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    aozorasky31

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    aozorasky31

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    初めて書いた東リべのお話になりますので、色々薄目で読んでいただけたら幸いです。
    最終回軸で、日向とは恋人にならなかった世界線のイザ武。
    色んなことを色々捏造してます。書いてて楽しくなってしまって思った以上に長くなりました。

    Blue-violet 何度も何度も繰り返したタイムリープの果てに掴んだ、誰一人欠けることのない日常。万次郎から黒い衝動は消え、共に過ごした東京卍會が解散するまでの日々は、ひと言で言うならば楽しかった。武道は本来なら孤独にフリーターとして生きる未来しかなかったのに。たくさんの仲間に囲まれている未来なんて、なかったはずなのに。
     この手に多くのものを掴んだけれど、失ったものもあった。とてつもなく大きなもの。大切にして、己の命を賭してでも守りたかった橘日向は、恋人という甘い関係にはならず、仲の良い友人の一人となった。恋心がなかったわけじゃない。でも、万次郎と共に生きることを選ぶならば、きっとそれが最良だった。
     兄真一郎も、妹エマも龍宮寺も場地も、過去に失った人間を誰も損なわなかった世界で、万次郎は以前ほど武道に執着することがなくなった。共にタイムリープした共犯者であることから、決して繋がりを消すことはない。互いに、まだ経験したことのない未来を生きるのに必死だった。
     解散してもなお、定期的に佐野家に集まるかつての仲間たち。皆少しずつ大人になり、それぞれの道を進んでいる。その輪の中に未だ含めてもらえているのが、本当に武道は不思議だった。
     喧嘩も弱く諦めないことと体の丈夫さだけが取り柄の人間が、全国制覇するような不良の集団で総長代理なんて肩書きを持っていた。もちろんそれは万次郎の意向であったし、過去でもこの世界でも、隊長、副隊長クラスの仲間はそのことに誰も異議を唱えたりはしなかった。総長の万次郎が全幅の信頼を置いている。それだけで総長代理という名を背負うのに充分だったからだ。
     けれど、末端の隊員には陰口を叩かれていたのも知っている。なんでお前みたいな奴が、と面と向かって言われたこともある。武道は何も言い返せなかった。自分でも常々そう思っていたから。けれど、万次郎のために、東京卍會のために、果ては皆のために身の丈に合わない荷物を背負い続けた。
     武道へ暴言を吐いた隊員は即刻除名になり、所属していた隊の長は武道と万次郎の前で膝をついて謝罪した。下の者への指導の徹底と、万次郎の重い一撃による肩の脱臼でもって、彼の隊は許された。
     東京卍會が解散してからというもの、武道は仲間たちを一歩引いて見守っていた。元々東京卍會や万次郎、その仲間たちと武道には、接点がなかった。タイムリープという不可思議な現象によって繋がれた縁。誰かが振った袖が、たまたま武道に当たっただけ。そう心の隅で思っている。誰にも言ったことはないけれど。
     佐野家に集った面々には、黒川イザナもいる。彼は万次郎とエマの兄であり、真一郎の弟でもあるからだ。
     かつての世界の抗争で命を落としたイザナの姿は、武道の瞼にはっきりと残されている。今回も横浜天竺との抗争は起こった。けれど壮大な兄弟喧嘩という体で、あっさり幕を閉じた。孤独ゆえの強さを持ち、悲しさや寂しさに苛まれたイザナはもういない。家族に囲まれ、困ったように、でも嬉しそうな雰囲気が遠く見つめる武道の目にも映っていた。
     イザナのことは幼馴染みの鶴蝶から聞いたことと、この目で見たことしか知らない。かつて底のない孤独に落ちたイザナの眼差しは、どこまでも昏くて武道でさえ寒気を覚えるほどだったのに。
     けれど今は違う。人間らしい温度を感じられる瞳になっている。寄り添い続けた鶴蝶と、真一郎がいるからだ。イザナが佐野家を訪れる時、鶴蝶はついてこない。不思議に思い、理由を鶴蝶に尋ねたことがある。武道も鶴蝶に会えるなら普通に嬉しかったから。けれど鶴蝶は柔らかく笑って『俺がいたらイザナの邪魔になるだろう』なんて答えるものだから、武道の顔全体にはてなマークが浮かんでいたのだろう。今度は苦く笑って教えてくれた。
     自分がいたら、イザナは佐野家の面々よりも気安い鶴蝶の傍にいてしまう。せっかく家族と共に居ることができるようになったのに、それでは本末転倒だ。イザナには散々文句を言われたけれど、あの家に自分が足を踏み入れるとはない、ときっぱり言い切った。
     ああ、鶴蝶は誰よりもイザナのことを思っているのだなと納得したし、じんわり潤んだ目を誤魔化すように武道は素早く瞬きを繰り返した。
     彼らを離れたところから見ているだけで、武道は言いようのない幸福と溢れ出しそうな寂しさに埋め尽くされる。自分以外の人間には大切な人がいて、きっと自分は彼らの幸福のためなら命だって賭けられるけれど、武道一人の幸福のために誰が命を賭けてくれるだろうか。
     失わなかった世界で生きる彼らに、生死を掛けるほどの熱情を武道に向けてくれる人間はいるのだろうか。答えのない問いが、頭の中を駆け巡る。
     少し距離の遠くなったかつての仲間とかつての恋人、それ故か武道はひとりぼっちだという気持ちに囚われてしまっていた。部屋の隅でぼんやりしていれば、それを見かねた万次郎や龍宮寺、三ツ谷が声を掛けてくる。誘われればもちろん話の輪に入っていくし、楽しく会話に混ざることはできる。けれど自分の居場所はここではないのではないか、という疑念はいつもまとわりつく。
     また今度、と佐野家を出たあとの疲労は体よりも心のほうが大きい。細く息を吐き出すように、堪えていたものを体の中から追い出していく。彼らのことは好きだし、一緒に過ごす時間は本当に楽しいのだ。でもそれ以上の精神的な負担が武道を襲う。そんなこと考えたくないのに、という気持ちがあるから、余計に自分を追い込んでしまう。
     帰り道は一人なのが気楽で良かった。武道の家は他の皆と帰る方角が違う。バイクで来るほどの距離でもないから、行きも帰りも徒歩である。もう数え切れないくらい往復した、通り慣れた道。この最後のタイムリープで目覚めた時、小学生になっていた自分に驚いて万次郎の家まで走っていった。二人ともタイムリープしたのだと気が付いて、興奮と安堵で武道も万次郎も足を止められなかった。
     あれから随分と月日が経ち、誰もが多少の浮き沈みや成功、挫折を経験しながら大人になった。何度目かの、そして恐らく最後となるだろう二十代を迎えて、武道は空っぽの自分が可笑しくて仕方なかった。
     どんな大人になりたかったかなんて、忘れてしまった。生きているだけで、精一杯。あの日電車のホームから落ちた先にあったこの未来が、武道にとって幸せなのかそうでないのか。きっと今生が終わる時までわからないのだろう。
