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    桑名江×石切丸。石切丸さんが、初めて江のライブに行く話。

    推しつ崇めつ・登場人物のうち、にっかり青江と村正は極。
    ・半人外審神者。
    ・政府や催し物などの設定はふんわり。
    ・作中の推し事云々はあくまで筆者の解釈です。

     ※本日は半分まで公開。後日完結させます。本にするかは検討中。
     
     

     早朝。朝日の光がぼんやりと物々の輪郭を作っていく。
     何時から起きているのかわからない鳥が、今日の天気が良いことを歌う。
     私は専用に与えられている近侍部屋から、そんな世界の始まりを眺めていた。
    「わんつー、すりー…わん、つー…」
     他の者もまだ起きていない、静かな本丸の畑の端。
     ここ毎日鳥の歌声に混ざって聞こえる、いつもの声。
    「おはよう、桑名くん」
    「おはようございます、石切さん」
     声の主と朝の挨拶を交わす。内番服の装いで、彼は縁側のすぐ近くから見上げてきた。汗が朝日に輝いて、その笑顔を光らせる。
    「もうすぐだね、すていじ」
    「はい! でもまだまだ、ぱふぉーまんすの質を詰めていきたくて」
    「熱心だね。長靴で練習するのも大変じゃないかい?」
    「ははっ、大丈夫ですよ。ぶーつ、っていう履き物衣装も似たようなものですし、いい練習になります」
     そう言いながら、桑名くんは演舞の足運びを少し披露してくれる。すっかり音頭よく動く体は楽しげだ。
     この本丸の江たちが、近々、政府運営の施設ですていじ演目を披露することになっている。その施設は演目に合わせて設備や装置を適宜合わせることが可能な画期的な施設で、今回は江を“あいどる“として輝かせる、らいぶすていじ用になるそうだ。政府運営ということで、客の多くは他の本丸の審神者やその付き添いの刀剣男士たち。つまりは英気を養う催しだ。長く続く戦いの中で明日を生きるためにはとても大切なことなのだそうだ。
    「ずいぶん張り切ってるんだね」
     苦手なのか、とある振りを丁寧に確認する桑名くん。
    「今までもほんの小さな会場や、てれび出演とかは何度かやってきましたけど、今回はいっぱいのお客さんを入れますから、頑張らないと」
