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    ashtray32ki

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    ashtray32ki

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    夢小説注意。
    鬼様夢。
    バレンタイン甘々。
    捏造、解釈違い等注意。
    なんでも許せる方向け。

    タイトル未定バレンタイン 二人とその他にも多くの鬼を乗せたエスカレーターが昇り、九階のサインが見えてくるとフロアには更に多くの鬼たちが行き交っていた。
    「こんなに混むイベントだったとは……」
    「あちらは並ぶのにも予約が要るようですね。もう少し調べてから来ればよかったでしょうか」
     エスカレーターの降り口のすぐ横の店ではパーテーションで行列が整理されていた。スタッフらしき鬼が持っている最後尾札には「今の時間は予約が必要です」と小さく書かれている。
    「私が調べるべきでした。すみません」
    「謝ることはないです。貴女の興味のある店でないなら。私は貴女のチョコがもらえればかまいませんので」
     鬼灯のやや平坦な返事に、彼はあまりこのイベントに乗り気ではないのではと彼女は少し勘ぐってしまった。
     地獄百貨店で催されるバレンタインのチョコレート特集のイベントに鬼灯を誘った。去年、「来年は手作りする」と約束したのに声をかけたのは、慣れない手作りに自信がないので既製品も渡したかったからで、勿論作りもするつもりなのだが鬼灯には「本当に作ってくれるのでしょうね」と念押しされたうえで着いてきてくれた。
     去年は買うメーカーを事前に決めて通販で買ったので、こういった催事には来ていなかった。よく食べる鬼灯も楽しめるかと思ったが、予想以上の鬼混みに、鬼灯の機嫌を窺うようにちらりと目線を潜ませたのを彼は気づいてその意図も把握したようで、安心させるように彼女の手を取り引いた。
    「とりあえず端から見ていきましょうか。気になるものがあったら教えてください」
    「、はい!」
     自分の不安は杞憂であったとわかった彼女は顔をあげて、ぴかぴかに輝くチョコレートが並ぶショーケースへ吸い寄せられていった。

     鬼の間を縫ってずらりと連なるお店を順繰りに見ていく。見た目も意匠を凝らし可愛らしいものも多く、目移りしてしまう。気になるものがあっても、後のお店で欲しいものが見つかっては困るし、と思うとなかなか買うものを決められない。
     鬼灯は感嘆のため息を漏らしながら店を回る彼女を観察して、大体彼女が好きそうだなと思ったものにはやり目を奪われているのに自分の予想が当たって満足していた。
     自分なら全て食べきれるので、彼女の目についたものを片っ端から買っていってもよかったが、時間をかけて悩むのが醍醐味かとそっとしておいた。それに、鬼灯もついてきはしたが、彼女が鬼灯へ贈るためのチョコを買いに来ているので、彼女が真剣に選んでくれているのが嬉しかった。
    「一周してしまったみたいですね……まだ向こうにも見切れていない特設コーナーがありますが」
    「少し休憩しましょうか。すぐ食べられるソフトクリームも売っていますよ」
    「ソフトクリーム! 食べたいです!」
     二人で即売のコーナーへ向かうがこちらもすごい混みよう。どのお店がどんなメニューを出しているのかを確認するのにも一苦労する。
    「どのお店も結構並びそうですけど……」
    「私はかまいませんよ。好きなものを選んでください」
     鬼混みでも涼し気な表情の鬼灯に、彼女はほっとして改めてあたりを見回す。鬼の頭の間に見え隠れするポスターを背伸びをして確認して、気になるものをなんとか二つまで絞った。
    「あのミニパフェと、ローズのソフトクリームが気になります。チョコのイベントですけど、ローズってどんな味がするんでしょう?」
    「では一つずつ買いましょうか。私がパフェの方へ並びますので、ローズの方を買ってきてください。交換すればどちらも味わえます」
    「いいんですか?」
    「買ったらそうですね……あちらの広場の隅の方で食べましょう。ひとが多いですから、気をつけて並んでくださいね」
    「はい、ではあとで!」
