気まぐれパティシエ仕事終わり、店から出て皇紀にメッセージを投げる。
数日前、彼から家に来ることがあれば店が終わったら直ぐ連絡を寄越せと何故かすごく睨まれて言われた。
何かしら用はあるのだろう、大体は気が向いてふらっと行くことが多いのだがそこまで言うので今日は予め彼の部屋へ行くつもりで仕事に来た。
さて、いつもの通り軽く引っ掛けてから向かうとするか。
その時の俺はそこまで大事だと思わず、いつもと変わらない心持ちでいた。
店から皇紀の部屋へ向かう途中のバーに寄り、つい隣に座っていたレディたちと話が盛り上がり少し遅い時間になってしまった。
エレベーターで彼の部屋があるフロアまで上がり、合鍵を使って静かに部屋へと上がる。
キッチンを抜けてドアを開けると皇紀がすごい勢いで俺の顔を睨んできた。
もしかしてあまり楽しい用事ではない? と今になって内心慌てる。
「座ってろ」
皇紀はぶっきらぼうにそれだけ言うと立ち上がってキッチンへと行ってしまった。
しばらく待っていると皇紀はトレイを両手で持って部屋へと戻って来た。
「こ、これは……」
ローテーブルに置かれたトレイを見て思わず声が出た。
そこにはケーキが載った皿がいくつも並べられている。
ロールケーキにチョコケーキ、モンブラン、それに上面が焦がされているのはシブーストだろうか。
どれも洗練された見た目で美しく、スイーツ好きとしては是非食べてみたいと心躍る。
皇紀はそれらを手早くテーブルに並べるとまたキッチンへと戻り、今度はティーポットやティーカップを運んできた。
「喰え」
「え? いいのかい」
紅茶をカップに注ぎながら告げられた言葉に少し驚く。
別に俺が何を食べようが皇紀は何も言わないが、極端過ぎる俺のスイーツ愛にはいい感情を持っていないように感じていた。
その彼がこれだけのケーキを用意して食べろと言うのはあまりピンとこない。
が、目の前のケーキには罪はない。
甘い誘惑に勝てるはずもなく、一番手前にあったチョコケーキの皿を手に取る。
スポンジとクリームが層になっていて恐らくはオペラだなと思う。
フォークを入れて口へと運ぶと思いもよらない味に驚いた。
「ん? 何かコーヒークリーム以外のソースが入っている?」
「ベリーソースも重ねてある」
「ああ、いいね。これは美味しいな」
コーヒーとチョコレイトの苦みとベリーソースの果実感、品のある甘さで喋っている間に一切れペロリだ。
こうなると他のケーキも気になる。
ロールケーキは苺が使われておりフレッシュな味わいで、モンブランはほうじ茶のプリンが土台になっている。
シブーストは甘みの強い柑橘を用いていて仄かに残る柑橘特有の苦みが良いアクセントになっていた。
一通り食べ終え、紅茶を啜って満足していると待ち構えていたかのように皇紀が口を開いた。
「仮面カフェとどっちがうまい?」
そう言う皇紀は鋭い目で俺の目を睨み付ける。
そういえばエージェントが仮面カフェのSNSの投稿をグループチャットで共有していたか。
俺も何度も足を運んで全種類制覇したが、大好評でケーキが品切れになっていたこともあった。
流石にメニュー投稿だけで対抗心を燃やしたりはしないだろうが、好評だという噂はどこかしらで聞いているのかもしれない。
「いや、どっちがだなんて。執事も皇紀も専門のパティシエでもないのにすごいじゃないか」
正直どちらも十分に美味しく、見た目だって美味しそうだ。
しかし俺の答えに納得する気はないのだろう、彼の視線はまったく緩む気配がない。
「本当に甲乙つけがたいんだが…… それじゃダメかい?」
恐る恐る聞いてみるが変化はなしだ。
どうしたものかと考え、はあーと息を吐く。
