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    ハナモゲラ

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    ハナモゲラ

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    月島さんと鯉登さん真ん中お誕生日おめでとうございます。
    婚活パーティーに参加した月島さんがトラブルに巻き込まれて最終的に鯉→月になるお話です。現代パロディ、婚活という特性上モブキャラも出てきます。ハッピーエンドです。

     ここは東京某所にある高級ホテル、KOITO-Diesamoenus。ホテルに5つ設えられた食事処のうち最も予約が困難な、ミシュ〇ン一つ星を獲得したフレンチレストランである。

     受付へ身分証と独身証明書を提示してスタッフへ案内された男性――月島基は、会場内をぐるりと見回して深呼吸した。天井にぶら下がる三角錐のライトが場をムード有る舞台のように照らしており、シーリングファンがくるくる回っていた。
     すでに着席している男女たちの緊張を和らげるように流れる、トランペット、ピアノ、ウッドベースのジャズ生演奏が心地良い。しかし月島の気分が晴れるわけではなく、どんよりとした表情で自分にわりあてられた席へつく。窓際の席だった。レストランの真ん中にある噴水がちゃぽちゃぽ音をたて、それがやけに耳に残るので落ち着くため椅子へ深く腰掛けなおした。右へ首を巡らせば、夜の帳をおろした空と、綺麗にライトアップされた広い庭が巨大なガラス越しに一望できる。受付で頼んでおいた通り、りんごジュースが席に運ばれてきて、月島は給仕スタッフへ会釈をした。軽食も頼めるが、あえて月島は集中するため食べないことにした。アルコールも選べるが、今夜はソフトドリンクのみで勝負に挑む。
     18時から貸し切ったこのレストランで、これから何が行われるかといえば――Fateful encounterという会社主催の、運命の相手を探す…いわゆる婚活パーティーであった。参加は20歳から35歳まで。月島は長いあいだ特定の恋人もいない、34歳の坊主頭。頬から目元にかかる皺がトレードマークの、小柄かつ鼻の低い男である。年収もそう飛び出て多いわけではなく、今夜の婚活パーティーでどう立ち回るべきか自分でも計りかねていた。スーツは新調したし床屋にも行ったのだが。
     そもそも、超ハイステータス限定のこの場所へ何故月島が参加できたのかといえば、費用やチケット諸々を上司の鶴見さんが手配してくれたせい…いやおかげ、であった。同僚がおかした失敗を休日返上でリカバーした月島へのご褒美という名目だったが、鶴見の本心といえば、世界の狭い…健康ランドと会社と自宅しか生活圏にない部下を心配し、多少なりともその人生に「彩り」を添えたいという親心であったろう。婚活パーティー参加を固辞し続ける月島へ、一度くらい恥をかいてこいと半ば蹴りだされる勢いで押し切られたのであった。
     果たして自分は結婚したいのだろうか? もう一度月島は深く内省した。仕事ばかりで趣味に時間をかける余裕もなかった、これからはゆとりを持って生きたい。一緒に温泉をまわるような友人が欲しいと思う。よい友人関係を維持するために努力したいと強く思う。結婚どうこうではなく、お友達からおつきあいしたい。
     しかし周りを見渡せば、みな気合を入れた服装と「必ず成果を得る」という覇気を全身みなぎらせており、どうみても自分はこの婚活パーティー会場にふさわしくなかった。場違いの月島基。りんごジュースは美味しかった。2杯目を頼んだ。

     事前に送られてきた手紙より、今夜のシステムはあらかじめ参加者に周知されている。パーティー1週間前までに男性参加者は専用アプリに登録し、日常の写真をアップロードする。個人情報は名前と年齢、会社員か個人事業主かを記載するのみだが、ほかに簡単な自己紹介(アピールポイント)を入力しておく。趣味や好きな食べ物などが無難であると聞き、趣味は筋トレと温泉めぐり、好物は白米といごねり、…と馬鹿正直に入力した月島であった。アプリに登録した写真は去年、仕事で知り合った農家で稲刈りを体験したとき鶴見さんに撮ってもらった渾身の1枚だ。汗と泥にまみれた月島と黄金の稲穂、風光明媚な背景のコントラストが心に残る芸術的な作品である。もう1枚、鶴見さんの愛娘であるオリガさんに選んでもらった写真をアップロードした。千歯扱きで脱穀しているときの表情が真剣で格好いい、と彼女のお墨付きをもらった写真だ。

     Fateful encounterパーティー。
     当日の流れとしては、まず全員で乾杯して、それから女性たちが自己紹介カードを手に男性の席を回る。基本は5分という決まりだが、待機列がなければそれ以上話してもいいフリートークタイムとなる。うまくマッチングすれば女性は男性に自己紹介カードを渡す。配られた自己紹介カードの内訳は女性10枚、男性は1枚のみ。フリートークにおいて選ぶ権利は女性のみにあり、男性は待つというシステムだ。ハイステータス男性が鈴なりなのでそのシステムでうまく回っているという。ちなみに男性から男性へトークを申し込み、カードを渡すのも可能だが、1枚の切り札をきる捨て身のアプローチとなる。フリートークタイムの後は会場を隣のクラブラウンジに移して立食パーティーとなる。ビンゴやゲーム大会など楽しい催しが企画されていて、その最後に男性が――フリートークで自己紹介カードを受取った女性の中から――ひとりの女性を選び、相手にたった1枚の自己紹介カードを渡す。これでハッピーエンドの流れだった。