     くれぐれも、はぐれたと思ったらすぐにスマホで連絡するようにと最後に確認をされてから、互いの目的の列へ向かう。見渡す限りほとんどの鬼たちがソフトクリーム片手に楽しんでいて待っている間もわくわくした。
     思ったよりは早く順番が回ってきて会計をする。ポイントカードもしっかり差し出す。すぐ隣の受け取り口へ移って、商品が渡された。スプーンを二個もらって、鬼灯に指示された場所へクリームを崩さないよう慎重に向かう。楽しみで、頬が緩んでしまう。
     自分の方が先についたのか、鬼灯の姿は見当たらない。はぐれたのではないだろうが、スマホを取り出すか、その為には片手が塞がっているのでどうしようかもたついているうちに鬼灯がやってきた。
    「お待たせしました」
    「いえ! 並んでもらってありがとうございます!」
     明らかにテンションが上がっている彼女に鬼灯も勿論悪い気はしない。彼女がスマホを取り出そうとしていたのを遠目に見ていたのか、ソフトクリームを持ってやる。
    「写真を撮りたかったのでは?」
    「! 撮ります!」
     たしかに、周りの鬼たちも食べる前にソフトクリームを掲げて良い角度で写真を撮っている。彼女は慌てて巾着からスマホを取り出してカメラを起動した。鬼灯の節の強い男らしい手が片方にはハート型のクッキーが刺さりベリーのソースがかかったミニパフェを、もう片方はピンク色のソフトクリームを持っているのはアンバランスで面白い。単に、鬼灯の手が写っていることも嬉しかった。
     スマホを傾けて綺麗に見えそうな角度を探す。写真を撮るのは得意ではないが、この写真を見返した時にはきっとこの日のことを思い出すだろう。
     写真を撮ってスマホをしまい、ソフトクリームを受け取る。それではいただきましょうか、とスプーンをさしこみクリームを口へ運ぶ。控えめな甘さと、豊かな花の香りがふわりと広がる。
    「これおいしいです! なんだろ、桜のアイスとか、そういう感じの味がします」
    「どれ、一口……確かに、不思議な感じがしますが案外食べやすいですね」
     スプーンは二つもらってきていたのに、鬼灯は何も気にせず同じスプーンで食べたものだから彼女は少しどきりとした。平静を装って、自分も鬼灯の持つミニパフェを一口もらう。
    「こっちはすごくチョコが濃厚ですね……ドライフルーツが酸味があってちょうどいいです」
    「二種類買って正解でしたね」
     お昼にデザート食べなくてよかったぁ、などと笑いながら食べ進めていく。いずれもぺろりと食べきってしまって、ごみを捨てて一息つくと、先ほど気になった店に行ってみるか、まだ見られていないコーナーを新たに見に行くか悩み始めた。
    「今日は時間がありますからどちらでもかまいませんよ」
    「う~ん……さすがに広すぎるので……気になったら今度また一人で来ます。鬼灯様へのチョコを買いに行きましょう!」
     全て回ることは諦め、広場を横切り目当ての店へ向かおうとしたとき、通りすがったショーケースの内のあるものが目に飛び込んできた。
    「す、すみません、ちょっとここだけ……! 見てください、ほおずきのチョコです!!」
    「ほぉ……珍しいですね」
     急に立ち止まった彼女に鬼灯は気分を害しもせず、一緒にショーケースを覗き込む。そこにはバラ売りで一粒から買えるチョコが、さまざまな味や形の物が並んでいた。キャラメル、フランボワーズ、いちごなどよく見るものから、ワサビ、醤油など少し変わったものも置いている。その中に、くすみオレンジが照明を鮮やかに照り返すほおずきのチョコがあった。
     彼女は食用のほおずきがあることは知っていたが、実際に食べたことはない。興味津々だ。
    「フルーツほおずきのジャムとガナッシュの二層になっているそうです。これは絶対に食べてみたい……自分に買ってもいいですか?」
    「私も食べてみたいです。買いましょう」
    「わかりました、いくつ買おうかな。一つ三百六十五円……」
     ここで出し惜しみをする必要はないが、小さなチョコ一粒三百五十円。鬼灯に贈るチョコの予算も考えると沢山は買えない……とぐぅと喉が鳴ってしまう。そんな彼女を見て、鬼灯は迷わず店員に声をかける。
    「こちらのほおずきのチョコを二十個欲しいのですが、在庫はありますか?」
    「確認いたしますね、少々お待ちください」
     店員が笑顔で背後に積まれた箱を確認する。彼女は絶句して鬼灯を振り返り、頭の中で計算しながらかける言葉を探す。いっこさんびゃくごじゅうえんがにじゅっこ……ななせ、七千円?!
