物である円堂が、恐らく俺と同じ感情を向けているであろう豪炎寺が帰ってきた今は。
少し意地の悪い言い方だったかも知れない。エイリア学園を倒すまで、雷門中を離れる気など無いのに、まるで直ぐにでも離脱するかのような言い草だった。
だが離れる気がないとは言え、今まで程円堂の側に居る訳にはいかなくなるだろう。
豪炎寺を求めていつもどこか危うかった円堂だが、アイツが帰ってきた今、円堂を支える存在としての俺の役目は終わったんだ。
しかし、いくら待てども返事が返って来ず、気を悪くさせてしまったかと思い円堂の方を見て、俺は絶句した。
円堂が酷く傷ついたような顔をしていたからだ。
「なんで、そんなこと言うんだよ……?」
「す、すまない、本気じゃないんだ。ただお前が豪炎寺が帰ってくることをずっと望んでいたから……」
「だったらもう鬼道はいらないって、俺が思ってるって言いたいのか!?」
声を荒げる円堂に怯んでしまい、直ぐに訂正ができなかった。
「俺、ずっと鬼道が居てくれて良かったって思ってたんだぞ!鬼道が居てくれなかったら、豪炎寺のことあんなに探せなかったかも知れない……それに、ここまでエイリア学園と戦えてなかった!キャプテン失格だって思ったときも、鬼道が俺をじてくれたから……!」
円堂は俺を真っ直ぐに見つめて、思いを叫ぶ。
だが、俺はずっと思っていたことを口にせずにはいられなかった。
「……初めから豪炎寺が居たら、どうだったんだ?」
悪意の無い円堂の真っ直ぐな思いを無碍にする、あまりにも愚かな発言だった。
自分の中の不安定で醜い感情を制御することもできないなんて、なんという未熟さだろうか。
俺は言った後で途轍もない自己嫌悪に陥るが、気持ちとは裏腹に言葉は止まらなかった。
「初めから豪炎寺が居たら、もっとエイリア学園と戦えていたかも知れない。豪炎寺だって俺がそうだったのと同じように、お前がキャプテンであることをじただろうな。お前の望む、お前のサッカーを豪炎寺と続けていけただろう。俺が居なくても、お前がお前であり続けることと同じように。」
そう、俺が居なくとも、豪炎寺さえ居ればお前は、お前のサッカーができるのだから。
言えば言うほどに、まるで胸に鋭い刃が次から次へと突き刺さるようで、最後の方は声が慶えてしまった。
こんなに情けない自分など、円堂には見せたくなかったというのに。
円堂の側に居てはいけないと、豪炎寺にこの場所を明け渡さなくてはならないと思えば思うほどに、醜い想いが湧いて出てくる。
円堂、俺はお前のサッカーが好きだ。
そして、お前の人となりそのものが堪らなく好きだ。
数え切れないほどお前に救われて、支えられ、何度も俺の背中を押してくれた。
いつだって真っ直ぐに俺が欲しい言葉をかけてくれた。
ある時にこの気持ちが恋慕であることを自覚してからは、止まるところを知らなかった。
同じように俺がお前を支えたいと思ったし、どうかいつもお前がお前らしくあれるよう、お前の笑顔ができるだけ翳らないよう、俺にできることは全部やってきたつもりだ。
そうは言うものの、豪炎寺が居なくなり、不安定になった円堂の気持ちに付け込んだことも事実だった。
俺ならお前の側に居られる、円堂に何があっても側で見守って支えてやれると……だがそれは結果的にただの自己満足に過ぎなかった。
円堂が求めていたのは俺じゃなくて初めから豪炎寺だったからだ。
二人でキャラバンの上で話したあの夜、俺は確信してしまった。円堂の瞳に映り続けていたのはアイツだったのだ。
あの日以降、自分なら円堂を支えられるなど、思い上がるのも大概にしろと過去の自分を何度も責めた。
もう俺は円堂には必要無い。
豪炎寺が戻って来た今、俺が居なくても円堂は───
「鬼道が居ないと、ダメに決まってるだろ……!」
円堂は怒りとも悲しみとも取れる表情で、声を掠れさせながらそう言った。
「……円堂、」
胸が張り裂けそうだった。
また円堂は俺がずっと欲しかった言葉を。
これ以上円堂を好きになってもこの気持ちは救われないというのに。どうしてお前は……
円堂に触れたい衝動をどうにか堪え、俺は自らの拳を強く握りしめた。
「鬼道、もしかしてずっとそんなこと思って俺と一緒に居たのか……?」
「……そんなことは無い……俺はお前のサッカーを、お前のことを、ずっと支えたくて……」
これ以上言葉にすると、そのまま想いを口にしてしまいそうだ。
それだけはあってはならない。
知られてしまったら今までの努力が全て水の泡だ。
いかにして次の言葉を続けようか考えている俺を見てどう思ったのか、円堂は俺の肩を掴み名前を呼んだ。
呼び掛けを無視するわけにもいかず、顔を上げると真っ直ぐで強い意志を持った円堂の目と目が合う。