     …おそらく月島はりんごのみならず、ソフトドリンクをすべて制覇するハメになるだろうと容易に予測できた。喉を一度もおしゃべりで乾かすことなく。
     しかし元来の生真面目な性格からか、最初から投げやりにもなれない。月島は女性が自分の席に来てくれた時どう答えるか、何度もシミュレーションして頭に叩き込んできた。自宅で日課の筋トレをしながら、婚活パーティーで鉄板の質問――休日何をやっているか、の模範解答を暗唱したのである。
     そうはいっても月島の期待がビンゴ大会に移りつつあるのは否めない。景品に米はあるだろうか、絶対当てたい。


     月島の内情には関係なく、パーティーは始まった。拍手しながら周りを見渡すと、男女合わせて50人近く参加していた。
     パーティ主催の男性は若く、20代前半に見えた。学生ながらイベント会社をたちあげて、街の活性化のために出会いの場をつくっているのだという。素敵なパートナーと出会えることを祈っていますという主催挨拶のあと乾杯しフリートークタイムとなり、女性たちは賑やかに男性の席へ移動しはじめた。


     会場は十分すぎるほどあったまり、花やかな笑い声があちこちの席でおこっていた。1秒でも無駄にしない、と席と席の間を走りまわっている女性も多々いたが、開始30分経っても月島の席には誰も来ず、座ってソフトドリンクを飲むおじさんの彫像と化していた。

     会場を見渡すと、参加者がフリートーク待機列を作っている席もちらほらある。月島がなにげなく観察のため視線をあちこちに飛ばしていると、「最後尾です」の札を持っている女性を見つけて仰天した。噴水をぐるりと取り囲むようにフリートーク待機の女性と――男性も数多く並んでいる席が、ひとつだけ、あった。
     視線で列の先頭まで追っていくと、席について一生懸命話している女性と、その対面に、会話へ真剣に耳を傾ける男性がいた。
     すこし…いやけっこう個性的な眉毛が印象的だが、その下にあるのは理知的に輝く瞳と切れあがった眼じり。芸術家が魂込めた一刀で削ぎおとしたというような美しくシャープなラインを描く頬。若々しく健康的な褐色の肌をもつ青年だった。まだ20代前半だろうか、長い足を窮屈そうにテーブル下に押し込めている。スーツ上からではあるが、胸の厚みからいって何か特殊な鍛え方をしていると分かった。武道をやっているのだろうか。
     月島は暇にまかせて専用アプリを開き、褐色の青年のプロフィール画面を見た。名前は『鯉登音之進』。年齢は21歳。趣味はドライブと剣道、サーフィンとボルダリング。現在は大学に在学中――。
     20歳から35歳までのパーティーであるため、21歳はルール違反ではない。また、参加にあたり主催に年収・所属会社と役職を明かすのだが、それについて彼は免除だろうとたやすく想像がついた。ホテルの名前と同じ苗字。KOITO-Diesamoenusホテルは鯉登ホールディングスが経営しており、音之進氏が鯉登一族の一員であることは明白だった。
     アップロードされている写真は、ドライブ中立ち寄った道の駅で撮った一枚。カジュアルな服装だがだらしなく見えない。タイマー撮影したものか、すこし表情が固くその目は鋭く、見たものに服従と沈黙を強いる妙な迫力があった。本人の意図と違うかもしれないが、男性的な魅力を感じさせる写真である。鯉登氏がよりかかっている愛車はAudi e-tron GTのようだった。もう一枚は、沢山のサーフィン仲間とのバーベキューで肉を焼いて分けている彼の笑顔が眩しい写真だった。すこし煤で汚れたTシャツだがそれもまた似合っている。
    (――写真選び。次回の、参考にしよう)
     月島はアプリをそっと閉じ、スマホを鞄にしまった。いや、もう次回なんてないと心が叫んでいるし、この婚活パーティーにおいて求められる男性像に打ちのめされはしたが、とにかく次回に期待とそういうことにしておいた。


     さらに20分経過したが、誰も月島の席には座らなかった。


     自分だけ時が止まったようだった。賑やかに話し声が弾む会場内をぼんやり見ていると、主催の男が鯉登の席へやってきて、フリートークの合間に一言三言、耳打ちしているのに気付いた。月島は何も考えずそれを眺めていたが、どうやら鯉登は主催者と知り合いらしいと分かった。鯉登はただの参加者ではないのかもしれない。
    「…いや自分のことに集中しろ。挨拶、言葉遣い、笑顔と頭を下げる角度…」
     まずは
     →休日なにをなさっているのですか。
     →ペットは飼われていますか
     →掃除、洗濯、炊事、なんでもこなせます。