     僅かに残る茜色に目を細め、紺青に染まりゆく空に紛れるように武道は佐野家から遠ざかっていった。


     気分を変えたい時、武道は地元から出て当て所なく彷徨うことが多かった。渋谷やその近辺だと、ちょっと歩けば見知った顔にばったり出くわす確率が高い。たまにならいいけれど、毎回毎回誰かに捕まるとうんざりしてきてしまう自分も嫌だった。
     バイクよりも電車のほうが、知り合いに会わない。経験によって武道は学んだ。ふらっと思い立ちリバイバルで単館上映されている古い映画を観ようと、普段は使わない東京郊外への電車へ乗った。
     映画にハマったのは初めの人生で地元から逃げた時、アルバイトをする以外はアパートにこもりっきりだった武道が、暇を持て余しすぎてレンタルビデオショップに足を踏み入れたのがきっかけだった。名前は知っているけれど観たことのない作品をいくつか借りて、小さなテレビの中の物語をぼんやりと観始めた。空想とフィクションの世界に武道はすぐにのめり込んだ。現実の弱くてダサい自分を忘れられるから。
     タイムリープした先でもレンタルビデオショップの店員だったり店長だったり、どれだけ映画好きなんだよ自分、と呆れるくらいだった。映画を観ている間は物語に没頭できる。自分を取り巻く全てのことを忘れて、まるで別の世界に存在しているかのように思えて、時間が合えば映画館に向かうのはもう趣味というより生活になくてはならない行為だった。
     武道が生まれる前に流行ったという映画は、終始穏やかで登場人物の優しさと温かさに心の奥底がじんわりと温もったような気がした。観たことのない映画の場合にはやはり当たりハズレがあって、武道にとってハズレの映画を観てしまった帰り道は足取りも相当重い。気分転換のはずが沈んだ気持ちで帰ることもある。今日は当たりで良かった。晴れやかな気持ちで駅への向かっていれば、正面から歩いてくるスーツの男が武道の前で立ち止まった。
    「……花垣か?」
     男に声を掛けられて、武道もその場に立ち止まる。先程まで観ていた映画の内容を脳内でリピートしていた武道は、名前を呼ばれた気がして目を男に合わせた。同じくらいの身長に褐色の肌、白い髪。
    「あ、……イザナくん」
     黒川イザナが驚いたように目を見開いて、武道の正面にいた。マスタード色のスーツにダークワインのネクタイを合わせ、普段は遊ばせたり下ろしっぱなしの髪も、サイドから後ろへ撫でつけるようにセットされている。四つしか年齢が変わらないはずなのに、いつまでも子供っぽさが抜けない武道と違い、落ち着いた大人の雰囲気を漂よわせていた。
     万次郎たちが反社になった世界で見た、いかにも裏社会の人間ですと言わんばかりのスーツでもなく、見るからに質の良い上品な生地。恐らく武道でも知っているようなブランドの物。
     格好からして彼は今仕事中だろうと思った。イザナは高校を卒業して他の面々とは別に大学へ進み、社会福祉を学んでから元天竺の仲間とともにNPO法人を立ち上げ、恵まれない孤児たちを支援するボランティアを始めた。これは全部万次郎から聞いた話で、実際の仕事中のイザナに会うのは初めてだった。
    「カクちゃんは一緒じゃないんスか?」
     イザナといえば鶴蝶、という頭のある武道はつい考えるより先に喋ってしまった。いつも傍にいるわけではない、と鶴蝶から聞いていたにも関わらずだ。
    「あ〜、……ウチの面子、顔に墨入ってたり傷があったりばっかだから、外回りは大抵俺一人なんだワ。孤児院へのボランティア活動を認めてもうらうのにも、そういう印象大事だから」
     イザナのNPO法人に所属している元天竺の面々を脳裏に描き、確かに、と納得はした。けれど活動内容の真摯さにそれを口にするのははばかられた。
    「今確かに、って思ったろ?」
     口角を上げ目尻を緩ませたイザナが、一瞬浮かんだ武道の表情を見逃さずに揶揄う。怒ってはいないようで、武道は顔を強ばらせつつも安堵の息を吐いた。
     今までの関係性を考えれば、自分たちはこんなふうに気軽に道端で挨拶を交わすようなものではなかった。それなのにイザナから声を掛けてきてくれた。驚きもあるけれど、嬉しさのほうが勝った。笑みを浮かべた武道をイザナは何か思案するように顎に手を当て、黙り込んだ。穴が空くかと思うほど、じっと見つめられている。
    「なあ、花垣、ウチでアルバイトしねェ?」
    「へ?」
     話に脈絡が無さすぎて、武道はイザナの言葉の意味を理解できなかった。大きな目をさらにぱちりと開いて呆けていれば、イザナは武道が理解できていないと気が付いたのか、ひとつ息を吐いた。
    「さっきも言ったろ。ウチには強面しかいねェんだ。だからビジネスの場に連れてけるヤツがいない。でもお前みたいな黒髪で大人しそうな外見のヤツが交渉の席にいれば、ちっとは違うだろ」
     今では武道も見た目は大人しいが、金髪にリーゼント、しかもかつて日本中の不良のトップに立った集団のナンバーツーだった男だ。それはイザナだってもちろん知っている。武道自身、自分の外見が黒髪ならただの平凡な若者にしか見えないこともわかってる。だけれど己が反社に属していた時と成人式くらいしか、スーツなんて着た記憶がない。イザナのように落ち着いた大人の雰囲気なんて、きっとひとつも出やしないだろうに。
    「俺で大丈夫なんスか?」
    「威厳は全くねェけど、お前は人の心に入り込むの上手いからな。いけると思う」
     褒められてるのか貶されてるのか。けれどイザナの表情は決して武道を馬鹿にしているでもなく、至って真面目なものだった。
    「花垣の都合の合う時だけでいい。外回りもそんなしょっちゅうあるわけじゃねェしな。多少なりとも日給は出す」
     心がグラッと揺れる。別にお金が欲しいわけじゃなかった。アルバイトの身だから余裕なんてないけれど、『変わらないもの』に対する安心感はあった。周りの運命は変えてしまったけれど、武道だけがずっと『変わらない』。そうやってどこかで運命の釣り合いを取ろうとしていたのかもしれない。
     イザナの最期が瞼の裏に浮かぶ。孤高の王でありながら、寄り添う誰かをずっと欲しがっていた。
    「俺でいいなら……。あとお金はいりません」
    「んなわけにいかねェの。法人としてきちんと契約するから。そういうのちゃんとすんのが大事なんだよ、こういう仕事は」
    「……マジすか」
     武道は了承したことに少しだけ日和りそうになった。脳内の万次郎が『もっと考えてから返事しろよ』と睨んでくる。二人とも考えるより先に体が動いてしまうタイプだからこそ、お互いがストッパーだったのだ。
    「とりあえず連絡先交換すんぞ。スケジュールの確認とかあるから」
     ジャケットの内ポケットから携帯を取り出したイザナにつられるように、武道もショルダーバッグから携帯を出した。
     電話番号とメッセージアプリのアカウントを登録し終えた頃には、武道のメンタルは天から地上スレスレまで落ちていた。鶴蝶とは連絡先を交換していたけれど、イザナとも繋がってしまうなんて予想だにしていなかった。
