北村 倫理　午後は眠気との戦いだ。湿っぽさの抜けない廊下側の、忘れ去られたように仄暗い一番後ろ。教室の隅から見渡すクラスメイトの後ろ頭は画一的かつ統一的で、見分けのつかない工業製品みたいだ。

　規格外れの不良品は叩き直す、人らしさを忘れられない者は逃げ出す。そうして残る整然たる愛の世界だ。
　耐えがたいほどの愛しさに、ボクは唇の端を誰にも見せず噛み千切る。それで散るのは眠気ばかりで、絶望と愛はますますわだかまって世界の底に固着する。

　世界に撒く漂白剤の名前は希望とか正義とか言うらしいけど、それが役に立つのを見た覚えはない。「汚れは神火にかけねば浄化しない」と母が言う。

　眺め渡す視界から歯抜けになった席を拾う。朝にはいた姿が消えた数は、ひとつ、ふたつ、みっつによっつ。名声知らずの底辺たちが、せめても底辺中のトップに君臨しようと気炎を吐いては弱きを挫く。

　困ったもんだね。地獄の底の座は誰にも譲れないっていうのにさ、勝手に落として来られたら堪らない。

　音を立てずに席を立つ。級友たちは振り返らず、教師もまた一顧だにしない。名無しの一年生にはふさわしいご対応だ。

　開いた扉から廊下へ出る。その一歩でボクは変身する。愛教学院一年生から、ヒーローNo.131へ。ボクにしか聞こえない無声の悲鳴が今日もボクをヒーローにする。そしてボクは歩き出す。