献身 中忍以上が必要とされる医療業務を終え、木ノ葉病院の廊下を歩いていた時。
ふと、見覚えのある背中が目に入った。
「……あれ?」
背中は丸まっていたけれど、あのやさしい雰囲気は間違いない。彼女のそれは、人助けをする彼の雰囲気とよく似ていた。
「オビトのおばあちゃん?」
声をかける。振り返ったその顔に、懐かしい笑みが広がった。幼い頃、オビトの家に遊びに行った時。何度も迎えてくれた人。私にとっても家族のような存在だった。
「リンちゃん……」
声に微かに哀しみが混じる。私は思わず駆け寄った。
「どこか悪いんですか?」
「いや……」
おばあちゃんが答えをためらう。その刹那の沈黙に重さを感じて、私の胸はざわめいた。
見下ろすと、彼女の手元にある診断書が視界に映った。
「おばあちゃん……それ……」
私の視線に気が付いた彼女は、静かに目を伏せ、小さく告げた。
「………実はね───」
息が詰まる。否定したかった。けれど、医療忍者としての冷静な目が、その衰えをはっきりと突きつけていた。
「オビトには黙っていてほしいの」
おばあちゃんの声は、穏やかだった。
「あの子は優しいから……それに、やっと忍になれたんだもの…」
顔を上げる。その目には、慈愛の色が浮かんでいた。
「オビトは、歩き始めたばかりでしょう?」
胸が痛んだ。オビトにとって、おばあちゃんは唯一の家族。彼がどれほど心配するか、私にだって分かる。
言葉を探していた時、おばあちゃんの手が私の手をぎゅっと掴んだ。その懇願するような温もりに。気づけば、私は小さく頷いていた。
「わかりました………その代わり、私にできることをさせてください」
それから私は、オビトのいない時間を見計らって家を訪ねるようになった。
脈を測り、薬を渡し、体調を整える。けれど、おばあちゃんの目は少しずつ霞み、見える世界を失っていった。
「オビトは……元気にしているかい?」
尋ねられるたび、私は笑顔を作って答えた。
「はい。任務も修業も……誰より努力してます」
安心したようにおばあちゃんが笑う。その表情を見るたび、胸の奥が切なくなった。
彼のいないところで、彼のことを語る。
そんな時間が、私にとっても宝物のように思えた。
ある日。
「リンちゃん…ありがとね…」
力なく喉を震わせる。彼女の瞳は白く、遠い昔を見ているようだった。
「オビトに言わないでくれて……ありがとう」
か細く探るように伸びた手を、私はそっと包んだ。涙があふれそうになる。それを必死にこらえて、言葉を絞り出した。
「…ずっと、私が見ています。だから心配しないで…」
おばあちゃんは安堵の息を零し、微笑んだ。そして握られていた手から、静かに力が抜けていった。
──数日後。
声を押し殺すように泣くオビトの隣で、私は一人涙を拭った。
歪みを消した視界に写る。彼の姿を見つめる為に。