     まだ仕事があるからと携帯をポケットに戻したイザナはそのまま去ってしまった。『黒川イザナ』と表示された画面を呆然と見下ろす。こんな未来は知らない。これから先自分がどうなってしまうのか、初めての未来に武道はただ戸惑うしかできなかった。


     武道と万次郎が二人でタイムリープし戻ってきたのは鶴蝶が引っ越しをした後で、彼が両親を失った自動車事故を止めることはできなかった。強く優しい幼馴染みの行方を、武道はずっと長いこと気に掛けていた。
     そうして横浜天竺のアジトに乗り込んだ時、以前と同様に傷を負った鶴蝶を見て、武道は泣き崩れた。事故を防げなかった後悔と、イザナと鶴蝶が出会えたことへの安堵。赤い特攻服を着ているのがその証拠。武道はボロボロと大粒の涙を零し、敵対してるはずなのにも関わらず焦って駆け寄ってきた鶴蝶の腰にしがみついた。声を上げて泣いた。一触即発だったその場の雰囲気は急に静かになり、誰も動けなかった。
     そんな邂逅を経たものの、結局東京卍會と横浜天竺は抗争へ発展し、東卍が勝利して横浜天竺は傘下に入った。そこからイザナと佐野家の交流が始まったのだ。
     イザナのNPO法人『TENJIKU』で雇われたことを、万次郎にその日のうちに話した。かつて万次郎が抱いていた武道への執着は薄れたが、庇護欲は治まる気配がない。それは東卍以外の人間と関わりを持とうとすると顕著になる。黙っていれば黙っていただけ後々おおごとになる。武道は経験から学んだ。
     イザナとのやりとりを電話越しに伝えれば、万次郎にはやっぱり『もっと考えてから返事しろよ』と唸るように言われたし、『今回はイザナを信用して任せるけど、なんかあったら絶対言えよタケミっち』と約束させられた。
     イザナが佐野家とは血の繋がりがないことを知っていても、当たり前のように万次郎も佐野家の人間も兄弟だと受け入れた。恐る恐る兄弟をしている彼らを見ると、胸が熱くなる思いだった。万次郎もなんだかんだイザナを兄として気安く接していた。生来の甘え上手なところは、イザナに対しても発揮されているようだった。
     アルバイトはシフト制で不定休なので、イザナは武道に月のスケジュールを提出させた。武道の働く店にイザナがわざわざ訪ねてきたのだ。『持ってんだろ、出せよ』とカツアゲする不良のような言い草に、武道はほんの少しだけビビった。
     不良を辞めたとはいえ、彼は元総長。それに武道は不良の奴隷をやらされたことがある。過去の傷が痛む瞬間。イザナは武道の顔を見てなにか察したのか、悪かったな、と謝罪の言葉を口にした。気まずそうなに目を泳がせるイザナ、という貴重なシーンを目撃してしまった武道は、慌てて手を振って大丈夫です、と叫んだ。少し離れた場所で返却処理をしていた店長にじろりと睨まれ頭を下げれば、イザナに『声デケェよ』と笑われた。
     休みを全部埋められてしまうのかと思えば全くそんなこともなく、月に二、三回程度、しかも用事があるならそっちを優先して構わない、といくつかの日程を示され、武道は二つ返事で了承した。
     イザナは身寄りのない子供の居場所を作ろうと活動しているのだと鶴蝶から聞いていたし、自分で役に立てることがあるならいくらでも手を貸すつもりだった。
     武道がお供する最初の日程の数日前、鶴蝶が店に大きな紙袋を持ってやってきた。ちょうど休憩に入る時間で、そう告げれば隣の喫茶店へ誘われ、エプロンを外してから鶴蝶の後をついて行く。
    「これ、イザナから」
     飲み物を注文し、落ち着いたところで鶴蝶が持っていた紙袋を武道に差し出した。
    「ん、なにこれ?」
     袋の中身を覗いてもいくつか黒いナイロンしか見えず、その割りに重さは結構ある。武道が首を捻れば鶴蝶は袋に向かって指を差した。
    「その黒いのがスーツ。スーツに合わせたシャツとネクタイ、それからベルトも何種類か入ってる」
    「えっ」
    「お前きっと成人式に着たのくらいしかスーツ持ってないだろうし、これから施設に同伴してもらうのに必要だって、イザナから」
     袋を持ったまま固まった武道に、鶴蝶が何故かドヤ顔を浮かべている。
    「イザナはお前より断然センス良いから安心しろ」
    「いやいや、もらえないって」
    「ビジネスに必要なんだよ。先行投資みたいなもんだ。それともイザナに渡すよう頼まれたものを俺に持って帰らせるつもりか?」
     受け取るのも怖かったけれど、持ち帰らせるのも怖い。そんな贈り物あるだろうかと、武道は頭を抱えた。結局持ち帰った武道は、アパートで広げてみたスーツの質感の良さにタグを見て文字通りひっくり返った。
     いよいよ本格的なビジネスの場なんだと覚悟した武道は、鶴蝶に頼んでイザナの運営するNPO法人の概要を教えてもらった。何も知らずにただ横に居るだけじゃ、置き物と変わらない。イザナの志を理解してもらうために、少しでもサポートできたらという気持ちからだった。
     初回の同伴は武道がガチガチに緊張してしまって、イザナの隣にいる置き物でしかなかった。地面に埋まりそうなほど落ち込む武道に、イザナは『ちょっと付き合え』と武道を車に乗せた。普段は誰かしらが送迎をしてくれてるらしく、武道が映画の帰りに会った時は近くに駐車場がなくて、イザナだけ下ろして遠くで待機してただけだったらしい。
     この日の運転手は武藤で、車内は静まり返っていた。どこへ連れていかれるのだろうと、そわそわして窓の外を見たりイザナをちらと見たりしていた。もう着くから落ち着けと窘められた。気もそぞろだったせいでどのくらい車に乗っていたのかわからないけれど、景色は随分変わっていた。
     降りた先はいくつかの建物が連なる場所。武藤は車を停めてくると告げて去り、門のほうへ歩いていくイザナを武道は追いかけた。
     建物の傍には花壇を手入れしてるのだろう、年配の男性が座り込んでいる。こちらの気配には少しも気が付かずに黙々と土をいじっていた。
    「ここ、俺と鶴蝶がいた施設。俺らの下で何人か天竺に入ったやつもいて、問題児ばっかで随分迷惑掛けちまった。だから、退所してからできる限り支援してる。今でもたくさんの子供たちがここで生活してるんだ」
     イザナは中に入るでもなく、目を細めかつての『家』を真っ直ぐに見つめていた。そこに郷愁や憐憫はなく、優しさだけが含まれている。
    「俺みたいに親に捨てられたり、鶴蝶のように両親を亡くした子や、虐待や育児放棄で親と引き離された子もいる。初めは皆警戒心丸出しでさ。当たり前なんだよな、誰だって一人だと思うのは怖いから」
     今のイザナの視線の先には、恐らくかつてのイザナと鶴蝶がいるのだろうと思った。武道もそれを目で追う。
     ここではない世界で、二人の絆をまざまざと見せつけられた。それは鮮烈で哀しい記憶。彼らが生きていることが、どれだけ武道を救っているかなんて、きっと武道と万次郎しか知らない。
    「お前、あんなに大勢の人間に囲まれてんのに、施設にいる子供たちの誰よりも『ひとりだ』って顔してる」
     投げ掛けられた言葉に、武道は反射的にイザナの顔を振り返る。心臓が痛いくらいに鼓動を打ち、どうやって呼吸していたのかわからなくなりそうだった。
