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    da_kuten

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    da_kuten

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    桑名江×石切丸ですが、石切丸不在。
    桑名江は諸々無自覚。
    にっかり青江が桑名江に、プッシュ通知について相談するお話。

    ひとりの刻印「キミを僕色に染めてもいいかな?」

    「よくないですよ」

     畑作業をしていたところに声を掛けられた桑名江は、普段通りのんびりした口調のまま即答した。声を掛けた相手は内番姿のにっかり青江。青江は畑に面した縁側に立っており、ふたりは少々距離があるまま声を飛ばし合った。

     名を呼ばれて作業を中断し、立ち上がったところでさっきの問いかけを受けた桑名江は、一体なにごとかと思いつつ、軍手についた土を払って青江の反応を待つ。青江は手に持っていた小さなものを桑名江に見せるように掲げて、言葉を続けた。

    「ああ、ぷっしゅ通知のことだよ?」

    「それを早く言ってくださいよ、ややこしいなぁ」

     桑名江はお互い大きな声で話すのをやめるべく、青江の方へと近づいてその手を見た。青江の手にあるのは、近侍になった時に使用する通知端末。この本丸では、その端末に文字を予め記録し、通知するタイミングでそれを主に送信する仕組みだ。

     端末は二千年初期に人々が使っていた携帯電話に似ており、簡素な液晶の下にボタンがいくつか付いている。液晶に直接触れることで液晶内の文字打ち機能を利用することもできるし、ボタンをポチポチと押して入力することもできるし、端末に向かって喋りかけ音声で文字を入力することもできる。多種多様な刀剣男士に対応した政府からの支給品である。

     『ぷっしゅ通知を青江色に染める』。それは今、近侍に任命されている青江が、直前まで近侍だった桑名江の記録を上書きしていいかどうか、ということだったようだ。

    「もちろん染めていいですよ」

     事情を把握した桑名江は、あえてその言い方で青江へ答えた。青江は瞼を少し伏せて「ふうん」とひとつ唸ると、端末を桑名江へと手渡す。桑名江はなんともなしにそれを右手で受け取ると、現在記録されている通知文言の一覧が表示された端末を眺める。

    「内番終了通知の文言だけど」

    「はい」

     桑名江は液晶を触って確認しようとするが、軍手で反応しないことを察してボタン部分を触る。多少の土や水で端末が故障しないことは既に確認済みだ。数回の動作で、液晶には内番終了時に送信する文言の詳細画面が映った。

    「記録日時、わかるかな」

    「えっと……だいぶ前のものですねぇ」

     文言の記録日時を見ると、今日の日付から大きくズレていた。他の文言の記録日時は、どうやらズレていない。この文言だけ、なぜかずっと上書きされないまま残っていたことになる。

    「知ってるかな。ここ最近の近侍、キミの他に誰がやっていたか」

    「石切さんですね」

     この本丸は基本、石切丸が近侍だ。ただ、近侍だからと言って出陣しないわけではなく、石切丸はよく遠征に駆り出される。現に今も石切丸は遠征中だ。審神者いわく、大太刀は桜を舞わせるのが楽だから、だそうだ。そういった理由で、石切丸が遠征に赴く際には近侍を桑名江と交代し、石切丸が帰還してゆっくりできる時には再び石切丸が近侍になる、ということを最近はずっと繰り返していた。なぜ桑名江との交代なのか、と審神者に訊けば、おそらく「声を掛ける相手を探す時、外に出たら居るから」とでも言うだろう。今回はこの後に桑名江も遠征に行くことになっているため、青江に近侍が任されたらしい。

    「そう。そんなキミたちに、その通知文言がとても大事にされているようだから。確かキミが石切丸に端末の使い方を教えた時の記録日時だよ、それ」

    「えっ」

     桑名江は今一度、その記録日時を読む。そうして思い返してみると、確かに合致した。液晶操作もボタン操作も石切丸には難しそうだったため、音声入力で操作することにした時のものだ。主に話しかけるようにして、これに音声を吹き込めばいいことを説明するべく、桑名江が「内番が終わっているよ」と先に音声を入力した後、石切丸もそのままその言葉を繰り返し、無事にやり方を覚えた……その日時が刻まれている。
     また、その際、青江も隣で端末の使い方を桑名江から教わっていた(正確には石切丸への説明を近くでただ聞いていた)ため、記録日時のことを知っているのも当然のことだった。

