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    hurukiyoki03

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    hurukiyoki03

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    四神×祖晴

    幸せを夢に見る「白虎の髪はきらきらして綺麗だね」
    「青龍は楽しいものを見つけるのが得意だね」
    「玄武が奏でる音は心地がいいな」

    「──ほら、朱雀もおいでよ」


    1000年前から、ずっと同じ夢を見ている

    「……っは!、…ぁ」

    パチ、と電源が入ったように唐突に目が覚めた。先程まで、何かとても恐ろしいものを見た気がしたのに、もうその光景は霞みがかって思い出せない。酷くうなされたのか、汗が乾いて酷く気持ち悪い。

    「晴明様、失礼します」

    未だ呆然としているとその場に凛とした声が響く。見ると白虎が手ぬぐいと桶を持って入ってきた。

    「! お目覚めになっていたのですね。呼んでくださればもっと早くにお傍に参りましたのに」
    「……いや、つい先程目が覚めてね。まだ少し寝ぼけてるのかもしれない」
    「ここの所お忙しくされておりましたから、ご無理が祟ったのでしょう。暫くはお休みになった方がよろしいかと」

    そうか、自分は体を壊して床に臥せっていたのか。そう意識した途端、どっと体が重くなった気がした。

    「急ぎの公務は?」
    「ありません。雑務でしたら我らにお任せ下さい。お身体を清めましょうか」
    「え、いやいや、それくらいは式にやらせるから」

    すぐに式を呼ぼうとするが、なぜか力が入らない。形代も、ただの紙切れ同然でピクリとも動かなかった。

    どうして…今までこんなこと…

    「やはりまだ本調子ではないご様子。身の回りのお世話は我々にご命令ください」

    その刹那、よく知っているはずの彼に若干の違和感を覚えた。しかし、改めて見ても特に何も変わったところは無さそうだ。やはり自分は疲れているのかもしれない。

    「…そうだね、何かあれば頼らせてもらうよ。体を清めるくらいは自分でできるから、もう下がっていいよ」
    「承知しました。では、朝餉をお持ちしましょう」

    部屋に一人になり、状況を整理する。
    今まで力が唐突に使えなくなったことは無かった。誰かに呪術をかけられたのか。自分が気づけないほど強力な術師は知らない。四神は問題なく使役されている。無力化ではなく弱体化と考えるのが妥当か。
    ふぅ、と一息ついて手元の紙切れに注視する。……なるほど、式を操るほどの力は残ってないが、護符を作るのは問題なさそうだ。

    「とりあえず██にでも相談して……」

    ……んん? 今自分は誰を思い浮かべたのだろう。呪術に詳しい者に聞こうとしたのだと思うが、そもこの都に自分より優れた、もしくは同格と言える術師はいないはずだ。となると四神の誰かだった気がしてきた。まだ寝ぼけているのかもしれない。

    「えっと…とりあえず着替えないとね」

    ともかく、いつまでもこんな格好をしていては四神に示しがつかない。

    「今日は面倒な案件がこないといいけど…」



    「おはようございます晴明さま、朝餉をお持ちしました」
    「やあ青龍、ありがとう。白虎はどうしたの?」
    「結界の見回りにいきました。じきに戻るでしょう」

    見張り…もしかして僕の力が弱まっていることに関係あるのだろうか。顔に出ていたのか、青龍は慌てたように言葉を繋げた。

    「結界にはなんの異常もありません! ただ、朱雀門の方は警備が手薄ですから」
    「はは、また朱雀はサボってるのかな」
    「本当に困ったやつですよ。ですが、晴明様のご威光ある限り、この都は平和が続くでしょう」
    「…だといいね」