    「お前や万次郎に何があったかは知らねェ。でも明らかにお前らだけ『異質』な感じはしてた。気味悪いくらい仲間の動向に神経質になってたろ」
     今回のタイムリープがきっと最後。そう思ったら失敗はできないという強迫観念で、二人とも異様なほど周りに目を配った。誰かが怪我をしただけで、大袈裟なくらい動揺したものだった。年齢が上がるにつれて少しは余裕が出たものの、全国制覇して解散するまでの数年間、別の意味で寿命をすり減らしていたと思う。
    「ここにいる子供たちも、長い時間を経てようやく『ひとりじゃない』って思えるようになる。親がいようがいまいが、兄弟や友達がいようがいまいが関係ない。お前だって、いつかそうなるさ」
    「イザナくん……」
     何度もタイムリープしたせいで、実年齢以上に歳を重ねていた気がしていたけれど、武道よりずっとイザナは大人だと思った。
    「それにあの万次郎と対等にダチやってられんの、お前と龍宮寺くらいだし、根性と忍耐力はあると思うぜ」
    「まあむしろ、それしかないというか……」
    「こういうのも慣れだ。それにお前今はビデオショップのアルバイトだけど、いつかスーツ着るような仕事、すっかもしんねェだろ。練習だと思え」
     そんな日はきっとこないだろうと思ったけれど、武道は頷いた。真摯に武道に向き合ってくれているイザナに、否定的な言葉を返したくなかった。
     平日の真っ昼間だからか、ここに住んでいるという子供たちの姿はない。高校までは行かせてもらえるのだと、だからこの時間は皆学校行ってるのだとイザナが教えてくれた。
    「花垣、子供ウケも良さそうだし、また今度アイツらがいる時間に来てみるか? ここじゃなくてもいいし。まァ嫌なら無理にとは言わねェけど」
     施設のこと、イザナのしている活動。それらをもっと教えようとしてくれているのだろうか。休みが減るのは正直気が進まない。武道は本来ぐうたらするのが大好きな人間なのだ。でも色々考えるより先に『お願いします』と答えていた。脳内で怒る万次郎は無視した。頭を下げれば、『よろしく』とガシガシ髪の毛を掻き回された。そういやこの人年上だったと、同じ目線の薄い藤色が嬉しそうにたわむのが見え、武道は眩しさに少しだけ瞼を伏せた。
     

     イザナに誘われて、児童養護施設の子供たちに会いに行くことになった。彼と鶴蝶がいたところとは別の、都内にいくつかある施設のうちのひとつ。『TENJIKU』の活動が許されている場所。
     今回運転手は斑目で、助手席には望月もいて、武道は生きた心地がしなかった。この世界で接するのは確か初めてなのだ。顔付きから雰囲気から堅気じゃない気配しかしない。
     強ばったまま後部座席で固まる武道を、イザナは可笑しそうに見ているだけだった。時おり望月や斑目と会話をし、武道に話を振る。矛先がこちらにくると思っていなかった武道は、うわずった声で返事をしてからそれでもちゃんと振られたことに答えた。乗っているだけで疲れる時間だった。
     車からは全員降り、訪問先へ並んで歩く様子は後ろから見ても迫力満点で、武道がなんとなく一歩下がっていたらイザナに見つかり『早く来いよ』と促される。
     敷地内へ入り職員に挨拶をすれば、あちこちから子供たちが顔を出してきた。そうして口々に『遊ぼ!』と手を引かれる。今日は普段着でいい、とイザナが言った理由がここにきてようやくわかった。斑目、望月は子供に連れられて、どこかへ去っていく。武道の傍にも小学生にもなっていないような小さな子がいて、ハーフパンツの裾を引っ張っていた。
    「お前も遊んでこい」
     イザナは職員との打合せがあるとのことで、武道は裾を掴んでいた子供の前にしゃがみ『何しようか』と尋ねた。小さな声で『折り紙』と答えた子供に案内してもらい、武道は食堂らしき部屋へと連れていかれた。
     器用なタイプではないけれど、武道は鶴だけは折れるので小さな子と一緒にたくさんの鶴を折った。途中で他の子たちも混じり、武道が作れないような動物やら昆虫やら、器用に折っていく。気が付けばテーブルの上はたくさんの折り紙でいっぱいになっていた。
     子供たち同士の会話を聞いていれば、望月はここでも『モッチー』と呼ばれ、斑目は『しおんくん』、イザナは『イザナくん』、そして武道自身はどう呼ばれるのだろうかと思っていたら、やっぱり『タケミっち』となった。
    「花垣」
     開けっ放しの食堂の扉から、イザナが顔を出す。一緒に座っていた子たちが一斉にイザナの元へ駆けていく。イザナの周りを囲む子供らの瞳が嬉しそうにきらきらと輝いていて、彼が好かれているのは一目瞭然だった。
    「イザナくん。どうしたんスか?」
    「そろそろ時間」
     子供たちと折り紙に夢中になっていて、時計を全く見ていなかった。訪問時間は決められていて勝手に延長するわけにはいかないのだと、車の中で説明されていた。慌てて立ち上がると、周りの子供たちに深々と頭を下げた。
    「一緒に遊んでくれてありがとう。めちゃくちゃ楽しかったっス」
     全員の顔を見渡しながらお礼を告げたら、イザナにくっついていた子たちが口々に『タケミっちもありがとー!』『鶴以外も折れるようになりなよ』と笑顔で返してくれた。
     後ろ髪を引かれる思いでイザナと共に玄関から出る。外では髪型が崩れあちこち土汚れがついていたけれど、身なりを整えた望月、斑目が待っていた。いい汗かいた、みたいなすっきりした顔をしている二人に思わず武道が笑みを浮かべたら、斑目から睨まれてしまった。望月には『今度はお前も外遊びな』と肩を叩かれる。イザナはアハハと豪快に笑って、『帰んぞ』と武道の腕を引いた。
     それからも日程が合えば、イザナは武道に都合を聞いて施設へ連れて行った。一人っ子だった武道にとって、同年代と遊ぶことはあっても年下の子供と触れ合う機会はほとんどなかった。自分が頼られる存在だという意識もなかったし、そんな立場になったこともない。ブラックドラゴンの十一代目を継いだりだとか、二代目東京卍會の総長をやっていたのだって、自分がやらなきゃいけないと思ったからだ。
     イザナもそうだけれど、鶴蝶も子供たちに人気だった。見た目の怖さとは反対に、鶴蝶は真面目で優しく気遣いもできる。武道はどこへ行っても気安く絡まれるけれど、鶴蝶には皆懐いているのが空気でわかる。自慢の幼馴染みだ。
     ただ、彼に比べて酷く不器用で頼りない自分のような人間が、施設の子供たちに会いに行っていいものか、疑問を抱くのに時間は掛からなかった。けれど悩んでも正解なんてわからない。武道は正直にイザナに疑問を投げた。
     予想もしない質問だったのか、イザナは目を丸くして固まった。武道がそんなことを悩んでいたなんて、思いもしなかったに違いない。
     ハァ、とあからさまな溜め息を吐いてから、武道に向き合った。
    「お前みたいに大人子供関係なく、正直に褒めたり怒ったり楽しんだりするヤツ、あんまいねェんだ。うわべだけの愛想や嘘、アイツらは簡単に見抜く。お前にはそれがないから、安心して連れて行ける」