     桑名江としては、自分の文言と石切丸の文言が同じであることは、説明時の流れのこともあり特に気に留めるものでもなく、わざわざ上書きする必要もないので、そのままそれを使いまわしていただけだった。そのうち石切丸も自身の文言に変えるだろう、と思っていたが、記録日時を確認すると、確かにその文言は、あの時のものだった。

    「そういうわけで……消したくないのかな、って。一応確認はしておこうと思ってね」

    「……なるほど」

     最初の問いかけの意図に納得した桑名江は、ようやく理解の意を示すと、青江へと顔を上げる。

    「僕は消しても大丈夫ですよ」

     上書きを必要としない理由はわかるけれど、それをしてはいけない理由は特にない。
     青江は「へぇ」と唸った。



    「『僕は』、ね」



     空気がピリつく。その表情は実に不服そうで。桑名江は何か不味いことを言ったか、と少し固まる。青江は腕を組み、縁側の柱に頭と肩を預けて桑名江を見下ろす。

    「…………ずいぶんと、キミの隣は居心地がいいんだねぇ」

     急に話が変わった。それは分かるが、何を言っているのかまでは分からない。桑名江は端末を握りしめながら、青江に返す言葉を考える。少なくとも、純粋に褒めてもらえたわけでは無さそうだった。青江は冷たい瞳で桑名江を見つめ、続ける。

    「キミは循環を尊び、大物だろうと僕たちであろうと、最終的には土に還ると考えているんだったかな」

    「はい、そうです、け、ど」

     探られているような質問に、思わず強張った返事。

    「なるほどね。僕たちは人の"手"や想いによってこうして意志を持つほどの付喪神として存在しているけれど、もとを突き詰めれば大地から発出した鉄の塊でしかない。ただの鉄は神ではない。皆いつか等しく土に還る物質だ」

     その言い方は多くの刀剣男士や人々の気持ちを踏みにじることになりかねないし、反論することだってできるが、確かに自分はその考えも持ってここにいる、と桑名江はじっと青江の言葉を聞く。青江の放つ圧に、頬を伝う汗。

    「ああ、もちろん、それを非難しているわけじゃあないよ。プライドの高そうな刀剣男士であろうと、蜻蛉切さん以外なら分け隔てなく誰とでも平等に接することができるキミの思想は立派だ。そんなキミの隣にいる間、石切丸は御神刀でもなんでもなく、ただの鉄で居られるってことだからね」

     立派、と言いつつ、褒めている様子は相変わらず無い。
     今、どうして石切丸の話が出ているのか、桑名江にはそれが分からなかった。

    「ただ、石切丸は本来、『ひとり』を選べない……いや、選んじゃいけないんだよ。あまりにも多くの人々の声を聞き続けてきたからね。人々から崇拝される神ゆえに、人々の中から誰かを選んで贔屓するわけにはいかないし、己を常に律し続けなければならない。そして自分のためには何も願わず、いつも人々のことを想い願う。だから彼、欲という欲があまり無いんだよね」

     青江は笑みを浮かべてはいるものの、決して笑わずに淡々と述べる。
     そして桑名江に近付き身をかがめると、動けずにいるその身を人差し指で軽く突く。
     左胸。立葵の家紋。

    「そんな彼が、キミの隣にいるってこと、キミは、ちゃんと考えた方がいいよ」

     そう言い、最後ににっかりと笑った青江は、家紋を指していた指をほどいて端末を返すよう手のひらを上向きに開いて促す。返す言葉に詰まる桑名江はできるだけ表情を悟られないように顎を少し引いて端末を青江の手へ載せた。

