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    えてて

    ダンキラ→pixiv.net/users/45070454

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    えてて

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    卒業にふてくされる創真と聖人の話
    創聖

    休日特有の静かで穏やかな空気が、 暖かく春の予感を孕んでいる。
    春休みに入った学園は普段と違って酷く静かで、遠くで誰かがワークスを練習する音が微かに響いてくるのが聞こえる程度だ。

    生徒のいない教室は静まり返っていて、目の前の男が書き物をしている音だけが小さく鳴っていた。
    先程までぽつぽつと交わしていた会話は今はなく、机に向かってダンスのフォーメーションをいじっているその様を、ぼんやりと手前の席の椅子に横から腰かけて眺めている。
    襟足だけを伸ばした赤髪が、後ろの窓から風に煽られて肩口から前に垂れてくるのが鬱陶しくて、跳ねて背中の方に避けてやって。少し伸ばしすぎたかな、流石に切りに行こうかとぼんやり思案する。

    心地の悪い沈黙ではなかったが、こういう時は自分から口火を切るのがいいだろうか、なんと声をかけようかと少し迷う。
    創真、気を悪くしたかい。
    口に出そうとして、少しだけ舌の上で逡巡して、やっぱりやめておく。
    普段饒舌なこの男が先程から大して口を開かず、そんな分かりきったことを聞いてやるのも気が引けたのだ。
    「創真」
    「うん?」
    「何か手伝おうか?」
    「今はいいよ、ありがとう」
    どうやら一筋縄ではいかないようで、思わず音もなく苦笑を漏らす。
    はてさて、平静を装ってはいるが随分とへそを曲げてしまったこの男の機嫌をどう取ろうか。
    少しずるいかも知れないが物の力を借りようかなと、懐からスマホを取り出す。しゃべスタを開くと新着通知は来ていなかったから、きっとまだ間に合うだろう。
    先程流行りの珈琲ショップに新作の桜モチーフの飲み物が出たのだと、日向君と一緒に出かけてしまったぼんの個別のトークルームを開く。
    『まだ間に合うなら創真にも同じものを買ってきてくれるかい?』
    すぐには返事はこないかなとカバーを閉じかけたところをポップアップに呼び止められて、現代っ子だなあと口の中で笑う。
    返事が遅いとよく言われるので、気付いたら自分なりにできる限り早く返しているつもりなのだけれど、いやはやこの速度には敵わない。
    『りょ!セイくんはなんか飲む?普通のコーヒー?』
    そうしようかと思ったが、ふと気が変わって、打ちかけていた文字列を一度消す。
    『俺も同じのにしてくれる?』
    『エー!?珍しいネ!?甘いヨー!?いいの?』
    『うん、それがいいな』
    『オッケー!じゃあちょっと待っててネ!二人が飲むなら僕たちも買って帰るヨー!』
    スタンプと共に切り上げられた会話にスマホを閉じると、目を上げてこちらを伺っていた創真が首をかしげる。
    「ぼん?」
    「うん、そう。買ってきてここで飲むって」
    「そっか、春……の大会もあるし、帰ってきたら三人で練習しよう」
    春、と自分で口に出したくせに、静かに眉根に皺を寄せて機嫌を損ねる様を見て、ついつい俺は吹き出してしまった。
    こんなに気持ちの良い春の訪れを、 素直に喜べない創真がなんだか無性に可笑しくて、 こらえきれずに俺は肩を揺らしてくつくつと笑う。
    俺の卒業が近付くにつれて、創真の態度がだんだんと頑なになっていくのにはなんとなく気づいていたし、この学園から出て行った後のことを話したがらないのは分かっていた。
    そして多分、その気持ちがどこから来ているのかも。
    「ねえ創真」
    「……」
    「もういい加減、意地を張らずに話してくれてもいいんじゃないかい?」
    柔和な顔に似合わず、意外と勝ち気で意地っ張りなこの男は、きちんと言葉にして問いたださないと言い出さないこともたくさんある。
    話したくなさそうなのは察していたが、卒業も間近になってマイペースな俺でも流石に春からのチームのことをリーダーと話さなければと、ついに今日話題に出したのだった。
    とはいえ、進学先ややりたいこと、距離などの話はもちろん3人の間で話をしてはいたし、練習時間や顔を合わせる頻度など生活時間の細かい部分での話だ。
    「……卒業するってさ」
    「うん?」
    「みんなおめでとうって言うよね」
    「うん」
    「……ごめん」
    「何が」
    謝る創真を緩い笑みで柔く茶化しながら、その理由を察してはいるものの、多分今きちんと聞かなければいけない。
    なんてことない理由なんだろうけれど、たくさんの愛を抱えて、その分傷ついてきた創真だからこそ、割り切れないこともあるのだろう。
    「……ごめんね、やっぱりお祝いする気になんかなれないな」
    「うん」
    「俺たちさ、自分たちで踊ってるだけで幸せだったんだ」
    創真が昔のことを自分から話すのは珍しかった。今でも元チームメイトである影宮君や紫藤君に心を砕いているものの、それは俺たちへの配慮なのか、後ろめたさなのか、あまり表には出そうとはしない。
    「自分たちが最強だと思ってた。周りが見えてなかったから。まあ、初等部では敵なしだったんだけど」
    「その頃の方が強かったりして」
    「ありうるね」
    蛍と晶と、ただ高みを目指せばいいだけだと思ってた、呟いて、小さなため息とともにぎしりと音を立てて背もたれに倒れかかる。ぼんやりと窓の外を向く透き通った瞳に、午後の陽光の柔らかな光が弾けて綺麗だった。
    「初等部でもダンスチームはいくつかあったんだけど、今ほど皆踊るわけじゃなくてさ」
    「ああ、俺も紅鶴に入ってからマイスター科は本当にみんなダンサーだからちょっと驚いたな」
    「そうそう。中等部に上がって、色々な人が自分の思うようにチームを組むのを見てさ、気づいちゃったんだ」
    俺がダンスでやりたいことはなんなんだろうって、思うようになっちゃったんだよね。
    環境が変わって解散、だなんて陳腐でどこにでもよくある話だ。それだけの話、と言ってしまえば、本当にそれだけなのだろうけれど。
    どこにでも、誰にでもある話だからこそ、そしてどうしようもないからこそ知らない振りをして、あるいは強がって、人はその不安をやり過ごそうとする。創真だけではない、もちろんぼんも、俺も。
    「きっとね」
    「……」
    「きっと、俺も創真とぼんが卒業する時に同じことを思うと思うんだ」
    「……賢人のためにあそこまで身を犠牲にできる聖人が、そんなこと思うわけない」
    確かに俺は賢人が望むなら自分以外とチームを組んでもいいと思った。自分が賢人の足かせになるのなら、自分以外と組みたいと思うことを喜んで受け入れようとさえ思っていた。
    だが今は、創真やぼんが、他の人と踊りたいと言ったとき、俺は果たして看過できるだろうか?この学園から出て、世界を広げることを、手放しにおめでとう、だなんて祝えるだろうか。
    「どうして?思うかもよ」
    「……」
    「変わってしまったのさ、色々なことが」
    仕方ないさ。変わっていくんだよ、色んなものが。今までも、これからも。
    静かに呟くと、創真は頬を膨らませて拗ねたような顔をして見せる。
    「勝手に大人にならないでよ」
    「創真にとって大人になるって、諦めるって事なのかい?」
    「……そうなのかな、」
    そうかも、呟く創真はなんだかまるで本当に子供みたいだった。
    世話の焼ける性格で、チームメイトで、俺に忖度する必要があまりないからなのか、たまにわがままな態度を取るのも、他の人と比べてぞんざいな扱いをするのも、俺は結構気に入ってしまっている。
    「変わって欲しくないと思うほど今のシアベルを気に入ってくれているの、俺は嬉しいけどね」
    「ぼんと聖人を選んだのは俺なんだよ、当たり前でしょ」
    「それを言うなら創真とぼんを選んだのも俺だし、創真と俺を選んだのもぼんなんだよ」
    別にわがままになってく大人がいたっていいだろう?わざと不遜に見えるように口の端を上げて見せてやれば、諦めたようにため息が漏れる。
    「自分だって不安なくせに、よく言うよ」
    大切なものを守るために、自分を犠牲にするのはもうやめた。にっちもさっちもいかないスランプから、救ってもらったこの幸せを手放してもいいと思えるほど、俺はまだ大人じゃない。