     この本丸の江たちの演舞は他の本丸の人々にも需要が高まっている。彼らが懸命に頑張ってきた証だ。それが今回の会場への招待へと繋がり、この本丸もすっかりその日を楽しみに浮き足立っている。私も短刀たちがてれびの前で光る棒を振りながら歓声をあげるのを何度も見ているから、みんなが楽しみにしている姿を見るのは嬉しかった。次のすていじも、良い演舞を皆に見せてくれるのだろう。
    「あの……」
    「うん? なんだい?」
     ふと、軽快だった動きを止めて、桑名くんが話しかけてくる。俯いた顔は帽子の鍔で隠れて見えない。
    「…………いえ、なんだったかな……あぁ、そうだ」
     暫しぼんやりとした間を空けた後、くるっと振り向いた顔はニッコリと明るく。
    「茄子の花が綺麗に咲いたんですよ。見てみませんか?」
    「本当かい? それはぜひ見たいな」
     私は笑顔でその誘いを受け、そして本丸の最端にあたる右隣の祈祷部屋をチラリと見やる。これから毎朝恒例の祈祷を執り行うけれど、もうすぐそれを聞きたい他の子たちも起きてここへ来る。その前に見ておこう。
    「よかった。植える時、石切さんも手伝ってくれましたもんねぇ」
     桑名くんが蹲み込み、縁側の下に置いてあった藁の外履きを探してくれる。
    「あっ」
    「どうしたんだい?」
     桑名くんがいかにも「しまった」という失態の声をあげた。
    「すみません、外履き、昨晩この辺で畑道具を洗った時に思いっきり濡らして……乾かしてるの忘れてました」
     苦笑とともに指された先には、裏返された畑道具たちと一緒に並べられた外履き。滴り出ている水の様子からして、まだ乾くには時間が掛かりそうだった。
    「そうなのか。じゃあ明日に……」
    「あー、僕今日の昼前には小屋入りするので、すていじが終わるまでお預けになっちゃいますねぇ。そんなに長い小屋入りじゃないですし、遅咲きの子もいるので、たぶん花は見られると思いますよ。もしくは、替わりの履き物を探してくる……それか、」
    「大丈夫だよ、桑名くんが帰ってきてから……で、も……」
     そんな諦めの言葉も聞かず、ぶつぶつと呟いていた桑名くんが私に向かってその立派な両腕を大きく広げる。言葉を止め、一体何事かとそれを見つめるしかない私。
    「僕が、抱っこか、おんぶで連れていきますよ。どっちが良いですか?」
     パチパチと瞬き。しかし目の前の光景と、彼の笑顔は変わらない。当然、言われたことが変わるわけもなく。
    「……桑名くんはどちらがいいんだい?」
     少し詰まる言葉を紡ぐ。
    「僕はどちらでも。石切さんのお好きな方で」