    青龍が持ってきてくれた朝餉はいつもと変わらないはずなのに、何故だか奇妙な感覚がした。箸が止まっているのを青龍はオロオロと心配そうに見ていた。

    「な、なにか粗相が?」
    「いや…。せっかく持ってきてもらって申し訳ないけど、食欲がなくてね。あ、青龍食べる?」
    あーん、と青龍に差し出す。青龍は一瞬惚けたように目を丸くしたが、我に返ったように首を横に振った。
    「そんなことしたら白虎に引っ掻かれますよ。ほら、果物だけでも口に入れてください」
    今朝知り合いからもらったんです。と丁寧に切られた桃を口元にあてがわれた。芳醇ないい香りに抗うことなく口をつける。齧った途端に口の中に桃の果汁が溢れた。
    「……」
    ふと、味の感想も何も言わずに顔を伏せた。
    青龍は突然俯いた主に驚き、慌てて持っていた食器を置くと気遣うように傍に来た。
    「せ、晴明様! やはりどこかお加減が…」
    「隙あり」
    「むぐっ!」
    青龍が口を開いた所に先程まで自分が食べていた桃の一切れを放り込んだ。
    行儀がいい彼はきちんと咀嚼し飲み込んだ後、心配させないでくださいと少し拗ねた様子で言った。
    「人が話している途中に食べ物を放り込んではいけません。大体これは晴明様のお食事なんですから、私が食べたら意味が無いでしょう」
    「…美味しくなかった?」
    首をコテンと傾げて微笑むと、途端に顔を赤くして美味しかったです!といい返事が返った。
    スパァンッと小気味よい音ともに開かれた襖の向こうには般若のごとき形相の白虎が立っていた。
    「青龍…貴様ァ! 晴明様に朝餉を持っていくだけでは飽き足らず…っあ、あーんだと…っ」
    「ち、ちがっ違います白虎! これは…!」
    「白虎もお腹すいてたの?」
    その後、白虎にたくさんあーんした。



    「白虎の毛並みは綺麗だねぇ」
    『光栄です』
    縁側で白虎の美しい虎斑模様の毛並みを整えながら、庭に咲いている桜の木を眺める。普段はなかなかブラッシングなどさせて貰えないが、どうしてもと強請ったら少し顔を赤くしつつも了承してくれた。
    こんなに穏やかな時間は久しぶりだなぁとまったりした空気が流れるなか、白虎の可愛らしく丸い耳がピクリと動いた。
    『申し訳ございません晴明様。暫く別件で席を外します』
    「何か手伝おうか?」
    『いいえ。御身の手を煩わせるまでもありません』
    予想通り、僕の手助けの一言は一蹴されてしまい宙ぶらりんだ。
    彼らが優秀なのはわかっているが、何もかもこうもおんぶにだっこだと申し訳なくなる。
    『ご心配なさらずとも、貴方様の御心を乱すような事は起こりえません』
    表情に出ていたのか、白虎は鼻先を首元に近づけ安心させるようにゴロゴロと喉を鳴らした。まいったな、これじゃあまるで僕が子供のようだ。
    「気をつけて行っておいで」



    さて、予期せず一人でのんびりとした時間を過ごすことになってしまった。今日は四神の誰かが常に傍にいたから一人でやることはそこまで浮かばない。
    「んー、護符でも作ってみようかな」
    力は相変わらず弱体化したままで形代一つ飛ばすことも出来ないが、これもリハビリのようなものだと考える。いつまでも四神の力に胡座をかくわけにはいかない。

    「わぁ。くっらい趣味だなぁ」
    突如上から聞き覚えのある声が降ってきた。
    しかしその格好はあまり見覚えのないもので、けれどやはりその飄々とした態度と顔は変わらない。
    「朱雀…急に現れないでよ」
    ひょい、と空から降りてきた四神の一人である彼は、どうにもまた仕事をサボっているようだ。
    「一人で何してるかと思ったら護符づくり? もっと健康的なことしなよ」
    「いきなり自由に休めって言われても…何したらいいかわからないよ」
    「はぁ、これだから君ってやつは…。仕方がないなぁ、僕がいいとこ連れてったげる」
    広げられた墨色の翼を背にして差し伸べられた手にほんの一瞬戸惑ったが、その手を取ることに躊躇いはなかった。