    「セイくーん!ソウちゃーん!ただいまー!買ってきたヨー!」
    「もー!飲みたいなら二人も来ればよかったのに!」
    「ぼん、日向君、おかえり。ありがとうねえ」
    廊下の向こうからばたばたと忙しない足音が聞こえたと思ったら、教室の中が急に騒がしくなる。
    ぼんと日向君が両手に一つずつ同じ飲み物を抱えて、二人とも右手側の飲み物は中身が少し減っていた。
    「二人も?」
    首を傾げる創真に、一つそちらにやってくれとぼんに目配せしながら、自分も日向君に礼を言って一つ受け取る。
    随分と暖かくなった風に吹かれて、貰った飲み物は氷が少し溶け始めてぬるくなっていた。
    見慣れない桜色の液体を一度脇に置いて、自分と創真の分の代金を支払う俺を、半眼の創真がじとりと睨む。
    「……物で釣ろうなんて、安く見られたもんだな」
    「セイくんとソウちゃん、ケンカでもしてたの?」
    「いやはや、逆効果だったかな?」
    せっかく少し緩みかけた創真の頑なな気持ちは、見え透いたご機嫌取りにまた斜めになってしまったようで、難しいなあと苦笑する。

    花弁が綻びかけた桜の枝が、穏やかな風にさらさらと鳴いている。
    普段あまり口にしないストローを吸うと、舌の上に慣れない甘さの春が広がった。
    昔は甘いコーヒーしか飲めなかった。それから段々と舌が慣れて、苦いコーヒーを好むようになった。そしてまた今は、こんな甘みも悪くないと思う。
    悪いことじゃない、変わってしまうのも。 それはずっと俺達が考えて、選んで、辿り着いた先のことなのだから。
    「誇ってよ、創真」
    ストローをくわえて目を瞬いているリーダーは、成熟した男のようにも、幼い子供のようにも見えた。こういう時折酷くあどけないところが、 この男の目の離せないところなのだ。
    「今俺たちがシアベルだってこと」
    それから、これから先、どんな形になることも。
    創真はくしゃりと一瞬泣きそうな顔をして、それから静かに微笑む。
    「卒業まではまだあとちょっとあるしね」
    それまではしばらくへそを曲げていることを許せ、と笑いながら言外に匂わせる後輩に、こういうところは頑固なんだよな、と俺も少し笑った。
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