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    kiyou_tnn

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    kiyou_tnn

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    ケーキバースカリ監

     とある日の魔法史の授業。いつもならある程度余裕をもって教室に着くのに、その日はエースとデュースと話が盛り上がって出遅れてしまった。

    「うわ、席埋まっちゃってる…」

     ほとんどいっぱいになってしまった座席を見て呟く。
     私とグリムで一緒に座れそうなところなんて見当たらなくて、とりあえず一つ空いていた席にグリムを座らせる。

    「グリム、ちゃんと授業聞いてね」
    「トレインセンセーの話聞いてると眠くなるんだゾ…」
    「もう…」

     グリムにちゃんと話を聞くように言いつけるが、返事はこちらが不安になるようものだった。
     私もどこか空いているところに座ろうと思いグリムの元を離れると、後ろから「ユウ!」と私を呼ぶ声が聞こえた。

    「ユウ、俺の隣空いてるぞ!」

     カリム先輩が私を呼びながらブンブンと手を振っている。まるでご主人様を見つけた犬のようだとくすりと笑ってしまう。
     せっかくだしと先輩の隣まで行って席に腰を下ろすと、嬉しさをめいいっぱい表現した笑顔でカリム先輩が話しかけてきた。

    「一緒に授業受けるの久しぶりだな」
    「確かにそうですね」
    「こんなギリギリに来るなんて珍しくないか?」
    「エースとデュースと話してたら遅くなっちゃって…」
    「しっかり者のユウにもそんなことあるんだな。そうだ、今日の昼休みなんだけどさ…」

     そんな話をしているとトレイン先生が教室に入ってきた。授業の始まりを告げられると先輩が残念そうな顔になる。たぶんもっと話したかったのだろう。
     しょんぼりしながら「また後で話そう」と小さな声で言うのが可愛らしかった。


    「は〜、終わった終わった〜!!」

     授業が終わり先輩が大きく伸びをする。そして私の方を向くと、授業前の話の続きをしてくれた。

    「今日昼休みに軽音部の練習があるんだけど、よかったらこないか?今練習してる曲がいい感じになってきたから聞いて欲しいんだ」
    「いいんですか?」
    「もちろん!ケイトとリリアもきっと喜ぶぜ」
    「じゃあお邪魔させてもらいますね」
    「オレ様も行くんだゾ!」

     途中からグリムの声が混ざる。見るといつの間にか足元にいて、私の肩によじ登ってきた。

    「おう!盛り上げるから楽しみにしといてくれよ?」

     そう言ってカリム先輩がにかっと笑う。
     気がつくと休み時間が半分終わっていて、また移動しなければならない私達はもう教室を出なければならない。

    「私達行かなきゃいけないので失礼します」
    「もうそんな時間か。じゃあ昼休み、楽しみにしてるな!」
    「はい」

     また手を振ってくれる先輩に私も手を振り返して、教室をあとにした。


     ***


    「…っ、やめ、て、いた…ぃっ!」

     今はもう使われていないという空き教室にうめき声が響く。左肩には人間の歯が刺さっている。噛みつかれているのだ、人間に。

     事の始まりは昼休みに3年生の先輩に呼び出されたことだ。
     カリム先輩との約束があるし、それが無くとも普段なら知らない人からの呼び出しになんて応じない。だと言うのに、ほんの少しだけどうしてもと頭を下げられのこのこと出向いてしまった。
     呼び出されたのは今は使われていない空き教室。そこに行くと既に先輩が待っていて、私が入るなり突然押し倒して噛みついてきた。抵抗はしたけれど、相手は歳上である上に男性。かなうはずもなく歯を突き立てられた。

    「…っ、…!」

     痛くて、熱くて、悲鳴もろくにあげられない。なのに首に食いこんだ歯は遠慮なく私の肉をさいていく。

     あまりの激痛で逆にぼーっとしてきた頭で、自分はなんて馬鹿なのだろうと考える。この学園での呼び出しなんてろくでもない理由に決まっているのに。

     諦めてぐらぐらする意識を手放さそうとした時、バァン!という音が聞こえた。続いて聞き取れたのは、知っている人の声。

    「ユウ!」
    「かり、せんぱ…」

     声がした方を見ると、そこにはカリム先輩がいた。その後ろから攻撃魔法が放たれて、私に噛み付いている先輩に直撃する。するとようやく私の肩から歯が離れて、駆け寄ってきてくれたカリム先輩に抱きしめられた。

    「大丈夫か!?いや大丈夫じゃないよな!?待ってろ、すぐに傷塞ぐから…!」

     先輩の声は遠くに聞こえたけれど、心配してくれていることは分かった。カリム先輩の匂いに包まれているのが心地よくて、その腕に身を委ねる。その間ずっと、先輩は私に声をかけ続けてくれた。

     けれど。

    「ぅ、ぐ…っ」

     突然カリム先輩の声が止まったかと思うと、苦しそうな呻き声をあげた。

    「せんぱい…?」
    「ゆう、にげろ…っ」

     逃げろという言葉が聞こえたけれど、それとは反対にカリム先輩の手は私の体を強く掴んだまま離さない。
     ただでさえ酷い怪我を負っている状態で逃げるなんでできずにいると、肩にぬるりとした感触を覚えた。

     先輩が私の肩を舐めている。滴る血でぴちゃぴちゃと音が鳴るのも構わずに、何度も、何度も。
     いつもは真紅に輝いている目がうっとりしたように細められている。それを見ると、さっき噛み付かれた瞬間と重なってしまった。