     どちらが良いか。
     私にとって。

     私は答えを濁すように言う。
    「もうすぐ大事な本番を控えているキミに、負担をかけるわけにはいかないよ。また今度、一緒に見に行こう」
    「そうですか……わかりました」
     桑名くんは少し落ち込む様子で腕を下げた。そんなに今咲いている茄子の花は綺麗なのだろうか。せっかく誘ってくれたのに悪いことをしたかもしれない。
    「じゃあ、また今度」
     しかし桑名くんはすぐにいつもの優しい笑顔を見せてくれた。
    「うん、楽しみにしておくよ」
     どこかホッとしている自分。
    「さて、そろそろ祈祷の準備でもしようかな」
    「はい。今日もよろしくお願い致します」
     畑仕事のために早起きしてくる桑名くんと祈祷前に少し話す、いつもの流れ。今日はそれが少しだけ短いと自分で分かりながら、私は彼に背を向けて祈祷部屋へと向かい、気持ちを切り替えた。
     
     
     
    「えっ、私も行くのかい!?」
     昼過ぎ。自室の蜜柑ストックが無くなったので食料倉庫まで取りに行くよう僕に頼んだ青江の相方、数珠丸のお願いを聞き入れて無事にブツの入手を終えた帰り。網に入った蜜柑を揺らしながら大広間の近くを通りかかると、大きな驚きの声が聞こえた。僕は布団のない炬燵机で蜜柑を待つ誰かを思い出すこともなく、吸い込まれるように大広間の中に入る。そこには短刀たちを中心に、何振りかの大きな男士たち、そしてすぐ手前に石切丸と主がいた。彼らは明日の江ライブの準備をしていたようで、大広間にはいくつものダンボールが並び、ペンライトや団扇が、まるで犯罪者が使用した道具紹介のように並べられていた。
     先ほどの大きな声を出したとみられる石切丸容疑者は、僕がすぐ後ろにいることにも気付かないほど動揺しているみたいだ。
    「あれ? 石切丸さん、行かないの? てっきり行きたいんだと」
     扁形動物門有棒状体綱三岐腸目(俗に言うプラナリア)との融合存在たるこの本丸の主は、あまり人間の姿でいることを好まず、普段は成人日本男性(細身)くらいの大きさの愛嬌ある半透明の身体で過ごしている。切ればちゃんと増殖するし、再生もする。ウズムシと呼ぶと怒る。もちろん、元々は人間らしいので、きちんとした場では人間の姿となる。
     そんな主がいつものようにその身体をふわふわと空中に浮遊させながら、石切丸に話しかけている。にょろんと伸びた柔らかい手のような触手には「はぁと作って」と書かれた団扇が握られていて、おそらくどのライトや団扇を持っていきたいか石切丸に尋ねたんだろう。
    「もちろん行きたくないなら行かなくてもいいけど……どう思う? にっかり青江さん」
    「やぁ」
    「わっ、青江くん!?」
     話を振られたので、石切丸の左横からぬるりと登場してみた。案の定、彼をびっくりさせることが出来て僕は満足だ。
    「明日のライブに石切丸が行くべきかどうか、という話だよね? う〜ん、そうだねぇ……」
     僕は蜜柑を揺らしながらそこそこの長考を施す。実のところ、僕としてもこれは難しい問題だ。居心地の悪そうな石切丸を、前髪で隠れた右目で窺いながら、わざとらしく唸ってみせる。
    「とりあえずさ、どうするか決まったら教えてよ。晩御飯くらいまでに、がイイかな。迎えに来てもらうバスに乗車人数伝えなきゃだから」
     言いつつ、主は持っていた団扇を石切丸に押しつける。そして空いた触手をひらひらと振って、面白い仕様のペンライトにはしゃぐ短刀たちのところへ向かった。大広間の入り口で立ち尽くす僕と石切丸。石切丸は団扇に書かれた文字を読み、未知の文化にどう反応すればいいのか解りかねている様子で、次第にそれを柄の部分でくるくると回し始める。
    (さて、どうしたものだろうか)
     僕は神剣たる石切丸が好きだ。あぁ、厭悪の意味でだよ?
     まぁこれには事情が色々あるから、細かい説明はとりあえず置いておくけれど。とにかく、僕は彼が神剣としての存在から剥離しうる人間に近づく行為や感情の起伏には、正直とても嫌悪感がある。僕としては石切丸には神剣でいてもらわなければ困るんだ。彼が神剣で無くなった場合、僕のこの複雑に歪んだコンプレックスはどこへ向ければいいのかわからなくなるからね。昔は無意味に土に足をつけることすら怒っていたくらいだ。今はだいぶ丸くなったと自分でも思うよ。
