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    imomomomo0923

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    imomomomo0923

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    2月に出す予定のものです

    作業進捗 正解のない中で、自分の望む結果が得られないままにその問題を解き続けるのはこんなにも精神と身体をすり減らされるものなのだと、初めて知った。

     記憶をなくした主人公が、自分のルーツを求め旅をして回る映画をカレッジ在学中にみんなと夜更かししながら見たことがある。恒例になったオンボロ寮でのムービーナイトはいつもアクション映画を好んで見ていたが、B級ものまで見尽くしてしまってはちょっと味変しようとそんなアドベンチャー映画を選んだのは誰だったか。
     談話室にあるそれほど大きくないソファにぎゅうぎゅうになりながら座る中、エースもデュースも「スリルが足りない」とポップコーンを口に放り込むだけでつまらなさそうな顔をしていた。でも、私とグリムは違った。
     異世界からのお尋ね者と自分が何者か思い出せない魔獣。砂漠に熱帯雨林に大都会と、世界中をたった一人、自分の体と名前だけを引っ提げて旅をするその物語にどうしようもなく惹かれてしまい、気付けば二人揃ってソファを抜け出してボロボロのブラウン管テレビにかじりついていた。テレビは離れて見なさいと二人揃って首根っこを引っ掴まれてずるずると後ろに下げられてしまったのに、気づいたらまたテレビに張り付いているくらいには夢中になって見ていた。
     この主人公の人生は、こんな映画になるほど壮大なものだったのだ。もちろんフィクションであることは承知の上だけれども、旅をして、自分が何者かを知り、自分で出した問に対しての答えを見つけ出せていることが羨ましくて仕方がなかった。この世界に突然放り出されて、まるで隠れるように学園の中に引きこもったまま身寄りも帰る方法もない身としては、余計に。
    「監督生も旅とかしてみる?」
     主人公がようやく自分の故郷に辿り着き映画もラストに差し掛かったところでそう聞いてきたのは、視線をテレビに向けたままのエースだった。「おい」とデュースに小突かれるが気にしていないようで視線はそのままだ。どうしてそんなに意地の悪いことを聞いてくるんだろうか。
     紅茶を一口飲む。馴染みのハーツラビュル寮生にそれはそれは厳しく指導され、この頃には随分とお茶を入れるのも上手くなっていたように思う。熱々だったカップの中の紅茶はいつの間にかすっかり冷めてしまっていた。
    「しないかな」
     テレビに視線を向けて、そう答えた。
    「なんで?」
    「探してもこの世界に答えは無いじゃん」
     ふーん、と興味がなさそうな返事が返ってくる。ちらっと隣に視線を向けたが、いつもコロコロ変わる表情は柔らかい癖っ毛に隠れて、何を考えているかはさっぱり分からなかった。
     旅に出たところで元の世界に帰る方法なんて見つからないだろう。たまに「お前は元の世界に帰りたいのか」という質問を投げかけられることがある。ほとんどが単なる興味で聞かれるこの質問に対する答えは「帰りたい」だ。十六年生きてきて、ここまで育ててもらった親も仲良くしてくれた友達もみんな向こうにいるのだから、当然のことだった。
     そもそも私はこの世界にいるべき人間じゃない。たった一年ほどしか過ごしていないこの世界と天秤にかけるには、元の世界はあまりにも重すぎた。
     結局あの映画を見たのはあの一回きりだった。

