それでもやっぱり。テトはふらりと深夜の街を歩いていた。
今日はなぜか、部屋に帰ろうとは思えない。
誰もいない街。冷えた夜風が頬を撫でる。星空の元で彼女はうなだれていた。
「…走りたい。」
身体が甘く痺れるようにうずいている。
頭の中では「ダメだ」と分かっている。
けれど、体はどうしても駆け出したがっていた。
その時、背後からエンジン音が近づいてきた。
「テト。こんなところにいたんだ。」
振り向くと、バイクのヘッドライトがこちらを照らしている。
「あ……ミク。」
「いいんじゃない?」
「…え?」
「誰も見てないよ。いいんじゃない、少しだけなら、『獣』になっても。」
その言葉に、テトは思わず息を呑んだ。
ミクは、ずっと気づいていたんだ。
僕がもう、人間の姿を保つのに疲れてしまっていること。
「…走っても、いいのかな」
「いいよ。見張っててあげる。」
テトは少しだけ迷ったあと、そっと靴を脱いだ。
足裏からコンクリートの感触が伝わってくる。
砂っぽくて、ひんやりしていて…………気持ちいい。
そして、ゆっくりと地面に手をつき…
次の瞬間、街を駆け出した。
初めは不格好だった四足歩行も、
すぐに滑らかなギャロップとなった。
くるくるのツインテールはもう立派な角になり、ふさふさの尻尾が風を切る。
足の感覚が、地面に馴染んでいく。しなやかな四肢を目一杯駆って、地面を思いっきり蹴って。その解放感に思わず翼を広げると、翼膜が風を受けた。
冷たい風が火照った体を包みこんでいく。
ああ、僕はキメラだったんだ。
これが本当の僕なんだ。
「ふふふ…待って!」
テトの靴を持ったミクが、バイクに乗って追いかけてくる。
「ふふっ、僕のほうが速いだろ?」
こんな風に、誰かと走るのは初めてだった。
気付けば街の匂いは消え、風と土の匂いだけが鼻をくすぐっていた。
ただ走ること、それだけが楽しくて仕方なかった。
いつの間にか東の空が白み始めていた。