高諸①雨が降っていた。五月の終わりにしては肌寒く、窓の外には濡れた街路樹が風に揺れている。高坂は、キッチンの時計をちらと見た。
――23時14分。今日も、尊奈門はまだ帰ってこない。
「……遅いな」
呟いた声が、静かな部屋に落ちた。
大学進学を機に、尊奈門がこのマンションに転がり込んできてから一年が経つ。最初は賑やかで、毎晩のように今日の出来事を語ってくれた。講義で隣になった子が面白かったとか、サークルに誘われたけど断ったとか、やけに細かく報告してくれるものだから、高坂はうんざりしながらも耳を傾けていた。
――だけど、あの男と付き合い始めてからは変わった。
「……尊」
小さく呼びかけるように名前を呟いたとき、カチャリ、と鍵が回る音がした。
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