おててつないでみんなで帰ろう「おーいい天気」
ふみやは人がいないことをいいことに子供のように椅子の上で膝立ちし窓の外を眺めていた。窓を開けると気持ちのいい風が車内を包む、夏の暑い気温さえ一瞬感じなくなるほどの冷たい風。
ふみやが何故電車に乗っているのかと言うと最近ハマっている趣味が理由であるそれは特に予定も立てずに目的のない電車に揺られ気になった駅に降りてその町を散歩することだった。今日のふみやは随分と遠いところまで来ており辺り一面田んぼが広がる田舎まで足を伸ばしていた。ぼーっとしているふみやに甲高いチャイム音が鳴り響き現実世界に引き戻される。
「次はー××ぅ〜××ぅ〜」
(今日は次の駅で散歩しよー)
気だるげな車掌のアナウンスが電車内に響くが生憎乗車しているのはふみやただ1人。
無事駅に着き降りるとそこには人っ子一人誰も居ない、駅は無人駅と化して更に駅前だと言うのに建物らしき建物もない唯一あるのは舗装された町へ行くための道だけ
(まぁ…たまにはいいか)
ふみやは唯一舗装された道に足を踏み入れ途方もない道を歩き始めた。しばらく歩いているとパッと視界が広がり町並みが見えてきた、いや町と言うより集落のような所々にポツンと家が建っている。視線を集落に落とすとそこにはお年寄りの住人らしき人が居て俗に言う"限界集落"と言えるような閑散とした雰囲気が漂っていた。下に降り集落に入ると視線は一気にこちらに向かう、それもそうだろう普段人の出入りのなさそうなこの集落にオレンジ色の服を着た目立つ彼に不信感を持ってもおかしくない。だがふみやもそんな事を気になるタチでも無いためどんどん中へ歩いていく、住人の話し声が、噂話が少しずつ大きくなっていく……こうも噂話されるとふみやにも思う所がある。少しずつ苛立ちを覚えていると1人の初老の男性がふみやの目の前に立ちふみやの進行を止めた。
「…邪魔だよおじいさん」
「んだば、おめぇこそなんでこんたとこさ来たん」
「別に…?強いて言うなら景色が綺麗だったからとか?」
「……!ははぁ、そんたごとが…綺麗だったかぁ…なぁおめぇ腹減ってねが?」
今回も突発的に始まった旅だった為ふみやは朝ご飯を食べずに飛び出してしまった。リビングには依央利の作った朝ごはんが恨めしそうに今も置いてある。
「ん?まぁーそこそこ」
「ほれ、そしたらうぢさ来て食ってけ!うちの畑で穫れた野菜ぁ、世界一うめぇぞ!」
「え、いいの?ラッキーお世話になりまーす」
ふみや自身もどこかでご飯を食べたいなと思っていたが周りが予想以上に閑散していたので半ば諦めていたところに救いの手が差し伸べられた。思いがけずふみやは集落の人に歓迎されご飯をご馳走してもらうことになる。
「がははっ!遠慮しらねぇガキはいいなぁ!んだら、ついてこい!」
「はーい」
おじいさんの後について行くと雰囲気のある一軒家に案内してくれた。
「さぁ食え食え」
「いただきまーす」
食卓に通されそこにはとても美味しそうなご飯とおかずがテーブルいっぱいに並べられている。急に来た来客におばあさんは嫌な顔1つせず歓迎してくれた。
「ん!?美味っ!めっちゃ美味いよおばちゃん」
「あらまぁ〜!おかわりい〜っぱいあるから、どんどん食べてけ〜!」
ご飯をひと口食べるとお米の自然な甘さが口いっぱいに広がる、野菜のお漬物もちょうどいいつけ具合でさらにご飯が進む。
「どうだ?うちのカミさんがこさえた飯、うめぇべ?」
「うん。おじちゃんが羨ましいよ、こんなに美味しいご飯毎日食べれるなんて」
「まぁまぁ!!嬉しいわぁ〜〜!!」
「それに漬物もめっちゃくちゃ美味しい。美味しい料理が作れるおばちゃんと美味しい野菜を作るおじちゃんとか無敵だよ」
ふみやは一通りお昼ご飯を満喫し家の縁側でスイカを食べているとふとやらなくてはならないことを思い出した。家に連絡してない、以前の散歩も連絡せずに丸1日帰らなかったときはめちゃくちゃ怒られてしばらくおやつ禁止にさせられたのでもうそんな思いは懲り懲り。
「ねーおじちゃん、ここにある固定電話使っていい??一緒に住んでる友達に電話かけないと」
「おぉ!ええぞ!」
「ありがと」