     そんな僕が、石切丸が江のライブに行くべきかどうかを考えている。
     昔の僕なら、ライブに行くなんて、俗世の文化に触れるなんて言語道断だ、神格を穢したいのか、そんなの絶対に許さない……と、石切丸を絶対に本丸から出さなかっただろうから、むしろ今よりよっぽど簡単だったな。
    「青江くん、私は……らいぶに行きたいのかい?」
    「さぁね。主にはそう見えたのかもしれないけど、僕に訊かれても分からないよ。キミじゃないんだから」
    「そう、だよね」
     顔を俯かせて、主から渡された団扇で自身を仰ぐ石切丸。前髪がふわふわと靡く。
     石切丸がこうして困っている理由を、僕は知っている。
     石切丸はこれまで多くの人々の願いを聞いてきた。それは途方もない年月と数で、これからもずっと続く、彼の存在そのものとなりえることだ。だから彼は御神刀としてこの世に居続け、そして付喪神としてここにいる。さて、そんな参拝者たちの声を聞き続けてきた彼が、参拝者たちの中から救うべき贔屓する人間を選んでいたかというと、そんなことはない。彼は常に等しく正しく人々を見つめ、平等に声を聞き、平等に受け入れてきた。そして皆の願いを想い日々祈祷し、時には祓い清め、人々の運命と向き合ってきた。彼の願いは人々の願いの形であり、彼が私利私欲のために何かを願ったり求めたりしたことはなかった。
     その弊害として、彼は、己の欲を持たない。正確に言えば「欲を持てない」。
     もちろん、団子が欲しいか、と訊けば、欲しいと言う。しかし、己が何をしたいか、ということについては殊更、皆が望むこと、に置き換わってしまう。それが自分の望みであると。どれがいいか、という事象に対して、事の成るがままに、と己を出さず受け入れてしまう。だから今、彼は自分が江のライブに行きたいのかそうではないのか、その答えを出せずにいる。きっと、誰かが一緒に行ってくださいとオネガイすれば、それを聞き入れてすんなり行くだろう。しかし今回はそれとはまた話が違ってきている。
     石切丸は、江のライブに行きたい。
     これは彼が答えを出したわけではない。つまり自覚もしていない。でも、見ていればわかる。実際、主も分かっていて話を振ったんだから。ところが、ここで「キミは行きたいんだよね、それなら行けばいい」と言おうものなら、彼は自身にショックを受けることだろう。なぜなら自分が己の欲を持ってしまっていると指摘されることになるからだ。彼にとっては凄まじい禁忌の認識に近く、罪悪感と恐怖を抱くだろう。そしてそんな欲なんて自分は持ってはいけない、と己を律し、節度を守るために「行かない」と言い、祈祷部屋に籠る。石切丸という刀はそういう奴だ。僕はそんな彼が好きだ。だからこのまま、行かなくてもいいんじゃないか、という流れにすることだってできるはずだ。はずだけれど。
     ちらりとまた横目で窺えば、まるで祭り屋台の綿菓子を買って欲しいと言えない子供のように俯きながら、団扇をいじる姿。
    「……じゃあ、こうしよう」
     僕は良い案を思いついたとばかりに言いながら、石切丸から団扇を取り上げる。
     石切丸がキョトンとこちらを見る。
    「ライブについて聞いてみて、そういう流れになったら行けばいいんじゃないかな」
    「そういう流れ?」
    「うん。そもそもどういうことをしに行くのか、石切丸もわかっていないだろう?」
    「それは、そう、だね」
     歯切れの悪い返事ながら、僕の言葉を真剣に聞く石切丸を見て、僕は笑いそうになる。あぁ、これは情愛だよ?
    「よし、決まり。とりあえずペンライトを見に行こうか。ちょうど、良い先生もいるみたいだしね」
    「うん!」
     曇っていた顔と声はすっかりと晴れ、元気な笑顔で石切丸は頷く。
     僕は自分の中でおつかい任務に失敗の判を押すと、さっきからペンライトエリアで短刀たちが沸く喝采の中心で、ムラマサ(ヲタ芸のひとつ)をキレッキレに踊っている男士に声をかけた。