    「わあ、桜だ」
    「ここちょっとしたお花見スポットでさ、毎年浮かれた神様たちが酒盛りに来てんの」
    大輪の、八重桜__。
    白虎たちはこの場所を知ってるのだろうか。
    「凄いね朱雀。ありがとう、連れてきてくれて」
    「なんのなんの〜。ずーっとあんなとこ引きこもってたら苔が生えてきちゃうよ」
    桜の根元近くまで足を進め見上げると、視界いっぱいに花が広がる。
    まるで桜が降ってくるようだ。
    「朱雀もおいでよ」
    振り向いて手を伸ばした先で、朱雀は少し難しい顔をしていた。僕何か変なこと言ってしまったのかな。
    「すざ…」

    突如、酷い頭痛に襲われ思わずその場にしゃがみこんでしまう。
    頭の奥が煩い。耳を塞いでも音は止むことなくむしろ大きくなる一方だ。知らない情景が次々に目の前に流れてくる。過去の景色なのか未来の景色なのかわからない。どれも酷く霞みがかっている。

    「晴明!」
    すぐに駆け寄ってきた朱雀は僕が倒れないように支えた。さっきまでの頭痛は段々となりを潜めてもう何も気にならなくなった。

    「……ごめん、なんでもないよ。そういえば朱雀」




    「いつの間に髪なんか切ったの?」

    一瞬だけ、朱雀は目を見開き言葉に詰まったが、またいつもの調子のいい笑顔を浮かべた。
    「髪が短い僕はイヤ? ここ数百年はずっとこのままなんだけど」
    「数百年…そうだったかな…でも君の髪はもっと…」
    もっと、長かったはずだ。あの綺麗な濡れ羽色の髪を、何度か結わせてもらったことがあった。背中の翼だって、今のような夜に染まったような黒じゃなく、炎のように力強い茜色だった。でも、
    それは、いつだったか───。
    「晴明くん、ちゃんと僕を見てごらん」
    焦点の合わない瞳に映るその表情は、自分を安心させるような柔らかい微笑みを浮かべていた。
    「ねぇ晴明くん、僕は誰に見える?」
    「……朱雀」
    「そうだよ。髪短くても僕はイケメンでしょ」
    「イケメンかどうかはさておき、似合ってるんじゃないかな。……なんだか今日は調子が悪いや」
    「気にしないでよ。もう屋敷に戻る?」
    「うーん、ちょっとここで休もうかな。朱雀も横になる?」
    「じゃあお言葉に甘えて〜。いやー、晴明くんと堂々と仕事サボるのってなんだか新鮮だなぁ」
    「ふふ、仕事はちゃんとやってね」
    「はいはい」

    まだ明るいと言うのに意外と眠気はすぐに訪れた。思ったより疲れが溜まっていたのだろうか。

    「……朱雀、桜にはちょっとした秘密があるんだよ。」
    「秘密?」
    まるで内緒話をするように朱雀の耳に口を寄せる。

    「ふふ……あのね、僕は、桜って散る様が一等綺麗だと思うけど、それと同時に恐ろしいんだ。白い花が群れを生して、自分以外の存在をあやふやにしてしまう。……まるで桜に閉じ込められたみたいでしょう?」
    「きっと桜の下でいなくなった人は桜じゃなくて神様に攫われたんだ」

    「桜は神隠しの花なんだよ」

    だんだんと瞼が重くなっていく。
    僕は抗うことなく睡魔に身を委ねる。

    「……僕もね、桜の秘密知ってるんだよ。別のキミから聞いた話」
    「…………」

    その言葉の意味を考えることも睡魔に呑まれ億劫で、意味を問う言葉も口から出てくることはなかった。



    「……ん、」
    目が覚めるといつもの見慣れた天井が目に映った。外からはいる光はもう茜色に染まりつつある。どうやら日が暮れる前に朱雀が屋敷に送り届けてくれたらしい。
    「晴明さま、失礼します」
    乱暴に襖が開かれると入ってきたのは少しやつれた様子の白虎だった。仕事はもう終わったのだろうか。
    「おかえり白虎」
    「……晴明…さま」
    「うん」
    白虎はヨロヨロと幽鬼のような覚束無い足取りで傍によってくると、糸が切れたようにその場に座り込んでしまった。何かあったとしか思えないその様子に聞くべきか少し躊躇った。しかし自分が何か訊ねようとするよりも白虎はとても小さい声で問いかけてきた。
    「晴明さまは……ここにいますよね?」

