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    付き合いたてパーバソと巻き込まれるエミヤ
    パ卿に差し入れをしたいバが頑張って料理する話

    3月4日は差し入れの日なのだという。

    マスターこと藤丸立香は「元いた場所では記念日は山の様にあったよ。自分の都合のいいものだけを取り入れて騒ぐんだよ。語呂合わせが多いんだけど、そういうの楽しいよね」と笑って言った。

    なるほど、差し入れか。
    バーソロミューには差し入れをする文化はなかった。欲しければ奪う。与えたければ与える。そう言った人生を歩んできた。
    だが、与えるというよりは施したい相手が出来てしまった。夏に出来たばかりの恋人に何か贈りたい、己の贈った物で微笑んで貰いたい、とそう考えた。
    バーソロミューはマスターとの雑談の後、食堂へと向かった。食堂の主たるエミヤに相談する為であった。

    道中、バーソロミューは差し入れと称して施したい人物に想いを馳せる。
    円卓の騎士、パーシヴァルであった。先日恋仲になったばかりの恋人にバーソロミューは何か贈り物の一つでもしたいと考えていた所にマスターからの言葉があった。
    《差し入れ》。
    それを利用しない手はなかった。
    贈り物を、と言っても何か特別な記念日が近い訳でも、送りたい宝を手に入れたわけでもなかった。ただなんとなく、他愛もない贈り物をしたいとバーソロミューが常々考えあぐねていた所にマスターからの体のいい助言があった。
    贈り物、と言っても重いものではなく、笑って受け取ってもらえる程度のものがいい。だが、確実に受け取って貰えるもの——暫し考えた結果、消え物である食糧を贈るのが最適だと結論づけた。


    エミヤはバーソロミューからの難題に眉間に皺を寄せ、数秒考えた後に言葉を発した。

    「ふむ、菓子か軽食が妥当だろうな。ホワイトデーも近い。ホワイトデーには菓子を贈るのが通例だ。その時にはそう言ったものを贈りたいだろう?であるならば、軽食——例えばおにぎりだとかサンドイッチだとかをレイシフト後に贈ると良いのでは?」

    ホワイトデーという単語が出てくる辺り、自分たちの関係はエミヤには勘付かれているのだろう、とバーソロミューは思う。だが、エミヤが誰かの秘密を漏らした事はない。おそらくはパーシヴァルとの恋仲を誰かに話すこともないだろう。
    ホワイトデーについても詳しくは知らない為後日改めてエミヤに聞こうと思う。またその時は彼に力になってもらおう。

    「君の作ったオニギリもサンドイッチもどちらも美味だった。でも私にはどちらがより簡単に、かつ成功するか分からないんだ」
    「パーシヴァルは君の恋人なんだろう?きっと失敗しても美味しく食べてくれるさ」
    「……だって、少しでも喜んでもらいたいじゃないか」

    不味いものよりかは美味しいものの方がいい。
    気を使って美味しいと微笑まれるよりも、本心から美味しいと満面の笑みを浮かべられたい。
    バーソロミューは己の心の変化に驚いた。己は海賊で掠奪を生業として生きてきた。それを恥じた事はないし、充実した海賊人生であった。短く、楽しい人生であった。
    なのに、パーシヴァルと出会い、恋仲になってからというもの掠奪をして楽しんでいた頃よりもパーシヴァルの隣で微笑み合っている時の方が充実感を覚えている事に気が付いてしまった。
    差し入れと称して彼に負担を掛けない程度の贈り物をしてでも彼の笑顔が見たいとさえ考えてしまっている。これでは乙女の様ではないか。

    「ならばいっそ、一食全て作ってみては?」

    それこそ無理難題だ、とバーソロミューは思う。カトラスの扱いになら長けているつもりだ。だが同じ刃物とは言え包丁を握る機会もなかった。果物ナイフなら何度か扱った事もあるがどうにもうまくいかず、部下に下賜してしまった。
    豪勢な作りのそれを部下は喜んで受け取り、バーソロミューの目の前で林檎を美しい形に飾ってみせバーソロミューの矜持を傷付けた事もあった。
    とにかく、バーソロミューは料理というものには携わったことがなかったのだった。