    「「らいぶとは……」」
    「宗教デス!」
    「戦であります!」
    「ええと……とても大変な行事なんだね?」 
     私はふたりの気迫に気押されながら、別々に放たれた言葉の意味を繋げようと努める。
    「huhuhu、石切丸サンもついにデビューデスか。今後の神事の在り方を考えるためにも、イイ経験になるでショウ」
    「いや、まだ行くとは決めていないんだ」
    「わかりますぞ、確かにあの戦に赴くには相当の覚悟が必要ですからな。とはいえ、自分は村正と違い、その場での事象を受け止め、見届けることしかできませんが」
    「それとはまた違うと思うんだけど……」
     村正さんと蜻蛉切さんはウンウンと頷いている。ふたりは本当に同じ行事の話をしているのだろうか。
    「とりあえずさ、おふたりさん、石切丸にライブのことを教えてあげてくれないかな。どういうことをしに行くのか、よく知らないようだから」
     フムと視線を合わせる先生方。そしてふたりで意見が一致したのか、
    「イイでショウ」
    「もちろん構いませんぞ」
     にっこりと笑って快諾してくれた。私が感謝の意を伝えると、では早速これらの説明から、と周りに置いてある光る棒が示された。
     色も形も様々な棒(と言えるのかわからないものもある)が、ずらりと並ぶ。私は一番汎用的に使われてそうなものを手に持ち、釦を押してみる。でもそれは反応しなかった。
    「これはね、最初はこのボタンを長く押すんだよ」
     青江くんが釦を指差して教えてくれる。言われた通りに長く押し続けると、棒に光が宿った。そのまま説明を受けると、どうやら釦を押す回数で色が順番に繰り出されて棒を光らせることになるらしい。
    「さっき村正さんが振っていた棒の色は黄色だったけれど、あれは何か意味があるのかい?」
    「あァ、アレは桑名の色デスよ」
    「桑名くんの色?」
    「団体で板の上に立つ際、わかりやすく衣装などにそれぞれ色が割り振られているのです。例えば今回の場合、豊前江殿は赤色、村雲江殿は桃色というように。桑名は黄色ですな。観客はその色々から、己の振りたい色を選ぶのです」
    「それはどうやって選ぶんだい?」
    「単純に考えれば、好きな人の色デスね」
    「す……っ」
    「あぁ、そこは純愛でも親愛でも友愛でも敬愛でも憎愛でも仁愛でも構わないよ」
     すかさず青江くんが補完してくれた。なるほど、じゃあさっき村正さんが黄色を振っていたのは、桑名くんへの親愛を表していたということになるんだね。てれびで見ていた時はそんな意味があるなんて思ってなかったな。そうか、みんな、「好きな人」の色を振っていたのか。しかし、そうなると、私はこの棒を振れないな。誰かを選び、贔屓することはできないから。
    「つまり、これを特定の色で点けていると、その色が割り振られた人を選んで、好意を持っている、ということになるんだね?」
    「そうだねぇ…分かりやすいし、そういう意味で振っている人が多いだろうけれど、『今、キミを見ています』『キミを応援する陣営のひとりです』くらいの気持ちで振ってもいいんだよ」
    「応援……」
    「そう。以前のテレビ放送時、短刀たちがテレビの前でこれを振っていただろう? その理由も特別なことなんて必要なくて、先日お菓子をくれたから応援、だとか、この男士の演舞がお気に入りだから応援、だとか、そんな感じさ。だから、選ぶんじゃなくて、事実を基準に考えるのもひとつの手だと思うよ。たとえばキミの場合なら、」
     知らず知らず緊張しながら、青江くんの出す答えを待つ。
    「日頃のお礼を伝えたい人、とか」
     それなら。ひとり、頭に浮かぶ練習姿。
     私はカチカチと棒の色を繰り送る。
    「あとは…『アナタに見つけて欲しい、選んで欲しい』という意思表示をする場合もありマスね」
     釦を押す手が止まる。
    「あちらは自分の色を振っている者、つまり自分を見てくれている者を探して、そちらに向かってパフォーマンスを披露したりしマスからね。いわゆるファンサービス、ファンサってやつデスよ」