お礼を言い家の電話番号にかけると直ぐに電話は繋がる。
「もしも〜し」
「あ!ふみやさんやっと繋がった!一体どこにいるの!?」
「××駅ってとこ、まぁ夜ご飯までには帰るから安心してよ」
「はぁ…とにかく安全に帰ってきてくださいね」
「へいー」
ふみやは依央利との電話を終え散歩の続きに戻ろうと玄関に向かうと
「んで次はどすんだ?」
「んーここら辺ぶらぶらして3時ぐらいには帰ろうかなって」
「ほぉ〜そったが。んじゃ帰りたぐなったら言ぃ駅まで送ってやっから」
「え、ありがと」
(ふー…まじ最高だなーここ。ご飯美味いしおじちゃんおばちゃんは優しいしまた来よー)
「ん?」
しばらく集落を歩き回り、少し離れた田畑を歩いていたふみやは田畑の更に奥の端にある小山に差し掛かり朱色の鳥居が目に入った。ここはとにかく林や田畑に囲まれているからこそ朱色の鳥居はよく映えている。朱色の鳥居の先は階段がありその上はきっと神社があるんだろう。
(たまには汗を流すのもありか)
気分がてら汗をかくのも悪くないと思ったふみやはそのまま朱色の鳥居に足を踏み入れる。田舎のさらに人の気配が全くしないココは神秘的な、奇妙な、冒険心をくすぐってくる。自然と足取りも軽くなり少しずつ心臓は高鳴る、どんどんと進んでいくと先客が板の腕前から階段をおりてくる人がいた。その人は白い帽子を深く被り、白いワンピースをはためかせていた。すらっとした姿に白い肌田舎らしからぬその人は異様な雰囲気を纏わせていた。すれ違う際彼女は頭を下げ会釈をしたのでふみやも釣られて会釈をする。
(あれ……?『ポッポポポ』て聞こえたような……?)
すれ違った瞬間『ぽっぽっ』と聞こえたような気もしたがきっと風が運んだ空耳だろう。特にその人の後を追いかけず神社に一直線に向かっていった。
「ん~~~」
ひと伸びし辺りを見渡す周りは林に囲まれ遠くは見えないが階段の先にある景色だけが吹き抜けていてそこから風邪が吹き荒れる。あまり人も来れていないのだろう、草が生い茂っていたので軽く手を払いながら本殿へ向かいお参りをして何事もなく神社の後にした。先ほどお世話になった家へ向かうとお爺さんは畑で農作業をしていた。
「おーい!!おっちゃん!!」
「なんだ〜、もう帰るんか!んだら、野菜、持ってけぇ!」
「うわ~~こんなに貰っていいの??」
「いい、いいぃ遠慮すんな!もってげ!」
「あんがと!!あ、そういえばこの町にも若い人いるんだね」
「ん…え…?」
「ん??神社に行ったときにすれ違ったんだけど白いワンピース着た人だよ。知り合いじゃないの??」
突然お爺さんはふみやの手を引き家に押し込もうとする。
「おめぇさん!ちょっとこっちさ来てけろ!」
「え??ちょなに!!俺帰りたいんだけど!?」
「だめだ……おめぇはもう魅入られちまったんだ……」
「は??魅入られてた???ってーーーー」
"魅入られた"言ってる意味がわからない、さっきの人の話でもしているのだろうか?お爺さんから手を離してもらおうと抵抗しているのに随分と力が強い、まるで何かに脅えているような…そんな複雑な表情をしていた。
「おっちゃーーー」
結局リビングに引っ張られふみやは声をかけようとするもその殺気だった雰囲気に気圧されてしまう。気圧されているうちにお爺さんはどこかへ飛び出してしまった。お婆さんもどこかへ出掛けようとしていたが無理やり抑えて話を聞くことにした。
「おばちゃん!どういうこと?魅入られたって?」
「あぁ…ごめんねぇ……うう」
「泣いてばっかじゃなくて!俺にも教えてよ!」
「わ、分がった…」
話を聞くと先程すれ違ったワンピースの着た人は人間ではなく『八尺様』と呼ばれる化け物。魅入った人間を取り殺すために攫う八尺(およそ240cm)もの巨大な怪異で「ぽぽぽ」と特徴的な声を発しながら追いかけてくるという。ここ最近集落にはお年寄りしかおらず若いふみやが来たことにより八尺様と出会ってしまったのだろうと言っていた。
「ほんに申し訳ねぇ……あそこさ近づかなきゃ平気だと思ってたんだ……おらたちも、久しぶりの人に浮かれちまって……なぁんも言わねくて……」
