『きみのラジオに乾杯』Thirty-two point twenty-nine C-wave ♪
『おはようございます!日曜日の朝、いかがお過ごしですか?安室透です』
ステイツの某ラジオ局に似たジングルに続き、ラジオパーソナリティーがさわやかなに挨拶をする。
今は金曜日の深夜。ラジオの放送を録音したポッドキャストを、端末と接続させたカーステレオから流している。
日本で仕事をするにあたって物資として最初に申請したのがこの車だった。
安くはない車だが、俺の運転の『上品さ』を知っている上は購入を渋々許可した。
おかげでカーステレオを通して彼の声と出会うことができた。
最初は「いい声だな」と思っただけだった。
子どもの頃から気に入ったものを長く愛用する性格で、ステイツでは運転中に聞く音楽も決まっていた。
しかし日本の低刺激な高速道路とは相性が悪かった。機内で本国でやり残した仕事を片付けていたをしたせいもあり睡魔の獰猛な気配を感じて、仕方なくラジオをつけた。
その時に流れてきたのが、彼の番組だった。
彼は、声から察するに俺よりも若そうなのに、世界情勢に対する意見を持っているし、音楽に造詣が深い。彼の流す音楽は俺が聞いて育ってきたジャンルとはかなり違う場合もあったが、不思議と耳に残った。音楽配信サイトで購入し、仕事中に口ずさむほど気に入っているナンバーもある。
彼の映画や舞台に関する知識は俺を知らない世界へといざなってくれる。どうやら、本業は舞台俳優のようで、現在上演している演目はないそうだが、俳優仲間の楽屋見舞いに行った話を聞かせてくれた。彼が持って行った差し入れを食べてみたくなり、買いに行ったこともあった。ひとりでは食べきれないから職場に持って行ったところ、地球に隕石でも落ちるのかというほど驚いた顔をされて心外だった。
元々食べ物に興味がないのは認める。
彼は俺の狭い興味関心の世界に新しい風を吹き込んでくれた。
『ああ、もうこんな時間だ。キミと話してると時間を忘れちゃうな。じゃあ、また来週!』
彼は必ずこの言葉で番組を締めくくる。キミはリスナーをさしているのだろう。まるで2時間の逢瀬を楽しんだかのような余韻を残す。なかなかの手腕だ。
ハマっている俺が言うのだから間違いない。
番組が終わったところで端末をポケットに入れ、ドアを開ける。愛車は仮の拠点として使っているマンションの地下駐車場に着き、エンジンは5分前に切っていた。
彼の声を聴くのは車の中だけと決めていた。
過去の方法のポッドキャストまで聞いていて言うのもなんだが、部屋の中でまで彼の声を聞いていたら、後戻りできないところまで行きそうな予感があった。
俺より長く日本で暮らしている妹いわく、日本ではそれを『沼る』というらしい。
俺は彼の顔さえ知らない。彼の番組を聞いている端末で『安室透』と検索すればすぐに顔写真が表示させるのだろうが、見てがっかりするのは御免だ。
ルッキズムの奴隷に成り下がっているつもりはないが、彼の声はどうしたって美しい造作を想像させる。日本にいる時間は限られているんだ、自ら夢を壊す必要はないと判断した。
ドアを開けると何もない部屋が広がっていた。
車や音楽、ラジオ番組にこだわりがあるわりに、衣食住にはまったくと言っていいほどこだわりがない。ベッドは寝袋で十分だし、椅子やテーブルがなくても食事はできる。俺の部屋を見た同僚からは「人が住んでいるとは思えない」とお褒めの言葉をいただいた。
冷蔵庫はないが、シャワーと着替えはある。仮の拠点なんてこの程度で十分だ。
シャワーを浴びてから運転中に届いた仕事のメールに目を通し、いくつか指示を送る。母親から届いた弟の婚約者との夕食の誘いは見なかったことにした。
寝袋に横たわって天井を眺めていると、安室くんがアウトドアショップのイベントに出た話をしていたことを思い出した。
キャンプ場のオープニングセレモニーで、一般参加者に交じって寝袋から星空を見上げたと話していた。
きっと彼に提供された寝袋は俺が使っているものより数段使い心地がよく、彼が見上げたのはコンクリートむき出しの天井とは比べ物にならないほど美しい星空だったのだろう。
そのことがやけに嬉しかった。
休日の朝を台無しにするものはいくつかある。
玄関の呼び鈴で起こされることは、仕事の電話の次に最悪だ。