     イザナは面倒くさがらずに質問に答えてくれた。ちゃんと理由があって連れて行ってもらえているのだとわかっただけでも、武道の心は和らいだ。
    「鶴蝶は元々コッチの出身だから、色々わかってんだよ。優しいヤツだから、懐かれるのは当たり前。花垣は弱っちいのに不良なんかやってた変なヤツだけど、一緒にいて嫌じゃない。そんなん小細工してできるもんじゃないから、それだけでもお前はスゴいよ」
     また髪の毛をガシガシと掻き回された。ただでさえ癖っ毛で跳ねている己の髪は、爆発寸前だろうと思った。これはきっとイザナなりの慰めとコミュニケーションの仕草で、彼の目は穏やかだったし口角も少し上がっていた。距離が近くなったようで、怖さもあったけれど喜びのほうが大きかった。
     どのタイムリープ先でも、イザナとは大した関係性を築けていなかった。それが今では共に仕事をする間柄。交渉の場で論を雄弁に語れるわけでも、子供と器用に遊べるわけでもないけれど、イザナの活動を応援する気持ちは徐々に大きくなっている。大きな藤色の瞳が弧を描くのが嬉しかった。あの視線の先にいるのが自分なのが、誇らしかった。
     人と人とを繋ぐ縁があるのなら、イザナと自分の縁もどうか切れないでほしいと、武道は信じてもいない神様に身勝手に祈っていた。


     アルバイトの休みのほとんどをボランティアへ費やす武道に、万次郎が『全然タケミっちに会えなくて寂しい』と拗ねて鬼電してきたのは、武道が入眠し始めた夜中だった。揺蕩う意識の中に、スマホの振動がブーブーと鳴り響く。夢なのか現実なのか曖昧なまま通話に切り替えれば、万次郎の声が遠くに聞こえてくる。寝惚けたまま相槌を打っていた武道は、スピーカーにしていないのにも関わらず大音量で『タケミっち!』と呼ばれて心臓が口から飛び出しかけた。
    「もう! 全然聞いてなかったでしょ?」
    「ごめんごめん、マイキーくん。寝惚けてた」
     寝入りばなを起こされたことは、とりあえず横に置いておく。下手に言い返すと後が大変だからだ。
    「イザナのバイト、忙しいのもわかるけどたまには俺とも遊べよな」
    「わかりました! 次は休み空けときますね」
     誘われるのは素直に嬉しい。万次郎は喜怒哀楽がはっきりしていて、誤魔化したりしない。武道に対しても真っ直ぐな言葉で伝えてくる。だから武道も万次郎に対してはいつでも誠実に応えたいと思っていた。シフトがわかる月末に連絡することを約束して、通話を終えた。
     誰かに必要とされる。まだ自分はここに居ていいのだと、実感できる。誰かの幸せな姿を見るのが好きだ。自分がその幸せを作れるのなら、なおさら。それが自分の生きる意味。ホッと肩の力を抜いて、武道は目を閉じ今度こそ夢の世界へと落ちていった。
     それから数日後。本来ならアルバイトの日だったけれど、店の電気系統が故障して営業できないから今日はお休みで、と店長から朝イチでそっけない電話がかかってきた。突然の休み。そうだ、万次郎に会いに行くか。夜中に叩き起され、休みを空けとけと言われたばかり。家にいるかどうかわからないけれど、せっかく一日空いたのだからダメ元で訪ねようと思いついた。いなかったら帰ってくれはいい。
     パッとTシャツとハーフパンツといういつものスタイルに着替え、ポケットに財布とスマホを入れて玄関を出た。天気も良く、歩くのにちょうどいい陽気だった。一日シフトが抜けるのは懐的には痛いけれど、今はイザナのところでのアルバイト収入もある。そちらは手をつけずに残してある。臨時の出費に備えての貯金は、何度もタイムリープしてやっと武道が学んだことのひとつだった。
     道場もあるから、佐野家の敷地は広い。生け垣に沿って歩いていれば、覚えのある声がふと聞こえてきた。
    「お前タケミっち独占しすぎ。ちゃんと休ませてんの? こき使ったりしてねェだろうな?」
    「あいつが自発的に来てるのもあるからだろ。全部の休みにアルバイトさせてるわけじゃねェよ」
     自分のことを話しているのだと、足を止めた。このまま聞いていたら盗み聞きみたいになるんじゃないかと、戻るか急いで声を掛けるか迷った。彼らの口調は喧嘩とまではいかないまでも、険悪そうに聞こえた。
    「なんでタケミっちなんだよ。元天竺にだって他にもたくさん人いるだろうが」
    「アイツらじゃ、どっからどう見ても族上がりだろうが。人当たりよくねェだろ」
    「お前がそんなこと気にするなんて意外だなァ?」
    「印象も大事なんだよ。知らねェヤツだと面倒くさいし。で、気が付いた。そういえばいるじゃん、フツーを絵に描いたみたいなヤツが、万次郎のダチで。たまたまそれが花垣だっただけ。別に他意なんてない」
    「ならタケミっちじゃなくてもいいじゃん」
     そう、自分じゃなくても良かった。特別でも選ばれたわけでもなんでもない。武道はイザナにとっては弟のダチで、仕事では部下でしかない。彼の何者にもなれない、平凡な男。耳から入ってきた言葉は、通り抜けずに頭の真ん中で繰り返されている。
    『いるじゃん、フツーを絵に描いたみたいなヤツが、万次郎のダチで。たまたまそれが花垣だっただけ』
     胸が詰まるみたいに苦しくて、息がしづらい。吸おうとしているのに、上手く呼吸できない。自分は誰の何者にもなれないのだと、思い知らされる。目頭は熱くなるのに、いつもなら蛇口をひねるみたいに出る涙は一滴も滲んでこない。
     居場所ができたと思った。花垣武道という一人の人間をイザナにも認めてもらえたと。でもそうじゃなかった。条件に合う顔見知りの人間が武道だっただけ。
    「そうだよな……、俺だもんなァ」
     弱虫で逃げてばかりで、タイムリープなんて大層な能力を授からなければ、あの日電車に轢かれて死ぬ運命だった。失敗して失敗して、やっと掴んだ日々も、万次郎が隣に居なければ決して成し遂げられなかっただろうことは、武道自身もわかってる。それでも自分がやろうとしていることを、武道は曲げられなかった。誰も死なせたくなかった。
     藤の花のように柔らかく、けれど強い眼差し。イザナの瞳に映るのは、情けない顔をした頼りない自分。こんな人間に、価値なんてどこにもない。武道を知る者がそれを聞いたら怒るかもしれないけれど、今この時、武道はひとりだった。
     そのまま踵を返して、来た道を戻っていく。痛む胸とままならない呼吸に歩くのさえ酷く億劫だ。
     来なければ良かった。アパートでいつものようにぐうたらしていたら、イザナの本音なんて知らなくて済んだのに。知らなければ自分は図太くい居座れた。何も知らずイザナの好意に甘えて頼っていられたのに。もう知ってしまった。
     どれだけ面の皮が厚かろうと、これからも彼の傍にいようなんて思えなかった。馬鹿みたいに浮かれていた自分が恥ずかしくて、いたたまれない。帰ったら薄っぺらな布団にくるまって気の済むまで寝よう。そうして起きたらイザナに辞めることを連絡しよう。ちょっと夢を見すぎてしまっただけだ。幸福な夢から目が覚めて、平凡な日常に戻るだけ。理(ことわり)を曲げ続けた自分にぴったりな現実に。
     その手はもう運命も幸せも、未来でさえも掴めやしない。運命を変える力は、とっくの昔になくなってしまったのだから。


