あまくてあったかい宝石─────────
「おはようございます、ヒアンシー。朝食は?」
「おはようございます、アナイクス先生。食べますよ〜、もちろん。あ、何だかいい匂いがしますね」
まばゆい朝陽のきらめき。
ほのかに甘い焼き目の香り。
「アナイクスではなくアナクサゴラスと呼んでください、まったく。…朝食ならパンケーキを作ったので、よかったらどうぞ」
「わあ、ありがとうございます!わたし、先生のパンケーキ大好きです!」
「それは何より」
先生の好きな深煎りコーヒーをカップに注いで、わたしのにはミルクと砂糖を多めに入れて淡い色に。
テーブルに並ぶ二人分のあたたかさ。
「いただきます」
「いただきます。…ん〜っ、朝から先生の作ったパンケーキが食べられて幸せです」
フォークで切ったひとくちを運べば、ふわりと広がるほどよい甘みと柔らかさ。
シロップをかけないシンプルな食べ方こそ、先生のパンケーキはひときわ美味しい。
「大袈裟ですね。ですが、あなたのその顔を見れると思うと作り甲斐があります」
「せ、先生〜…?何ですか突然…あっ。まさか、また徹夜したんですか?」
「ゴホン!…コーヒー、ありがとうございます」
「そうやってすぐ、はぐらかすんですから」
他愛無いやり取り。穏やかに笑える時間。
わたしは、同じ部屋で共に過ごすこととなったこの日々を、全てを、とても愛おしく感じていた。
*
時刻は正午に差し掛かろうとしていた。
今日わたしは休日を家で過ごすと決めていて、朝食の後片付けから洗濯、掃除と動き回った。
先生が大好きな大地獣の着ぐるみのようなパジャマを引っ張って、繊細な扱いが必要な実験器具や書類を綺麗にまとめて、わたしの大事なイカルン(大事なぬいぐるみです)も晴れ渡った空のもと、窓辺に寝転がらせる。
二人分の洗濯物を片付けた満足さにわたしは誇らしくなって、少しだけイカルンと日向ぼっこをしていた。
「ヒアンシー、ここに居たのですね」
しゃがんでいたわたしの後ろに先生がやってきた。
徹夜をしていたと朝食時に判明したため、残りの家事を全て引き受けて先生を強引に自室に戻し、寝かしつけることにも成功。
おかげで先生の顔色が朝よりは良くなっているのを見上げて、わたしは微笑んだ。
「起きたんですね。ちゃんと眠れたみたいで良かったです」
「おかげさまで。洗濯物を干し終わったところですか」
「はい。今日はすごく天気がいいので、先生のパジャマも夕方にはふわふわになってますよ〜。今夜着たらすぐ眠くなってしまうかもしれませんね」
「どうりで見当たらないと…。フ、そこまで言うのならば、今夜を楽しみにしておきましょう」
言いながら先生がわたしの隣に腰を下ろす。
日向に先生と並んで、こうしてのんびり出来るなんて。
小さな幸せを噛み締めていたけれど、ふと。降り注ぐ陽射しに照らされ、薄い緑の髪がきらきらするまぶしさに目を遣った。
そよ風に揺れ長い髪の間から覗く眼帯をしていない瞳は、宝石が反射するように明るく輝いて見惚れさせる。
ついじっと見つめてしまっていたらその美しい色の中にわたしは捉えられ、何を言うでもなく目を細めて静かに微笑んでくれた。
顔に熱が集まるのが分かる。
わたしはこうして笑う先生にとても弱くて、こうしてわたしを見つめてくれる先生が、とても、好き。
───ああ、わたしのかけがえのない時間。
そこに先生が居てくれることが、ただ嬉しいんです。…先生には内緒ですけれど。
「ところで、先生はわたしを探していたんでしょうか…」
思案するほど居た堪れなくなってしまい会話を探す。
ここに来た時の先生の言葉を思い出して尋ねてみれば、返ってきたのはわたしの熱を更に上げる内容だった。
「あたたかそうな背中を見つけたので、共に過ごしたかっただけですよ」
*