最初は無視しようとしたが、三度目に「同僚かもしれない」と思い直し、インターフォンに出た。
「はい……」
我ながら酷い声だ。
ドアの向こうの誰かに昨夜遅くまで廃倉庫で張り込みをしていたのだと伝わるといいんだが。
インターフォンのディスプレイには朝日と逆光になっているせいでシルエットしか映っていなかった。
「お休みのところすみません!隣に引っ越してきたものなんですが」
俺が何も言わずにいると、ドアの向こうの男は流暢な英語で同じメッセージを繰り返した。
隣人が日本語を話さないのかもしれないと機転を利かせたのはさすがだが、俺の頭には彼の声だけが残っていた。
「安室透?」
「え……えっと、はい、そうですけど……よくわかりましたね」
声の主は気まずそうだった。
完全に間違えたな、と思うと逆に冷静になれた。
玄関を開ける前に、なるべく親近感を得られそうな表情を浮かべてみるが、上手くいったかどうかはわからない。
玄関を開けた先にいたのは俺が想像していた以上に美しい男だったからだ。
ステイツでもなかなかお目に掛かれない蜂蜜のようなナチュラルブロンドに、あどけなささえ感じるほど澄んだブルーの瞳。小さな顔と長い手足は、人形めいているが、作り物にはない生命力を漲らせている。
「えっと……」
「あー……不躾な態度をとって悪かった。寝る前に君のラジオ番組のポッドキャストを聞いていたものでね。同じ声がインターフォンから聞こえて驚いたんだ」
俺が英語でそう伝えると、彼はわずかにホッとしたようだった。
「そうでしたか。海外の方にも聴いてもらえてるなんて嬉しいです。でもちょっと驚いてしまって……このマンションの住民は海外から仕事で来られているばかりだと聞いていたので」
「俺もそう聞いているが……君はそうじゃないよな?」
「ええ、ご存知かと思いますけど、俳優でラジオパーソナリティーです」
FBIが借りたとは言えない。日本での捜査権をまだ得られてはいないからだ。
「お会い出来て光栄だ。部屋でお茶でも、と言いたいところだが、仮住まいで何もない」
不審者ではないことをアピールするために腕を部屋の中へ向けたが、この部屋では逆に不審がられてもおかしくない。
普段は誰にどう思われようと気にしないくせに慣れないことをするからだ。
彼がマンションの住民が外国籍だと調べているということは、隣人に対して警戒感を持っているのは間違いない。もしかしたら熱狂的なファンが彼の部屋に押しかけるなどのトラブルがあって、引っ越しを決めたのかもしれない。
彼に健やかに暮らしてほしい俺としては警戒心を解きたいところだが、うまくいく気がしなかった。これまで他人に対して上品ではない態度を取って来たツケが回って来たらしい。
「……もしかして射撃の選手ですか?」
「ん?」
彼の視線は俺の左手に注がれていた。そこにはスナイパーに配属されていた時に出来たマメがある。銃規制されている日本に暮らす彼がそれに気が付くとは思わなかった。
「君、厄介なことに巻き込まれやすい質だろう?」
安室くんはドアの横で半歩後ろに下がり、ボクシングの構えを取った。
降参だ。
声が良く、知的好奇心をくすぐる話ができて、絵本の挿絵から飛び出してきた妖精のように美しく、その上、武道をたしなんでいるなんて。
俺の好み過ぎる。
「あなた、何者ですか?」
「しがない公務員さ」
両手を上げて、左手にFBIのバッチを持つ。そこに提示されている俺の名前と写真を青い瞳がなぞる。
「Shuichi Akai……日本にルーツが?」
「ああ。3/4は日本の血が流れてる。出身はイギリス、一時日本で生活していたこともあるが、15からはステイツ……アメリカで生活している」
日本語に切り替えると、安室くんはわかりやすく警戒を緩めた。
「どうしてFBIが日本のマンションに……」
「仕事だ、それ以上は言えない。俺の身分についても内密にしてもらえるとありがたい。君をアメリカに連れていくことになったらファンが悲しむだろう?」
「絶対にそんなことは起きませんけどね。まあ、秘密にしてほしいのは僕も同じです。前のマンションがパパラッチにバレてしまって……」
「なるほど。人気者なんだな?」
「まあ。あなたはラジオ番組に出ている僕しか知らないかもしれませんけど、テレビCMにも出てますから」