    手が届くほど近くにいるのに俯いていて表情はよくわからない。

    「もちろん。どうしたの白虎、疲れたの?」
    「ずっと、ずっとここにいてください」
    「……」
    やはり様子がおかしい。とりあえず顔を見ようと白虎に手を伸ばした。
    「……顔色が悪いね。何かあったのかな」
    思いの外すんなり見せてくれた表情はやはり沈んでいて、よく見れば目元が赤い。
    泣いたのだろうか。
    「お願いいたします。もう……置いていかないで…。いなく、ならないでください」
    白虎は、とてもか細い声で縋るようにその言葉を繰り返した。
    「僕はここにいるよ。むしろ、力が弱まっている今は君たちがいないと困ってしまうかな」
    現に今も退魔の力は一向に戻る気配がない。今の状態で妖怪に襲われでもしたら流石に対処できる自信はない。なんて、思考を明後日の方へ向けていると、頭を撫でていた手をぐっと引かれた。
    「晴明さま……お慕いしております」
    もう日が落ちかけている。夕暮に染まる部屋の中、白虎は不安を宿した眼差しでそう告げた。
    「ありがとう。嬉しいよ」
    その想いに応えられないのが苦しいくらいに。そう言葉を続けようとしたところで、視界が回ってまた天井を見上げることになった。すぐに視界には白虎の顔が映り、美しい黒髪がサラサラと頬に触れる。
    どうやら僕は押し倒されたようだ。
    「どうか…どうかお許しください。私を……拒まないでください」
    今にも消え入りそうなか細い声だった。
    その言葉を聞いて、ようやっと今から自分は身体を拓かれるのだと思い至る。
    今まで僕が彼らを許さなかったことも拒んだこともない。それなのにこうやって一言確認をしてくれるのは彼の優しさなのだろう。
    「白虎は優しいね」
    その言葉を是と捉えたのか、白虎はもう何も口にすることなく唇を重ねた。
    自身を取り囲む細い黒髪に、まるで檻みたい、だなんて呑気なことを考えた。



    「ぃ、つつ……」
    目が覚めて起き上がると背中や体の節々に痛みが走る。瞼は腫れぼったく熱を持ち、喉は声を出してみようとするとひゅうと空を切るような音が出た。正直もう一度眠りに身を委ねてしまいたかったが、少し気になることもあった。身体は鉛のように重だるいが、全く動けないという程でもなかったため、ゆっくりとだが上半身を起こした。隣では白虎が深く眠っている。穏やかな表情から悪夢などは見ていないようだ。起こさないようにそっと布団から抜け出した。どうやらまだ朝は来ていないようだ。
    「……さて、どうしようかな」
    いつもよりも少し掠れた声は誰の耳にも届くことなく夜に熔けた。



