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    hatsu8396

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    キィ蛍
    初めてになかなか踏み切れなかったキィニチが限界を感じて一歩踏み出す話。

    #キィ蛍

    心心相印「はい」

     濡れた髪をそのままに、蛍はタオルを差し出した。いつからだったか、風呂上がりの蛍の髪を乾かすのはキィニチの役目になっていた。淡いレモンの香りが漂うオイルを手に取り、丁寧に乾かしながら、ふわふわに仕上げていく。
     蛍は心地よさそうに目をつむり、今にも猫のように喉を鳴らしそうだ。

     こうして無防備に晒される肌に何度触れたいと思っただろう……。堪えきれない熱が喉の奥でゴクリと音を立てた。

     ほとんど乾いた頃、キィニチがサラリと髪をかき分けると白いうなじが姿を表す。ひやりと首筋を抜ける空気を蛍は気にもしていなかった。
     思わず目を閉じても熱はおさまらず、また、喉の奥が鳴る。キィニチはそのうなじにそっとキスを落とした。

    「ひゃっ!!」

     予想外の刺激に、蛍は小さな悲鳴を上げて首を縮めた。一瞬で鳥肌が立ち、滑らかだった肌ががザラリと質感を変える。

    「な、なに?!」

     キィニチはあわてて振り返る蛍を抱き上げ、膝に乗せるようにしてソファへ腰を下ろした。この体勢は、改まった話をする時にいつも取るものだ。お互い率直に物を言ってしまうから、喧嘩にならないように肌を触れ合わせるようになった。こうすると、不安や緊張が和らぎ、自然と言葉が出てくるのだ。蛍は何か話すことがあるのだろうかと、不思議そうにキィニチを見上げた。

    「……蛍、大事な話があるんだ。」

    「うん?」

     キィニチの宝石のような瞳が不安げに揺れている。めったに見ないその表情に、蛍も緊張した様子でそっと手を伸ばす。そして、キィニチがいつもそうしてくれるように、頬に手を添え、親指でそっと目元を撫でた。
     その仕草に安心したように目を細め、キィニチが頬を蛍の手に寄せる。
     その瞬間、蛍の胸が高鳴り、頬が熱を帯びた。かわいい。嬉しい。でも、いつも自分がこれをキィニチにしているのだと思うと、急に恥ずかしくなる。
     照れた蛍の表情を見たキィニチは、くすりと笑った。

    「そんな深刻な話じゃないんだ……ありがとう。」

     一呼吸、二呼吸。キィニチは深い息を吐いて改めて口を開く。

    「回りくどい言い方をしても仕方がないから、直接的に言わせてもらうが…………その……俺も、男なんだ。」

     一瞬だけ沈黙が流れた。
     頬をわずかに染めるキィニチは珍しく、蛍はすぐに彼の言いたいことを悟った。それでも遮ることなく、静かに続きを待つ。

    「こうして触れ合っていると、どうしても衝動が湧き上がる時がある。その……蛍は……」

     言葉を探しながらも、やはり最後まで言い切れないキィニチ。視線が揺れるのを見て、蛍は自然と微笑んだ。そして答えの代わりにそっとキスを返す。
     ちゅっ、と艶めいた音が静寂に溶け、困ったようにキィニチの眉がひそめられた。

    「だから、そういう――」

    「だめなの?」

    「だ、だめじゃないが……そういうことをされると……」

     言いかけて、ふと何かに気づいたキィニチは押し黙り、さり気なく腰を引いた。しかし、蛍もそこまで鈍感ではない。
     キィニチの頬にそっと手を添え、今度はゆっくりと深く口づける。先ほどの触れるだけのものとは違う、少し熱を帯びたキス。

    「そういうことをされると、どうなの?」

    「蛍……」

     分かっているのに、あえて言わせようとしている――。
     蛍の細められた瞳とゆるく弧を描く唇がそれを物語っていた。蛍が、自分の言葉を待っている。キィニチは自分で切り出した以上、逃げるわけにはいかないと覚悟を決めた。
     一息に言葉を紡ぐ。

    「……どうしようもなく、抱きたくなるんだ……。」

     その言葉に応えるように、キィニチの首にぎゅっとしなやかな腕が回った。




     キィニチの心配をよそに、蛍はむしろほっとしたようだった。

    「私に魅力がないのかと思ってた。」

    「……なんだって?」

     思わず聞き返し、キィニチは蛍の肩を掴んで引き離す。見上げてくる蜂蜜色の瞳はふっと微笑んでいた。

    「どんなにキスしてもくっついても、キィニチが全然そういう反応しないから……。」

     静かな声が、ほんの少しだけ拗ねているように聞こえる。キィニチは蛍の言葉を頭の中で反芻し、ようやくその意味を理解する。そして深く息を吐いた。

    「俺はいらない心配をしてたのか?」

    「そうかも。でも、私のことを考えてくれてたこと、ちゃんと分かってるよ。」

     蛍は「ありがとう」と呟きながらキィニチの胸に手を当てる。鼓動は早く、そして力強い。その響きが、自分への想いを物語っている気がした。

    「じゃあ、嫌じゃないんだな?」

    「嫌なわけないよ。ずっと、待ってた……。それにキィニチに触られたくない場所なんてな――あ、いや……、今のはなし……。」

     勢い余って恥ずかしいことを口走ったことに気づいた蛍は、慌てて顔を伏せる。しかしキィニチはそれを許さず、そっと顎に手を添えて彼女の視線を捉えた。

    「あ……なんで、顔見るの……」

    「たまらなく可愛いからに決まってる。ほら、もっと見せてくれ。」

     囁くような声に、蛍の肩がぴくりと震えた。
     キィニチが指の腹で頬を撫でると、熱を帯びた蛍の目元が次第に潤み始める。その愛らしい姿が、キィニチの胸の奥から情欲を掻き立てていく。

    「んっ……」

     そっとキスを落とすと、蛍の唇がねだるようにわずかに開く。

    ――もう、我慢などできるはずもなかった。
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