     と何度も繰り返してきたシミュレーションをぶつぶつ反芻していたところ、がたっと目の前の椅子が鳴った。
     反射的に体ごと頭を上げると、目の前に女性が座っていた。明るい表情をしており、ほんのり上気した頬をふわりとカールした髪が覆っていた。
    「初めまして、明石八重です。フリートークいいですか?」
    「初めまして。月島基と申します。明石さんとお話しできて嬉しいです。トークの相手に選んでくださってありがとうございます。」
     脊髄反射で、練習していた言葉が口から飛び出した。

     さあこれからフリートークタイムの始まりだ。楽しい時間を過ごしてもらえれば、女性の『自己紹介カード』が月島に手渡されて温泉友達ができる…という塩梅だ。
     まず明石さんのターン。
    「わたしは、動画ストリーミングのMABERA・TVでアナウンサーをしています。報道ニュースQtoZという番組なんですけど、月島さんはご存知ですか」
     死角から攻撃された心地がした。知らない、まったく、聞いたこともないテレビだ。月島は有効な一手がくり出せない。
    「は、いいえ、存じ上げませんでした。テレビはまったく疎くて…すみません、次回放送から見ます」
    「いいんです、まだまだ知名度が低いので…。ニュースとお取り寄せお菓子の食レポコーナーを担当しているので、今度ぜひ見てくださいね。あの、月島さんは、ご職業…なにをなさっているんですか」
     専用アプリには会社員、個人事業主、など簡素な情報しか載せない。この主催者がおこなう婚活パーティーにおける顧客であり商品でもある――独身男性――の質は担保されているため、フリートークタイムでお互いの個人情報を明かす仕組みになっていた。
     月島ももちろん隠すつもりはない。いよいよターンが回ってきた。
    「出版社に勤めています。雑誌編集部に籍を置いています。」
     30~40代男性をターゲットにした、論考も嗜み趣味も楽しむ、チョイ悪おやじが読む雑誌であった。
    「あ、じゃあ、わたしたち、メディアは違うけどお互いマスコミのお仕事をしているんですね。」
     嬉しそうに微笑む明石さんを前にして、月島もようやく緊張がほぐれてきた。
    「偶然ですね。この業界は一般的に、就業時間が不規則ですから、同じ職種だと安心します。」
    「お互い事情が分かりますものね。ところで、月島さんがアプリに載せていた写真、素敵な一枚ですね。こちらは…?」
    「取材先の新潟県で撮影した写真です。ご厚意で稲刈り体験をさせていただきました。そのとき食べたおにぎりの味は忘れられません」
     いや、俺のことはいい。明石さんのことを聞きたい。月島は練習通りに復唱した。
    「明石さんは休日どのように過ごしてらっしゃるんですか」
    「発声練習とポッドキャストの公開準備…あとジムに行ったり、あんまりたいしたことしてないです。」
     ――ポッド… キャスト…?
     いや月島も存在は知っているが、配信者と会う機会はそうそうなかった。そのため、思わず聞いてしまった。
    「どのような配信なのですか」
    「綺麗に話すコツや、滑舌のよい話し方…ほかに第一印象を特別なものにする方法論です。」
    「なるほど…」
     感心している場合か、いまは、結婚した場合の人生設計とかそういうものを聞く局面ではないのかと頭をよぎったが、月島はまず相手のえらんだ職業や立場を尊重し、その話を傾聴するという行動から離れられなかった。
     配信内容を教わったり、明石さんが家族と仲が良い、TVの職場では愉快な同僚がいるなど相手の事情を聞くうちに、フリートークタイムは終了となり、彼女は席を立って別の席へと移動をしていった。

    「…………………」

     何の成果も得られなかった。

     月島はソフトドリンクを全種類制覇するため、最後のレモネードを頼んだ。

     第一印象を特別なものにする講義を聞いて勉強するべきなのかもしれない。月島の手には自己紹介カードではなく、MABERA・TVのQRコードとポッドキャストのリンク先が載った明石さんの仕事用名刺があった。運ばれてきたレモネードの味は絶品だった。さすがミシュ〇ン一つ星だ。このレストランでレモネードを飲むのはこの先の人生で一度もないだろうと思うと、余計臓腑に染みた。顔を下へ向け、深く刻まれた眉間のしわを指で揉む。
     

     またガタっと目の前の椅子が引かれたので、月島は秒で頭をあげた。もう終わった、と思っていたが、フリートークチャンスがまだ残されていた!