そう言ったおじちゃんの顔が忘れられない。2人は親切にこの家を貸してくれると言う。そして強く、強く念を押された。「何があっても朝まで家から出るな」と……家に入れば八尺様は入れないから決して何があっても出ないようにと再三言われた。2人は別の家に避難するためふみや1人で夜を朝がなければならない、周りの必死さに少し不安もあったが今日初めて会った自分にここまで良くしてくれた人にこれ以上お願いするのも気が引けふみやは2人を清く送り出した。
「いいが?ぜってぇ部屋さ出ちゃダメだぞ、なんぼなんでも、だ」
「うん」
「んでな、なに聞こえっとしても反応すんなよ」
「分かった」
「……怖いかもしんねぇけど、頑張んだよ。今晩さえやり過ごせば、向こうもあきらめっから。朝んなったら車で駅まで送ってやっからなぁ」
「大丈夫だよ」
日は沈みあたりは静けさだけが残る。ふみやは家から1歩も出ずただだただ明日が来ることを待っていた。だがふみや自身『八尺様』がいること、そんな化け物に魅入られていることを未だに信じてはいないため何処かうわ浮いた気持ちでいる。
「あーもう読み終わっちゃったなーどうするか」
ふみやは部屋にある本も全て読み終わってしまい退屈そうに天井を眺めていた、まだ外は暗く日はまだ上がらない。
ピンポーン…コンコン!
チャイム音とドアを叩く音が部屋に響ーーーー
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン!!!!!!!!!
「だ、誰!?」
ふみやが声を出した瞬間ピタッとドアを叩く音が止まる。
「………」
一気に緊張が走る、暑いはずなのに寒い、嫌な汗が落ちる。
「…ふ、ふみやさん?私ですよ私、天堂天彦です」
「あ、天彦?」
「えぇ…迎えに来たんです。さぁドアを開けてください」
「っ!…………あっ…!」
一瞬安堵の表情を見せるがふみやの顔はどんどん真っ青になる。思い出したのだ八尺は色々な声を使い人間を混乱させるとーーー
「は??どうしてここに居るって分かってるんだよ!お前天彦じゃないだろ!?」
「ふみやさんお昼頃家に電話しましたよね?夜ご飯には帰ると言っていたのになかなか帰ってこなかったから心配して私が代表で車を飛ばしたんです」
「……た、確かに……」
お昼に電話もしたし、駅名も答えた頑張ればここにいることを知れるだろうでもふみやの疑念は一向に晴れない、ここにいる天彦はホンモノか?
「ねぇ……本当に天彦?」
「えぇそうですよ、貴方の、皆さんの天彦です」
「……」
「もしかして疑っているんですか?では私とふみやさんしか知らないことを質問してください。お答え致しましょう」
「じゃあ……昨日何のおやつ食べた?」
「はぁ…食べてません。ふみやさんが食べちゃったじゃないですか」
「……」
「分かりました。鍵だけでもいいです、開けてください」
ふみやは揺れていた。質問だって当たっていたし、来た理由も明白だ。それでも身体が、本能が違うと叫んでーーーー
「ねぇ、早く帰りましょう?私たちの家に」
「………分かった。でも鍵開けるだけだよ」
別に最後のセリフで揺れたわけじゃない。おばちゃんが言っていた鍵を開ける行為よりもドアを開け"ナニか"を家に招き入れる行為こそ危険だと、もし仮に天彦ならそのまま入ってきてくれるから
……ガチャ
「ほら開けたよ天ひーーーー」
突然身体がかな時ばりにあったように毛1本動けない。
「え!?あっ…なぁ!!?」
ガラガラガラ
「ふみやさん、ありがとうございます。ドアまで開けてくれるなんて……」
何故かドアに手をかけてしまったふみやはそのままドアを開け"天彦"を家に招いてしまった。
「!?!?!!」
目の前に立つ天彦は顔が見えないほど高い、ゆっくりとふみやに手を伸ばし優しく触る。"ナニか"がふみやを包む、全身が警告する。
早く逃げろ逃げろ逃げろニゲロニゲロニゲロ!!!!!
ナニかに頬を触られる感触で気が付き天彦を蹴飛ばす。急いで背を向け御札の貼ってある二階の部屋へ逃げ込む。走る走る、階段を2弾飛ばししなから部屋へ藁にもすがる思いで駆け上がる。
「あともう少ーーーーー」
あと数センチでドアノブに手をかけられたのに、ふみやは結局八尺様に捕まってしまった。