「そうなのか?」
「本当に知らないんですね」
そう言って彼は嬉しそうに笑った。やっと彼の望む理想の隣人が現れたからだろう。
「もし僕を街で見かけても声を掛けないほうがいいですよ。パパラッチの餌食にはなりたくないでしょう?」
「わかったよ。俺のことは好きに呼んでくれ」
売り言葉に買い言葉でそう言ったのに、彼は初めて会ったばかりの男に秘密の呼び名を教えてくれた。
「じゃあ、僕を見かけた時はバーボンと呼んでください。では」
俺の一番好きな酒の名前だった。
完敗だ。
「対象の動きはどうなってる」
「あなたが予想した通りよ、シュウ。Sは誰かを待っているわ」
夜景の見えるレストランで客を装って対称を見張っている同僚は袖口に隠したマイクに向かって囁いた。
彼女のイヤリングに取り付けた監視カメラからは対象Sのふてぶてしいまでに落ち着き払った姿が送られて来ている。俺たちが監視しているのは女優、シャロン・ヴィンヤード。といっても1年前から女優業を休止し、なぜか来日している。
以前から黒い噂が付きまとう女で、国際的犯罪組織・通称『黒ずくめの組織』では『ベルモット』というコードネームで呼ばれている。
彼女の接触した相手を把握することで国際的犯罪組織に繋がる糸を見つける。それが俺たちの日本でのミッションの一つだ。
「誰を待っているんでしょうね」
俺と共に駐車場で待機しているキャメルが画面をのぞき込む。
そこにはベルモットともう一人の分の皿とカトラリーが用意されている。
「来たぞ……男だ」
「若いですね……ん?彼どこかで見た覚えが……」
「……クソッ」
「あ、あかいしゃん!?」
「分析班、聞こえるか?日本の俳優の安室透とベルモットの関係を洗ってくれ。ベルモットと同席している男だ」
『了解』
「あ、ああ、そういえばテレビ番組で見たことがあるような……」
「俺たちと同じマンションの住民でもある」
「な、何ですって!?」
「ちなみに部屋は俺の隣だ」
引っ越しの挨拶とやらで俺の部屋を訪ねて来た後は特に接触はなかった。マンション内のエレベーターで顔を合わせれば世間話をすることもあったが、俺も彼も忙しく頻度は多くない。俺たちを探るためにベルモットが差し向けたスパイだとしたら、こんなに堂々と二人で食事を楽しんだりしないだろう。
あの組織には手駒はいくらでもいる。わざわざ有名人を使うメリットはない。
「おそらく組織とは無関係だと思うが……安室くんが隣人の話をしないことを祈ったほうがいいだろうな」
「えっ……あかいしゃん、彼にFBIだと明かしたんですか!?」
キャメルの問いに無言で応える。
あの時、射撃の選手だと応えることも出来た。しかし俺の手を見て常習的に銃をもつ人間だとわかった彼に通用するとは思えなかった。一度しか会わない間柄なら可能だが、なにせ隣人だ。
いや……それだけじゃないな。浮かれていたことを認めよう。耳を楽しませてくれた彼に自分を知ってほしいと1ミリも思わなかったと言えない。
『安室透とベルモットの接点が見つかった!』
「随分と時間がかかったな?」
『すまん。名前を変えていたから照会に時間がかかった。ベルモットと舞台で共演したことがあるんだが当時はまだ本名だったんだ。フルヤ・レイ。それが彼の本名だ」
安室透。バーボン。フルヤ・レイ。
俺は、頑なに調べないようにしていたラジオパーソナリティーの名前を三つも知ってしまっていた。
「ちょっと、どこ触ってるんですか!」
「大人しくしてくれ、悪いようにはしない」
「この状況で誰が信じるか!」
助手席から飛び出そうとするのを静止しようとしてパンツの後ろのポケットを引っ張ってしまったのは確かに俺が悪い。
しかし襲撃を受けた後にも関わらず、ベルモットの様子を見に行くと言って聞かない彼も彼だ。
「安心しろ、あの女はこの程度の襲撃でどうにかなるタマじゃない」
ベルモットと安室くんのディナーが最後のデザートに差し掛かったところで、ウェイターがカートに忍ばせていた銃で窓ガラスを割った。
現場に駆け付けた俺が見たのは銃を持った男に回し蹴りを繰り出そうとしている安室くんの姿だった。
すかさず腰に携帯していた銃を抜いて、男の拳銃をお釈迦にしたものの、日本での発砲許可は下りていない。
彼と初めて会った後で捜査許可は下りたが、銃を携帯していたとわかれば却下されるだろう。