     武道の辞意はイザナにあっさりと受け入れられて、それもまた武道の心臓をグサリと刺した。想像はしていても、現実になればダメージは倍以上だった。
     少しでも惜しんでくれていたなら、いくらかでも武道の心は晴れたかもしれない。けれどそんなそぶりもなく、『じゃあこの間ので最後だな。今月の分は来月には振り込まれるから確認しろ』でイザナとの話は終わった。用件は済んだとばかりに切れた通話画面から、武道はしばらく目を離せなかった。過去はもうやり直せないのだから、起こってしまったことは最後には受け入れるしかない。
     心が空っぽになっても、朝はやってくる。
     来月のシフトをもらったから、万次郎に連絡した。事務作業のように淡々と話す武道に、万次郎が途中で黙ってしまったことにも気が付かない。
    「タケミっち、……大丈夫? なんかあった?」
    「なにもないですよ、大丈夫です」
     イザナのところのアルバイトは辞めたから、来月から休みはいつでも会えますよ、と告げる武道に『いっぱい遊ぼうな』とやけに明るい声で万次郎の答えが返ってきた。通話が終わると、武道はスマホを裏返して遠くに置き、布団に包まる。外の世界から己を守るかのように全てを遮断し、目を閉じる。眠ってしまえば、大丈夫。悲しいことも寂しいことも考えない。たった数ヶ月のイザナとの記憶は、心の奥底にしまい込んで鍵をかけた。
     ビデオショップのアルバイトを無心でこなし、万次郎に会いに行き、休みの日は寝て過ごしそしてまたアルバイト。楽しいとか嬉しいとか、感情を動かすことから心を遠ざけている。なにも感じなければ、穏やかでいられるから。
     あんまり食欲も湧かなくて寝てばかりいるものだから、武道は勤務中に立ちくらみを起こした。さすがにそれはマズいと思って、栄養価の高いものを無理やり喉の奥に詰め込む。美味しいとも不味いとも思えなかったけれど、腹は満たされた。
     万次郎と会う日は空元気を振り絞る。絶対に笑顔は引きつっていただろうに、万次郎は指摘することもなく、傍にいてあれやこれやと世話を焼き、そして武道に甘えた。言葉に出さなくても通じるものがある万次郎だから、その距離感が心地良かった。
     たまに龍宮寺がやって来て、武道にも構ってくれる。万次郎を揶揄い、暴走しそうな時は窘める。気心の知れた二人の姿を見ていて、ふと、気付いてしまった。自分はここに居なくてもいいんじゃないかって。
     万次郎には龍宮寺がいて、場地には千冬と一虎がいる。三ツ谷には八戒と柴家の面々がいて、林には林田がいるし、九井には乾、灰谷は兄弟だし、なによりイザナには鶴蝶がいた。他の皆だって、誰かしら絆で結ばれた人間がいる。過去、最愛の人だった橘の隣には、今は稀咲がいる。なら武道が仲間の傍に残る理由なんて、もうひとつもない。天啓だと思った。
    『そうだ、旅に出よう』
     幼い頃に流行ったコマーシャルのような謳い文句が頭をよぎった。突発的に電車に乗ろうと考えて、止めた。
     何度もビデオショップの店員を繰り返した武道は、アルバイトに飛ばれてしまうことの大変さを身をもって知っている。突然いなくなるわけにはいかない。きちんと順序を経て、この街から去ろうと決めた。
     目標ができたことで、武道の瞳に僅かに光が灯る。そうとは知らず、武道の表情が変わったのを目にした龍宮寺と万次郎は、安堵の息を漏らした。
     イザナのNPO法人で働いた報酬は、明細に『顧問委託料』と書いてあり、初めて見た時には自分の仕事内容との違和感に首を捻り、それから内容に見合わぬ額に驚いてイザナに即電話を掛けた。
     アルバイトの給料明細さえろくに見ない武道は、『TENJIKU』の明細ももらってしばらくバッグに入れたままだった。次の明細をもらう前にさすがに出そうとバッグから取り出し、放置するか迷ってたまたま開いた。開いて正解だった。思っていた以上に金額が多かった。明細を受け取ってほぼひと月経っていたけれど、いまさらなんて考えずに電話した。
    『それくらいが相場。文句言うならもっと増やすぞ』なんて恐ろしいことを言われ、武道は『わかりました大丈夫です、ありがとうございます』と早口で会話を終えたのだった。
     今ならその理由も検討がつく。万次郎の友人だから色を付けてくれたのだろうと。下手に安い金額だと万次郎が文句を言うと思ったのかもしれない。彼は武道が不当な扱いをされたと知れば、どこにでも殴り込んでいってしまう。万次郎を止める立場になれば無傷では済まない。龍宮寺の苦労は武道も経験した。
     この資金がどれくらい持つかわからないけれど、住む場所を見つけたら働けばいい。武道は変なところで思い切りがよく神経が図太いから、なんとかなると思っている。諦めなければなんとかなると。
     アルバイト先には退職願を提出し、引き継ぎに一ヶ月もらった。アパートはちょうどあと数ヶ月で更新時期になる予定だったから、一ヶ月後に退去しますと管理会社に伝えた。
     武道のアパートはその汚さが皆に知れ渡っているので、遊びに来る人間はほぼいない。これ幸いと不用品を、いつか捨てようと山になっていたものたちを、全部ゴミ袋にまとめた。一気に出したら怒られるかもしれないから、一ヶ月のうちに少しずつゴミに出す予定だ。
     物がなくなった部屋は、入居当初のようにすっきりしていた。なんにもなくなってしまったけれど、どうせこの部屋では寝ているだけだから、布団さえあれば他はなにもいらない。思い出も全部まとめて捨てた。身ひとつで旅立つなんて格好いいじゃないかと、武道は本気で思った。
     誰にも伝えず誰にも知られず、日々は静かに過ぎていく。アルバイト最終日、武道は店長に深々と頭を下げた。どの世界でも仕事の出来が悪い武道を、嫌々ながら雇ってくれていた。驚いた顔をして戸惑う店長に『お世話になりました』と再度告げて、『お疲れ様』の言葉を背に店をあとにした。
     アパート退去当日、武道の荷物はリュックサックひとつ。布団を処分する必要があるから可燃ごみの日を選んだ。家電は管理会社に処分をお願いしてある。迷った末にバイクは龍宮寺の店に点検のためと称して預けた。引き取りに来る予定がないことが心苦しくて、前払いにしてもらった。万次郎には怒られるかもしれないが、大きなものは持っていけない。
     アパートの鍵を返せば、武道はなにものにも囚われない自由の身。気分は晴れ晴れとしていた。もう誰も救わなくていい。何かを託されることもない。澄み渡る青空が旅立ちを祝福してくれているようだと、遠く果てを見上げた。なるべく前を向いて、上向き加減で歩く。そんなことをしたって、滲む涙は溢れてしまうというのに。


     行き先を決めたのはコイントスだった。当てなんてないから、十円玉の表が出たら関東から北へ、裏が出たら西へ向かう。武道が投げた十円玉はくるくると回転しながら、手の甲に落ちた。表が出た。北へ向かう電車に乗り、ひたすら北上していく。夜になれば大きな駅の近くで漫喫を探し、寝床を確保した。
     東北のどこかの県に落ち着こうかと思ったけれど、どうせなら最果てまでいくかと、青森から函館行きのフェリーに乗ることにした。東北を進んでいくのに要したのは数日。あっという間に青森県の津軽海峡まで辿り着いた。