    「ご用意できます。お包みしますね」
     彼女が目を白黒させているうちに在庫確認は終わったようだ。彼女は冷汗を流しながら今日の自分の財布に幾ら入れて来たか必死で思い出そうとしていた。
    「大丈夫ですよ、私が買いますから。貴女が食べたい分だけ食べて、残りは私がいただきます」
    「そんな、私も出します!」
    「バレンタインはもともと女性から男性だけに贈るものではありませんよ。このくらい出させてください」
     話しながら、ショーケース越しに会計はするする進んでいく。鬼灯が、ポイントカードがあるんですよね? と訊いてきたのでそれだけ出す形になってしまった。こうやっていつも、なんやかんや出させてもらえないのだ。確かにお財布は助かるが……申し訳ない気持ちになる。
    「プレゼントなんですから、そんな顔しないで受け取ってください」
    「……ありがとうございます」
     彼女はほんのちょっと困り顔で笑って、鬼灯から紙袋を受け取った。頬を染める彼女は愛らしい。そして、彼女が「鬼灯を食べる」ということが……変な意味ではないのだが、少し興奮した。
    「では改めて、行きましょうか。買うものは決まったんですか?」
    「はい、だいたい。まずはあそこの……日本酒のジュレが乗ったチョコレートです!」
    「お酒のチョコレートはいくつかありましたが、日本酒のはあそこだけでしたね。楽しみです」
     二人は気合を入れ直して鬼たちの波の中を進んでいく。帰るころには結局、鬼灯の為のチョコと、彼女自身も食べたいチョコで荷物がいっぱいになっていた。



     そして日は進み、二月十三日。
     バレンタインの時期になると寮の共用のキッチンは込み合うため、シフト表が作られている。深夜とは言え前日に枠を取れたのは非常に幸運だった。その代わり、他の日に借りて練習することはできなかったのでぶっつけ本番だ。
     お菓子作りはここ四十年ほどのバレンタインの流行り始めに友人のために何度かしたことがある。特段うまくできる自信があるわけではないが、致命的な失敗はしないだろう。と思いたい。
     最近は動画で分かりやすい作り方の解説もある。いくつかのレシピを見比べて、甘さ控えめの抹茶ガトーショコラを作ることに決めた。
     ガトーショコラってメレンゲ要るんだなぁ、と思って、このために電動ミキサーを買うか少し悩んだ。しかし、女とは言え鬼の力があれば大丈夫か、と思い直しやめた。
     寮が静まり返った二十三時。エプロンをつけ、手を洗い、よし、と一人意気込んだ。材料を慎重に量りチョコを刻んで湯煎し、粉をふるい混ぜていく。メレンゲも思ったよりうまくできた。また混ぜて、あとは焼くだけ。
     寮のキッチンの電子レンジにオーブン機能があって良かった、なかったら詰んでいたと思いながらスタートボタンを押す。焼きあがって粗熱をとって冷蔵庫にしまえる頃には日が変わっているだろう。今日は少し、睡眠時間が短くなりそうだが、鬼灯との約束を守れるなら構わない。
     ──一年続いてまたバレンタインを迎えられてよかった。
     三十分、焼いている間に使った道具を洗い片付けていく。ラッピングやメッセージカードは既に用意している。
     ラッピングは本当は黒と赤にしたかったのだが、プレゼント用に真っ黒な箱というのはなかなか売っておらず、できるだけ白っぽい箱を選び、黒のグログランリボンと赤のオーガンジーリボンを重ねてかけることにした。最近は女性の友人間で贈る機会が多いためか、自分も好きな可愛らしいギフトボックスはたくさん売っていた。だが鬼灯の好みではないだろう。
