神様なんかじゃない 視界の端で、銀髪がさらりと揺れた。ベッドの上、微睡む視界の中で、意味もなくそれを見つめる。さっきまで、俯くと後ろ髪が落ちてくると言って括っていたはずだが、今は解けていた。そういえば、首元に抱きついた時にゴムが当たって気になったので、俺が解いてしまったのだった。
役作りと言って聖が髪を伸ばし始めたのは、三ヶ月前だっただろうか。エクステで十分なのにと文句を垂れながら、それでも話題になるとでも思ったのか、聖は事務所の方針に大人しく従っていた。結果的に、その目論見は大成功で、連続ドラマの数話のみの出演だったにも関わらず大変世間を騒がせた。儚げな役も手伝って「神々しい」「神様」などと持て囃され、主演でもないのにグッズとしてブロマイドが出るらしい。その撮影のために、ドラマ自体の出番が終わった後も、聖はまだ髪を切っていなかった。すぐ隣でベッドの縁に腰掛け、しばらくぶりの夜の営みの後片付けをしている後ろ姿に手を伸ばす。
「……ん? どうかした?」
ちょい、と肩甲骨の真ん中ほどまで伸びた銀髪に触れると、気付いた聖が振り返った。特にどうしたと言うこともないので首を横に振って、また髪に触れる。
「髪、伸びたな」
俺は以前より、という意味で言ったが、聖は違う意味で受け取って「あー」と自分の毛先を摘んで、くるんと弄んだ。
「役の時より伸びたよねぇ、撮影前に切らなきゃな」
訂正するほどのことでもないので、思ったことを続ける。
「切る前にまた写真撮っとけよ。テメーの長髪、結構話題になってんだろ」
客観的に事実を口に出しただけなのに、聖は可笑しそうに笑って弄っていた髪を掻き上げた。
「『神様』だっけ? 揚羽に会ったら怒られそうだよね」
「テメーは」
何となく、こういう場で俺以外の名前を出すのが気に入らなくて、食い気味に割り込む。
「神とかそんなんじゃ、ねーだろ」
神様は、きっと先程までのこいつのように一人の人間をギラついた目で見たりはしない。聖は一瞬、意外そうに目を瞬いて、すぐにいつもの薄い笑みに戻った。
「……まぁね。神様はちょっとな〜」
「ほら、いろいろ祈られたりして面倒臭いし」とヘラヘラしているので、「言ってろ」と笑い返しておく。片付けは止めたのかシーツに放り出された手を握って見つめれば、こちらの言わんとしていることが伝わったようで、身を屈めて顔を寄せてきた。
目を閉じると、縛られていない聖の髪が落ちてきて首元をくすぐる。身を捩って、髪を頭をごと抱き込むように掻き上げてそのまま唇を重ねた。激しくなるキスの間に名前を呼ばれて、これはもう一回するんだなと腕を離し、脱力する。こんなに一人の人間を求める神様がどこにいるだろう。
やっぱりこいつは、神様なんかじゃない。
終わる
「ん? 何かご機嫌だね」
「何でもねー。おら、さっさと始めろ」
「え〜? 色気ないなぁ」