成長する君へ『ヒーロー向きの"派手"な個性ね、勝己くん』
かける言葉を間違えたのかもしれない、と。
振り返って不安になることは、意外と多い。
多くの幼子を預かり、その心が育つのを見守ってきた。園は、子供たちにとってほとんど初めてとなる小さな社会だ。同世代の友人と触れ合うことで、刺激を受けて人は育つ。毎日が発見と変化の連続だ。
子供たちと長く過ごすこともあって、心の機微には聡い方だと思う。
だからこそ、今になって自分の言葉を振り返るのかもしれない。
指触りの荒い造花を摘み、その下に隠されたヘアピンを開いた。白い布地に赤いリボンを重ね張りした、門出を祝うコサージュ。それを、反らされた小さな胸に留める。
誇らしげな表情が眩しかった。
「とっても似合うよ、勝己くん」
「トーゼン」
「勝己!」
背後に立っていた母親が、軽い力で子の頭を叩いた。そのまま金の髪がクシャクシャと柔く乱され、ほんの少しこちらへ傾ぐ。力負けして足が曲がっているけれど、それさえ除けば礼の姿勢だ。
「こんな時まで、生意気ばっかりですみません」
「い、いえ…」
間髪入れず細やかな謝罪が挟まれ、恐縮してしまう。以前から思っていたが、この保護者はためらいがない。
母親そっくりの幼子は不服そうに頬を膨らませ、ガッシとその手を掴んだ。赤い瞳が平時よりきゅっと吊り上がる。小虎のような唸り声が響いた。
「なにすんだバッバア!」
「口の利き方に気を付けな!」
もう一回、ぽふんと手のひらが小さな頭頂に落ちる。親子のじゃれあいなのだろうが、折角セットした髪が崩れてしまいそうでハラハラする。
こちらの心配など露知らず、わっしわっしと手を動かして母親が訊ねる。
「あ、緑谷さんってもう準備済んでますか?」
「はい。写真を撮ると言ってたので、ゲートの方じゃないですかね」
「ありがとうございます。ホラ、私らも写真撮りに行くよ」
そう言って母親は子から手を退けた。ややヨレてはいるが、髪型はほぼ元のセットのままだ。器用な人だと思いながら、膨れていた子を見た。
何でも器用にこなす、ちょっとやんちゃなリーダータイプだった。
個性が発現してからは、それがより顕著になったと思う。
同僚は、気にしすぎだという。
「勝己くん」
母親に手を引かれ、今日を境に巣立っていく子と視線を合わせる。
頭のいい子だ。察しもいい。伸び代もたっぷりあるだろう。少し我の強いところはあるが、言い換えれば芯が強いと言う美点だし、何よりヒーローに強い憧れを持っている。
検討はずれの杞憂で済むなら、それでいいのだ。
「卒園おめでとう」
あなたのこれからに、たくさんの出会いと変化がありますように。
願わくば、あなたを導いてくれる人に出会えますように。
そう願って、前歯の欠けた笑顔を見送った。