吊られた男「神宮寺寂雷をご存知ですね?」
その男は暗闇から浮かび上がるように現れた。
顔を覆い隠す大きなフードに大柄な体躯。その動きは随分ゆったりとしているがゆらりと歩み寄るその動作は寸分違わず統制され、一般人にはない、骨の髄まで張り巡らされた揺るがぬ体幹が見て取れた。
終電を逃し人影のない暗い道の脇、疲れきった会社員 観音坂独歩はただならぬ気配を感じた。
「……すみません、急いでいるので失礼します」
すれ違い通り過ぎようとした独歩の肩がグッと掴まれる。その予想外の痛みに彼は思わず声を上げた。
「いッ」
「もう一度聞きます。神宮寺寂雷を、ご存知ですね?」
一音一音確かめるような発声。フードの中の表情は見えない。ただニタリとつり上がった口元だけが不気味に街灯に浮かび上がるのが分かった。独歩の背を冷や汗が伝う。
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