    ▪️

    簡単なものを教えるから、と半ば強引にエミヤにエプロンを押し付けられバーソロミューはそれを着衣した。
    エプロンとは不思議なものである。
    着けただけで少しだけ調理が出来る様な気になった。もし出来ずとも裸エプロンをして見せるのはどうだろう。
    パーシヴァルは所謂テッパンネタを好む為、気に入ってくれそうだ、とバーソロミューは思った。

    エミヤは必要な食材を冷蔵庫から取り出し、バーソロミューの目の前に並べてみせた。
    挽肉、玉葱、卵、パン粉、牛乳。
    バーソロミューはその食材を見てピンと来た。

    「ハンバーグ?」
    「正解だ。これならボリュームもあり、作り方自体も簡単だと思う」

    まるで自ら答えを導き出せた生徒を褒める教師の様にエミヤは微笑んだ。
    しかし、バーソロミューとて自信があってハンバーグという回答に至ったわけではなかった。挽肉と玉葱。その二種類の食材を使う料理といえばハンバーグしか思いつかなかっただけであった。
    そも、それ以外の食材の方が多いではないか。卵やパン粉を一体何に使うのか、バーソロミューには見当も付かなかった。

    君は包丁を使うのはあまり得意ではなさそうだから、とエミヤは調理器具が収められた棚の奥から透明な箱のようなものを取り出し、バーソロミューに手渡した。
    中には数枚の刃が仕込まれていた。上部には取っ手が取り付けられている。

    「これは??何やら奇怪な形をしているが、……痛ぁっ」
    「君!カトラスの扱いなら得意なんじゃなかったのか!何で刃に触れるのさ!」
    「いや……何かなと思って……」

    ポケットから一枚絆創膏を取り出し、エミヤはバーソロミューの指に巻きつけた。可愛らしい、猫の絵柄が描かれていた。
    バーソロミューを傷付けたのは少年少女でも簡単に微塵切りが出来るという触れ込みの調理器具である、とエミヤは器具について話した。その情報は指だけではなく、バーソロミューの心をも傷付けた。

    絆創膏のおかげで血もすっかり止まった事を確認すると、エミヤは調理再開を宣誓した。


    ——玉葱の皮を剥くのに一苦労した。微塵切りにするのは簡単だった。何せ、玉葱を器具の中に入れ、取っ手を引くだけでいい。
    ——卵を割る事は出来た。殻を取り除く方に時間を要した。
    ——牛乳の適量が分からず、何となく入れると肉が牛乳の海に溺れてしまった。その分パン粉を多く入れると肉が埋もれてしまった。
    ——肉を形成し、空気を抜く。力加減が分からず辺りに肉が散乱した。

    「もう無理だ……やはり慣れない事はするものじゃない」

    己の不甲斐なさ故か玉葱の香りのせいか本人にも判断しかねたが、バーソロミューの瞳には涙が滲んだ。
    ただ、喜んで貰いたかった。いつも貰ってばかりだったがたまにはパーシヴァルに贈り物をして微笑んで欲しかった。
    やはり自分にはその様な甘酸っぱい恋に恋する少女の様な感情は似合わない、とバーソロミューはため息を吐いた。そんなバーソロミューの様子を見て、エミヤは彼の肩をポンと叩き続きを促した。

    「後は焼くだけだ。……俺は作るのが好きだが、その……上手く言えないのだが、惚れた相手に作って貰った料理と言うのは格別だ。なので、」
    「ありがとう、エミヤ。もう少し頑張ってみるよ」

    エミヤには随分と気を遣わせてしまった。バーソロミューは申し訳なさを感じながらも、フライパンを手に取り調理を再開する。
    君は惚れた相手からの料理を食した事があるのか、もしかしてサーヴァントなのか、相手は、と問いたい気持ちを抑え、バーソロミューは油を敷き肉を乗せた。