     だが、
     

    「よう、オッサン暇そうだな。全然席に女来ねぇ」
    「…………どちら様ですか」
     見たところ30歳前後とおぼしき男が横柄に座っていた。サラリーマンを装った詐欺師、なにかスジモンぽい臭いを感じたが、ブランド物のスーツが胡散臭さを中和していた。ふにゃふにゃ動いて体幹が弱そうだが、雰囲気イケメンであることは間違いない。
     システム上、女→男の席へ回るというルールで、男→女は認められていない。だが男→男や女→女を禁止するルールは主催側で作っていないため、同性同士の会話で盛り上がっている席も多かった。月島はフリートークタイム開始だと思って反射的に口を開いた。
    「初めまして。月島基と申します。お話しできて嬉しいです」
    「いや違う違う、オッサンと話をしにきたわけじゃない。それより…さっきの明石ってアナウンサーのエロ動画があるんだけど3万で買わないか?」
    「……………………………。……………………………。」
     

     ――いま何を言った?こいつは。
     

     理解の範疇を超えている。
     状況が飲み込めず黙ったままの月島に対し、身を乗り出して男は自分のスマホを目の前につきつけてきた。鼻が低いため、顔面ギリギリまで近づけられたスマホに対し、月島が寄り目になる。
    「オッサンは明石アナに振られたんだろ?オレは明石アナのハメ撮り動画を持ってる、なにしろ元カノだったんでな。オレたち男には、言いなりにならない女へ復讐する権利があるンだよ。ハメ撮り動画を見てヌいてやればいい。…ケーブルであんたのスマホと繋いで直接データをやり取りするからアシはつかねぇ。テレグラムもデータ漏洩するしな、アナログのほうが安全だよ、今となっては」
     手慣れた様子である。さっさとあんたのスマホ出しな、と。もうすでに売買契約成立といったテイで動いている男に対し、月島は冷静な声で告げた。
    「………いや、アンタの言うことは信用できないな。まず動画を見せて本物かどうか確認しないと金は払えない」
     そう言った月島の両目。瞳孔と虹彩はぐんと小さくなり、それを取り囲むように真っ赤な毛細血管が茨のごとく巻きついていく。様子が変わった彼に気付かないまま、男はケーブルをスマホに取り付けながら頷いた。
    「抜け目ねぇな。ほら、最初だけ再生してやるよ。金はテーブル下でやり取りしよう、見たらさっさとオッサンのスマホ出せよ」
     三角ボタンを押し、男は動画を消音状態で再生した。場所は薄暗いホテルのベッド。裸の女性が身をよじりながら苦しそうに喘いでいる。首を絞められながら撮影者と性行為をしており、スマホ録画を拒絶して女性が抵抗している。その抵抗を嘲笑うように首にかかった腕の力が増し、女性は苦痛に顔をゆがめていた。
     

     ――確かに、動画の女性は、さきほどの明石さんだった。





     婚活パーティー中の華やかな会場で、突如打ち上げ花火があがった。



     そのあと、放物線を描いてばかでかい物体が噴水に落ち、イルカショー最前列のような盛大な水飛沫が参加者を襲った。悲鳴と、椅子が倒れる音で会場は騒然となる。逃げ惑う婚活パーティー参加者たちの足音とグラスが割れる音の不協和音。
     噴水近くの席だったため鯉登音之進は頭から水をかぶり、オーダーメイドのスーツも水浸しになった。鯉登のテーブルに山と積まれていた男性および女性からの自己紹介カードも、悲しいことに水に濡れてしまった。
     鯉登が前髪から水をぽたぽた垂らしながら噴水へ駆け寄る。ちゃぽちゃぽ噴水はいまだに流れ続けているが、その真ん中に落ちた男は頬を真っ赤に腫らしており、完全にのびている。鯉登はひとまず男の襟をつかんで噴水から引きずり出すと、首を会場へめぐらせた。
     ドン、という腹の底を震わせる音とともに男を撃ち上げたのは、窓際席の傍らに立つ、小柄な坊主頭の男であった。振り上げた拳を身体の横に引き戻した時ちらりと見えた右腕は、上着がはちきれんばかりの筋肉で膨れ上がっていた。一撃で大の男を噴水までフッ飛ばす、その馬鹿力を裏切らない分厚い筋肉を男はまとっていた。

     彼は、逃げる様子はない。
     目から赤い火花を散らし、仁王立ちしていた。



     
     鯉登は婚活パーティー主催の青年と同じ大学であり、旧知の仲だった。会場としてホテルのレストランを押さえたのも鯉登の助力によるものだ。
     非常事態に鯉登は主催よりも素早く動き、ホテルの従業員に頼んで濡れた参加者用のタオルを準備してもらい、パニックになった参加者たちを隣のクラブラウンジへ誘導するよう手配した。希望者には服のレンタルとクリーニングに無料で応じるように伝える。
     この大騒ぎが起こったのはフリートークタイムがちょうど終わる時刻だったため、隣のクラブラウンジもパーティー準備は完了しており、スムーズに参加者の移動ができたのだった。