    「やだ…っ」

     力が入らない拳でカリム先輩の肩を叩く。それが今の私にできるめいいっぱいの抵抗だった。痛くて怖くて訳が分からなくて、完全にパニック状態のままぽかぽかと叩き続けた。

    「ゆう…ごめ…こんなつもり、なくて」

     その後のことはよく覚えていない。カリム先輩の泣きそうな声を聞きながら意識を手放した。


     ***


     目を覚ますと保健室のベッドの上だった。ぼんやりと天井を眺めながら、頭の中を整理する。
     確か私は3年生に呼び出されて、そこで肩を食いちぎられそうになった。カリム先輩…とたぶんジャミル先輩も助けに来てくれて、助かったと思ったらカリム先輩の様子がおかしくなって───

     カリム先輩の目を思い出してがばりと飛び起きた。

     それと同時にカーテンの外からガタガタっという音が聞こえて、勢いよくカーテンが開けられる。

    「ユウ!!!!」

     最初に私の名前を呼びながら胸に飛び込んできたのはグリムだった。それに続いてエースとデュースも駆け寄ってきてくれる。

    「お前どうやったらそんな怪我することになるんだよ!」
    「危ない時は僕たちに知らせろって言っただろ!?」
    「心配させやがって!ツナ缶よこさないと許さないんだゾ!」

     3人ともここが保健室だということを忘れているのかぎゃあぎゃあと騒ぐ騒ぐ。出てくるのは心配の言葉だけで心が暖かくなるけれど、それはそれとしてとてもうるさかった。
     そんな騒がしい保健室にお馴染みの声が響く。

    「バッドボーイ!」

     その言葉で3人の声がぴたりとやんだ。

    「怪我人に詰め寄るな。お前たちは待てもできない駄犬か?」

     声の主であるクルーウェルが3人を睨む。ついでに私にしがみついていたグリムを引き剥がした。

    「外で待っていろ」
    「ふなぁ…」
    「…はい」
    「すいません…」

     3人ともしょんぼりとした返事をしながら、大人しくクルーウェル先生の指示に従い外に出ていく。
     扉が閉まったことを確認すると、クルーウェル先生が魔法で鍵を閉める。そしてもう一つ何か魔法を使ってから私に向き直った。

    「今この部屋に防音魔法をかけた。これから話すことは他言無用であることを理解してから聞くように」 
    「わかりました」

     これから何を話されるのかは分からないけれど、クルーウェル先生の言葉にこくりと頷く。先生の顔が滅多に見ないほど真剣なので、本当に重要で深刻な話なのだろうということは察っせられる。
     私がてきとうに頷いているのではないと判断してくれたようで、先生も一つ頷く。そして勿体ぶらずに伝えられたのは

    「単刀直入に言う。お前がケーキであることが分かった」

     という事実だった。
     ケーキと言っても、それはお菓子のケーキを指す言葉ではない。この世界にはケーキとフォークと呼ばれる人間が存在しているのだ。どちらも希少な存在で、基本的には私たちには関係ないものだと聞いている。

    「ケーキって、ケーキとフォークのケーキ…で合っていますか?」
    「そうだ。ケーキとフォークがどういう存在かは理解しているか?」
    「世間話として聞いただけですけど…フォークはケーキを食べたくて仕方なくなる、とは聞いています」
    「概ね間違いはない。だが食べたくなる、なんていう生温い認識は今すぐ改めろ」

     クルーウェル先生の言葉で空気がぴしりとヒリつく。

    「フォークがケーキに抱くのは異常な食欲だ。ケーキを人間ではなく食料として見て、多くの場合は欲求に耐えきれず捕食しようとする」

     それを聞いてぶるりと体が震えた。どくどくと、心臓の音がうるさくなっていく。
     私はさっき食べられそうになったのだと、理解する。肉をさかれて、あのまま誰にも見つけてもらえなかったら、今頃私は───

    「自分が置かれた状況が理解できたようだな」

     クルーウェル先生がさっきまでとは打って変わった優しい声で言う。そしてカタカタと震える私の背中をさすってくれる。私に事態の深刻さを分からせるためにわざと厳しい言い方をしたのだろう。私をさする手からは暖かさが感じられた。

     少しの間そうしていると、震えも心臓の音もおさまってきた。「もう大丈夫です」と目で伝えると、先生は続きを話し始める。

    「フォークは希少な存在だが、世界に一人きりというわけではない。もしまたフォークに遭遇すれば同じような目に遭うだろう」
    「あの、私を襲った先輩は…」
    「強力な抑制剤が処方された。近づかなければ安全なはずだ。お前たちが顔を合わせないように俺たち教師で目を光らせておく」

     そのクルーウェル先生の言葉にほっと息をつく。あんな恐ろしい目に遭わせた相手が学園内にいることには恐怖を感じてしまうけれど、先生たちが対処してくれるなら幾分か安心できる。

    「傷が治り次第、お前に何重にも防衛魔法を施す。それまではここで寝泊まりしろ。いいな?」
    「はい」

     私の返事を聞いたクルーウェル先生は授業があると言って保健室を出た。そのすぐ後に「バッドボーイ!」という声とグリム達の賑やかな声が聞こえてきて、緊張が緩むのを感じる。

     誰もいなくなって静かになった保健室で、今起きていることを整理する。私がケーキということ、これからはフォークに気をつけて生活しなければならないこと。これはよく理解できた。
     けれど一つだけ、まだ分からないことがある。

     カリム先輩はあの後、どうなったのか。

     時計を見ると、短針は3を指している。当たり前だがお昼休みはもう終わっていた。
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