    「まぁでも別にそれを点けているからと言って、必ずその意味を持つというわけじゃないよ」
     青江くんの補完もうまく聞き入れられない。もし選ばれてしまったら、それはお互いの好意のやりとりになってしまうのではないか。私はそれを享受できない。やはり私は行くべきではないのかもしれない。
    「そうしてその場に輝き揺れる多くの愛……ただ、ここに、ライブとは宗教、と言える所以がありマス」
     俯いていた顔を上げる。
    「アイドルは、恋愛禁止デス!」
    「…………えっ」
     言葉の意味を把握しかねたまま、なぜか脱ぎ始める村正さんと、それを止める蜻蛉切さんをぼんやりと眺める。
    「アイドルは神、ファンは信者、その信仰心が渦巻く現場……崇められる神は信者たちに施しという名のパフォーマンスを披露し、己の美を惜しみなく振りまき、己が信仰される存在である神格を見せつける! サービスは愛、愛はサービス!」
     ………………村正さんが何を言っているのかさっぱりわからない。
     解説の青江くん、と視線を流すと、青江くんはやれやれと言いながらも説明してくれた。
    「つまるところ、アイドルたちがライブ中に自分のファンを探したり、ファンサを返したりするのは、それが彼らの仕事であり、ファンはそのサービスを受けるためにお金を払っているというビジネス関係でもあるんだ。ファンは存分に好意という信仰をアイドルたちに注ぎ、アイドルたちはその信仰を受け取って神格の表れたる演舞を高めることでそれに応え、ファンはさらに信仰を注ぐ、という循環の関係だね。その関係の中では、宗教でいうところの神にあたるアイドルたちは、自分たちを崇拝するファンの中から誰かを特別に選んで贔屓しているわけではないということだよ。キミもそれは分かるんじゃないかな」
     ……まるでどこかで知った話だ。始まりの目的は違えど、神社と参拝者の関係にとてもよく似ている。
     呆けている私に、青江くんは「大丈夫? 分からない言葉があったら言ってね?」と心配してくれる。大丈夫。「あいどる」も「さーびす」も「ふぁん」も、単語としての意味はわかっているつもりだ。なるほど、その考えならば、私がもし、もし見つかってしまったとしても、それが彼らの仕事であり、他にも平等に与えられる施しであるなら、私はそれを受け入れていいのかもしれない。
    「でも多くの人々の想いを聞き届ける神事と違って、あくまでこれはエンターテイメントだからね。公演中、結果としてファン全員にファンサをすることはできないから、ファンは少しでも見つけてもらえるための努力をする。あそこはそういう場なんだ。その方法のひとつが、この棒を振ることや、団扇を持つことだったりするわけだね」
    「さよう、棒と違い、こちらは言葉で想いを伝えることができます!」
     少しだけらいぶについて理解が進んだところで、今度は蜻蛉切さんが黒い団扇を持ってくる。そこには『様付けしないで』と大きく書かれていた。進みかけた理解がまた止まってしまった。再び解説の青江くんに視線を向けると、青江くんも眉間を押さえて天を仰ぎ、唸っていた。
    「蜻蛉切は、いわゆる地蔵と言われるタイプデスね。いつも団扇を持ったままジッとしていマス。リズムに上手く乗れないのもありマスが」
    「村正ァッ!」
     それは言わんでいい、と蜻蛉切さんが村正さんの肩を叩く。
     こほん、と息を整えた蜻蛉切さんが、団扇を掲げながら話を続ける。
    「桑名には、キツく言いつけているのです。己が守るべきものを見誤らぬよう、己の戦の意味を履き違えぬよう、己の戦うべきものを正しく見定めるよう。それを学ぶために、らいぶという戦場(いくさば)で己の意志を鍛えよと。その精神の鍛錬のひとつとして、らいぶでは、自分を、蜻蛉切を、決して贔屓しないように、と」
    「あー、だから『様付けしないで』なんだね。蜻蛉切様、が、蜻蛉切さん、になるわけだ」
     青江くんが、なるほど、『そういうこと』にしてるんだね、と相槌を打ちつつ村正さんを見る。その眉間にはまだ少し皺が寄っている。
