「なあ、お前田中とペアなんだって?」
つい先日まで、徳島海軍航空隊は偵察専修生の訓練基地だった。
だが戦況の悪化に伴い、練習機である白菊による特攻の部隊が編成されたことにより他の基地から、ここ徳島に多くの操縦員が集めらた。
俺たち偵察専修生はそのまま白菊隊の偵察員として乗ることとなり、俺のペアとして指定されたのが香取から来た田中志津摩一飛曹だった。
「はい、そうですが?」
田中一飛曹は俺と同い年ではあるが、一飛の俺より階級が上だった。だが上下を感じさせない気さくさがあり、同い年にしてはやや幼い雰囲気や底抜けに明るい性格で、こんな状況にも関わらず彼の周りはいつも笑いが絶えなかった。
操縦員に殴られている偵察員の仲間なども居る中、俺は当たりのペアを引いたと大喜びしたものだった。
「あいつ、特攻後家なんだよ。前いた香取で上官に手籠にされてたんだ。アイツの黒の襟巻き、去年特攻で征った八木中尉のものなんだ。」
あの田中一飛曹が? 手籠に? 俺の知っている彼とは違う人の話をされているのではないかと眉間に皺が寄ったが、話しかけてきた彼は怪訝な顔をした俺に同意するように頷く。
「あの田中がと思うだろう? 俺も最初聞いた時は信じられなかった。でも八木中尉の襟巻きを後生大事にずっと巻いてるんだ。田中もまんざらではなかったって話だ。」
そう、彼の特徴的な黒襟巻き。かつて「白じゃないんですね?」と聞いたことがあったが、彼は「かっこいいでしょ?」と自慢げな顔をしていたことを思い出す。
愛らしい顔つきの彼が黒襟巻きに口元を埋めカッコつけた顔をして言ってきたものだったから、「かっこいいですね」なんて笑いながら適当に流したものだった。
「早く後を追いたいのかね? 香取じゃ特攻の掲示が出るたびに我先にと見に行くんだよ。大佐も気味悪がっちゃって、持て余してここに送られたらしい。」
軍に居ればその手の話は稀に聞く。予科練上がりの若者を女に見立てて欲求を解消すれば女を買う金が浮く、など下衆な話はよく聞いた話だったが、田中一飛曹は幼くはない。愛嬌のある表情ながらも立派な眉と男前な顔立ち。やや筋肉質な体つきで、慰み者とするには男すぎた。
「あいつ、変な気起こして訓練の時にどっか突っ込むかもしれん。いつもはそんなそぶり見せないが、時折澱んだ目で夜空を見上げてるんだよ。あの目が俺は恐ろしくて恐ろしくて…。あいつが操縦桿海面に向けちまったらお前は何も出来ないだろうが、前もって知っておけば覚悟くらいできるかと思って声かけた。」
じゃあと言い逃げられてしまい、一人取り残された俺は途方に暮れたのだった。
それからと言うものの、田中一飛曹と今までのように話せていない自分がいる。
二人で白菊に乗り込んでいる時も、今までは伝声管越しに無駄話に花が咲いていたが、ここ最近は話が続かない。
ふとした拍子にあの話を思い出してしまうと今まで楽しかった田中一飛曹との飛行は冷や汗が止まらない苦痛の時間と変わったのだった。
今日も田中一飛曹と白菊の訓練を行っていた。計算した航路を伝え、それから無言が続いてしばらくすると伝声管より声が聞こえる。
「あの、俺のこと何か聞いた?」
普段の田中一飛曹の溌剌とした声ではない声だった。
「話? とはどんな?」
雰囲気からあの話だと瞬時に察するも、話が逸れて欲しい一心ではぐらかしてみる。
「特攻後家とか」
それは失敗し、一気に核心へ切り込まれてしまう。
しばらく返答できずにどう答えるか逡巡してみるも、上手い言葉が見つからなかった俺は正直に白状する。
「…聞きました。」
はぁーと大きな溜息が聞こえると
「やっぱりそれかぁ」
と困ったような声が聞こえてきたのだった。
「前の基地の尊敬する人と、まぁちょっと色々あって…あの人の思い詰めてしまう人だったから、何か力になれたらと思って…」
ポツリポツリと言葉を噛み締めて話し出す。
「俺でも中尉の役に立ててたのかな、出撃前に襟巻きを交換して欲しいって言われて交換したんだ。」
「そう…だったんですか…」
どう返事をしていいのかわからず、歯切れの悪い返答をすると俺の不安をずばりと当ててきた。
「練習でどこか突っ込んだりはしないから安心して。それで征ってもあの人の所には行けないから。あの人のように征かないと…」
何も言えなくなってしまい黙り込んでしまった俺に「俺みたいなのとペアでごめんね。」と小さな声が聞こえた。