     ホール用の箱ではないので、まるまる一つは入りそうにない。想定して、箱は複数買っておいた。三つに切り分ければちょうどよいだろうか。レンジの中をあまり意味も無く覗き込みながら考える。自分で食べたり他の友人に贈ってもいいが、鬼灯にバレたら詰められそうだ。きっと全部自分で食べたがるだろう。
    「なんて、自意識過剰かな」
     他にひとのいないキッチンでは洗い物の流水音が響き、彼女の独り言は呑み込まれた。

     無事ケーキが焼きあがった。味見ができないのは不安だが、鬼灯が自分のために作ってくれたものは何でも嬉しいと言ってくれた言葉を信じることにする。冷やしてから包丁を入れた方がいいだろうと、とりあえずそのまま自分の名前の付箋をつけて、共用の冷蔵庫にしまった。
     翌日定時での終業後、彼女は急いで寮へ帰りケーキをラッピングした。今日一日、業務中も気になってずっとそわそわしていた。気にしたところで冷蔵庫の中のケーキが美味しく変わるわけではないが。
     保冷剤を一緒に紙袋に入れる。早めに食べるようにとメッセージカードにも書いておいた。
     平日の今日鬼灯はまだ仕事中で、直接渡すことはできない。合鍵を使い鬼灯の部屋に入り、机の上に置いておいた。昨日のうちにメッセージはしておいている。
     カードには先ほどの文言と、『いつもお世話になっております。お口に合えば、来年も何か作りますね』と添えた。直筆は少し恥ずかしい気もしたが、記録課勤務なので並くらいの字は書けたと思う。来年も、というのは少し欲を出してしまったなと思った。鬼灯は何か思うだろうか。
     寮に戻ってからはずっとどきどきしていた。鬼灯の仕事が何時に終わるかはわからないので、メッセージが来はしないかとほとんどスマホとにらめっこをして時間を過ごしてしまった。そのうち気持ちも落ち着いてきて、今日はもう寝ようかと思い始めた二十三時三十分頃。
     座卓の上のスマートホンが震えついにメッセージが来たことを知らせた。慌ててアプリを開く。
     そこには一枚の写真とメッセージ。写真には、空になった箱が一箱と、そのままの箱が二箱、そして鬼灯の手と思しきピースが見切れて写っていた。
    『夜分すみません。どうしても今日中にお伝えしたく。既に一つ頂いてしまいましたが、甘さ控えめで、しっとりしていてとても美味しかったです。カードもありがとうございます。大切にします。来年も是非、よろしくお願いします。』
     思わずスマホを胸に引き寄せ握りしめる。嬉しい。作って良かった。写真も、いつものあの真顔でピースを入れてくれたのかと思うと、それくらいはしゃいでくれたのかと思うと嬉しくてしかたなかった。
     呼吸を整えて、自分も返信のメッセージを打ち込む。
    『気に入ってもらえたようで良かったです。写真をありがとうございます。新しいレシピを探しておきますね。』
    『これがあると思って今日一日頑張れました。残りはもったいないので明日またいただきます。今度改めてお礼をさせてくださいね。今日はおやすみなさい。』
    『鬼灯様も、ゆっくりお休みくださいね。』
     数個メッセージのやりとりをして終わったが、その二、三行のメッセージが本当に幸せな気持ちにさせてくれた。来年は何を作ろうかなぁ、なんて気が早いことを思って、一人ふふと笑みがこぼれてしまう。
     先日催事で買ったお菓子もまだたくさんある。鬼灯と一緒に食べるのが楽しみだ。顔に熱が集まって、わくわくして、昂ってしまって今日は簡単には寝付けないかも、と思いながら布団に潜りこみ上掛けを肩まで引き寄せる。
     もう布団に入ったのに何度もメッセージを見返してしまう。写真を拡大したり縮小したりして見てしまう。いい加減眠らなくては、明日も通常業務だ。
     じんわりとあたたかくなった胸を抱えて丸くなった。
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