夢にも見るな「一度寝たくらいで彼氏面すんなや」
一夜を共にした相手にこんなこと言うたら正直刃傷沙汰も覚悟の上や。
それでも俺がこれをこいつに言うんは、そんな言葉でこいつが大事な武器で俺を切り伏せるなんてことは起こりえんと重々に理解しているからであり、その程度の信頼(?)関係は築けていると自負していたからである。
事実、もう一つの愛器が振り回されることもなく俺の体には傷が増えることはなかった。
朝日の所為だけではなく白けていく空気の部屋。さっきまで醸し出されていた咽かえるような甘い雰囲気は、普段俺が纏う武器に他ならないが、心底息苦しかったのでわざとらしく大きく息を吐いた。
フォカロルの目がいつものように顰められる。房事の後に聞く説教の内容には少しだけ興味があったし、俺もいつものように正座をしそうになる。二日酔いと腰の痛みが動作を緩慢にした。
「カスピエル」
『俺は見込みのあるやつにしか説教をしない』とはいつの話だったか。
フォカロルの深くなる眉間のしわを数えながら俺にもフラウロスにも更生の見込みはあるんかいな、ともしもの可能性に思いをはせた。
*
カスピエルの寝息が聞こえる。体温を感じる。まだ生活音のしない時間帯、この部屋は耳をそばだてると穏やかな鼓動が聞こえるほど静かだ。シーツや体に情事の名残はあるが血生臭くも埃臭くもない。
顔にかかった髪を指で梳くようにはらう。あの時と違って瞼はしっかりと閉じられ少しかさついた唇が不満そうに動いた。
「ん……ソロモン……」
(あの時は瞼が隠そうとしているのは焦点の合わない目、赤く染まった口元は肺から追い出された空気がもれるように小さく開いていた)
眠っている。(生きている)
こいつが主の名前を口にするのは正常な呼吸と割り切れと頭では考える。それでも目覚めた時、瞳にうつるのは自分であればいい思ってしまった。だから普段起きる時間にもベッドから抜け出せずに熱を分け合ったピンクの毛玉を抱えてしまっている。
命を救うための同意をとる間もない処置ではなく、独占欲を持って彼の唇の端に自分の唇を寄せる。
「起きたか」
覚醒を確認する言葉は我ながら思ったより覇気のない、ともすれば優しい響きに聞こえた。