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    三重@ポイピク

    好き勝手に書いてる文字書き。ツイステのイドアズにはまってます。Twitterはこちら→@mie053

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    POIPOI 24

    三重@ポイピク

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    人魚と不老不死と慈悲の精神絡めた、ちょっとした事件の話。名無しの刑事視点。人が死ぬ描写がやや出てきます。

    #イドアズ
    idoas

    鏡を通り抜けるという、日常生活においてそうそう体感しない経験を二度経た先で初めに感じたのは、微かな塩の匂い。続いて視界一面に広がった景色に、男は目を見開く。鏡の向こうに続く空間は、海であった。それも砂浜から見る海などではなく、身を浸すことで見られる海の内部である。立っている通路は透明の硝子によって丸く囲われており、足元はしっかりとした石造りになっている。硝子の周囲を埋め尽くす海は、どうやら日が昇っている最中を模しているのか、天高くからの光を通して淡く輝いていた。どうやら潮流も存在するのか、時折泡沫が硝子に貼りつき、そして離れていく。
    向かいから数人、楽し気に談笑する生徒達が歩いてくるのが見えて、男は止まっていた足取りを再開した。すれ違った生徒達は、左腕に臙脂、深紅、黄色、灰がかった紫の腕章を着けていた。事前に調べた情報では、確か寮ごとに腕章とベストの色が異なる仕様だと載っていたのを思い出す。胸元にそれぞれ色の異なるペンを差した彼らは、見たところ普通の学生にしか見えない。これが魔法士の卵なのだと分かっていても。男が目にする魔法士が、魔法執行官ばかりというのもあるのだろうが、違和感を拭えない。
    通路に男の足音が僅かに反響する。乾いた体のままで海を潜る経験など、そうできるものでもない。見上げた海は澄んだ青色の美しさを見ながら、時折学生とすれ違っているうちに、分岐路に辿り着く。立てられた案内板には、左側の通路がオクタヴィネル、右側の通路がモストロ・ラウンジに通じると書かれていた。目的地が右の通路の先であることを確認して、男は歩を進める。左側の通路の先を見てみると、巨大な巻貝を積み重ねたような建物が見えた。とても学生寮と思えない形が強烈だ。海の中の建物としては確かに似合いだが、ここまで雰囲気を寄せる必要があるのか。
    尽きない疑問を抱えつつ、男は通路を通っていく。またもすれ違った生徒が、見覚えのない男へ視線を送ってくるのを無視して進めば、目的地が見えてくる。大きく口を開けた魚と、その中に作られた店。男を見下ろす骨だけになった海獣は、おそらく大きさから推測して鯨の骨だろう。この海を模した空間の作りこみようから見て、本物の鯨を使っているかもしれないと、上げていた視線を少し下ろしたところで、オリーブと黄金の瞳とかち合った。
    鯨の店こと、モストロ・ラウンジの出入り口に立つその男は、先ほどまで会話していた学園長よりも背が高い。黒い礼服、紫のシャツ、ボウタイと肩にかけたマフラーはどちらも灰色。中折れ帽の下から覗くのは、周囲に満ちる海よりも緑の強い色合いの髪。切り揃えた髪を整え、白い手袋を見せて一礼する姿は、嫌味なほど様になっている。この店で働く従業員は全員学生だと聞いていたが、これほど落ち着いた対応を取ってくるものなのか。ついまじまじと見ていると、下げた頭を上げた男が笑みを浮かべる。

    「お待ちしておりました」
    「あー……出迎えありがとう。アーシェングロット君、か?」
    「いえ。案内役を申しつけられました、ジェイド・リーチと申します」
    「そうか。この店の店長なんだってな、彼。忙しいところだろうに」

    店内へ促す男、ジェイド・リーチへ歩み寄り一声かければ、切れ長のヘテロクロミアが少し驚いたように見開かれ、けれどすぐに細められる。少し声を上げて笑った男の口元から覗いた、人間にしては鋭すぎる歯の形が目を引いた。整った容貌には不釣り合いな口元が思い出させる。オクタヴィネル寮には、人魚が多数いるのだ。これから話を聞くアーシェングロット以外にも。