     男――月島基と名乗る30代半ばの彼は、恐縮しきっていた。
    「すみませんでした。殴り飛ばしたことは後悔していませんが、みなさんの楽しい時間を邪魔してしまったことに間違いはありません。ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
     割れたグラスは弁償します。フレンチレストランで主催者にそう言って頭を下げる月島の席にはケーブルの付いたスマホが一台、置いてあった。女性の自己紹介カードは一枚もなかった。フリートークタイムで女性一人と例の男以外誰とも話していないことも含め、月島は経緯を淡々と説明してくれた。
     のびている男を拘束し即通報、証拠品であるスマホの押収と警察への対応は主催者に任せて、鯉登は「これから警察に出頭します」と項垂れる月島をなだめ、レストランの個室へ誘ったのである。お腹すいていませんか、うちのホテルで炊いた米は絶品ですよ、と。

     ――騒ぎから30分後、鯉登はKOITO-Diesamoenusホテルの和食レストランの個室で坊主頭の男とふたりきり、向かい合わせに座っていた。濡れたままの状態など鯉登はもちろん嫌だったが、即座に行動しないと目の前の男は消えて居なくなるような気がして、急いで服の上から全身タオルで拭き、鏡を見ながら手櫛で髪を整えただけである。
     部屋は通常は接待で使う和室であり、障子をあければ松の木と枯山水を眺めることが出来る。


    「えっ、ディープフェイク…!?」
     月島が健啖ぶりを示し、炊きあがった白米に舌鼓をうっているなか、鯉登は事情を説明した。
    「そうです。犯人の持っていた動画は、有名人の顔を別の人物と合成させて作られたものです。ディープフェイクといわれる動画生成技術を使った偽物です。」
    「じゃあ、明石さんが実際撮られたものではなかったんですか。てっきり、リベンジポルノの被害にあっているのかと思っていました」
     明石さんとはフリートークタイムに同席しただけであり恋愛感情はないが、道義的に許されることではない、あの男の卑怯な行動に憤った月島は悪童と呼ばれた学生時代に一瞬戻ってしまった。話し合いができる相手じゃねぇ、拳でしゃっつける、と。
    「男が見せたものはフェイク動画です。しかし、合成前の性加害動画も自分で撮ったもののようですし、余罪はかなりあるでしょう。これ以上被害を出さないためにもここで捕まえられて良かった。月島さんのおかげです。」
     月島は箸をおき、恐縮して頭を下げた。
    「いえ、私は何もしていません」
     結果的にソフトドリンクをたらふく飲んで男をぶん殴り会場を大パニックにしただけだが、犯罪者を捕まえる手助けができたなら良かったと、月島は思った。実りのなかった婚活パーティーへの参加もなにかのお導きなのかもしれない。米の神の。
     鯉登は両こぶしを握り、悔しそうに言った。
    「組織的犯罪で、界隈では有名でしたがどうしても奴らの尻尾を捕まえられなかったのです。参加者の…複数の女性の動画を撮影し、その場でAI生成してポルノ動画を作り、女性に振られた参加者に売りさばくという悪辣な手口でさまざまな婚活パーティーを荒らしまわっていました。…動画を購入した男は固く口を閉ざしますから、内部告発もなかったのです。」
     鯉登は月島に食事を促したが、自分は膳に箸をつけず、重々しく告げた。
    「購入した男はまたネット上に動画をトロフィーのようにアップロードしていました。その動画に映っている女性は皆、Fateful encounter社のパーティー参加者に該当すると判明し、被害にあった多くの女性から告発されて、代表の友人は窮地に追いこまれました。尊厳を傷つけられたのですから女性たちが訴えるのは当然のことです。ネットに動画をあげていた人物は開示請求してつきとめましたが、…同時に動画売買でスマホをケーブルでつないだ際に個人情報もすべて引き抜かれ犯人一味から脅されていたことも判明しました」
    「…そんなことが」
    「私は、友人が主催したパーティーを狩場にして、他者を貶める犯人たちが許せませんでした。犯人逮捕の糸口を探すためにパーティーへ潜入したのですが…」
     鯉登はためいきをつき、ぐい吞みの酒をあおった。
    「まったく役に立ちませんでした。私だけでは捕まえられなかった。犯罪を見過ごさなかった月島さんに感謝しています」
     月島はパーティーのフリートークタイムを思い出した。潜入捜査したら多くの男性女性からフリートークのお誘いがひっきりなしに続き、犯人がいないか探るどころではなくなったというわけだろう。月島は目の前の青年をあらためて見た。華があり、顔立ちが整っているのでどこにいても目立つ、身分秘匿捜査には向かない容姿である。


     婚活パーティーの続きが催されている別室のクラブラウンジ。おそらく今ごろは、ビンゴ大会で会場が盛り上がり、参加者が当たりはずれで一喜一憂している頃合いだろう。あの騒ぎがあったので、お詫びも兼ねてホテルから多数の景品を寄贈していた。景品が当たった喜びやカップル成立を祝福する賑やかな声もこの個室には届かない。
     月島と至近距離にいて頬が上気するのを感じ、涼むために鯉登は障子をすこし開けた。夜空には花が撒き散らされたように星々がきらめいていて、鯉登は背を押されたような心地がした。