    「んー、こんなものかなぁ」
    今のところ自分に出来る最大限を用いて護符を作った。力が弱まったこと以外には特に変わりないはずだ。なんて、こうして無理しているのがバレたら██に叱られてしまうかも…。
    「晴明様、失礼します」
    少しだけ跳ねた身体は無意識だった。後ろに現れた気配に振り向くと、見知った姿がありほっと胸を撫で下ろす。部屋は机の近くにある火の灯りのみで、顔まではよく見えないが、その人物を判別するには十分だった。
    「玄武、どうかした?」
    「……失礼ながら、お顔の色があまり優れないように見えます。休まれた方が宜しいかと」
    そんなあからさまだったのか。気をつけなければ。
    「いくら貴方様でも、その状態で机仕事は体がもちません」
    苦い顔をしながら深いため息をついた後、白虎には後で注意しておきます。と申し訳なさそうに言った。
    「別に大丈夫だよ。乱暴されたわけでもないし、許したのは僕だから」
    「ただでさえ体調が芳しくないというのに無体を強いるなど従者以前の問題です。晴明様がそうして甘やかしているといつか加減が効かなくなりますよ」
    「君らが僕を甘やかしてるからいいじゃない」
    玄武はまだ何か言いたそうだったが、溜息をつくと諦めるように黙ってしまった。
    「……それで、こんな夜更けに何をしていたんですか?」
    「あぁ、護符を作っていたんだ」
    「…仕事は我らが請負う手筈ですが」
    「これはもう趣味みたいなものだから」
    クスリと笑って手元の札に視線を戻した。
    「…どのような効果があるか伺っても?」
    「うーん、簡単に言えば術を打ち破る…。いや、解呪の護符だと思ってくれればいい」
    「また随分と強力なものを…」
    「ふふ、██に見せたらさぞ………」

    今、僕は…

    「そうですね。帝もさぞ驚くでしょう」
    「……帝?」
    「ええ、あの方は物珍しいものがお好きですから」
    ……ちがう
    「晴明様?」

    やっぱりおかしいんだ。ここは

    現に今もずっと力が使えない自分に尽くしてくれている部下に、どこか警戒している自分がいるのだから。

    起きてから拭いきれない違和感。ゆったりとした穏やかな空気が流れている場面でもどこか落ち着かない。
    まるで本能が拒んでいるようだ。

    「……今朝起きた時からね、ずっと夢を見ているみたいなんだ」
    とらえどころの無い表情を浮かべ、まるで独り言のように虚空を見ながらぽつぽつと呟く。
    「力が使えないこともそうだけど、一番は僕の知らない記憶が僕にはある」
    「けれどおかしい事に何か大事なものを忘れてる。まるで記憶が虫に食われたように穴だらけなんだ」
    「しかしその穴に違和感はなかった。まるでそれが当然だとでも言うように」

    それまで合わなかった

    目線が合う。

    「ねぇ玄武」

    「──僕に何をした」

    途端に全ての音が消えた。さっきまで聞こえていた虫の声も獣の声も水を打ったように何も聞こえない。
    彼が纏う不穏な気配には気付かないふりをして言葉を続けた。

    「……桃を、今朝青龍が出してくれたんだ」
    「存じ上げております。……ですがその様子だとお召し上がりにならなかったようですね」
    あれは人間が食べればタダでは済まないものだ。恐らく仙桃のような特別な果実だろう。
    実際、出された食事を咀嚼はしたが、その後嚥下することなく吐き出した。もちろん青龍に気づかれないよう、顔を俯かせて。
    「あれは人が食べていいモノじゃないでしょう。僕を妖怪にでもしたいのかな」

    窓辺から差し込む月明かりだけでは、玄武がどんな表情をしているのか見えない。声色だけでは判別がつかない。しかし微かに彼は、低い声を出して嗤った。
    「忘れるところだった。貴方はそうやって、隠すのがお上手でしたね」
    「……」
    「千年前のあの時も、何も言わないまま俺たちを置いていった」
    「千年前……」
    ゆらゆらぐにゃり、景色が歪んでいく。
    座っているはずなのに崩れ落ちていくような感覚に目眩がする。
    『──先生』
    「…………ぁ、」

    見覚えのないはずの懐かしい光景が頭の奥から流れてくる。
    言葉は厳しいが根は優しい疫病神。自分の力を恐れない妖怪の友人たち。自分のことを先生と呼び慕う声がする。自分をあの暖かい場所に招いてくれたのは──。
    『██君』
    どれも僕は知らない光景のはずだ。なのにどうしてこんなに、泣きたくなるほど懐かしいのか。
    割れるように痛む頭を抱える。耳元で誰かがずっと叫んでいる。ああ、これは自分の声だ。こんなに大きな声を出したことなかったから、喉の奥がジクジクと痛む。