     構築コードが並ぶパソコンを前に突っ伏しながら、大きくため息をついた。もう外はすっかり日が落ちて月が高く昇り、二徹した疲れが一気にどっと押し寄せる。月明かりの差し込む研究室には、気づけばもう誰も居なくなっていた。
     また失敗だ。異世界に繋がるであろう仮魔法式を転移魔法と組み合わせて、既にある転移装置にシステムの構築コードを組み込めれば、今度こそ元の世界に帰る手がかりが掴めると思ったのに。
     フル回転させていた頭は糖分を求めていて、流れるようにチョコレートの包みをまたひとつ開ける。デスク下のごみ箱にはファミリーパックひと袋分程のごみがこんもりと溜まっていた。
     カレッジを卒業してからの私はというと、オンボロ寮の監督生で異世界からのお尋ね者だった人間がなんとユニバーシティに進学することができた。最初はカレッジに事務員として就職させて貰うつもりだったが、人はやる気になればそれなりのことができるらしい。ナイトレイブンカレッジのような超がつく名門校とはいかずとも、世間から見てもそれなりのレベルであるという薔薇の王国にあるこの学校に奨学金付きの特待生として入学が許可された私は、迷わずここへ飛び込んだ。あの時、戸籍も身寄りもいない私を養子として受け入れてくれた学園長には頭が上がらない。これほど「私優しいので」の一言を有難く思うことは後にも先にもないだろう。
     元々理系が得意だったわけではないが、私がこの世界で唯一持った「元の世界に帰りたい」夢を叶えるための選択としてこの道を選ぶことにした。どのみちどの分野にしろ私はゼロからのスタートなことには変わりなかったし、魔法史や古代呪文語よりも魔法解析学や魔導工学の方がその夢に近づけると思ったのだ。魔法を用いた学問とはいえ、研究者自体は非魔法士も多くいるし、その点カレッジにいた時よりも気は楽だった。
     結局、進路は魔法解析学の専攻に決めたのだけれども。魔導工学と上手く組み合わせればと思ったのだが、結果はまあ、ご覧の通りである。
     はあ、とまた大きく息をつく。研究が詰むのはこれで何度目だろうか。もちろん研究には正解も終わりもない。ひとつ答えを見つけたらそこからまたひとつ問題がでてくる、それが小学生の自由研究ではなくアカデミックな研究というものだ。
     異世界に繋がる魔法は、カレッジにいた頃から少しずつ集めていた。特に人の夢という非現実的な空間を行き来するシルバー先輩のユニーク魔法の存在は大きい。他にも本の世界に繋がる魔法の原理を調べたりとするうちに、いくつか異世界と繋がるのでは、という仮の魔法式を組み立てる所まではできた。
     でも、どれだけ仮説を立てて教授からもしかするとこれなら、と言ってもらえても、シュミレーターや魔法道具を使用すると途端に元の世界はおろか一定地点に転移する扉すら一向に開く気配がなくなるのだった。誰がどう見ても、魔法の発動式やシステムを動かすコードも合っているのに、だ。まるで、魔法そのものに拒絶されている気分だ。
     私がもっと賢くて、この世界のことを知っていて、この世界で最高峰のユニバーシティに入学できるような天才であればもっと違う結果になったのだろうかと考えたところで、そんな私はそもそも異世界人じゃないなとまたチョコレートを口の中に放り込んだ。異世界人じゃなければこんなに頭を抱えることもない。がり、とそれを噛み砕きながら、デスクの上に飾られたひとつの写真を眺める。
     在籍中、学生一人一人に与えられたデスクは皆思い思いにカスタマイズしている。ごちゃごちゃと小物を置いてやたらカラフルにしている人もいれば、何がどこにあるやら分からない程コピー用紙を放り散らかしている人、四次元ポケット並にお菓子が備蓄されている人もいる中、ただただ多い本と資料が積み上がっているだけの私のデスクは特に殺風景だと思う。元々持ち物も特段多くなかったし、また突然あちら世界に飛ばされた時、後処理が楽なようにという微かな希望もあってのことだった。
     そんな中で一枚だけ、丁寧に額縁に入れられて立てかけられているのは、カレッジにいた頃いつものメンバーで撮った写真。顔にスペードのスートがある短髪の男の子と、対になるようにハートのスートがある癖っ毛の男の子と、ふわふわとしたグレーの毛並みをもつ猫のような狸のような不思議な生き物。それを抱えながら真ん中で下手くそに笑うのは一年半近く前の私だ。
     卒業式を控えた前日、寮にあった各々の荷物もほとんど運び出してしまって、二人きりですっからかんになってしまったオンボロ寮。ソファに座りながら入学時よりも見違えるほど綺麗になった寮を見渡してノスタルジーな気分に浸っていたら、急にエースとデュースがやってきた。
     寮での送別会があると言っていたのにハーツラビュルの寮長と副寮長がこんなところにいていいのかと聞けば、そんなものよりもこっちの方が大事だと言いながら入学時より随分と上手くなった召喚魔法を使って、ピザだのチキンだのケーキだのをポンポンと出しては急遽開かれたオンボロ寮での送別会。その最後に、慣れないセルフィーを撮りにくいゴーストカメラで撮ったものがこの写真だった。その割には、案外上手く撮れていると思う。
     この次の日の卒業式を最後に、私は三人と会っていない。
     これは自分なりのけじめなのだ。元々居るはずのない人間なのだから、カレッジを卒業した今、安易に外で会うのはあまり良くない気がする。別に誰かにそれを咎められたわけじゃないし、今は制服も着ていないから昔より気軽に会いやすいはずなのに、どこかで線を引こうとしている自分がいた。
     全く連絡をとっていないわけではない。マジカメで定期的にメッセージは来るし、投稿を見ることが生存報告にもなっている。ただ、それだけだった。
     そもそもデュースは警察学校に行っていてそちらはまた寮生活だし、グリムは大魔法士を目指してあの映画の如く世界中の色んなところを旅している。エースもエースで薔薇の王国の王立ユニバーシティで魔法解析学の研究をしているようだから忙しそうだし、同じ国にいれど中々会う機会はない。否、会おうとしないの方が正しいか。会おうと思えば会える距離にいるのに私は自分から連絡することはない。でも。
    「会いたいなぁ」
     みんなに、エースに、会いたい。ぽつりと呟いた言葉は、誰もいない夜の研究室に静かに消えていった。