「どちらが上かっていう話じゃなくて、俺の好みになるけれど、それでもいいかい?」
俺の言葉に皇紀は小さく頷いた。
「仮面カフェだよ。皇紀のケーキは上品で甘さが抑えられているが仮面カフェのケーキはどれもしっかり甘いんだ。甘党としてはやはりしっかり甘いものを食べると満足度は高くなるからね」
仕方なく答えると皇紀は甘さか…… と小さく呟き黙ってしまった。
その様子に本当にこれで良かったのだろうかと不安になる。
皇紀の作ったものは本人が意識していたかは分からないがやはりウィズダムで出して喜ばれるものだろう。
甘さが抑えめだからお酒を飲んだ後でも食べやすいし、果物などの味が活かされていて全体の味わいも複雑だ。
それはさすが我らがウィズダムの料理人という出来映えなのだ。
張り合うのは自由だがロケーションの異なる仮面カフェと比べるようなものでもない。
何か言葉を掛けなければと焦っていると、皇紀は一人納得したように小さく頷いた。
「まだ食べるなら持ってくる」
そのまま何もなかったかのように話しかけてきた。
「それならオペラとモンブランをお替りしてもいいかい?」
答えると皇紀は空になった皿を片手にキッチンへと向かってしまい、結局俺は自分の気持ちをきちんと伝えられないままになってしまった。
■
「あ! 浄が何か食べてる!」
閉店後、厨房のカウンターにいるとその様子を見て颯が声を上げる。
「モンブランなら余っている。喰うか?」
「食べる食べる! わーい、皇紀さんありがとう!」
皇紀の言葉に颯は大喜びする。
皇紀は冷蔵庫からモンブランを出して皿に載せ簡単に仕上げをすると颯の前にそれを置いた。
「ほら」
颯はモンブランを見るとあれっという顔をして俺のものと自分のものを見比べた。
「浄のと違うくない?」
「ああ。浄のは特別だ」
「え? そうなの?」
「粉糖を雪山の如くぶっ掛けてある。マロンクリームも中のプリンも砂糖をガンガン増量してるから口に入れたらジャリジャリ言うかもな」
皇紀が口角を上げニヤリと笑んで答えると、颯は嫌そうな顔をした。
確かにジャリジャリ言うモンブランなんて不味そうだ。
「そうやって煽るなって。ちゃんと食べれるし、ジャリジャリもしないから」
そう答えながら一口口に運ぶ。
「んー。やっぱり仕事の後の甘いものはいいね」
俺仕様のモンブランはしっかりと甘く、でも全体としてはきちんとバランスが取れている。
あの日以来、皇紀はたまに俺にデザートを出してくれるようになった。
本当にたまにだから彼が気が向いた時に作ってくれているのかもしれない。
皇紀の作るスイーツを俺好みの味で楽しめる、それは言うまでもなく最高のご褒美だった。
「やっぱり皇紀さんの作るものは最高だね! 美味しー」
横で並んで食べている颯も満面の笑みを見せ、全身で美味しいを表しているみたいだった。
俺たちの様子を眺めている皇紀もまんざらではない様子だ。
あれから皇紀は仮面カフェを特別に気に掛ける様子もなく、あの晩の出来事は何だったんだろうと時折思い出したように考える。
考えてはみるがこれと言って特別な理由も想像が付かず、あれは本当に一時の気まぐれだったのかもしれない。
結果皇紀特製のスイーツにありつけるのだから、あまりあれこれと詮索はしない方がいいんだろう、そんな風に今は考えている。
「ねえ、浄のも一口食べてみたい」
「構わないが文句は言うなよ?」
楽しそうに俺のケーキにフォークを入れる颯の向こうで皇紀が目を細めてニヤリと大きく口角を上げている気がした。
が、はっきりと見たわけではないから取りあえずは気のせいと言うことにしておこうと思った。