     仁王立ちの月島の恐ろしさ、個室にやってきてから聞く彼の誠実な話しぶりと声の音色。白米を美味しそうにほおばる顔。そのすべてが曙光のように鯉登の心を照らしてあたためる。こんな感情は初めてのことで、月島が逃げないと言質をとってからでないと帰せそうにないと、鯉登は内心――切羽詰まったぎりぎりの状態だった。月島と会話するたびに、彼を知ることができた喜びによる穏やかな波と、彼を逃したくない暗い波濤が交互に鯉登を侵食していき、じわじわと焦りが心の底から噴き出てくる。すでに闇のほうが濃くなりつつあった。

     酒杯をもう一度あおり自分を鼓舞してから、鯉登は月島をまっすぐ見つめた。
     
     
     ここからが本当のフリートークタイムだ。
     
     
    「アプリに載っていた月島さんの写真を拝見しましたが、素晴らしいですね。稲刈りをしている月島さんが豊穣の神に見えましたよ」
     鯉登の声のトーンがすこし変わったが、月島は気づかず、3杯目のご飯を噛んでしっかり飲み込んでから答えた。
    「これは鶴見さんに撮ってもらったものですから、私の手柄ではないです」
    「鶴見さん… もしかして…写真家の鶴見篤四郎さんですか?」
    「はい。私は雑誌の編集部に所属していますが、外部のカメラマンに撮影を委託することがあります。鶴見さんは我が社と専属契約を結んでいて、撮影を依頼することが多々ありまして――報道カメラマンとして彼が現場に赴く際は必ず私を助手にと指名してくれるのです。一緒に修羅場をくぐっているせいもあり、公私ともにお世話になっていまして…今回、撮りためたなかから婚活パーティーに使うよう取って置きを出してくれました」
     フォトコンテストに出せば受賞間違いなしの1枚だが、鶴見は稲刈りの写真をことのほか気に入って、月島との思い出として大切に個人所有していたのだ。月島ももちろん特大サイズの焼き増しを1枚もらっている。
    「道理で美しい写真なわけだ……もう一枚の、脱穀している写真も鶴見さんが撮影を?」
    「ええ。取材先の新潟県で、稲刈りと脱穀体験をさせていただいた時の写真です」
    「脱穀しているときの真剣な眼差しに引き込まれます。米を見つめる中に優しさもあって…ずっと眺めていたくなる」
    「は、…いや、恐縮です」
     米を見つめる時の慈愛をも感じ取ってくれて、月島は少々面映ゆい。鯉登さんも米好きなのだろうか。
    「もしかして、月島さんの撮った写真もあるんですか」
    「いえ、私はただの手伝い兼戦闘要員でして。撮影技術を見込まれているわけではないので写真はやりません」
    「…戦闘要員、とは…」
    「2年前、鶴見さんに随伴して戦場にいった際、現地の軍隊に襲われたことがありました。怪我した鶴見さんとカメラ機材を背負いながら手りゅう弾の雨から走って逃げたり…、丸太を軍隊にぶん投げたり…まぁそういう非常事態のために居るようなもんですよ、私は」
     助手としての価値もない、と軽く言ってのけた月島へ、鯉登は自分の左胸をシャツの上からぎゅうっとつかんだ。

     ――ないごてだか分からんがときめっ(ときめく)。

    「……それ、もしかして今日のフリートークタイムで女性に話しましたか」
    「まさか、こんなこと言ったら絶対嫌われますよ。話していません。」
     月島は前述のエピソードを格好悪いものとして受取っているようだが、鯉登にとってはますます彼に興味をそそられ、心惹きつけられる内容であった。これを誰にも話していないとは。
    「……おいはふ(運)がよか、神様が味方してくれちょい!!……」
    「??」
    「いえ、取り乱してすみません」と鯉登は咳払いした。


     鯉登の様子がおかしかったので、新しい話題をふろうと、月島はアプリでプロフィール写真を見たことを告げた。
    「鯉登さんの写真、すごく格好良かったです。バーベキューの写真がほんとうに楽しそうで、あなたの笑顔はまわりを明るくするんだなと…そう思えるくらい輝いて見えました」
     まわりを明るくする笑顔だからこそ、あのフリートークタイムの列であろう。結果が示しているしな。…と、そう思い出しながら何の気もなく月島が告げると、鯉登はンッと呼吸を一瞬とめ、ぐい飲みを押しつぶさんばかりに握り締めた。顔を赤くしてなにかを堪えている様子で、月島は眉をひそめた。
    「――私のプロフィール画面を見てくれたんですね。嬉しいです、今度機会があれば、月島さんにも肉を焼いてふるまいたいです。ごはんも飯盒でたくさん炊きますから」
    「はは…それは嬉しい。ありがとうございます。」
     社交辞令だろう、律義な青年だと月島は感心した。
    「写真も素晴らしかったですが、あのとき…犯人を殴ったときに見た月島さんはわっぜ凄かった。目から赤い火花が散って、鬼みたいで格好良かった。」
    「普段の私は無害なんですけど、あのときばかりは我慢ならなくて」
     さきほど話した戦場などの極限状態以外ではわりと月島は温厚な性格だと自負している。学生時代はのぞくが。
    「いえ、月島さんの勇気ある行動で何人も救われましたから。……ところで、月島さんは休日なにをなさっているのですか」

