テトラミン「何だか地味だな」
厨房へやってきた浄は俺が手にしたザルを見て呟いた。
そこには巻き貝、つぶ貝が入っていた。
つぶ貝の旬は冬から春、今シーズン最後にいいつぶ貝が食べたいと客からリクエストがあった。
貝類が好きな人だがこの時期にハマグリやアサリをチョイスしないところがいい。
とっておきのエゾボラを仕入れ、その準備を始めたところだった。
「これはエゾボラだ。刺し身で喰っても美味い」
「エゾ? 北海道の貝なのか」
「そうだな。つぶ貝と言った方がピンとくるか……」
「ああ、つぶ貝のことか」
ようやく浄もピンときたらしい。
ザルの中身は塩水で寝かせ汚れを落としたところだ。
これから特に状態の良いものは刺身に、他は加熱調理をしていく。
ガーリックバター焼きやパエリア、地味な煮物も外せない。
彼の人はこういう素朴な料理も楽しめる人なのだ。
「喰ってみるか?」
ザルから一掴み持ち上げて見せる。
「ん? そのまま食べれるのかい?」
流石に浄だ、用心深い。
「テトラミン」
「……毒か」
浄は苦笑交じりに答えた。
「唾液腺に含まれていて感覚障害が起こる。安心しろ、死人は出ていないらしいぞ」
ニヤリと口角を上げると彼は呆れたように息を吐いた。
「浄なら極楽に行けるかもしれねぇな」
「それはどういう意味なんだか。その時はお前も道連れにさせてもらうよ」
年中色ボケしている男ならさぞかし良い夢見心地になるだろうと冗談を言うと、浄は薄く笑って答えた。
彼の人の指名の相手は浄だ。
開店後、彼は俺が用意したつぶ貝料理に目を見張ったらしい。
大喜びの客は全ての料理を独り占めにし、たいそう舌鼓を打ったそうだ。
特に頼んでいた白ワインとガーリックバター焼きの相性が良く、何杯もお替りしたらしい。
「皇紀、つぶ貝は残ってないかい?出来ればガーリックバター焼きで……」
閉店後、浄はヘラヘラと厨房へ来て俺につぶ貝料理を乞うた。
材料はまだ残っている。
さて、どんな条件を交換にくれてやるか。
浄の姿を眺め、思わず舌舐めずりした。