桜貝の片割れ 第1話〜雷蔵side〜
『不破雷蔵あるところに鉢屋三郎ありさ!』
その言葉にどれほど救われたか、勇気をもらったか、恋焦がれたか、五年生のみんなや忍術学園のみんな、ましてその言葉を発している張本人である鉢屋三郎も決して知らないだろう。
僕の同室は鉢屋三郎といって、5年ろ組の委員長を務める、教科、実技共に優秀な人だ。
中でも変装術を得意とし、1年の頃から素顔を隠し、様々な人に変装している。
そんな三郎が、みんなで言う素顔でいる時間を僕の顔にしているから、僕のことを他の人より特別に思っているのではないか、と考えてしまうのは自惚れからだろうか?
結論から言えば、僕は三郎を好いている。
もちろん恋愛的な意味で。
初めて三郎が僕と出会ったとき、僕の顔を借りたいと言ったとき、同室という特別な関係が僕らの間にできたときのことを昨日のことのように覚えている。
『あの、私は鉢屋三郎って言うんだけど…』
『三郎って言うんだ!僕は不破雷蔵。よろしくね』
今の、様々な人の顔に変装して人を勘違いさせたり、揶揄ったりしている三郎からは想像もつかないだろうが、入学当初は人見知りだった。
今では散々に揶揄ったりしている、同じ5年ろ組の竹谷八左ヱ門相手ですら、僕の後ろに隠れていた時期があったくらいだから。
『うん!…あのさ突然なんだけどお願いがあって』
『なあに?』
『私に、君の顔を貸してくれない…?』
初めて会った僕への一言目が顔を貸して欲しいだなんて、さすが三郎という感じだけど。
『僕の顔?』
『うん…。せっかく同室で特別だから。あ、だめだったら大丈夫だけど…』
初めて”特別”と三郎の口から言われて、その時は数いる中から同室になれたという意味でしか捉えてなかった。
まあ、多分三郎もその意味で言ったんだろうけど。
三郎は時々僕に対して”特別”と表現する。
三郎にとっての僕が他の人とは違うという意味だとしたら嬉しさもあるし、大した意味なく同室や普段の顔を借りてる相手という意味なら少し寂しく感じるが。
とにかく些細なことでも僕は三郎に対して期待したりがっかりしたり。
『いいよ!でもなにするの?』
『変装させてもらおうと思って…。はい、こんな感じかな?』
『すご〜い!僕が目の前にいる!鏡みたいだね』
なんて、無邪気な会話をしていた。
同室なんだから三郎の素顔を知らないなんて変だとよく言われるが、三郎は僕と出会う前から既に変装に長けていて、始まってあったときにはもう誰かの変装をしていた可能性がある。
知りたくない、と言ったらそりゃ嘘になるけど。
でも三郎が自分から見せたくなるまでは、見せようとしてくれるまでは、見るものではないんだろう。
そんなことを考えて我に帰ると目の前に僕の顔が、いや正しくはなにか企んでいるような僕の顔をした、三郎がいた。
「うわあああ」
お互いの鼻先が触れそうなくらい至近距離で、慌てて後ずさってしまう。
「酷いなあ、雷蔵ったら。また何か悩んでいるなら結論が出るまで待っていようと思ったのに…」
「お前は気遣い方が独特なんだよ。今は授業終わったから大丈夫だけど、こないだ授業始まりそうなのに雷蔵に声かけなかっただろ」
三郎のせい(僕が上の空だったせい?)で、今が授業の終わった後の教室だということを完全に忘れていた。
八左ヱ門が呆れたように三郎を見て言う。
「失礼な。雷蔵が悩んでいるのに邪魔なんて出来るわけないだろ」
「あのなぁ三郎…」
「竹谷先輩、ちょっといいですか?」
教室を出て3人で長屋に向かっている間に、八左ヱ門が代理の委員長を務める生物委員会の後輩、伊賀崎孫兵とその相棒であるジュンコが現れた。
「おう、いいぞ」
そのまま八左ヱ門がいなくなったので僕は三郎と2人で部屋へ戻る。
「八左ヱ門が委員長代理を務めているの少し可笑しいな。あいつも先輩やってるのか」
八左ヱ門は少し抜けている所があり、僕たち5年生の間ではそれが顕著だが、後輩の前では頼れる先輩になるようだ。
「確かにね。でも三郎もそんな感じだよね」
いつも5年にはちょっと(いい意味で)当たりが強く、勘右衛門に生意気だなんだと言われている(僕はあまり思ったことないけど)三郎だけど、委員会の後輩で三郎を慕っている一年生は組の黒木庄左ヱ門が話しかけてきたときは途端に先輩の表情になる。
「ええ、本当か?私はそんなに変わらないだろう」
少し不満そうな表情で三郎はこちらを見る。
学級委員長委員会はどこの委員会よりも学年の偏りが大きく、5年生2人と1年生2人の計4人で成り立っている。
しかも人数が少ないため、僕らよりも後輩との距離感が近くて、時々羨ましく思う。
僕も図書委員の後輩であるきり丸や怪士丸と話すことはあるが、多分旧作の方が年が近くて相談しやすいのだろう。
それに比べ庄左ヱ門や彦四郎は先輩が三郎と勘右衛門のみなので、4つ上でも遠慮なく話しかけられるんだと思う。
「1年生と距離感が近いのは羨ましいよ」
「それは学級委員長委員会の学年の偏りが凄い事というより、庄左ヱ門が私たちに遠慮なく話しかけてくれるからだと思う。彦四郎はもうちょっと、なんというか気まずそうだし…」
「確かに、庄左ヱ門は先輩に対して物怖じしないの凄いよね」
三郎が潮江先輩と話さなければならないのに躊躇っていたとき、庄左ヱ門が潮江先輩に話しかけたらしい。
その話を勘右衛門から聞いたときには兵助も八左ヱ門も、もちろん僕も笑い転げた。
多分三郎は完璧主義だから知られたくなかっただろうけど。
「庄左ヱ門はきっと優秀な忍びになるさ」
三郎は誇らしげに微笑んだ。
後輩思いで優しいところも僕が尊敬していることのひとつだ。