BusinessLine転職して入ったこの会社の日々には概ね満足しているものの、ひとつ解せないことがある。
それは年下の真壁という男性社員のことだ。
この会社での経験は彼の方が長いが、年も社会人経験も俺の方が多い。
それでも俺はいまだに後輩たちの人望を彼ほど集められていない。
真壁はほとんど喋らず、どう見てもコミュニケーションがまともに取れるやつではない。
顔立ちが整っているだけにともすれば怖くも見えるだろう。
彼は社内でも異質な人間なのは間違いない。
仕事は確かに出来るが会社員の肝はコミュニケーション能力ではないのか。
彼を見ていると自分のやり方をぶん殴られている気がして何とも心地が悪い。
自分よりも年下の真壁にそんなことを思うのはあまりにも大人げないと分かってはいるが、こんな風に考えることを俺は止めることが出来なかった。
「霧谷さん」
後輩に声を掛けられ我に返る。
「メールに添付した企画書の件なんですが……」
「ちょっと待ってくれ、今開くよ」
別に俺に年下の社員たちが付いてきていないわけではない。
それなりに頼られている自負もある。
ただやはり真壁には敵わない、事あるごとにそれを確認させられるのだった。
皆帰った静かなオフィスで苛立ちに任せて息を吐く。
他部署のヤツの確認不足で急遽残業をしなくてはならなくなった。
昨今働き方の見直しなどで残業には会社も煩くなっている。
もちろん俺に非がないことは上司も理解は示してくれたが、残業申請には顔を曇らせていた。
そうは言ってもあと三十分もあれば片付きそうだ。
ぼやいていても始まらない、あと一頑張りだと思っていると、突然横に人の気配を感じる。
驚いて反対の方へと思わず仰け反るとそこには真壁が立っていた。
彼は俺のデスクにコーヒーのボトルをコツンと置いている。
「驚いたな。まだいたのか」
「客先訪問が長引いた」
そう言うと真壁は踵を返した。
「おい、これは?」
コーヒーのことを尋ねると彼は首から上だけを捻って俺の方を向いた。
「……やる」
それだけ言うと真壁はそのままスタスタと出入り口へ向かい居室を後にした。
コーヒーを手に取るとボトルがしっかりと冷たい。
俺の姿を見つけてわざわざ買ってきたのだろうか。
しかも俺が好んで飲む砂糖もミルクもたっぷり入っているタイプのものだ。
特段そんな話を彼としたことはないはずだが俺の好みを知っていると言うことなのだろうか。
握ったボトルをじっと見つめ考える。
本当は分かっているんだ。
言葉数は少ないけれど、彼は実は周りをよく見ている。
そしていつも外さない、ここと言うところできちんとやる。
それは仕事の成果だったり、人を助けることだったり様々だが、口には出さなくとも形は残す、そういうヤツだ。
生まれ持ってのセンスが研ぎ澄まされているのか、経験に基づく判断なのか今の俺には知る由もないが、真壁が俺では敵わない何かを持っていることだけは確かだった。
若いやつをやっかむおじさんにはなりたくないと思っていたのにな。
彼に向ける感情の醜さ情けなさに嘲笑しながらボトルの蓋を開ける。
口に含んだコーヒーは何だかいつもより少し苦く感じた。