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    hayamanooo

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    hayamanooo

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    モブマカ書きたかったのにモブ書いてたら満足しちゃっただいぶ前の書きかけを供養する

    モブマカ冒頭デトロイト――正直この街にいい思い出はない。

    前時代から後を引く煤けた空気が澱のように漂っている。凍り付いた五大湖から吹きすさぶ風が街全体を覆い、長い冬の間は曇り空をにらめつけて過ごすほかない。
    何よりも地獄だったのはハイスクールで、馬鹿笑いして口を開けばゴシップを垂れ流すゴミと、脂肪だか筋肉だかをごてごてと張り付けて脳に栄養を回していない豚ばかりの檻のような場所だった。気を紛らわせることもできずに毎日ただ同じことの繰り返しを続けてたが、よくもまぁ気を狂わせなかったものだ。
    幸いなことに早い段階でそんな地獄に見切りをつけることができた俺は、灰色の空と同じくらい澱んだ目でカスどもを一瞥して、ひたすらに血のにじむような努力をした。ガリ勉だなんだと罵られようと。糞くらえ。
    一刻も早くこの暗く淀んだ街を抜け出したかったし、美しい数式の羅列や絵画のような設計図を見ているのが単純に好きだったのだ。


    身体に染み付いたあの街の冷気が西海岸の空気に入れ替わるのに、思っていたほど時間はかからなかった。
    正直ブルジョワジーどもの能天気さには面食らったものだが、どうやら少なくとも眉をしかめてせせこましく机に向かっているよりはずっとクリエイティブな発想ができる環境だったようだ。連中は皆クレイジーで刺激的だったし、まっさらな地表に踏み込んでいくことが思いのほか楽しいことを知った。
    神に成り代わるというような傲慢なことは言わない。それでも、自分の創造性でもってこの世に爪痕をを残すことは、このくだらない人生にもなにか意味があるのではないかという感傷への慰めになるのではないか。
    道なき道を手探りで進む日々の中で、もう少しで、かすかな手がかりをつかめるのではないか。
    成し遂げるまでは、もがき苦しみながらも進まなくてはならない。
    あの男の名前が目に付くようになったのはそんな折だった。

    正直最初は業界でもそんなに目立つ方じゃなかったと思う。
    ローティーンから飛び級で大学に通っているやつがそこまで物珍しいわけではなかったし、16歳で起業するのも、まぁ、聞かない話じゃない。
    それでも俺が奴の名前を早い段階から認識していたのは、やはりあの街に拠点を構えたことがなんとなく引っかかるとか、結局はその程度だったのだろう。
    案の定すぐに名前を見なくなり4,5年は存在が意識に上ることもなかった。
    そして、突如として再び姿を見せたあの男は”クロエ”を世に知らしめ、あっという間に業界だけでなく世間一般を震撼させることになった。
    IQ171の天才だとか個人主義の変人だとか無意味な情報ばかりがメディアに取り上げられ、そこかしこで奴の名前だけでなく顔も見るようになったと思ったら、そこからはもう破竹の勢いだった。
    あっという間に実用化された奴の“人形”は、世の中を全て塗り替えるのではないかというほどの勢いで広まり、工業・商業用から一般家庭用にブレイクダウンするのも一瞬の出来事だった。
    政治家や評論家が社会を憂い、国家の安全保障やら北極圏との経済摩擦やら、次から次へと同じような話題が浮かんでは消え、投資家たちは皆一様に同じ方向を向いていた。
    俺の所属する研究室との共同開発や出資の話が進んでいた企業も明らかにこちらへの興味をなくしたことが分かり、それまで何年も粘って築き上げてきた我々の足場がどうしようもなく崩れていくのを感じながら数年を過ごした。
    幾つかの研究成果が世に出て、それだけだ。
    追加の出資を勝ち得ることができなかった俺達は研究規模を縮小するほかなかった。

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    メトロ空港に降り立ってすぐに、故郷がすっかり姿を変えてしまったことを理解した。
    空港のいたるころにLEDを着けた奴らが歩いていて、清掃員やら販売員やら、少しずつ意匠の異なるあの特徴的な制服を身に着けている。
    はたまた警備員の一部にも紛れているのだから正直驚いた。
    入国審査官こそ人間だったが、アンドロイドに負けず劣らず感情のない目で一言、「おかえりなさい」とだけ言い放ち、機械的な動きでパスポートにスタンプを押す。あまりページの埋まっていないそれを受け取って、俺はやたらぴかぴかと反射するフロアを進んだ。
    トラムの後部にはアンドロイド用のコンパートメントがあり、直立不動で前方を見据えている。多少の居心地の悪さを感じて後方を覗き見ると、街の外から来た人間は同じく物珍しそうにしていたが、全く意に介していない人間も同じくらいの割合で、彼らにとってはすでに日常の光景となっているようだった。
    もちろん今までもあのLEDを目にすることはあったのだが、ここまで街全体に、インフラのようにアンドロイドが浸透している様子は他の都市では見られない。ある種異様な光景に思えた。

