居場所「トミー、どこ行くの？」
「スーパーに買い物。ニュート、何かいるものある？」
　たった今まで寝ていただろう、ぼんやりした顔をしたニュートがひょこりと飛び出て玄関でエコバッグがあるか確認しているトーマスを見た。トーマスの問いかけに彼はしばし考えて首を振り、スマートフォンを持っていくのを忘れないでと言った。
「わかった、いってきます」
「行ってらっしゃい、車に気を付けて」
　まるで子供を見送るような言葉だがことトーマスに関しては間違ってはいない忠告だった。この場合は交通事故ではなく車を使うような犯罪トラブル（例えば誘拐されそうな子供を助けようとしてそのまま子どもごと誘拐されるような）に気を付けてという意味なのである。そしてスマートフォンはいざというときにGPSを辿れるように忘れるなという忠告だ。当初はいつでも居場所を探られることにトーマスも難色を示したが実際そのGPSのおかげで助かった実例が一度や二度じゃなくなったころに文句を言うのは辞めた。知らない間に発信機をつけられるよりはマシだし、あったほうが命が助かる確率は高い。ニュートののんびりした声に見送られてトーマスはドアをくぐり鍵を閉めた。外はいい天気だ。

　にわかには信じがたい話だがトーマスは転生というものをしている。ニュートや親友のミンホもそうだ。別の世界で生きたといえる少々過酷な、それでも鮮やかな共通した記憶を持っていた。幼少期のまだ同じように記憶を持つ人と出会っていない頃はただの夢かそれとも頭がおかしくなったのかと思っていたが、それも同じ体験、同じ記憶を持つ人と会うことによっておそらく本当にあったことなのだろうという結論に至った。それからいろいろあって同じように記憶を持つ人間と再会したり喧嘩したり殴り合ったり、少々バイオレンスな時間を過ごし折り合いをつけて、さらに紆余曲折あってトーマスとニュートは恋人という関係に落ち着いている。ただし二人が落ち着くまでの最大の功労者はミンホだ。これについては当事者二人もミンホ本人も、見守っていた周りにも異論はない。ミンホはよく頑張った。
　そんなトーマスは前世の因果を引き継いだのか今世でもたいそうなトラブルメーカーかつトラブルに巻き込まれる体質だった。事件の速報が入れば知人から一斉にトーマスの安否を確認する連絡が入るといえばその体質を少しはわかってもらえるだろう。彼のお人よしかつ無鉄砲な性格も相まってトーマスはニュートよりもトラブルと仲良し。ニュートが本当に手錠かけて柱に括りつけてやろうかと考えたのも一度や二度ではない。しかしそのトラブルのことごとくを生きて解決するのもまたトーマスという男なのである。周囲の苦労は推して図るべし。
　だから買い物一つをとってもニュートが心配する。なお心配されたトーマス本人は心配性だなあなどとのんきに思っている。しかしこの日も買い物に出かけて帰りにコンビニに寄った際に強盗に巻き込まれて強盗犯をぶん殴り解決に至らせたのでニュートの心配は全く間違ってはいなかったのだった。
「……なにそれ」
「買い物袋」
「俺が聞きたいのはその手についた血だよトミー」
「返り血」
　その返答にニュートは深い深いため息をついてからおかえり、と返した。この猪突猛進男め、とつぶやいた声はトーマスには聞こえなかったようだ。買い物袋を受け取り買ってきたものを確かめながら「怪我は？
」と聞けば「ないよ」と返ってきて安心する。トラブルに巻き込まれ続けた結果これはいけないと判断した周囲に鍛えられ今世もトーマスの腕っぷしはなかなかのものだ。しかしそれが返って戸惑わずトラブルに首を突っ込む要因にもなっている。さもありなん。普通コンビニ強盗はやりすごすか警察に通報。
　手を洗って買ったものの片づけを手伝いにトーマスがキッチンへ入ってくる。その顔はさっぱりしたもので憂うことは何もないようだった。
「心配性だなニュートは」
「君に関しちゃ心配しすぎるってことがないんだよトミー」
　思えば昔からそうだ。この男ちっとも変っちゃいない。そしてそんな男に惚れているニュートもやはりちっとも変っちゃいないのだろう。我ながら呆れたことである。何かの衝撃でへこんだ缶詰を取り出して棚にしまった。
　呆れた様子を隠しもしないニュートを見てトーマスは少し考える。まあ確かに自分だって買い物に出かけたニュートが手を返り血で汚して帰ってきたら心配するかもしれない。でもニュートのことだから諸々うまくやるだろうなとも思う。主にトーマスのせいだがニュートと、それからミンホ、ギャリーあたりはトラブルの後処理が上手い。それでも心配をかけたことに変わりはないのでトーマスは買い物袋から取り出したトマトをテーブルに置いてからニュートに近づく。
「ニュート」
「ん？」
　いつみても滑らかな頬に唇を触れさせた。
「ただいまのキス」
「…………くそっ、おかえり！」
　恋人からキスをされたというのに顰め面になったニュートはやけくそのように叫んでトーマスの頬にキスをした。あんまりやけくそ気味なのでトーマスはつい笑ってしまって、結局ニュートはへそを曲げてしまったのだった。買ってきたトマトで美味しいミネストローネを作るのでどうか今日のところは許してほしい。