    「確かに少々忙しい時間帯ですが、警察からの協力要請を袖にするほど切羽詰まっているわけではありませんので」
    「ありがたいね。こちらが任意で事情を聴きたいというと、大抵断られるばかりだ」
    「ご苦労様です。今日だってこんな僻地へ遥々いらして」
    「魔法執行官でもない限り、足で仕事するのが当然だよ。今回は特別に鏡を使わせてもらえているし」
    「おや、あなたは魔法が使えないのですか?」
    「ああ、少しも。使えれば便利だろうがな……魔法士の関わる現場を見てると、良いことばかりでもなさそうだ」

    一旦言葉を切り、先導するリーチを見やれば、彼は少しだけ男を振り返る。帽子の下から覗くオリーブ色は、店内を大きく占める水槽の青と照明の紫を吸って、得体の知れない光を灯らせる。ただ見つめられているだけだというのに、店内に流れるジャズのBGMが遠ざかったような心地になった。男の心地など知らず、リーチは再び前を向く。

    「魔法犯罪も捜査の対象なのですか?」
    「魔法犯罪の確証が出れば魔法執行官の管轄になる。俺達は魔法犯罪かを捜査し検証して、魔法犯罪でなければそのまま自分達の管轄として捜査を続行する」
    「なるほど。今はどちらの段階なのでしょう」
    「残念だが、関係者以外に明かすことはできない」
    「それは残念です。僕達人魚としても、気になっている事件でしたから。陸の人間にああいった思想を持つ方がいらっしゃるのは存じ上げていましたが、実践されるとは。それほどまでに、憧れるものなのでしょうか。不老不死というものに」

    黒い礼服に似た服を纏い、品行方正な人間を装った人魚の問いへ、男は答えない。学生達が座っていた席の並ぶ空間を離れ、通路を通りながら無言を貫く。この口振りを見るに、リーチは今回の事件について十分に知っている。不老不死を願った一部の上流階級の者達が、妙薬とされる人魚の肉を口にして死んだ事件。この事件の被害者は、報道では集団での変死とのみ報じられている。詳細はインターネット上で、あくまで噂という体で詳らかに明かされており、現在サイバー犯罪を担当する部署での調査も行われているが難航していた。
    沈黙を返す男に、リーチは言葉を重ねなかった。通路の奥、静まりBGMも遠くなったところに来て立ち止まり、向かって左の方を向く。男も同じ方向を見れば、大きな扉があった。奇妙なことだ。2メートル以上の高さを持つだろう両開きの扉を、男は今この瞬間に認識した。この一瞬前まで、通路が続くばかりだと思っていたというのに。これも一種の魔法だろうか、訝しむうちにリーチが扉へ声をかける。

    「支配人。お客様をお連れしました」
    「どうぞ、お通ししてください」

    よく通る声へ、同じくよく通る声が返ってくる。リーチは目の前の重厚な扉の片方へ手を掛けると、内開きの扉を開き、男を室内へ招き入れた。招かれた部屋の中は、途中通ってきた店内の内装と統一感があるものの、より贅を凝らした印象を受ける。壁いっぱいに備えられた本棚には余すことなく本が詰め込まれ、応接用のソファが部屋の中央に、テーブルを挟んで置かれている。そしてソファの奥、学園長の机を思い出させる机の前に、部屋の主である男が座っていた。

    「初めまして、アズール・アーシェングロットと申します」

    笑んだ口元に、小さな黒子を見つける。海よりも空に近い色合いをもつ目が、眼鏡のレンズ越しに男の様子を伺っている。リーチと同じく、帽子、黒い礼服、座っているためかストールを外した格好の彼、アズール・アーシェングロットは、銀糸の髪を乱れなくセットした姿で座していた。その姿は学生というより、先ほどリーチが呼んだ通り「支配人」と称するのが似つかわしい。
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