白昼夢と接吻目が覚めると俺は布団の上で寝ていた。
ここはどこだと考えるのとほぼ同じくして、カオスワールドの入口に入ったことを思い出す。
扉をくぐると身体が落下して、そこで記憶が途切れている。
ウィズダム営業前の準備時間にエージェントから宗雲にカオストーンに関する連絡が入った。
ローテーションだと今回は俺と浄の番だった。
だから二人でSiruが示す場所へ向かい、カオスワールドの入口を見つけた。
そして今に至るわけだった。
浄はどこだと半身を起こすと、彼はベッドの縁に腰掛けていた。
「皇紀、目が覚めたかい」
俺が動いた気配を察したのか浄はこちらへと身体を捻り、声を掛けてきた。
「おい、どんなカオスワールドなんだ?」
既に浄が何か把握しているかもしれない、そう思ってたずねると彼は腕を上げて壁を指差した。
彼の指が指し示す方を見て俺は言葉を失った。
恐らく出入口だろう場所に大きく「セックスしないと出れない部屋」と書かれている。
何だそれは、意味が分からない。
「このカオスワールドの主は大分悪趣味みたいだな」
俺の様子に浄は苦笑いしながら言った。
「他に出る方法は?」
「出入口は普通のやり方では開かなそうだ。他に通気口なんかがないか見てみたがなかったよ」
淡々と答えながら浄はベッドの上へと上がる。
そのまま俺の腰を跨ぐと乱暴に肩を押して俺の身体をベッドへと沈めた。
「おい、まさか……」
「もたもたしているとカオスが完成してしまうからね」
「ふざけんな。解体するぞ!」
「好きにすればいい」
目を細めながら俺の顔へと手を伸ばしてくる浄に戦慄する。
いくらヤツでも本気でそんな事をするとは思えないと考える頭とでもこいつならやりかねないと思う気持ちが頭の中でせめぎ合う。
浄は俺の頬をやんわりと撫でながら呟く。
「愛してるよ、皇紀」
言い終わると同時に俺は浄のみぞおちに拳を突き入れていた。
「……変身」
直ぐにカオスリングを取り出して変身する。
浄は殴られ尻もちをついたまま驚いた顔で俺を見上げていた。
これが本当に浄ならば、ヤツは俺にそんな言葉は絶対に吐かない。
ヤツが甘い言葉を囁く相手は常に女性で男に対してはぞんざいな態度しか取らないからだ。
躊躇いなく攻撃をすると彼の身体は青白いモヤになり、空気中に霧散していった。
その様子を眺めてゾッとする。
肉の感触も体温も重さも何一つ違和感がなく現実そのものだったのに、実はこんな風に偽物だったとは。
桃源郷での出来事が頭の片隅に過ぎる。
このカオスワールドはカオスイズムが直接的に強く関与している可能性がある。
こんなところでもたついている場合ではない。
大幹部の一人でも居ればこの手で解体してやる。
そんな事を考えながら出入口だろう場所の前に立ち、観察し実際に触れて確かめる。
確かに偽物が言ったように簡単には開きそうにはない。
左右上下前後、どの方向にも開くことがなさそうなただの金属の板が壁に埋め込まれているように見えた。
「マリスブラッディ……!」
どうにもならないならとりあえず出来ることを試す。
渾身の力を込めて技を放つと、メコメコと音を立てて金属の板は大きく歪んで向こう側へと倒れた。
思ったよりチャチな作りで助かった、そう思った。
部屋から出られたらまずは本物の浄を探すことからだ。
廊下に出て周りをぐるりと見回す。
そこは長い廊下が続いていて、俺がいたような部屋がぽつぽつと点在しているようだ。
どちらへ行くか、そう考えていると少し離れたところから大きな音が聞こえた。
そちらへと向かうと俺がしたのと同じように金属の板が廊下に倒れていた。
少ししてそこから変身した浄が姿を現した。
無理矢理部屋から出てきているようだからあれが本物と見て恐らく間違いないだろう。
彼は周りを見渡し、俺を確認すると声を掛けてきた。
「皇紀、無事だったか」
目が合った瞬間、先ほどの偽物の言葉が脳裏に蘇り思わず浄から顔を背ける。
何で今思い出すんだ、そう思ったがあれはあまりにも生々しかった、そんな言葉を掛けられることがないと分かっていてもなお。
「そっちも何かあったのか?」
俺の様子に浄は心配そうに声を上げた。
そっちもと言うことは浄も何か無理難題を突き付けられたのかもしれない。
「何があった?」
突っ込まれて聞かれるより先に質問を返すと、彼はしばらく黙って考えているようだった。
ふうと大きく息を吐き、首を軽く左右に振る。
「あまり言いたくはないことかな」
「……俺もだ」
珍しく意見が一致する。
正直浄に何があったのかは気になるが、自分の話をしなくてはならないなら知らないままでいい、そう思った。
「何にせよヤバそうなカオスワールドみたいだからな、早いところここを開いた当人を見つけ出さないとだな」
そう言うと浄は変身を解いた。
確かに敵が出てくる気配はない、俺も追って変身を解く。
改めて辺りを見回す浄を眺め、本当にこれは浄本人なのだろうかと思う。
間違いないと思う根拠はあるものの、その確実性は疑わしい。
じっと浄を眺め、彼の襟元をネクタイごとグッと掴んでその身体を自身の方へと引き寄せた。
「えっ? んん……」
そのまま唇を合わせる。
直ぐに舌で彼の歯列を叩くとすかさず浄も口を開く。
彼は俺の舌を上手く縫ってピアスを舌先で弄ぶ。
舌のピアスに馴染みがないのか、単に感触が好きなのか、浄はピアスをいじるのが気に入っているようだった。
だからああ、間違いなく浄本人だな、とようやく胸を撫で下ろした。
唇を離し、互いに瞼を開け目が合うと恐らく浄も同様に懸念していたのだろう、一瞬何とも言い難い妙な空気が流れた。
「んー、取りあえずどうするかね」
それを誤魔化すように浄は苦笑いしながら頭へと手をやった。
その表情も声も仕草も全ていつもの浄そのものだった。
当たり前のことにこんなに安心するなんて、改めてカオスイズムやカオスライダーやら仮面ライダーたちの異質さを肌で感じる羽目になった気がする。
もちろん俺もその一員である。
不満や不幸に思ったことなどないが、少しだけ胸に得も言えぬ引っ掛かりが残った。
それでもまずは目の前のことからだ。
軽く息を吐き、廊下の先を見つめる。
これから向かう先を見定めるために。