俺は、俺を見て驚いている安室くんを抱きかかえ、十三階のレストランから地下駐車場まで非常階段を駆け下りた。
「あの女って、彼女は女優ですよ!?」
「それは表の顔だ。あの女には銃を向けられても仕方ない理由がある」
俺の言葉に何か思い当たる節があったのだろう。安室くんはようやく助手席に尻を落ち着かせた。
「……ああ、わかった。俺はこのまま彼を自宅まで連れていく」
イヤーモニターで仲間と通話をする俺を安室くんが振り返った。
「シャロンの無事を確認した。お抱えのSPとともに根城に帰ったようだ」
「そうですか……」
そう言って俯いた彼は安堵したようにも、ショックを受けているようにも見えた。
無理もない。本物の銃を見たのも初めてだっただろう。
「よく頑張った。君は勇敢だったよ」
「……丸腰で銃を持った相手に立ち向かうなんて馬鹿だと思ってるくせに」
「君は丸腰じゃない」
「え?」
「あそこには俺がいた。君がヤツの気を引いてくれたお陰で狙いやすくなった」
「……ふん」
「大丈夫だ。君のことは俺が守る」
そこでサイレンを鳴らしたパトカーが横を通り過ぎたので彼が何と言ったのかわからなかった。
「すまない、何か言ったか?」
「……だから……今夜一緒に寝てください」
俺はもう一度聞き返しそうになったが何とか堪えた。
驚いたのはそれだけではなかった。
安室くんの部屋には、俺の部屋と同じぐらいに物がなかったのだ。
キッチンに皿がいくつかある程度で、ソファもテーブルもない。キッチンにスツールが一つあるだけ。しかしコンロの様子からみて自炊はしていないようだ。富と名誉を山ほど持っているセレブリティーが唯一持てないのがプライベートな時間だから仕方ないのだろう。
それにしても、彼も寝袋ユーザーだったとは。
「この前イベントでメーカーから貰って……その、別にお金がないわけじゃないですからね!?」
「わかるよ、俺も同じだから驚いたんだ」
「え……?」
安室くんは寝袋ユーザーのくせに俺が隣の部屋から寝袋を持ってくると目を見開いて驚いていた。
同じ寝方をしている人間が、しかも隣の部屋にいるとは思わなかったようだ。
俺も同じ気持ちだからわかる。
「なんかキャンプみたいですね……」
二つの寝袋が並ぶ。その上に座って向かい合うと自然と笑えてきた。
「君はもっとこだわりがあるタイプだと思ったよ」
「ラジオのイメージですか?そりゃ、良く思われたいのでちょっとはよそゆきな話をしますよ。全国放送ですからね。でもプライベートの僕はこんなもんです」
安室くんはポンポンと寝袋を叩く。
「アウトドアショップのイベントでもらったやつか?」
「はは、本当に聴いてくれてるんですね!そうですよ!寝心地が良くて気に入ってるんです」
笑って寝袋の上に横になる彼は十代の役でも難なく演じられそうなほどあどけなく見えた。
「そういえば赤井って何歳なんですか?」
「32だ。君は?」
「29歳ですけど……」
「本当に?」
好きな酒の話をしていたから成人はしているだろうと思っていたが……。
俺と3つしか違わないじゃないか。
「ラジオを聴いてくれてるのに僕の年齢も知らなかったんですか?」
「調べなかったからな」
「どうして?」
「それは……」
沼りたくなかった、と本人の前で言うのは気が引けた。彼は沼の人口を増やす目的で俳優業をやっているタイプには見えないが、ファンが増えて悲しむ芸能人はいないだろう。
「知りすぎるのが怖かったんだ」
「……もしかして今ガッカリしてます?」
「ん?」
「僕が思っていたような人間じゃなくて」
「まさか」
ラジオを通して感じていた安室透と、隣人として現れた彼の印象は確かに違う。しかし全くの別人というわけではない。双眼鏡で観察していた野鳥が目の前の枝に止まっている。そんな感覚だった。
「君の声を聴いてハンサムな男を想像してはいたが、ここまで美しいとは思わなかった」
「えっ、僕の顔も知らなかったんですか!?」
結構色々出てるんだけどな、と彼は拗ねたように唇を尖らせた。
「日本に来てまだニ週間なんだ、大目に見てくれ」
「はあ……赤井ってマイペースっぽいですね」
「よく言われる。大抵の場合はいい意味ではないだろうな」
「ふうん……僕は嫌いじゃないですけどね」
さまざまに表情を変えていた青い瞳が俺の目を覗き込む。