    「いかにも。これを持つことで、桑名からはその場にいる『誰か』と同じと見なされます。戦場において、その場の情勢に自ら優劣をつけるのは、時に命取りとなりますからな」
    「と、蜻蛉切は言うのデスが、本音としては、桑名にフツウの扱いをされるのが新鮮で嬉しいんデスよ」
    「村正ァッッ!」
     ばしん。結構な力だったみたいだけど、村正さんはビクともしない。
    「えーっと、これは認知と呼ばれる現象も絡むから、説明が難しいんだけれど」
     解説の青江くんが復活したみたいだ。
    「団扇っていうのはね、ただ応援したい誰かの名前を書いてアピールしたり、やって欲しいファンサの希望を示したりすることができるんだ。蜻蛉切さんの団扇の『様付けしないで』っていうのは、普段桑名江くんは蜻蛉切さんを様付けして丁寧に扱ってくれるけど、こうして団扇を掲げている場だけは、様付けなどの関係性は破棄して、その場にいるファンたちと同じようなファンサをくれないか、という希望を出していることになる団扇だね。まさに蜻蛉切さん専用」
    「……」
    「うん、分かるよ、だから難しいって言ったじゃないか。とりあえず戻ってきてよ」
     言いながら、青江くんがやっていたように天井を仰ぐしかなかった私の背中をぽんぽんと叩いてくる。
    「ほら、たとえば主からもらったこの団扇だと、これを見たアイドルたちは、手でハートを形作って、まるでこちらにハートを飛ばしてくるような、そんな動作を返してくれるんだよ。大人気のファンサだね」
     青江くんが手に持っていた団扇をこちらに見せてくれる。
     『はぁと作って』。なるほど。はぁとをその場で作って見せて(それを頂戴)、というお願い事が書かれているということか。
     さっき聞いた宗教と信者の関係性で言えば、そのお願い事を聞き届けて祈願者に返すことは、何もおかしいことではない。しかしまず聞き届けてもらわないと……その場で見つけてもらわないと、お願い事は叶わない。だからこうして団扇に大きく希望を書くことになるんだね。
     ……でも私は、そのお願い事を掲げてもいいのだろうか。
     お願いという欲を持つこと。そして、叶えられてしまうこと。
     それを、享受していいのだろうか。
    「でも蜻蛉切さんの団扇もいいと思うよ。アイドルの寵愛は、誰にでも受け取れるものであるべきだからね」
     光る棒だけにしておこう、と思っていたところに、青江くんの声がやけに鮮明に聞こえた。
    「誰にでも?」
    「うん、誰にでも。平等に、特別なことなく、贔屓なく」
     青江くんは、ゆっくりと私に念を押すように言う。
     日頃のお礼を伝えるために応援に行って、あちらからその返事をもらったとしても、私はそれを受け取っていいのだと……選び、選ばれることが、なにも特別なことではないのだと、そういう場なのだから。そう言うように。
    「さ、石切丸サン、どれがイイデスか?」
     村正さんがいくつかの団扇を持ってくる。
     ぴーすして、ばーんして、斬って……斬って!?
     色々あるんだな、と思いながら、私はそれらではなく、床に転がっていたとある柄を目にとめる。
     お願い事。その場だけの。
    「これ……かな」
     手に取って見せれば、ふうん、と青江くんが笑う。
    「しかし石切丸サン、それだと……」
    「ううん。これがいいんだ」
     団扇の柄を改めて見て、うん、と頷く。
    「じゃあ僕はあれかなぁ」
     青江くんがひょいひょいと移動して団扇を手に取る。
    「ああ、それはイイ」
     村正さんも同じところへ行って、近くにあった団扇を取る。
     ふたりとも、なんの柄を取ったのかは見えなかった。
    「それで、今ペンライトも団扇もしっかり持って、準備万端みたいだけど」
     団扇を後ろに隠しながら、青江くんが髪を揺らして戻ってくる。
    「行く?」
     じっと私を見上げて。短く、そしてハッキリと訊いてきた。
     さっきまでの私なら、きっと答えられなかった質問。
     でも、今なら。
    「うん」
     私は、ゆっくりと、そう答えた。


