白い鷺は黒に染る「俺、番が出来たんだ」
そう言って笑った彼に、「おめでとう、良かったな」なんてありふれた言葉だけしか伝えられなかった当時の私を、今は殴ってやりたい。あの時、「あいつはやめておけ」そう言えたのならどんなに良かっただろうか。それでもきっとあの時の彼は「そんなことない、運命だ」と怒るのだろうか?
…と言っても、全ては過去で、既に終わった出来事で。なら、“捨てられた”のも、過去になるのだろうか?
「―勘右衛門」
そよそよと揺れる木々の葉を、ただぼぅっと見つめる彼に声をかけた。しかし、反応は無い。
「今日もいい天気だな。どうだ?たまには外に散歩でも行こうか?」
「……」
「散歩よりもそうだな、甘味もあるし本もあるが……」
「……」
「…今日は、やめておこうか」
勘右衛門に、と差し出した本をそのまま自身の傍に置く。今の私の声は、彼には届かないのだろうか?そう思うと途端に空しさが襲う。きらきらと池に反射する光のなんと憎たらしい事か。
出来る事なら、こんな良い天気よりもどんよりとした。さながら一年ろ組の斜堂影麿先生の纏う空気のような、そんな天気であって欲しいとさえ思ってしまう…なんて、自分は酷い人間だろうか?
そもそも、何故こんな事になってしまったのか。それは数週間前にまで遡る。
「俺、番が出来たんだ」
勘右衛門は嬉しそうに笑みを浮かべ、私に言った。
「おめでとう、良かったな」
ただひたすらに、彼に淡い恋心を抱いていた私は嬉しそうな彼を直視できず、視線を逸らしながら微塵も思っていない祝いの言葉を投げた。
「でさぁ~」
人の気持ちは露知らず。勘右衛門は番の話を聞かせてくる。
同じ組の誰だとか、どんな人物だとか、何故番になったのかとか。ただただ、聞きたくもない事をこの男は一方的に喋っているのだ。
「で、俺が運命なんだって。いやぁびっくりだよなぁ」
「…は?」
「ん?どうかした?」
「いや、お前…今、なんて言った?」
「びっくりしたって話?」
「その前」
「あぁ、『運命』なんだって話の方?」
「運命だと?」
「そう、う・ん・め・い」
馬鹿馬鹿しい。そんなものあってたまるか。
そもそも、運命の番だなんてほぼ神話の様なもので。星の数程いる人の中で、たった一人の運命がこの狭い学び舎の中にいるなんて。どんな運の巡り合わせだ。それこそ天文学的確率だ。
だから、それはきっと相手が適当に法螺を吹いているに違いない。
そう思った私はその後の勘右衛門の話を聞き、適当なところで話を切ってその番とやらを探しに行った。
―件の男を見付けるのは造作もなかった。何せ意気揚々と同じい組の生徒に「学級委員長を番わせた」と自慢げに話しているのだから。
きっと、これを見ている令和を生きる君達には「アルファ」「ベータ」「オメガ」と記すのが分かり易いのかもしれないが、我々の生きるこの室町にそんな単語は存在しない。よって、この時代では第二の性をそれぞれ「青鷺」「黒鷺」「白鷺」と表現することが多い。勿論、他にも草木で例える者もいる。
私、鉢屋三郎は「黒鷺」だ。いわゆる「ベータ」
そして、勘右衛門は「白鷺」。極少数の人間しか存在しない「オメガ」
最後に、「青鷺」。全てを照らす、圧倒的存在。「アルファ」私が手に入れなければならなかった、手に入れられなかった性。
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