    実家に帰ると年老いた母親が出迎えてくれ、これまたすっかり姿の変わった様子に面喰ってしまう。学士の後半からはほとんど自立していたし、特にここ数年は研究も忙しく、クリスマスに長電話をする程度だったことを思い出す。
    単純に、自分の思っていた以上に多くの時間が流れていたのだということを実感し、どこか空想の中のような、地に足がつかないふわふわとした感覚が少し落ち着いてきたとひとりごちる。
    夕飯時には父親が現れて、眉間の皺をさらに深くさせながら、ずっと顔も見せずにだとか、これからどうするんだとか小言をぶつぶつ言っていたが、講師の当てがあることを伝えると少し目元をなごませ、しばらくゆっくりするといい、と答えた。

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    まさか大学にまで奴らがはびこっているとは思わなかった。
    産学連携の一環として最新機種を試験導入することになった、人件費も抑えられて助かる、だとか恵比須顔をしている担当者を殴りたくなる衝動と闘いながら、教育に特化しているとかいう PJ500の説明を聞かされる。
    教室の後方から講義の様子をちらりと伺い、なによりも学生が状況を受け入れー傍から見た限りではー大人しく講義に耳を傾けている様子に驚いた。
    空港に降り立った時の自分と同じだ。今期から導入されたアレはまだ物珍しく、学生達も動物園の檻をのぞき込んでいる心持ちなのだろう。
    すぐに慣れるしすぐに飽きる。若者が得てしてそういうものだということは、今までに十分思い知っている。
    今後が楽しみですね、と、心にもない感想を絞り出して、担当者と握手を交わしその場を後にする。
    少なくともそこには自分が職を手にする機会はなさそうだった。

    くさくさした気持ちを何とか紛らわせようとグリークタウンの方へ向かっていると、アーケードを歩くアレに気が付く。
    右のこめかみを見ても右腕を見ても、周りを歩いている他のやつらとそう変わったところはないのだが、その時はただなんとなしに目で追ってしまったのだ。
    グレーのシンプルな制服とチノパンを身に着け背筋を伸ばして歩くそれを眺めながら目的もなく歩いていると、前方のそれは通行人に因縁をつけられたのか、あっという間に胸倉をつかまれて立ち往生してしまう。
    俺は離れたところでそっと足を止め、煙草に火をつけて見物することにした。
    一人で騒ぎ出した人間が何か言っているが、何も意に介していない様子で緩慢に動くそれに、やはり人間とは違うのだと無性にイラつきながらも俺は目を離せずにいた。
    怯えや媚を売る表情ではなく、かといって機械的な無表情とも違う、あの"人形"は今どんな表情をしている?

    気づくと俺はサイバーライフの店内で、HJ200の契約書にサインをしていた。
    早くも型落ちだというそれは思っていた以上に安く、さすがに多少は驚いた。今や貯えを食いつぶすだけの無職の身だというのに、すっかり思いとどまるタイミングを逃してしまった。
    最後の1年間の研究予算はあるのかないのか分からないくらいわずかなものだったが、ラボに籠る日々の中では自分自身の給与を使う暇はなかったな、と嘆息する。貯蓄を大して痛めもしない値札のゼロの数はあっているのだろうかと店内を見渡すと、家族連れや妙齢の女性など老若男女が目に入った。他人の目に俺はどう映っているだろう。家政婦を探すビジネスマンか、男やもめか。
    今なら当店でお買い物いただいた皆様にポイントバックキャンペーンをしているんですよ。アンドロイドだか人間だかよく分からない貼り付けた笑みの店員が甲高い声で話しかけてくる。セールストークに付き合う時間というのは無為な人生の中でもかなり無駄な部類に入るだろう。型式とデザインを決めた旨を手短に伝え、ブルーブラッドの補充パックと、シリーズ別に陳列された視覚プロセッサをいくつか選ぶ。
    こちらの商品でお間違いないでしょうか。機械的に繰り返される言葉に機械的にうなずき、保証延長プランの加入には首を振った。5年間あれば幼児はセメタリースクールに通いだし、軌道に乗ったかに見えた開発プロジェクトはもののみごとにぺしゃんこだ。この場にいる人間のうち誰が5年後のこの街の姿を正しく思い描けているというのだろう。


    帰宅するにはそのまま歩いて帰らせればいいとのことだ。
    バスの後部に奴が乗り込む様子にもすっかり慣れていた俺は、自分と同じバス停で降りるのを見て初めて、ああ、いつの間に店員が住所登録をしていたのか、プライバシーもへったくれもない、と気付く。
    自室に戻るとまず最初にクラウドのデータを変更するよう命令した。
    後で通信機能と発声機能を切らないとな、と思いながらシャットダウンすると腹部の開口部に手をかけた。

    美しかった。

    臓器を模した駆動系をカーボンチューブが繋ぎあわせ、シリウムがみっちりと詰まったそれはシャットダウンしているからか暗く沈んだ紺碧だったが、けれども静かに鳴動し胎内を満たしている。
    俺のフィールドはもっとミクロな世界のことだったが、ロボット工学というのはやはりどこでも同じ思想なのだろうか。現実世界に息づく生命というのは非常に完成された姿形をしている。我々はそれを模倣するだけだ。
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