でかワンコを迎えに行く話本編で、千尋が大雅への苦手意識がなくなった頃の話です。
最近は、大雅のことが苦手じゃなくなった。
「千尋、悪いが、夏井を呼んできてくれないか?」
「え? 大雅、まだ来てないの?」
「どうせ居残りさせられてるんだろ。あいつ、この前のテストも危なかったみたいだからな」
「そうなんだ」
そういえば、大雅ってD組だし、勉強も好きじゃないみたいなんだよね。
うちの学校は成績順にクラス分けされるから、大雅は成績の低いクラスにいる。時々、D組の人達を「落ちこぼれ」なんて馬鹿にする生徒もいるけど、大雅はぜんぜん気にしてない。
『先輩、見て下さい! また赤点取っちゃいました!』
なんて、明るく笑いながらテスト用紙を見せるくらいだ。
その後で澤田に説教されてたけど。
「千尋、頼んだぞ」
「うん。行ってくるね」
澤田に頼まれて、僕は一年生の教室に向かった。
少し前までは、大雅のことが怖くて避けていたけど、それも僕の思い込みだったんだよね。
大雅はいつも笑顔で話しかけてくれたのに、素っ気ない態度ばかり取ったことを、ちょっと後悔していた。
その罪滅ぼしというわけではないけど、僕からも大雅に歩みよろうと思って、澤田の頼みを引き受けたのだ。
放課後の教室は、昼間と違って静かだ。ほとんどの生徒は部活にいってるか、すでに帰宅している。
たまに友人同士で居残っておしゃべりしてる人達もいたけど、大半の教室はガランとしていた。
「えっと、D組……」
一年生の教室にやや緊張しながら、大雅のいるD組を覗き込む。
窓際の机で、寝そべっている大雅が見えた。
近くには、男子生徒が二人いて、大雅に何か話しかけている。
「お前、生徒会いかなくていいのかよ?」
「コレおわんねーし」
「真面目にやれって。お前が終わらせないと、オレ達も帰れねーだろ」
「じゃあ、答え教えろよ」
「バカ! それじゃ意味ないだろ!」
どうやら、クラスメイトが大雅を励ましているみたいだ。
だけど大雅は、寝そべりながら窓の外に視線を向けている。
この調子じゃ、廊下で待っていても、大雅は出てこないだろう。
「……大雅」
教室の入り口から、声を掛ける。
その瞬間、大雅はガバッと上体を起こして、こっちを見た。
僕を見たとたんに、ぱぁぁっと笑顔になる。
「千尋先輩ッ!!」
大雅が立ち上がった拍子に、ガタンと椅子が倒れる。
だけど、大雅は椅子に見向きもせず、一直線に僕の所まで駆け寄ってきた。
「先輩、先輩っ! どうしたんですか!?」
巨人が迫ってきて少しドキドキしたけど、大雅は弾けるような笑顔で尋ねてくる。
まるで、尻尾をブンブンと振って飛びつくコムギみたいだ。
「あ、えっと。澤田が、大雅を呼んできてって言うから」
「迎えにきてくれたんですか!!」
「うん……」
「すげぇ嬉しいですッ!!」
大声にちょっとビビったけど、満面の笑みを見たら、大雅がどれだけ喜んでるか分かる。
可愛いなぁ。
本当に、愛犬のコムギと似てるから、つい笑ってしまった。
「フフ。まだ終わらないの?」
「すぐ終わらせます! ソッコーで!」
「分からないところあったら、教えてあげるよ」
「ホントですか!!」
大雅の目がキラキラと輝く。
後ろを振り向くと、友人と思われる男子生徒達にテンション高く話しかける。
「なあ、お前ら! 喉渇いただろ!?」
「あ、ああ……飲み物、買ってくるよ」
「ったく。戻ってくるまでに終わらせておけよ」
二人とも、呆れたような顔でそう言うと、入れ違いに教室を出て行った。
「スミマセン。あいつ、よろしくお願いします」
「あ、はい」
なぜか頭を下げて頼まれる。
「先輩、先輩っ! ここ、座って下さい!」
席に戻った大雅が、隣の椅子をすぐ真横においた。
隣は分かるけど、距離が近すぎないかな?
「千尋先輩っ、はやく!」
「うん。今いくよ」
ニコニコと笑顔で待つ大雅が可愛くて、僕は素直に隣の席に腰掛けた。
(終)