    苦い匂いが鼻を突いた。
    慎重を期して調理に臨んでいたバーソロミューであったがどうにも上手くいかなかった。
    それでもどうにか、不格好なりにも食事として形になった時の感動は一入だった。

    「出来た……!」

    添え物はエミヤが作った。バーソロミューが四苦八苦している最中、片手間に彩り豊かな料理を作るエミヤの器用さが羨ましかった。きっと彼はパーシヴァルと同じ側にいる——己とは逆に与える側の人間だったのだろう。
    料理に関しては不器用であるバーソロミューではあったが、基本的に何でも器用にこなした。そうでなければ、ただの一水夫だった男が船長にのし上がる事など出来なかった。あの頃は己の為だけに生きた。
    せっかく手に入れた二度目の人生ではたまには与えてみるのも悪くないかも知れない。そう思わせてくれたのはパーシヴァルだった。

    「ただいま、バーソロミュー。おや、珍しい格好をしているね」

    ——レイシフトから帰還したパーシヴァルであった。バーソロミューは彼の全身を見回し、傷を負っていない事を確認し席に座る様促した。

    「……不味かったら、残していいから」
    「これは貴方が?私の為に?私の為に、貴方が?嬉しいな。……凄く、嬉しい」

    パーシヴァルの瞳からは涙が溢れ落ちた。声も上げずハラリと落ちた涙はテーブルを濡らした。
    それ程までに喜んでくれる様はバーソロミューにとっても嬉しいものではあったが、エミヤの手前、気恥ずかしさの方が勝ってしまう。

    「私、そんなに君に何もしてやってなかったのか……」

    最善の努力はしたものの、焦げて味も見た目も悪くなってしまったハンバーグでここまで喜んでくれるのは今までが酷かったからではないか。バーソロミューは今までの己の行いを鑑みて、思い至る所しかない事に気が付いた。

    「違う、指先の怪我。今朝はなかった。私の為に調理をしてついてしまったんだろう?私の為に得意ではない事をしてくれた君の心こそ、一番の贈り物だよ」
    「いつも君から貰ってばかりだったからね、たまには私からも贈りたかった。……さ、冷めてしまう前に一口だけでも」
    「一口だなんて!もちろん全て頂くよ」
    「そんなに喜んでくれるなら、デザートの裸エプロンは要らないかな?」
    「それは、……是非、欲しいな」
    「アハハ!そっちの下準備なら得意だよ。調理は君の担当だ」

    バーソロミューの明け透けな物言いにパーシヴァルは耳まで赤面させ、俯いた。その様子に満足げに微笑みバーソロミューは食事を促す。
    美味しい、とパーシヴァルは満面の笑みを浮かべバーソロミューを褒め称えた。
    数個焼いた中で一番見目がいいものを出したが、それでも焦げている部分があり、焼き過ぎて肉汁が蒸発してしまいパサパサとしている。
    初めての料理としては及第点であったとバーソロミューは自負してはいたが、パーシヴァルに提供する前に味見した所、彼の様に満面の笑みを浮かべる程美味しいものではなかった。食べる物がなければ食べようと思える程度のものでしかなかった。
    その程度の料理を喜んで食する様にバーソロミューはパーシヴァルからの深い愛を感じた。日々愛の言葉を浴びせられてはいるが、言葉以上に強烈にバーソロミューの心を穿った。

    「デザートは何時頃にお持ちしようか?」
    「……食後すぐでお願いしたいな」

    背後からこほんと咳払いが聞こえてきた。
    邪魔をしない様にと、気を使って気配を消していたエミヤが耐えきれず発したものだった。

    「片付けは私が請け負うよ。その、なんだ、……君達は食事の後デザートを楽しむといい」
    「何から何まですまないね」

    バーソロミューが心からの礼を述べるとエミヤはここで乳繰りだされると困るんだ、とぶっきらぼうに言った。

    翌日、足腰が立たなくなったバーソロミューの元に「煽った自分にも多少は責任がある」、とエミヤが見舞いがてら差し入れを持ってきたのはまた別の話。
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