「春が訪れましたね」
トリスタン卿はそう言って私の肩を叩いた。レイシフト先でならともかく、このカルデア内のどこで春を感じたのか、私には見当も付かなかった。
トリスタン卿は芸術肌であるから、そういう機微にも気付きやすいのだろう。
「その場所を是非教えて貰えないだろうか。……バーソロミューと行ってみたいな」
「ふふ、そういう所ですよ」
どうやら秘密の場所であったらしい。
私は残念に思った。バーソロミューとならきっと楽しめただろうに。
バーソロミューとは夏に出会い、友となった。
それまで会話もした事がなかった筈なのに、そうとは思えない程の早さで仲良くなった。
マスターの護衛という役割はあったものの、友とのドバイ観光はとても楽しいものだった。今後何があっても思い出すだけで気力が沸いて来そうな程、楽しかった。
「最近、バーソロミューと共にいる事が多い様ですが。……そんなに彼が気に入ったのですか」
「ああ、バーソロミューと居ると楽しい」
「へぇ、どんな話を?」
トリスタン卿に言われて気付いた。
共にいても会話はあまりしていない。会話などなくても苦にはならなかったし、彼といるだけで浮ついた気持ちになる。何より安らぎを覚えていた。
ただバーソロミューがエドワードと話しているのを見た時、どうにも胸が苦しくなる時があった。
霊基に異常をきたしているのかも知れない。マスターに相談せねば。
見知った顔が遠くから駆けてきた。
バーソロミューだった。彼は時折後ろを振り向いて何かを確認しながら走っている。どうやら追われているらしい。
「やぁパーシヴァル!トリスタン卿もご機嫌よう!じゃ!追われてるんだ、また後で、」
「こちらにどうぞ」
私はマントの端を掴み、バーソロミューに入る様促した。今日は第三再臨の為、鎧とマントで何とか隠す事は出来るだろう。
バーソロミューはニヤリと笑い、その中に入り身体を縮ませる様にして私の体を抱きしめた。
「バーソロミューを見なかったかね!?」
追いかけていたのは食堂の主だった。
どうやらバーソロミューは食堂で何か要らぬ事をしてきたらしい。
私は助け舟を出す事にした。
「さぁ、存じておりませんね。彼がなにか?」
「あー……食材のパッケージに落書きを。描かれたキャラに前髪を油性マジックで追加しメカクレにしてな……50袋全てだぞ!食材としては使えるから別にいいんだが、悪戯は良くない」
「そうでしたか。伝えておきましょう」
「頼んだ」
そう言って彼は食堂に戻って行った。
姿が見えなくなってようやくバーソロミューはマントから顔を出した。
「バーソロミュー。……貴方は本当にメカクレが好きだね。悪戯は駄目だよ」
「アハハハハハ!食べられるんだからいいじゃないか!飢えは辛いからね。うん。……あれは辛かったなぁ」
航海がうまく行かず、一日一杯の水で過ごした事もあるのだと語ってくれた事があった。きっとその水すらなくなった後の話もあるのだろうが、彼はそこまで話してはくれなかった。
彼の事をもっと知りたいとは思うが辛い話になるだろうし、その先を促す事は出来なかった。
何だって知りたいと思う。
辛かった事も、楽しかった事も。今日何食べただとか、誰と話したとか。そう言う話でもいい。
とにかく、私は夏以来頭の片隅でバーソロミューの事ばかり反芻している。
己でも驚く程ドバイを楽しんだ様だ。
「私は何を見せつけられているのか……」
「あっ、除け者にしていた訳ではないのです、トリスタン卿!」
「いえ。……そうだ、バーソロミュー殿。私、これから野暮用があるので宜しければパーシヴァル卿とお話ししてやって下さい」
「うん?それは構わないけども。何かあったのかい?」
「彼は貴方といると楽しい、との事なので」
「あー、ドバイ楽しかったからね。では、余韻に浸り続けるパーシィちゃんのお相手させて頂こうかな?」
「貴方は?余韻からはもう覚めてしまった?」
「覚めていたらこの距離にはいないよ」
バーソロミューは、私を抱きしめたまま上目遣いに満面の笑みを浮かべた。年齢よりも随分と幼く見える。
私が生きた時代よりも随分と後に生まれた子ではあるが、実年齢は私よりも上であった。それを感じさせない程、ドバイで仲良くなれたのは僥倖だった。
▪️
——春が訪れましたね。
そう口にしたトリスタン卿の謎掛けをバーソロミューにも聞いてみた。
「春、かぁ……シュミレータの設定に隠しコマンドでもあるんじゃないのかな?上手く押せたらそこに行ける!みたいな」
「なるほど。私には上手く出来ないだろうから教えてくれなかったんだね」
「今度ダ・ヴィンチ嬢に聞こう。……良かったら一緒に行かないかい?パーシヴァル」
「是非!私も貴方と行きたくてトリスタン卿に尋ねたんだが、答えてくれなくてね」
「まぁ、君とだったらどこだって楽しいよ。ドバイも楽しかったけど、こうやってお茶してる今も楽しい。君が側にいると安心するんだ、君の強さを近くで見たからかな」
「貴方も強いよ。何よりもまず精神の気高さが美しい」
「寝物語に聞いた騎士様から褒められるのは照れるね」
「ふふ、でも今のは騎士パーシヴァルではなく、一人の男としての言葉だよ」
私から見れば遠い未来のウェールズの子であり、護るべき存在なのかも知れない。
だが、バーソロミューは私に守られねばならぬ存在ではない。
隣に立ち、共に戦い、共に笑い、共に過ごす。
それだけでワクワクした。ドキドキした。ソワソワした。バーソロミューは私の生活の一部となってしまった。
カルナも友であるのに。
共にいて楽しいとは思うのに。
不意に思い浮かぶのはバーソロミューの事ばかりだ。バーソロミューの事を考えると心の中に春が訪れた様な優しい気持ちになる。
春が、——訪れた、とは。
トリスタン卿の言う春の訪れとはこういう事か。
バーソロミューを見るだけで、嬉しい。楽しい。
なるほど、これを春と表現する辺りトリスタン卿はやはり芸術家気質なんだろう。素敵な表現だと思う。
「どうかしたかい?」
「……いや、まるで口説いている様だ、と思って」
「えっ?君私を口説いてたんじゃなかったのか?」
「えぇと?私は貴方といると楽しい。フワフワする。安心する。すでにそんなに沢山貰っているのに、さらに貴方から愛されようだなんてそんな事は思ってないよ」
「〜〜っ!君!他の人にもそんな事を言っているのかい!?誤解されるぞ!」
「うん?貴方にしか言わないよ?」
「君ってやつは!!本当に!もう!!」
言葉では怒っているが、顔は困った様に笑っていた為どうやら本気で怒っている訳ではなさそうだ。良かった。
私の言葉が足りなかったのだろうか。
だとしたら申し訳ない。
ではもう少し言葉を添えておこう。
「私はあの楽しかった夏を過ぎて、冬を超えても、春を貴方と迎えたい。貴方の隣に居たいんだ。駄目かな?」
「駄目じゃないよ!!いいよ!!……その代わり、そんな事を言うのは私にだけにしてくれ」
「もちろん!私が側にいたいと思うのは貴方だからね!」
他の誰でもなく、何かあれば一番に私を思い出して欲しい。私が一番にバーソロミューを思い出す様に。
はてさて。
シュミレータ内に隠された場所へ、二人で行ける日を楽しみにしながら今日もマスターから頼まれた周回に臨もうか。