     
    「貸してごらん。ちゃんと点灯するか確認しておいた方がいいよ」
     私たちは今、らいぶの会場内にいる。左隣にいる青江くんが光る棒を差し出すよう促すので、素直にそれを渡した。
     周りを見渡すと、3階席までぎっしりと多くの観客。青江くんの説明によると、この箱は3000人くらいの規模、初めての公開公演としてはとてもいいところ、とのことだった。
     舞台は本舞台だけでなく、1階客席の中心にまで通路が伸ばされた臨時舞台が設置されている。私たちは2階席の横側、一番前の席で、目の前に遮るものが無いのでとても見やすい。臨時舞台との距離はとても近く思える。
    「主はここで良かったのですか? ここは打刀以上の刀剣男士が配置される場所のようですが」
     私の右隣を1席空けたところにいる蜻蛉切さんが、身を乗り出して、青江くんの隣にいる主に問う。今日の主はきちんと人間の姿をしている。普通の成人男性だ。
    「一番前なら埋もれることもないし、絶ッッッッ対ここがいい。なによりセンターステージの演者と視線が合う。最高。関係者席サマサマ」
    「なるほど、そのようなお考えが」
     私を真ん中にしながらふたりで何を通じ合っているのだろう、と思っていると、青江くんが私に棒を返してくれた。
    「青江くんもここで良いのかい?」
    「うん。運営さんがここでも大丈夫だって。ちなみに、ライブは立ち上がって見るものなんだけど、この箱は列ごとの高差を大きめに作ってある上、前の人の頭と視線が被らない千鳥配置、メインステージに向けて角度もついているし、さらに大きめの刀剣男士エリアってこともあるから、キミはそんなに気にせず楽しめばいいよ」
    「青江くん、やけに詳しいんだね……?」
     自分の身丈を気にして少し肩をすくめていたのを悟られていたようだ。後ろを振り向くと、他の本丸の男士たちが並んでいた。私たちは内番服での参加だけれど、出陣用の衣装で来ている子たちもいれば、現代風の同じ衣装に身を包んだ子たちも多くいる。
    「huhuhuhu、着替えてきました」
     村正さんが、まさに今私が見ていた衣装を着てやって来た。衣装は真っ黒な生地で、今回のらいぶの催しを表す模様が描かれている。首に巻いている布も関係あるのだろうか。
    「ああ、それはね、物販で売られているライブ用のTシャツズボンやタオルだよ。刀剣男士は色んな装いだからね、ライブに適した服装を上下で用意するなんて、運営さんは需要と供給をよく分析しているよ、流石だね」
    「そういうのは、どこで学んでくるんだい……?」
     私の視線を追いながらウキウキで説明してくれる解説の青江くんが可笑しくて、私は笑ってしまう。
    「関係者用控室の近くにシャワー室もあって、大変助かりました。こんな晴れ舞台では、やはり、万全のコンディションで臨みたいデスからね。控室に予備を置いてきましたので、どなたか着たければいつでもドウゾ」
    「なぜこちらを見る……」
     蜻蛉切さんとそう話しながら私の右隣に座った村正さんを見れば、着替えのついでに軽く汗を流してきたようだった。そんな気合いが入っている姿を見て、私もだんだんと高揚感を実感してくる。
    「石切丸も気分が悪くなったら控室で休んでいいからね。この手首のテープを巻いていれば関係者通路の出入りは自由だから」
    「さっき村正さんと別れた通路の奥だね、わかった。ありがとう」
     入場時に自分の左手に巻かれた黄色い輪を指して、確認する。
     改めて見渡すと、他の離れた場所にもうちの本丸の男士たちが多く座っていた。他の本丸の人たちも、みんな、このらいぶを、うちの本丸の江たちの活躍を、楽しみにしている。色んな者たちの想いが会場に溢れていることを感じ、まるでお祝い事の神事を執り行っている時のような感覚で、胸の奥がじんわりと熱くなる。
     ふと、会場内に流れていた音楽がだんだんと小さくなる。
     照明がゆっくりと落ちる。
     小さな歓喜の悲鳴があちこちからあがり、着席していた者たちが立ち上がっていく。
     青江くんたちも立つので、私もそれに続く。
     色んな色に光る棒があたりを見る見る染めつくす。
     私は、まだそれを点けなかった。 
     
     すっかり暗くなった場内。
     静かに張り詰める緊張感。
     突然、けたたましく鳴り響く音楽。
     驚く間も無く心臓を突き抜ける音圧。
     細い照明が舞台を彩り始める。
     それはどんどん数を増やしながら、すていじを照らす。
     逆光の中、ゆっくりと舞台の中央から迫り上がってくる江たち。
     
     次の瞬間、爆音激光とともに咆哮が響き、信仰と戦が始まった。
     
     
     
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    ※後半、推敲中…
     後半は桑名江側のパートもあり、ここから一気に突入する起承転結の「転」部分は特にシリアス展開です。舞台裏で桑名江と石切丸がなんやかんやあります。

     進捗はツイッターで呟くと思うので、もしご興味あればよろしくどうぞ。
     
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