    ***

     窓際の座席に座ったのが間違いだっただろうか。昼前の授業中、春の柔らかい日差しを大きな窓から浴びて、思わずくぁ、と大きな欠伸がでる。
     ユニバーシティに入学したとはいえ、昼夜問わず研究漬けという訳でもないのは正直意外だった。担当教授には他領域の講義も取るようにと口を酸っぱくして言われているため、今は魔法薬学の授業中。リベラルアーツだなんだとのことらしいが、内容はカレッジ時代に見覚えのある内容で、一応基礎科目とはいえ母校の教育レベルの高さに感心する。あんな血の気の多い学校でもさすがは名門校というわけだ。
     この分なら試験も問題ないだろうと特段興味もない教授の話を片耳に、ぼんやりと窓の外へ視線を向ける。教室で囲うように作られた中庭には、この辺りでは珍しいチェリーブロッサムの木が植えられていた。幹も太く、相当年季の入ったもののようだ。そういえばあのオンボロ寮の庭に一本だけ植わっていた大きな木もチェリーブロッサムだった気がする。
     毎年春になるとその木の下で花見をするのがいつの間にか恒例行事になっていた。いつものメンバーで気付けば毎年行われていたそれは、ハーツラビュルからはケーキやクッキーを、監督生たちはおにぎりやサンドイッチを持ち寄って、お腹がいっぱいになれば川の字で寝ころんで、暖かい春空の下そのまま眠ってしまって。今年ももうそんな時期らしい。
     カレッジの卒業式以降、監督生とは会っていない。メッセを送れば返信があるしマジカメに投稿すれば足跡は付くものの、アイツから何か連絡があることはない。生存報告があるだけマシといえばマシなんだけども。
     会おうと言ったことは何度かある。けれどもその度に同じような言い訳を並べられて、結局躱されるばかりだった。そんなことが繰り返されるうちに今じゃ弱気になってしまって、トーク画面を開いてもすぐ閉じてしまうのだった。オレらしくもない。

     カレッジの頃から慣れているはずの九十分授業はいつまで経っても時間が過ぎるのが遅い。授業の終わりと同時に昼休みの開始を知らせるチャイムが鳴れば、ぞろぞろと生徒が教室から出て行く。やっと午前の授業から解放され、自身もそれに続くように教室を後にしながら上着のポケットからスマホを取り出しスリープモードを解除すれば、ロック画面には懐かしい写真が映し出される。もう一年半近くも経つのに未だ毎回ノスタルジーな気分になってこの画面を見つめてしまうほど、オレにとってカレッジでのあのメンツとの日々は大切なものらしい。
     ゴーストに撮って貰ったものをスマホでスキャンしたこの写真は所々白飛びしているが、あの日々が何物にも代え難いものだということを思い出すには十分なものだった。画面の真ん中で下手くそに笑う顔を画面越しに指で撫でる。
     オレは監督生のことが好きだ。今でもしつこいくらいに。いつからかは覚えていないけれど、カレッジで一年生が終わる頃にはもう既にどうしようもないくらい好きだった。それこそ、鈍感なデュースにも薄々気付かれているくらいには。ケイト先輩には早々にバレていて、まだ自覚する前からニヤニヤとした視線を向けられていたのはよく覚えている。
     でも、監督生は元の世界に帰りたがっているようで。あちらに帰る方法を自力で探すために、特待生になってまでユニバーシティに入学するくらいには、監督生にとって十六年住んだ向こうの世界は捨てられないものらしい。そりゃあそうだ。向こうの世界に育ててもらった親もずっと仲の良かった友達もみんないるんだから。「元の世界に帰るのがこの世界での私の夢なんだ」とそう言う監督生に、それを簡単に諦めてこっちに残れば? とは言えなかった。かと言って好きだと伝えて、監督生がもし急に元の世界に帰ってしまったらと考えると、その一言も口に出せないままだ。
     ロックを解除して、マジカメを開く。友達はそこそこ多い自覚はあるが、そうなると必然的にメッセは多くなり、返信するのが面倒くさく気付けば溜まる一方で。放置したままのメッセを無視して随分と下にいってしまったトーク画面を引っ張り出せば、最後のやり取りは半年近く前になっていた。
     さてなんと送ればいいのやら。普通に送ればと言われればそれまでなのだが、打っては消してを繰り返しているうちにどんな文面が普通なのが分からなくなってきてしまった。結局、たった十五文字にも満たないメッセを考えるのにきっかり十分使ってしまい、心臓がうるさく鳴る中ええいままよと送信ボタンを押した後慌てて食堂に向かったが、もう人で溢れかえってしまっていた。
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