心心相印「はい」
濡れた髪をそのままに、蛍はタオルを差し出した。いつからだったか、風呂上がりの蛍の髪を乾かすのはキィニチの役目になっていた。淡いレモンの香りが漂うオイルを手に取り、丁寧に乾かしながら、ふわふわに仕上げていく。
蛍は心地よさそうに目をつむり、今にも猫のように喉を鳴らしそうだ。
こうして無防備に晒される肌に何度触れたいと思っただろう……。堪えきれない熱が喉の奥でゴクリと音を立てた。
ほとんど乾いた頃、キィニチがサラリと髪をかき分けると白いうなじが姿を表す。ひやりと首筋を抜ける空気を蛍は気にもしていなかった。
思わず目を閉じても熱はおさまらず、また、喉の奥が鳴る。キィニチはそのうなじにそっとキスを落とした。
「ひゃっ!!」
予想外の刺激に、蛍は小さな悲鳴を上げて首を縮めた。一瞬で鳥肌が立ち、滑らかだった肌ががザラリと質感を変える。
「な、なに?!」
キィニチはあわてて振り返る蛍を抱き上げ、膝に乗せるようにしてソファへ腰を下ろした。この体勢は、改まった話をする時にいつも取るものだ。お互い率直に物を言ってしまうから、喧嘩にならないように肌を触れ合わせるようになった。こうすると、不安や緊張が和らぎ、自然と言葉が出てくるのだ。蛍は何か話すことがあるのだろうかと、不思議そうにキィニチを見上げた。
「……蛍、大事な話があるんだ。」
「うん?」
キィニチの宝石のような瞳が不安げに揺れている。めったに見ないその表情に、蛍も緊張した様子でそっと手を伸ばす。そして、キィニチがいつもそうしてくれるように、頬に手を添え、親指でそっと目元を撫でた。
その仕草に安心したように目を細め、キィニチが頬を蛍の手に寄せる。
その瞬間、蛍の胸が高鳴り、頬が熱を帯びた。かわいい。嬉しい。でも、いつも自分がこれをキィニチにしているのだと思うと、急に恥ずかしくなる。
照れた蛍の表情を見たキィニチは、くすりと笑った。
「そんな深刻な話じゃないんだ……ありがとう。」
一呼吸、二呼吸。キィニチは深い息を吐いて改めて口を開く。
「回りくどい言い方をしても仕方がないから、直接的に言わせてもらうが…………その……俺も、男なんだ。」
一瞬だけ沈黙が流れた。
頬をわずかに染めるキィニチは珍しく、蛍はすぐに彼の言いたいことを悟った。それでも遮ることなく、静かに続きを待つ。
「こうして触れ合っていると、どうしても衝動が湧き上がる時がある。その……蛍は……」
言葉を探しながらも、やはり最後まで言い切れないキィニチ。視線が揺れるのを見て、蛍は自然と微笑んだ。そして答えの代わりにそっとキスを返す。
ちゅっ、と艶めいた音が静寂に溶け、困ったようにキィニチの眉がひそめられた。
「だから、そういう――」
「だめなの?」
「だ、だめじゃないが……そういうことをされると……」
言いかけて、ふと何かに気づいたキィニチは押し黙り、さり気なく腰を引いた。しかし、蛍もそこまで鈍感ではない。
キィニチの頬にそっと手を添え、今度はゆっくりと深く口づける。先ほどの触れるだけのものとは違う、少し熱を帯びたキス。
「そういうことをされると、どうなの?」
「蛍……」
分かっているのに、あえて言わせようとしている――。
蛍の細められた瞳とゆるく弧を描く唇がそれを物語っていた。蛍が、自分の言葉を待っている。キィニチは自分で切り出した以上、逃げるわけにはいかないと覚悟を決めた。
一息に言葉を紡ぐ。
「……どうしようもなく、抱きたくなるんだ……。」
その言葉に応えるように、キィニチの首にぎゅっとしなやかな腕が回った。
キィニチの心配をよそに、蛍はむしろほっとしたようだった。
「私に魅力がないのかと思ってた。」
「……なんだって?」
思わず聞き返し、キィニチは蛍の肩を掴んで引き離す。見上げてくる蜂蜜色の瞳はふっと微笑んでいた。
「どんなにキスしてもくっついても、キィニチが全然そういう反応しないから……。」
静かな声が、ほんの少しだけ拗ねているように聞こえる。キィニチは蛍の言葉を頭の中で反芻し、ようやくその意味を理解する。そして深く息を吐いた。
「俺はいらない心配をしてたのか?」
「そうかも。でも、私のことを考えてくれてたこと、ちゃんと分かってるよ。」
蛍は「ありがとう」と呟きながらキィニチの胸に手を当てる。鼓動は早く、そして力強い。その響きが、自分への想いを物語っている気がした。
「じゃあ、嫌じゃないんだな?」
「嫌なわけないよ。ずっと、待ってた……。それにキィニチに触られたくない場所なんてな――あ、いや……、今のはなし……。」
勢い余って恥ずかしいことを口走ったことに気づいた蛍は、慌てて顔を伏せる。しかしキィニチはそれを許さず、そっと顎に手を添えて彼女の視線を捉えた。
「あ……なんで、顔見るの……」
「たまらなく可愛いからに決まってる。ほら、もっと見せてくれ。」
囁くような声に、蛍の肩がぴくりと震えた。
キィニチが指の腹で頬を撫でると、熱を帯びた蛍の目元が次第に潤み始める。その愛らしい姿が、キィニチの胸の奥から情欲を掻き立てていく。
「んっ……」
そっとキスを落とすと、蛍の唇がねだるようにわずかに開く。
――もう、我慢などできるはずもなかった。