私の彦星と僕の織姫同じ組の学友に短冊を渡されたが、私は〝無病息災〟と当たり障りの無い願いを書き記して吊り下げた。
「三郎が書くと胡散臭いね」
「お前には言われたくない」
胡散臭さを体現したような男に覗き込まれ、私は仕返しに、彼が書いた短冊を取り上げて無断で読み上げた。
「美味しいものたくさん食べたい……ってお前なぁ」
「〝いけどん〟〝ギンギン〟〝もそ〟よりマシでしょ」
「あの人達は異次元だから……」
私と同じく、組の学級委員を担っている勘右衛門は、短冊を奪い返して吊り下げている。近くに兵助の〝俺の作った豆腐を食べてね〟と書かれた短冊が吊り下げてあった。
回覧板じゃないんだぞ。
当の本人は、火薬委員会の後輩に囲まれて、笹に彼らの書いた短冊を、高い位置に飾り付けてやっていた。
「三郎はさぁ、雷蔵との事を書くと思ってた」
縁側であぐらを掻き、七夕を楽しんでいる学園の生徒らを勘右衛門は眺めてる。
「わざわざ書かなくとも、私の考えや願いなんてこの学園の人物ならわかるだろう。主張する必要も、神頼みする必要も感じないしな……」
「いや〜なかなか神頼み出来る機会なんてないし乗っかっていいと思うよ」
勘右衛門の願いを叶えるのは簡単そうだ。何処から取り出したのか、棒の先で渦巻状に巻かれた飴を舐めている。
「神頼みなんて、自分の意思次第でいつでも出来るだろう。それに、己の願いもなし得ない織姫や彦星にあやかる気にはなれないな」
足を組んで勘右衛門の隣に腰掛けると、八左ヱ門に声をかけている雷蔵が見えた。生物委員も集まっており、人口密度がかなり高い。
「新しい短冊、貰えないかな?」
何となく、彼の短冊を覗くのは気恥ずかしく放っておいたが、書き損じたのだろうか。私は長所と思っている彼の悩み癖、この場面では出ないと踏んでいたが……。
「はい。書き損じ貰うよ」
「わ、悪いから自分で処分するよ!」
「そお? 雷蔵は何お願いするの?」
私は気になって仕方ないのだが、書き損じ(暫定)も新しく今から書く願いも、さらりと八左ヱ門は聞き出している。
「次のテストでいい点取れますように!」
可愛らしく、紙を両手で挟んで例を挙げる。
「雷蔵ならお願いしなくても取れるじゃないか」
「う〜ん……じゃあ無病息災?」
私が表向きに挙げた願い事が被り、口端が吊り上がってしまった。
「雷蔵、絶対もっと書きたいことあるでしょ〜!」
笑いながらも、追求はせずに八左ヱ門は新しい短冊を手渡し、自分の分を吊り下げていた。〝五年生みんな揃って進級出来ますように〟と随分可愛らしい。お前が一番心配だよ私は。
「叶うといいな、雷蔵」
勘右衛門と揃ってふたりに近づき、声をかけると驚かれてしまう。
「三郎! 勘右衛門も!」
「三郎は信じていないみたいだけどね。七夕って悲恋だし」
白々しい私を勘右衛門は見逃さない。舐めていた飴が、口に含めるサイズになり噛み砕いている。
「悲恋? 笹の葉には神聖な力が宿っていて、願いを天に届けてくれると信じられているんだぞ」
「へぇ〜……八左ヱ門って色恋に全く興味ないんだなぁ」
「勘右衛門、あると思ってるのか」
「いいや?」
「僕は……結構、織姫と彦星の事を考えちゃうなぁ」
会話を聞いていた雷蔵が、気恥ずかしそうに主張すると何故か視線が兵助に向かう。
「雷蔵?」
我々四人が集まっている上に、視線を向けられたとなれば兵助も歩み寄ってきた。腰回りに、委員会の後輩を引っ付けている。
「みんなと毎日一緒にいられる僕と比べて、年に一回しか会えないってどんな気持ちなんだろうって」
それはあくまで伝説であって……と水を差しそうになるが、雷蔵の純真さに胸を打たれながら
皆がお互いの顔を眺めている。
「もう五年も一緒にいるんだから考えられないよ〜。雷蔵、寂しい事言わないで」
勘右衛門は丸い瞳をうるうるさせて雷蔵に抱きついている。
