_____触れてみたい、そうふと思ってしまった。
そう思った時には、文次郎の手は留三郎の頬に向かい、触れていた。
※
裏裏山で鍛錬中、いつもの様に犬猿の仲まさにという様に喧嘩をしていただはずだったのだ。
ひとしきり喧嘩をし拳をぶつけ合った後、ふと留三郎に触れたいとそう思った。
なぜ?と思うよりも先に、既に伸ばされた手のひらは留三郎の頬に触れていた。
触れた後一瞬震えた頬を包む様に触れた己の手の指先は熱さを、手のひらからは相手の頬が存外やわいことを滑らかであることを感じ取る。
そして、そのまま手のひらで頬の下を顎から首までなぞる様に触れてみたが頸動脈からの鼓動を感じる。当たり前だが、生きている。留三郎の生命を感じる。
その後、更に文次郎は留三郎の目元を頬を顎を首を検分するかの様に触れ続けた。
(あまり他人の見目に興味がある訳で意識した事がなかったが、こいつ、こんな顔の輪郭や鼻から口まで端正…?というのか?整っていただろうか。まぁ1番はいつも青い炎を灯したかの様に熱くそして時に鋭いこの挑発的な目だろうか)
(手のひらに感じる鼓動がどんどん速く激しくなっている様な気がする……?より熱い様な気がする?)
「熱いな……あと鼓動が早いな。おい、熱でもあるんじゃないか?留三郎」
思った瞬間、それが口に出してしまっていたせいだ。
「なっ、何しやがんだよ!?文次郎」
留三郎が無遠慮に触れ続ける文次郎に対して動揺と困惑が滲み出た大声を出しながら、いきなり触れてきた上急所を触れ続ける文次郎の手を弾く。
文次郎の手は先程まで感じていた熱を残したまま空を切った。
「いてぇだろうが!加減を知れ……!?バカタレ……って、おい、留三郎……なんだよその表情」
弾かれた手の痛みに顔を顰めつつ、文次郎はそこでやっと触れていた留三郎の部位ごとではなく表情をはっきりと見た。
いつも己を射抜かんとばかりに気の強い吊り目の瞳は潤み、眉間に少し皺を寄せて、顔を赤く染めどこか苦しそうな表情をした留三郎がいるではないか。
留三郎は文次郎へ正面から向き合い、唇をぎゅっと噛み締めた後にどこか諦めも含んだ様な表情でこう言った。
「……急に触れてくれるな、そんな手つきで。勘違いしそうになっちまうだろ、バカ文次郎」
(は??勘違い?だと……?何を勘違いなどするのだ……?もしかして)
己の行動を思考を振り返り、すぐ、文次郎は驚きで左右で形の違う目を大きく開き、息を呑み、己のまだほのかに相手の熱を残した手のひらと留三郎の顔をそれぞれ見やった。
触れた手のひらに感じたあの熱は、徐々に早くなった鼓動、そして留三郎の表情、勘違いしそうになると言った言葉。
そこから導き出される感情なんて、今まで散々と殴り合いの喧嘩までして、こんな触れ方ではないが触れ合ってきた相手が自分をどう思っているかの答えなんて、優秀ない組の頭脳を持つ文次郎はすぐにわかってしまった。
そして、その答えを知った後の自分の感情が不快ではなく、むしろ好ましく思うことにも、なぜそう思うのかも、自分のこの衝動的にふと触れてみたいと思ったこの気持ちの湧きどころの理由にも気づいてしまった。
「急に触れた事は謝る。そして留三郎、今気づいたのが癪だが……、触れた理由勘違いではないかもしれないぞ……」
無意識に触れたいと思うだなんぞ何故か?留三郎に触れていたこの手のひらがあんなに熱くそして鼓動が速く大きく感じたのも、既に己自身も同じ様に熱を持ち鼓動を速めていたからなのでは、と思いたった時、
胸の奥からぐわっと熱くなる様な感覚が体中に巡る。
その時文次郎の内なる獅子が大きく吠えた。
眠っていた無意識に気づかないままだった恋心が目を覚まし、今だ今こそだとチャンスだと気持ちを駆り立てる。
「は??そんなわけ…ないだろ??文次郎が、俺を……」
先程の苦しげな表情ではなく驚きで逆に目を大きく開いて目を潤ませ、色白の肌を赤く染め狼狽える留三郎の開いた口めがけて、
狙った相手は逃さないと言わんばかりの獅子が留三郎の頬を両手で包み引き寄せ、噛み付く様にその言葉の続きを奪う。恋心に気づいたのが向こうが先でも、それを口にするのは先であることは譲れない。
「お前の事が好きだ、留三郎。俺と恋仲になって欲しい」
嘘だろ……三禁はどうした、良いのかよと小さな声で呟きながらも、嬉しさを滲ませこちらを窺う留三郎。
(くっそなんだその顔かわいいな、なんで同じくらいの背丈のはずが上目遣いみたいな表情できるんだよ)
恋心を自覚しただけでこんな見え方が変わるのか?と一瞬思ったが、それこそ恋というもの。
忍の三禁もよぎるが、それはそれ。これはこれである。
「そんなに信じられないなら、何度だって言う。
俺は独占欲が強いし、せっかくの両想いだ。忍の三禁への考えが違う様だが、この機会を逃す訳がないだろう。覚悟しとけ、留三郎」
つい先程恋心を自覚したばかり起きたばかりの獅子は、既に勝ち誇った様な自信ありげな表情で宣言した後、留三郎を強く勢いのまま抱きしめた。