     童顔の武道は二十歳を過ぎても学生に間違われる。都内にいても警察にはよく声を掛けられた。高校卒業と同時に取得した運転免許証は必需品だ。津軽海峡でフェリーに乗ろうとした時も、一人でうろつく武道に職員が声を掛けてきた。免許証を見せれば驚いた顔をして、それからホッとした表情を見せる。武道にとってお約束の展開だ。
     免許証をしまい、フェリーに乗る。過去タイムリープでいろんなことをしたけれど、本州から日本海を越えたのは初めてかもしれない。空と海の境目をぼんやりと武道は眺めた。降りたらなにをしようか、どこへ行こうか。あまり人がいないところがいいけれど、そうするとアルバイトする場所に困るかもしれない。とりあえず漫喫だな、と目星をつけて本州を見送った。
     ほどなくして陸に着き、乗客が降りていく。急いでいないから、とのんびりしていたらほとんど最後だった。まだ体が揺れているような感覚に足元をおぼつかない。アスファルトを踏みしめるように下を向いて歩いていたら、進む先に人が立っていて避けなきゃ、と視線を上げた。
    「は……?」
     褐色の肌。白銀の髪。目線が同じ藤色の瞳。
    「イザナ……くん?」
     不機嫌な顔を隠しもしない、威圧感たっぷりの黒川イザナが目の前にいた。
    「え、なんで?」
     たった今自分は函館行きのフェリーから降りたはず。潮の香りはするし、背後には海も見える。きょろきょろとあたりを見回しても、覚えのある風景ではない。
    「お前こそなんでこんなとこにいる」
    「俺? ああ、どこ行くか迷って北って出たから、せっかくなら最北目指して、ここに住んで働こうと思って」
     別に隠すことでもない。成人しているし、どこに行こうが何をしようが、全部自分の責任でしていること。武道の答えはイザナのお気に召さなかったのか、盛大な舌打ちが返ってきた。
    「万次郎なんてお前の行方が知れなくて半狂乱だぞ」
     でも万次郎には龍宮寺がいるじゃないですか。口に出かけたけれど、卑屈になっているように聞こえるかもしれないと飲み込んだ。本心からではあるけれど、今のイザナに言えば青筋が一、二本増えそうだった。
    「アルバイトも辞めて、アパートも解約していなくなるなんて、用意周到なこった。なんでそんなことした?」
    「なんで?」
    「お前がいなくなって、周りがどう思うとか考えなかったンか?」
    「ああ、そういうこと。それはまァ時間が経てば忘れてくれるかなって。実際、俺が街を出ようと準備してる間、俺を訪ねてきた人いませんでしたし」
     万次郎には誘われたから会いに行っていた。佐野家でも仲間たちと顔を合わせた。でも向こうから自発的に武道に会いに来る人間は、最後の日までいなかった。肩を竦めれば、イザナは何か言おうとして口を開き、そして閉じた。言葉に詰まるイザナなんて珍しい。
    「お前が退去して二日後くらいか。俺がアパートを訪ねてお前がいねェの発覚したんだよ。バイト先に行けば『辞めましたよ』って言われて、そこで初めて行方をくらましたんだって気付いた」
    「くらますってそんな大袈裟な。ちゃんと全部片付けてきただけっスよ」
    「お前が……! 花垣がいないってわかってから、大騒ぎだったんだよこっちは!」
     声を荒らげるイザナを見るのは、一体何年ぶりだろう。怖くはないけれど、どこか遠い世界の出来事のように現実感がなかった。イザナが自分のことで怒るなんてありえない、と思うからだろうか。
    「でも無事発見したじゃないスか。イザナくんだって、俺が向かってるってわかっててここで待ってたんですよね?」
    「橘の弟に探してもらうよう頼んだ。皆が皆仕事投げ出して探しにいこうとするもんだから、埒が明かねェってな」
    「……なんか迷惑掛けちゃったみたいっスね。俺は無事ですし、こっちで働きますって伝えて下さい」
     戻る気はないことも、無事なことも伝えてもらえば済む話だと思った。出会いがあれば別れがある。生きていたって道を違えれば一生会わないことだってよくある話だ。それが武道と彼らにとって今だということ。自分は過去を懐かしむ時にもしかしたら話題にのぼるかもしれない、くらいの存在でいい。
    「帰らねェのか?」
    「そのつもりです!」
     イザナの問いに元気よく答えた。武道にとっては当たり前の返事だったのだけれど、イザナは面食らったようだった。眉根が寄り、伝える言葉を選んでいるように見えた。
    「俺が帰ってこいって言ってもか?」
     口から出てきたのは思ってもみない台詞。どういう意図で言っているのか、理解できない。
    「イザナくんが? 俺が帰っても意味あります?」
     彼のところのアルバイトも辞めたのだ。武道が東京に戻る理由はないというのに。
    「お前が、……いることに意味がある」
    「イザナくんにはカクちゃんがいるじゃないですか」
     半身のような存在が、もうイザナにはいる。武道が入る隙はないし、望まれてもいない。彼の唯一であると言ってもいい鶴蝶は、武道の大切な幼馴染みだ。
    「鶴蝶はそういうんじゃねェ。アイツは家族で弟でダチみてェなもんだ。お前とは違う」
    「弟のダチで元部下ってだけですもんね」
    「そうじゃねェ!」
     イザナが武道の手首を掴む。ハッと表情を変え掴んだ腕を見下ろし、イザナの勢いは削がれた。
    「お前、痩せたな」
    「そうですかね……?」
     言われるほど痩せたとは自分では思っていなかった。体力維持と貧血防止に、最低限の食事はしていた。絶好調とは言えなくても調子は悪くない。
    「花垣さえ良ければ、だけど、ウチでまた働かねェか」
    「いや俺こっちで働くつもりなんで」
     イザナの誘いは武道には響かなかった。武道じゃなくてもいい仕事なのだから、別の人間を誘うべきだと思っている。万次郎あたりに頼まれたのかもしれない。武道をどうにかして連れて帰ってこいって。
    「そんなに心配なら定期的に生存報告しますって」
    「なんでそんなに帰るのを嫌がる? ここで働くのも東京で働くのも変わんねェだろ」
    「じゃあこっちでもいいじゃないですか」
     頷かない武道にイザナがいらだつのもわかるけれど、武道にしてみたらどうして自分にこだわるのか理解不能なのだ。せっかく離れたのに、また居場所を探すなんて嫌だった。イザナの義理につきあうメリットだってない。お金がほしいならここで働けばいいだけだ。
    「……、花垣から辞めるって連絡があった時、『コイツも俺らを捨てるんだな』ってがっかりした。楽しそうにしてたのもフリだったのかって。でも鶴蝶も望月や武藤、斑目も、万次郎でさえ『タケミチは張り切ってたし、子供たちに本気で向き合ってた』って言うんだ。中途半端に放り投げて辞めるヤツじゃないってな。なのに辞めるだなんて、俺が何かしたんだろうって。……そうなのか?」
    「イザナくんのせいじゃないです」
     誰のせいでもない。あえて言うなら居場所を作れなかった自分のせい。緩やかに笑えば、イザナは痛みを堪えるような顔をした。