「俺も、みんなや委員会で飼っている子達と離れるなんて考えられないなぁ」
「僕達もですぅ」
「久々知せんぱぁい……」
「まだ先の事だろう。俺も、みんなと一緒にいたいよ」
委員長代理は流石に慕われているなぁ……と見つめていると、私の反応も求められている気がする。
「まぁ、人並みに」
勘右衛門、生物委員会、火薬委員会がだよねぇ、と頷く中、雷蔵は驚き、眉を下げて微笑んでいた。
………
「……少し、夜風に当たらないか」
夜も更けて、各自部屋に戻っていくのを見送ったが、私は雷蔵を引き止めた。
彼の、本当の願いを知りたかったから。
雷蔵は、こくんと私を見つめ頷き、縁側で三角座りをする。私も同じ座り方で、隣に腰を落とした。
陽が落ちたとはいえ、じっとりとした熱気と冷えた夜風が混ざり、私達の間を通り抜けていく。
「綺麗……。晴れて良かったぁ」
雷蔵が夜空を見上げて、私も視線を追う。見事な星空が、文字通り天の川となり流れている。同じきらめきを見上げて、唇に笑みを描く。
しばらくして口を開いたのは雷蔵からだった。
「きっと……気にしているんだよね、これ」
流石に私の考えを分かってはくれていたのか、手のひらにくしゃりと収めている短冊を雷蔵は取り出した。
雷蔵の大きな手のひらにある短冊を取り上げて読む事も出来るが、それは私の信条に反する。
「そりゃあ、君の事なら全てが気になるさ。けれど、雷蔵の心や願いは、雷蔵のものだから」
隣にいるパートナーを見つめていると、ひとつ頷かれる。
「お前と……家族になれますようにって書いちゃったの」
覗き込むと確かに、黄色の短冊に〝三郎と家族になれますように〟と綺麗な文字で書き記されている。
「現実的になれる訳ではないけれど……」
「そんなの、もうかなっているじゃないか!」
照れながら短冊を再度くしゃくしゃとする雷蔵の手を掴んで、彼以上に大きな声をあげる。
「三郎……」
「普段の行いを改めなければいけないだろうか……私」
雷蔵が同じ気持ちであった嬉しさと、それを叶わぬものだと思わせた悔しさが同時に襲う。
「…………最も長い時間そばにいて、身を削ってでも助け支えたいなんて、家族以外の何者でもないだろう?」
嘘偽りなく、私は雷蔵の事が人生で一番大切なんだ。恩着せがましくなりたくないし、縛りたい訳でもないから口では伝えず、行動で示しているつもりだ。
「そうだね……。三郎、ありがとう」
にっこりと普段通り満面の笑みを浮かべ、私の手を握り返してくれる。
「嬉しいなぁ。三郎が家族だなんて、なんて幸せで心強いんだろう」
「礼を言うのも、幸せで心強いのも私の方だ」
照れてほてった私を冷ますように、どこからともなく髪が靡くほどの夜風に晒されてしまう。
どちらからともなく立ち上がり、部屋に入った。
「雷蔵が書いたやつ、欲しいな」
布団を敷き終わり寝転ぶ手前、私は胸元にしまわれたままの短冊に視線を向けた。
「え? これを?」
学園生徒の目に触れさせるのは私でも気恥ずかしいし、ふたりだけの秘密にしたい。
答える代わりに、八左ヱ門から貰っていた新しい短冊も胸元に収まっていたので無断で手に取り、机で願いを書き始める。
〝雷蔵とずっと家族でいられますように〟、内容は決まっていた。
私の願いを叶えてくれるのは、いつだって雷蔵しかいない。
「雷蔵の願いは私が叶えるから、私の分を持っていて欲しい」
ずい、と差し出せば、雷蔵は迷いなく頷いて両手で受け取ってくれた。そして、胸元から己が書いた分を私に預けてくれる。
「おやすみ、三郎。また明日も宜しくね」
「ああ、おやすみ」
大切そうに枕元へ置いてくれたので、私も同じように並べた。掛け布団の中にもぐり、私は雷蔵が眠りに就くまでずっと見つめる。いつもならすぐ睡魔に襲われるのに、珍しく今晩は雷蔵も目が冴えていた。
了