    『 』


    『我々と一緒に来てもらおう。████様』

    纏わり付くような声に絡め取られる。
    そうだ、僕はあの時、誰かに追われて…

    「…っ!」
    『「晴明様」』

    あぁ、そうだ。その誰かを僕はよく知っている

    『今度こそ、永久に』
    「っ!」

    その瞬間、形容しがたい不快感が頭を占領する。
    なんだ。今のは──。
    「晴明様」
    「っ!」
    反射的に自分へと伸ばされた手を弾く。
    あんなに心強かったはずの手が、今は恐ろしくて堪らない。

    「っそういうことか……」
    覚えのない記憶に使えない退魔の力。違和感がある京の都。バラバラだったものが繋ぎ合わされていく。
    そうだ。僕は、あの日京都で──。
    「もう1人の僕の魂を使ったのか。……なんて愚かなことを」
    こんなことが他の神に知れたら朱雀だけでなく彼らも妖怪堕ちすることになるだろう。
    「……愚か、ですか」
    「神が、たかだか人間一人の魂にそこまで執着するなんてあっていいはずがない。こんなことが他の神々に露見すれば、どうなるかわからないはずないだろう。京の結界だって──」
    いや、そんなことは彼らも覚悟の上なはず。しかしそうなれば京都の結界が維持できない。またたくさん人が死ぬ。

    「こんな状況でもまだ自分のことより見ず知らずの人間を心配するのか…いっそ憐れだな」
    玄武の表情に何故か既視感を覚えた。今まで彼にこんな顔させたこと無かったのに。
    「貴方の天秤はいつも己の命とその他大勢の命がのっている。その天秤が傾くのは最初から決まっているのが、我慢ならなかった」
    「それが僕の天命だと思ったから従った迄だ。たとえ君たちに責められても後悔はしてないよ」
    「えぇ、そうでしょうね」
    自分は千年も前に終わった人間だ。今はもう1人の生まれ変わった自分が彼らと契約を結んで──。

    今の主人は僕じゃない。

    とても嫌な予感がしてまだグラグラする頭を抑えながらここから一刻も早く離れるべく目線だけを動かす。窓には格子があり、とても壊せる強度ではない。唯一の出入口は玄武の後ろにある。

    「貴方と共に過ごした時間はきっと貴方の人生の半分にも満たない。我らにとっても瞬きよりも短いものでした」
    玄武の首に巻きついている蛇がシューシューと音をたてながら首をもたげる。あの子は確か、いつの日だったかに鱗を触らせてもらったんだっけ。陽の光にキラキラと反射してとても綺麗だったのを覚えている。なのに今は夜闇の中、月の光に照らされたその姿はまるで獲物を狙う捕食者のようだ。
    「しかし、千年たった今でも貴方様との記憶が瞼の裏に焼き付いているのですよ」
    ゆっくりと近づいてくる恐怖に思わず後ずさるが、すぐに背中が行き止まりに当たってしまった。
    「晴明様」
    玄武の指先が、自分の頬へ伸ばされる。
    「貴方のいない千年は、あまりにも長かった」
    「っ急急如律令!」

    バチンと目の前で光が散った。作っていた護符は玄武を壁まで吹っ飛ばし、彼の身体を思い切り打ち付けた。その隙に僕は部屋の外へと駆け出した。
    こうして必死になって走るのはいつぶりだろう。

    部屋に1人取り残された玄武は、今できたばかりの火傷のような跡を撫でた。その表情は痛みに歪むでもなく、傷を愉快そうに見ていた。するとどこからかひょこりと馴染み深い顔が顰め面で出てきた。
    「あれだけ啖呵切っておいてなんてザマですか」
    「……節穴のお前に言われたくないな青龍。晴明様は仙桃をお召し上がりになっていなかったぞ。そのせいで術が不完全に破られてしまった」
    「しっ仕方がないでしょう! 晴明様からあ、あーんなんて魅力的なことをされて抗えないはずが…!」
    「はぁ…白虎もお前もあの方の誘惑に抗う努力をしろ」
    「玄武だって晴明様に見惚れて隙をつかれたんでしょう。……今のあの方に退魔の力はないはずですが」
    「この力は白虎の神力だな。寝所でされるままかと思っていたが……はは、本当にとんでもない御仁だ」