    「ふふっ、とりあえず、これは僕色に染めておくよ。じゃあね」

     端末を受け取った青江は、とびきりの笑顔を見せ、縁側を歩いていく。桑名江はそれを見送るでもなく、はぁ、と息を吐いてひとりホッとする。

    「ああ、そうだ」

     少し歩いたところで、青江はわざとらしく大声をあげた。桑名江の肩が跳ねる。

    「せいぜい、彼を穢さないようにね」

     首だけで振りかえった青江が、そう釘を刺す。

    「……っ!」

     何か言い返そうとするが、何も言葉を紡げない桑名江は、ひらひらと手を振り去っていく青江の背中を視線で追いかけることしかできなかった。






    「なんなんもうー!」

     青江の姿が完全に見えなくなってしばらくした頃。桑名江は帽子を被った自分の頭を両手でわしわしと掻きまわし、その場に座り込む。そして尻を地につけ、足を前に開け放つと、あー、と鳴きながら後ろに倒れ、空を見上げる。白い雲がゆっくりと流れて行く。

    (たぶん、石切さんの答え、先に聞いてたんだろうなぁ)

     だから自分の答えを聞いて青江はあんな話をしたのだと。さっき石切丸を含む遠征部隊が帰って来て、そしてまたすぐに出発したのは、自分が近侍として帰還を通知したこともあり覚えている。その合間に通知文言の上書きについて石切丸に訊いたのだろう。
     ……しかし青江は上書きすると言っていた。つまり石切丸も上書きについては了承したはずだ。だが普通に了承したのなら、あんな話をすることは無かっただろう。

    (石切さん、なんて言ったんだろう)

     脳内で響く青江の言葉。

    『その通知文言がとても大事にされているようだから』

     思い出すは、端末の使い方を教えた時のこと。
     自分と同じ言葉を繰り返した石切丸に、後々自分で言い易い言葉に上書きしていいんですよ、と言ったところ、首を振って「これでいいんだ」と嬉しそうに笑った姿。
     よぎる記録日時。
     ある意味それは、あの時起きたことの記録媒体そのものとなっていた。こんなことがあったと、その日時を見れば思い出す。それを上書きして消去することを……了承しつつも、もし、どこか残念がっていたとしたら。


      多くの人々に慕われる者の、隣席の理由。
      ひとりを選べない者の、"一緒"の在り方。
      欲のない者の、ささやかな思い出の作り方。

    『消したくないのかな、って』

     瞬間、桑名江はガバッと身を起こして頭を前に垂らす。
     顔が火照る。右手を左胸に置き、自身の抱く家紋に触れ、それをギュッと握る。
     石切丸が青江に、なんと言ったのかは分からない。
     今自分が考えていることは全て推測だ。
     しかし、青江の言い方は意思を孕む物だった。
     上書きのことを尋ねるのなら、「消してもいいのかな」と、ただ動作についての言及だけでも良かったじゃないか。
    (もし、もし石切さんの答えが……っ)
     胸の鼓動が速い。
     この気持ちはなんだろう。喜び、嬉しさ、焦り……どれもピンとこない。
     自分の隣で笑う石切丸の姿が、鮮明に脳裏に浮かぶ。
     その笑顔を近くで見られるのが、とても大切なことのようで。
     今すぐ会いたいとすら思う。
     人は、こんな感情を抱きながらどうやって生きているのだろうか。

     もう一度、強く己の家紋を握りしめる。
     自分が、たったひとりの主に見出されてここにいること。
     その名を刻まれ、ひとりのものになったこと。
     自分はそれを知っている。
     そして今、その刻み方を思い出そうとしている自分がいる。

     ……丁寧に刺された釘が痛い。

     『ただの鉄の塊』であるはずだった己の肉が、この胸が、他の何も聞こえないほど、
     いつまでも熱く熱く鳴り響いていた。













    ------------------------------------------


    後日、通知文言は記録日時の混乱を避けるため、近侍交代時に全て更新するルールとなった。そして青江の通知文言のうち、「鍛刀終了通知」と「手入終了通知」が石切丸と同じで、自分のものよりお揃いの文章の数が多いと知った桑名江は、「これ、まうんと、って言うんだっけ?」と笑い、今自分が抱いているこの感情の名を教えて欲しいと五月雨江や松井江に相談する姿が発見されることとなる。



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