    「じゃあ戻ってこい。前に俺、お前が隣にいても嫌じゃないって言ったろ。アレ、間違ってた。お前が隣にいないと、俺の中の置いていかれた子供が泣くんだ。花垣がいないと寂しいって」
     手首を握るイザナの手が震えている。彼には人の機嫌を取ろうだとか、お世辞を言おうなんて考えは一ミリもないことを知っている。つまり、今彼が告げたのはイザナの本心からの言葉だということ。武道は体中の熱が顔に集まったみたいに真っ赤になった。
    「へ?」
    「一緒に帰ろう」
     手首からするりと落ちたイザナの手に、武道の手が握られる。一瞬武道はびくり、と体を揺らしたが、なにも起きなかった。
    「……俺が怖いか?」
     イザナのこんな小さな声、聞いたことがない。武道は勢いよく首を横に振った。
    「違う!! これは……、癖みたいなもので」
     タイムリープの後遺症とでもいうのか、武道は握手が苦手だった。もうその能力は失われたというのに、勝手に体が怯えてしまう。それを説明するのは難しいから、癖だと言うほかなかった。
    「イザナくんが怖いなんてこと、思ったことない。そりゃ迫力はあるけど、俺には優しかった」
     天竺時代にしてきたことも、それ以前の世界での話も見たし聞いた。あの時は怖かったけれど、この世界のイザナは怖くない。むしろ、いい兄で弟で、頼りになる総長だった。
    「そんなこと思ってンの、お前くらいだよ」
     目尻を赤く染め、イザナがぼそぼそと喋る。藤色の瞳が煌めいていた。
    「イザナくんでもおっかないことってあるんですね」
    「そりゃ、好きなヤツに怖がられるのは堪えるだろ」
     武道はその時、急に腑に落ちた。彼の特別になりたかったのも、その瞳に映してほしいと願ったのも、好きだったからだと。イザナの言葉で気が付くなんて鈍感にも程があるけれど。かつて橘に抱いたような、心の奥を温めるような感情。
    「好き……?」
    「ああ。俺は花垣武道が好きだ。他の誰に抱くのとも違う。言っとくが鶴蝶は家族だから、いるのは当たり前だけどいないからって寂しくはない。そうじゃなくてずっと傍にいてほしいと願うのは、花垣、お前だけだ」
     武道が不安に思うことを先回りして潰していくイザナに、武道の心が緩み始めた。そんなふうに言われたら、いつまでも東京を離れることにこだわる自分が馬鹿みたいだ。
    「俺も、イザナくんの傍にいられたら、いいな」
    「いればいいんだよ」
     ぽす、と優しく腕の中へ閉じ込められる。首元に感じるイザナの体温が、触れる絹糸みたいな髪が、武道の涙腺を崩壊させた。
    「泣くなよ」
     頭を撫でられながら、武道は思い切り泣いた。泣くなと言いながら、イザナは武道が泣き止むまでずっと抱きしめて頭を撫で続けてくれた。


    「そもそもの前提が違うんだよなァ。イザナは興味ないヤツは視界にすら入れないんだって。ケンチンなんてこんなにデカいのに、『いたのかお前』ってよく言われてたもん」
     武道が献上したたいやきを頬張りながら、万次郎が呆れたように武道を見やる。
     函館からフェリーで帰るのかと思いきや、イザナに連れられタクシーで函館空港まで移動し、飛行機で羽田まで戻ってきた。『万次郎がお待ちかねだ』と告げられ、そこから移動のタクシーの中、武道はずっと緊張したままだった。冷えた指先を、隣に座るイザナが手を繋いで温めてくれていた。視線は前を向いているのに、耳が赤くなっているのが見えて武道はまた泣きそうになる。一度緩んだ涙腺は、すぐに溢れそうになった。
     待ち構えていた万次郎に、未だイザナと手を繋いだまま、武道は事の経緯を大まかに説明した。イザナと万次郎の会話を聞いたことは話さなかった。でも『イザナくんの隣にいるのは俺じゃなくてもいいと思った』と聞いて目を見張った万次郎は、きっとそのことに気付いたに違いない。
    「マイキーもそういうところあんだろうが。ホントお前ら兄弟そっくりだよな」
     龍宮寺も万次郎の隣で待っていた。姿を現した武道を怒るかと思ったけれど、『心配したんだぞ』と頭を撫でられただけで終わった。
    「まあまあ。でさ、興味ないヤツを俺の近くにいるからって頭に浮かべるタイプでもないわけ。つまり最初っからタケミっちは特別だったんだと思うよ」
     縁側に座って膝に肘を付いて顎を支えていた万次郎がイザナを見て、にやりと笑みを浮かべた。
    「まあな。今なら俺にもわかる」
     素直に万次郎の言葉に頷いたイザナに、武道も万次郎も龍宮寺も目を見開いた。
    「いやお前ら馬鹿にしてんのか」
     周りの空気を察したのだろうイザナが、武道の手を握っていた右手に力を込めて睨みをきかせる。もちろんこの中の誰にも通用はしなかった。
    「恋って人を変えるよね〜」
     高らかに叫んだ万次郎に、イザナが一歩足を出す。危険を察知した武道が慌てて手を掴み直せば、じろりと睨まれた。
    「花垣……、いや、武道、行かせろ」
    「ダメですって! 今回は完全に俺が悪いんスから!」
     突然名前を呼ばれてときめいたものの、手は離さなかった。顔は真っ赤になっていただろう。万次郎と龍宮寺が楽しそうに笑っているのが、何よりの証拠。
     武道が必死に掴む手をやれやれと見下ろし、イザナが武道をギュッと抱きしめると、万次郎が縁側から飛び出した。
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    Replies from the creator

    aozorasky31

    DONE初めて書いた東リべのお話になりますので、色々薄目で読んでいただけたら幸いです。
    最終回軸で、日向とは恋人にならなかった世界線のイザ武。
    色んなことを色々捏造してます。書いてて楽しくなってしまって思った以上に長くなりました。
    Blue-violet 何度も何度も繰り返したタイムリープの果てに掴んだ、誰一人欠けることのない日常。万次郎から黒い衝動は消え、共に過ごした東京卍會が解散するまでの日々は、ひと言で言うならば楽しかった。武道は本来なら孤独にフリーターとして生きる未来しかなかったのに。たくさんの仲間に囲まれている未来なんて、なかったはずなのに。
     この手に多くのものを掴んだけれど、失ったものもあった。とてつもなく大きなもの。大切にして、己の命を賭してでも守りたかった橘日向は、恋人という甘い関係にはならず、仲の良い友人の一人となった。恋心がなかったわけじゃない。でも、万次郎と共に生きることを選ぶならば、きっとそれが最良だった。
     兄真一郎も、妹エマも龍宮寺も場地も、過去に失った人間を誰も損なわなかった世界で、万次郎は以前ほど武道に執着することがなくなった。共にタイムリープした共犯者であることから、決して繋がりを消すことはない。互いに、まだ経験したことのない未来を生きるのに必死だった。
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