佇む影は魔王のものだった。この時間に展望で見掛けるのは珍しい。なにかあったかと赤鬼が尋ねると、夢見が悪いだけだと静かに笑う。
怖い夢を見たという妹のそばで、よく一晩を明かしていた。記憶をつづった独り言は、遠くで瞬く鱗のように消えていく。
ならば彼が悪夢を湛えた時は、誰がそばに居たのだろう。浮かんだ疑問はおぼろげなまま、夜の海に溶け込んだ。
「そういうおまえは、どうしてここに?」
「酒があったから飲んでただけだ」
まだ重い酒瓶に目をやれば、視線が後を追ってくる。すかさず出されたぐい呑みが、フチを鋭く光らせた。
「ご馳走になっても?」
「最初っからそのつもりだろ」
もちろんと答えた目はどこか、嬉しそうに弧を描く。