    しかし晴明様、無駄ですよ

    「どこにも逃げ場はないというのに」



    走る
    走る

    足が痛い
    肺が痛い
    喉が痛い

    気怠い身体をどうにか動かし、本当ならとっくに外に出ていてもおかしくないはずなのに、景色は変わらないままだ。ずっと長い廊下から外に出られない。

    白虎の結界術か…

    肩で息をしながら呼吸を整えるべく立ち止まる。先程玄武に使った術は白虎の神力を掠め取って行使したものだ。あともう一度あれをやれと言われてももうできない。が、この結界を破る程度なら──。

    「あれ、晴明どうしたの?」

    「朱雀…」
    「うひゃー、顔真っ青で汗だくじゃない。嫌な夢でも見ちゃった?」
    「ここから出して」
    もう取り繕うのも面倒で本題を切り出す。朱雀だって僕がどうしてここで立ち尽くしているのかわかってるはずだ。
    「どうして?」
    「どうしてって…」
    「もう自分がどういうものかわかってると思ったけど、まだ頭が混乱してるのかな。じゃあ僕が優しく一から教えてあげる」
    「時間稼ぎに付き合う暇は無い。もう全部思い出した」
    「その割には随分焦ってるね。いつもの余裕綽々な態度よりこっちのほうが可愛げがあるよ」
    話にならない。僕は早々に踵を返し長く続く廊下へ足を進めようと踏み出す。
    「ここから出たら君は跡形もなく消えちゃうって言っても?」
    「……!」
    「あは、やっぱり知らないんだね。今の君はそれほど脆く弱い存在なんだよ」
    「それ、どういう……」
    「ネタばらしをすると、今の君は晴明くんの魂の一部を切り取って、京都に残った君の力を繋ぎ合わせたものなんだ。安定させるために君が千年前したことと同じことを君にした…って言ったらわかりやすい?」

    目は笑っていないのに笑みを張りつけたその顔に咄嗟に後ずさる。が、
    「『おすわり』」
    「っ!」
    朱雀の言葉を聞いた途端、かくんと糸が切れたようにその場にへたりこんだ。
    嫌な予感が的中したのだと悟った。
    「本当はこういうことしたくないんだけどさぁ、今の君は僕らの式なんだよ。千年前君が僕らと契約した時とまるきり同じ。なんだか懐かしいね」
    ひたひたと迫る足音に体が強ばる。すぐにその場から離れたいのに身体は力が抜けたように動かない。目の前に影が落ちる。
    「僕らにご褒美をちょうだいよ。君の大切な京を、友人を千年健気に見守ってきたんだから」
    頬杖をつきながら、まるで世間話でもしてるように夕暮れを溶かした瞳が嗤う。
    「褒美って……今更僕に何を求めるの? 知っての通り今の僕は退魔の力もないし、先を見通すこともできない。君らの力になれるとは思えないけど」

    「そういうところは千年前からお変わりないようですね」


    シュルッ
    突如床を突き破るようにして伸びた葦や弦が瞬く間に自身の身体に巻きついた。
    「……っ青龍か」
    「申し訳ありません晴明様」
    目線だけ動かすと青龍と玄武がそこには立っていた。もう追いつかれてしまったのか。いや、そもそもここは彼らの庭なのだから逃げ切るなんて不可能に近い。
    「我らは貴方の力に拘っているわけではありません。千年前より惹かれていたのは貴方自身ですから。晴明様」
    「僕は、安倍晴明じゃない」
    だって、安倍晴明は千年前に死んだのだから。ここにいるのはただの亡霊だ。
    「いいえ、貴方は晴明様です。京都の守護者であり、我らの主君。そうでしょう?」
    頬に手を添えられ、目線が絡む。頭が痛い。
    「っ違う……僕、は…っ」

    『██████』

    誰、何を言ってるの?