ゴーグル越しでも、いつも円堂は俺と目を合わせるときに迷いが無い。
「なら、俺、ちゃんと鬼道にずっと支えられてたよ」
円堂は俺の目を見つめたまま続ける。
「豪炎寺が帰ってきてから俺、色々考えたんだ。豪炎寺とやるサッカーはやっぱり楽しくて、あいつが蹴るシュートはやっぱり最高で。鬼道も知ってると思うけど、俺あいつとやるサッカーが大好きなんだ。」
円堂の口からアイツの話しを聞きたくないという気持ちと、しかしそれと同時に同感だと思うところもある。
豪炎寺のシュートは見た者全てを魅了する力がある。アイツほど敵ではなく仲間で良かったと思えるFWには出会ったことがない。
決定力は言わずもがなだが、ヤツの力はそれだけではない。
ストライカーという重責を背負いながらも、ピッチの上でチームの先頭に立ち闘う、その場にいる者を怯ませる目には見えない圧倒的な力を持っているのだ。
なんと心強い存在だろうか。
円堂は「でも」と続けた。
「それはあいつがストライカーで、同じチームメイトで、親友として好きなんだなって思った。それはきっと、あいつも同じ気持ちだから、だから俺、豪炎寺が居なくてずっと寂しかった」
俺は何も言えず、ただ黙って話を聞くことしかできなかった。
「で、俺さ、鬼道とやるサッカーも楽しくて、いつもピッチの真ん中で大好きなチームメイトのみんなに指示出してる鬼道のことすげーなって、かっこいいなって思ってて、鬼道とやるサッカーも好きなんだけど……鬼道のサッカーが好きなんだ。」
円堂の手が俺の肩からゆっくり降りてきて、そのまま俺の手に重なる。
握りしめていた拳も、いつの間にか力が抜けており、俺は円堂の瞳を見つめたままほぼ反射のように円堂の手を握った。
円堂の手は、躊躇わずに俺の手を握り返した。
「俺っていつも考えなしに色々やろうとしちゃうだろ?でも鬼道はいつもそんな俺のこと、側で助けてくれて、止めてくれたり、一緒に戦ってくれたり、優しく、笑ってくれて……
おれ、鬼道がいなかったら、もっとダメだったかも知れない」
円堂の顔がくしゃりと歪み、俯いてしまうと思った瞬間には思わず体が動いていた。
円堂の後頭部を、空いていた方の手のひらでぐっと引き寄せ抱きしめる。
肩口に円堂の温もりが広がった。
そんな顔をさせたかったわけではないのにと思いながらも、俺も泣き出してしまいそうだった。
「俺は大馬鹿者だな」
「……鬼道がバカだったら俺はどうなるんだよ」
円堂が拗ねた口調で言うものだから、思わず笑ってしまった。
「前から言っているだろう。お前はサッカーバカだ」
「じゃあ俺も前から言ってるけど、鬼道は大天才だろ」
泣いているのかは分からないが、くぐもった声で話す円堂に対して申し訳ない気持ちと、どうしようもなく愛しい気持ちが綯交ぜになり、繋いだ手と抱きしめる腕に力を込めた。
「八つ当たりのようなことを言ってしまってすまなかった」
「そんな風に思ってねーよ。それに俺も、鬼道に全然感謝の気持ち、伝えられてなかったよな……」
円堂が少し力を抜いたのか、肩に乗った頭に僅かに体重がかかる。
円堂から触れてきたのを良いことに、過剰な接触をしていると自負しているが、円堂が享受してくれているためどうにも離すことができない。
「鬼道、いつもありがとな。俺これからも鬼道と一緒にサッカーしてえよ」
「俺もだ。お前と一緒にサッカーがしたい」
俺に身を預けてくれている円堂に甘んじて、これくらいなら言っても許されるだろうか─────
「お前と一緒に居たい」
少し間を空けて円堂は俺の肩口から顔を上げ、再び俺の目を見て言った。
「一緒に居ようぜ」
声こそ大きくは無かったが、その言葉は力強かった。
円堂の目元は薄らと赤く染まってはいたが、泣いてはいないようで、少しだけほっと胸を撫で下ろす。
「ずっとだぞ。良いのか?」
「良いよ。ずっと、一緒に居よう」
まるで呪いのような質問だなと内心自嘲したが、返ってきた言葉は肯定だった。
俺は円堂の側にずっと居ても良いのか。
何も言わない俺をどうとらえたのか、円堂は少し間を置いてから、俺の心を掴んで離さないあの笑顔で優しく笑った。
いつだってこの笑顔に惚れ直してきた。
人の気を知ってか知らずか、俺の不安も悩みも全部受け入れてくれるような、まるで太陽そのものとも言える圧倒的な光を放つこの笑顔に。
そんなお前に一緒に居ようと言われてしまったら、俺は来年もその翌年も、十年先だってお前から離れられないだろう。
「俺は本気だからな。言ったことを後悔するなよ」
頷く円堂の顔が薄ら赤く染まっている理由が、泣きそうになったからだけではないということを、その時の俺はまだ知らなかった。