「綺麗な緑の瞳……僕の好きな……」
ドキリとした。
瞳の色を気に入られたことは何度となくあるが、こんな風に胸が高鳴ったのは初めてかもしれない。
「ひとに似てる」
「うん?」
「僕の初恋のひとも緑の瞳だったんです」
懐かしいな、と微笑む彼は俺を見ているようで、別の誰かを思い出していた。
同僚がこの話を聞いたら、涙を流して喜ぶに違いないが、もちろん話さなかった。
シャロンの監視についての方針を立て直すためミーティングを開いたが、彼の部屋に泊まったことは黙っておいた。
そこで決まった新たな方針について、俺は安室くんと話す必要があた。
翌日の夜、部屋の前で待っていると、安室くんはいつになく、くたびれた様子で帰ってきた。
新しい舞台の初日稽古だったらしい。
昨日あんなことがあったせいで集中できなかったんじゃないかと心配になったが、張り切りすぎて疲れたのだと聞き、安堵するとともに彼のメンタルの強さを再確認した。
「あなたは?どうしてそんなところに立ってるんです?」
「君に話したいことがある」
安室くんは緊張した表情になり、そのせいか頬がさっと赤くなった。
「こんなところで話すのも……部屋に入ってください」
「ありがとう」
その時点では協力的に見えた安室くんだったが、俺の話を聞くうちにみるみる不機嫌になっていった。
「我々はシャロンが何かよからぬ事を企てていると考えている。教えることはできないが証拠は複数ある。だから次にシャロンが接触してきたら俺に教えてくれ」
「……嫌です」
「なんだって?」
「シャロンは友人です。彼女が何をしたかも知らないのに彼女の個人的なメールや電話の内容を他人に明かすことはできません」
「これは君を守るためでもあるんだ。昨日の事件を覚えているだろう?」
「ええ、もちろん。でもこれまで熱狂的なファンに襲われた著名人は、悲しいことに何人もいます。彼女のがそういう事件に遭遇してしまったように僕には見えました」
あの女の何が『美しい』?俺の同僚の親を殺した女だぞ、もしかしたら自分の家族さえ……。しかしどれも立件できるような証拠はない。
美しいと形容するに真に相応しいのは彼のほうだが、今日はご機嫌斜めのようで、会った時から眉間に皺が寄っている。
「わかった……疲れているところに押しかけてすまなかった。もし気が変わったら連絡してくれ」
連絡先を書いたメモを差し出す。
彼が捜査に協力してくれると思い用意していたものだ。
「あなたの番号ですか?」
「そうだが?生憎、ボスはまだ来日出来ていなくてね。当面は俺が責任者で窓口だ」
「……わかりました」
メモは受け取ってくれたから完全に協力を拒まれたわけではなさそうだ。
それでも彼に拒まれた事実にどっと疲れが込み上げた。
自分の部屋に戻り寝袋に入った時、やはりベッドを買えばよかったと後悔した。
翌日の休日の朝、俺はまた彼に起こされた。
今度は呼び鈴ではなく着信音だ。
『一つ条件を飲んでくれたら、シャロンのことを教えてもいいですよ』
「ホォ……条件というのは?」
『僕のラジオに出てください』
「……は?」
『名前などの個人情報は明かさなくて大丈夫です。現役FBIが出てくれたら面白い回になります!』
安室くんは朝から元気だった。毎週日曜日の八時から生放送をやっているのだから当然か。端末のディスプレイは6時30分を表示している。
こういう状態の人間はノーを突きつけると頑なになる。これまでの経験でそうとわかっている俺に選択肢はなかった。
「……仕事に関することは答えられないぞ」
『わかってますよ。僕はいつも通り放送をします。それが僕の仕事ですから。重要なことをうっかり話してしまわないよう気を付けるのはあなたの仕事です』
「言ってくれるじゃないか。あとシャロンが日本にいるうちは無理だ。ヤツに俺が日本に知られるわけにはいかないんでね」
『わかってます』
「そうか……はあ、わかったよ。君のラジオに出演しよう」
『やった!あ、シャロンからメールが』
嫌な予感がした。
まさか、天使のように美しい君が汚い真似はしないよな?
「今日の昼の便でアメリカに帰るそうです♪」
「安室くん……君、そのメールを受け取ってから俺に電話をかけただろう……」
「やだなぁ、ちがいますよ〜!というわけで、約束は守ってくださいね、FBIの赤井捜査官♡」