     ――…………。

     今もしかしてフリートークタイムか?と一瞬思ったが、そんなことあるわけがないと考え直し、ただの雑談として月島は普通に答えた。
    「筋トレと健康ランド通いです。取材先で温泉につかることも多く、あの心地よさを覚えるともう家の狭い風呂じゃ満足できなくなりました」
    「大きい風呂場が好きなんですね。月島さんは仕事柄、秘湯にもくわしいのではありませんか。お風呂巡り、私もぜひご一緒したいです」
     いや、これは気をつかってくれているんだよな?リップサービスの類であり本気にとる必要はないのだと、月島は軽く考えた。この青年、誰にでもこんなことを言っているのだろうか、勘違いされるぞと月島はすこし心配になった。
     何にせよ、リップサービスにはリップサービスで答えるのが礼儀というものだ。
    「はい、私も温泉仲間が増えたらいいなと思ってこのパーティーに参加しましたから。鯉登さんがよければぜひ一緒に」
    「!!!」
     ぱっと鯉登の頬がピンクに染まり、華やいだ。青年の恋心に爪をぎゅうと食いこませてしまったのだが、月島はまったく気付いていない。
    「あたいが運転すっで、ぜひ行きもんそ!!次んお休みはいつと?月島どんにあわせて時間を空くっ」
    「あの、ええと…」
    「すみません、感情をおさえられず、思わず故郷の鹿児島弁でしゃべってしまいました。…私が運転しますので温泉に行きましょう、次のお休みはいつですか?月島さんにあわせて時間を空けます。」
    「……そんな、鯉登さんも授業やサークルで忙しいでしょう。あなたが私に合わせるなんてことはしなくてもいいんですよ。貴重な青春です…あなたの時間を大事にしてください。」
     リップサービスではなく本気だったのか。プロフィール写真で見た、相手に服従と沈黙を強いるような――ある種ひとを寄せ付けないイメージとは真逆の人懐こさに、月島がたじろぐ。今の大学生はみんなこうなのかと月島は少々うろたえた。
    「気にしやんな。ぜひ行こごたっじゃ!!…んんっ、月島さん、スケジュールを確認するために連絡先を交換しましょう。RINEやっていますか?あと電話番号も教えてください。自宅の最寄り駅はどこですか、迎えに行きます」
     
     ――いや、待て待て。なんだか知らないうちに具体的に話がすすんでいる。ここらでいったんブレーキを踏んで体勢を立て直さなければ。

     求められるまま連絡先を交換しながらそんなことを考えていた月島だが、内心混乱していたのかもしれない。筋トレしながら覚えた婚活パーティー常套文句が口から飛び出してしまった。
    「ところで、鯉登さんは、ペットは飼われていますか」
    「!! ペットというか…家族がいます。犬島とクズリ之進と同居していて、一緒に遊ぶのが日課です。プロフィールには載せませんでしたが…」
     月島の質問へ食いぎみに齧り付いた鯉登は、スマホの写真アプリを立ち上げた。
    「犬…、 クズリ… ?」
     スマホで犬島とクズリ之進の画像を月島に見せてくれる。カメラロールの端にあるバーがやたら小っちゃい。大量にある写真どれもにふわふわな小さい白い犬と、犬の尻尾にじゃれつくクズリとおぼしき茶色い毛の獣が映っていた。クズリはアナグマっぽい獣に見えた。常に体のどこかをくっつけている犬とクズリは仲がよさそうで、どちらもカメラ目線。犬の目は信頼に満ち、クズリは瞳がいたずらっぽくキラキラと輝いていた。撮影者である鯉登さんのことを、犬もクズリもとても好きなのだろうと月島は思った。
    「ふたりとも利かん坊で、私以外の誰にも懐かないのが悩みの種です。でも月島さんなら大丈夫そうだ、ぜひふたりに会いに来てください」
    「…………」
     ――鯉登さんちのふたり可愛い。クズリちょっと気になるな、会いたい。堅苦しい表情をした犬の方にもなにかシンパシーを感じる。
     スマホを見ながら月島は大いに好奇心をそそられた。

     食事のフルコースが終わったとき、鯉登はうやうやしく頭を下げた。髪の毛はまだうっすら濡れたままで、スーツも染みが目立つがなりふり構っている状況ではない。必死だった。
    「私は鯉登音之進といいます。初めて会ったとき、鬼みたいに恐ろしくて、あなたから片時も目が離せませんでした。月島さんと話していくうちに、ご飯を食べる笑顔や言葉のひとつひとつにどうしようもなく惹かれて、もっとあなたのことを知りたくなりました。」
     ここまで一息。鯉登は息継ぎすると、次の恋の矢を放った。どの矢でもいい、月島さんの胸を射られれば。
    「掃除、洗濯、料理、なんでもこなせます。もうコンパにも行きませんし、月島さんを不安にさせるようなことは決してしません。月島さんさえよければお付き合いしたいです。どうか、よろしくお願いします。」
     パーティー終了時に男性から女性へと渡す自己紹介カードが、月島へぐっと差し出された。カードを持っている鯉登の両手が見てわかるくらい震えていた。