    『███』

    誰かが僕を、呼んでるはずなんだ。でも、聞こえない…何も聞こえないんだ。


    ぼく、は…だれだ…?


    怯えを孕んだ声をおさえることも出来ないまま
    帰るべき場所があったはずだ。
    帰りたい場所があったはずだ。

    「戻りましょう晴明さま。貴方様の帰るべき場所へ」

    頭の中の声と重なり、自分が何処にいるのかも、この響く声が誰かもわからない。

    「ぃ、やだ…ぼく、は…違う…」

    どこで間違えたんだろう。
    なにを間違えたんだろう。

    相変わらず頭に響く雑音は止まない。
    だのに彼らの声だけはやけに鮮明だ。
    「気に入らないことがあればなんでもお申し付けください。あぁ、蘆屋殿もここに連れてきましょう。貴方の転生体が死んだ後ならばきっと」
    「どうする、つもりだ」
    自分はこんなにも威圧感のある声が出るのかと我ながら驚いた。僕が言葉を遮ると思わなかったのか、玄武は僅かに瞠目した後、静かに微笑んだ。
    「…そんな顔ができたんですね。蘆屋殿はともかく、転生体も所詮は人間、精々寿命は100年程度でしょう。我らが手を下すまでも無い」
    「ご安心ください晴明様、ここでは貴方様が恐れるものは何もありません。死さえここには訪れない。今度こそずっと一緒にいられますよ」

    「君らの……それ、は……」
    だだの、醜い妄執だ──。



    「青龍、布団の用意を頼む」
    「……白虎にこのことは?」
    「いや…どうせ今日の朝には全て元通りだ」
    意識を失った主を抱え、元来た道をゆっくりと戻る。
    「朱雀、この護符はいつものように始末してくれ」
    「はいはい。ほんと、毎回毎回記憶もなくしてるはずなのに懲りないよねぇ」
    主が懸命に作った札は呆気なくくしゃりと元四神が一人、朱雀の手中へ収まった。

    「今回はいつもより記憶が戻るのが早かった。……朱雀、お前何かしたか」
    「別に何も。そーやって何かあるとすぐに僕を疑うんだから」

    そして、先程までの騒動が嘘のように長く暗い廊下に残るのは静寂のみとなった。



    「晴明さま、お加減は如何ですか」
    「ありがとう白虎、とてもいいよ」

    縁側で微笑ましくお茶を楽しんでいる主と同僚を木の上からこっそりと覗き見る。あの夜の問答がなかったかのように──実際彼は覚えてない──いつもの日常がそこにはあった。

    ふと、いつか桜の下でもう1人の彼と話をした時のことを思い出す。

    「隊長さん、こういう綺麗な桜の下には死体が埋まっているって話、聞いた事ありますか?」
    「なにそれ、怪談?」
    「違いますよ。昔の文豪が書いた話なんですが、中でも有名な一節がそれです」
    「へぇ、さすが国語教師。よく知ってるね。それで? 桜がどうかしたの?」
    「隊長さんは死体と桜、どっちが先だと思います? 桜がある場所に死体を埋めたのか、死体がある場所に桜を植えたのか」
    「……んん? あんま変わんなくない?」
    「ふふ、僕は桜が先かなって思ってるんです。きっと埋められた人は埋めた人にとって大切な人だったんじゃないかなって」
    「あんまりそこをクローズアップする人いないんじゃないかなぁ」
    「そうですか? 隊長さんだってもしも自分の大切な人が死んじゃったら綺麗なところに眠らせてあげたいじゃないですか。愛しい人が眠っているから、桜はあんなに綺麗に咲くんじゃないかなって」

    今なら彼の言っていたことが分かる気がする。

    「ねぇ晴明、君はきっと幸せになるよ。僕らがそう望むんだから」

    あの八重桜の根元には何十、何百とおびただしい数の形代のなり損ないが埋まっていた。

    「次の春が楽しみだねぇ」
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