     理由は分からない、が――月島はつい受け取ってしまった。

    「キエエエエエエエ!!」

     耳をつんざく猿叫が個室に響いた。
     事前にフリートークタイムで相手が自己紹介カードを渡していた場合、カップル成立となるルールだ。
     しかし当然、まだ月島は鯉登へ自己紹介カードを渡していない。

    「コンパには行ってお友達と仲良くしてください。貴重な学生時代を楽しむのも大切ですから。それが約束できるなら、…友達から、よろしくお願いします」
     月島は手元にあるたった1枚の自己紹介カードを鯉登へ渡した。
     信じられないという表情をした鯉登の、ぶるぶる震える手が月島のカードを受け取る。鯉登はさらに猿叫を繰り返してバフをかけ、自分の能力{魅力・格好よさet cetera...}を向上させている。月島はその螺旋に知らずにはまったのであった……。


    (おまけ)

     この日。フレンチレストランで催されたフリートークタイムの地獄のような時間から、月島は判断力が少し狂っていたが、それに自分で気付くのはだいぶ後の事である。鯉登のバフもずっと解けなかったというか能力向上した状態がすぐデフォルトになったので、余計に月島は我に返るのが遅れた。そうでなければ到底、年齢も立場もまったく違う鯉登と付き合おうなどとは考えなかっただろう。
     ちなみに、鯉登の能力向上は月島と付き合い始めたことによる副産物であった。

     婚活パーティーで捕まえた犯罪者から芋づる式に「リベンジポルノ代行」という看板をかかげて客寄せし、偽動画を生成して荒稼ぎする闇バイトたちが逮捕され、そいつらをまとめていた組織幹部たちもあわせて検挙された。

     月島と鯉登が付き合いはじめたあと、ほどなくして鯉登が一人暮らししているマンションへ招待された。犬島とクズリ之進は最初警戒心まるだしで月島の耳の裏から頭皮、脇などひとしきり全身を嗅ぎまわり厳しくチェックしていたが、…問題なしと判定が下り、大はしゃぎで歓迎してくれた。両側からもふもふに挟まれて月島は胸があたたかくなるのを感じた。鯉登を含めた三人からぎゅっと抱きしめられ、月島が類い稀なる幸せを感じるのは付き合い始めて結構すぐのことであった。約束通り、鯉登は月島の温泉巡りへ同行し、バーベキューで肉も野菜もたくさん焼いてふるまってくれた。どっぷり頭から温泉と幸せに浸かった月島だった。


     そのため「あれ…?なんで鯉登さんと俺が付き合ってるんだ…??」とある日突然我に返った月島だが、既にその幸せを手放せなくなっており、――婚活パーティーで実ったお付き合いは彼岸を超えても続けられたというお話である。


    2025.8.12 真ん中バースデー おめでとうございます。筆者:花もげら

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    Replies from the creator

    ハナモゲラ

    DONE月島さんと鯉登さん真ん中お誕生日おめでとうございます。
    婚活パーティーに参加した月島さんがトラブルに巻き込まれて最終的に鯉→月になるお話です。現代パロディ、婚活という特性上モブキャラも出てきます。ハッピーエンドです。
     ここは東京某所にある高級ホテル、KOITO-Diesamoenus。ホテルに5つ設えられた食事処のうち最も予約が困難な、ミシュ〇ン一つ星を獲得したフレンチレストランである。

     受付へ身分証と独身証明書を提示してスタッフへ案内された男性――月島基は、会場内をぐるりと見回して深呼吸した。天井にぶら下がる三角錐のライトが場をムード有る舞台のように照らしており、シーリングファンがくるくる回っていた。
     すでに着席している男女たちの緊張を和らげるように流れる、トランペット、ピアノ、ウッドベースのジャズ生演奏が心地良い。しかし月島の気分が晴れるわけではなく、どんよりとした表情で自分にわりあてられた席へつく。窓際の席だった。レストランの真ん中にある噴水がちゃぽちゃぽ音をたて、それがやけに耳に残るので落ち着くため椅子へ深く腰掛けなおした。右へ首を巡らせば、夜の帳をおろした空と、綺麗にライトアップされた広い庭が巨大なガラス越しに一望できる。受付で頼んでおいた通り、りんごジュースが席に運ばれてきて、月島は給仕スタッフへ会釈をした。軽食も頼めるが、あえて月島は集中するため食べないことにした。アルコールも選べるが、今夜はソフトドリンクのみで勝負に挑む。
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