黒星を追う※初めに
年齢操作、捏造あり。
視点が慣れないので読みづらい。
名前が中々出てきません。
名前有り、台詞ありなモブがいっぱい。
タイトルから察してもらっていると思いますが、人がタヒにます。
続かないけど、続くとしたら、セカのキャラもダショメン含みオリキャラ達の誰かしらが巻き込まれたり何かしら起こしたりする。そういう設定の話。多分次はニゴかモジャが出ると思ってる。
ただ設定というか事件の謎解き作るのに苦戦する
何でもありな人向けです。
大丈夫ですか?
ーーー
入口の扉を開ければカラン、とベルが鳴る。その音を聞いた店の店員は、パッと顔を上げると眩しい程の笑顔で「いらっしゃいませ」と声をかけた。店内にお客は三人だけ。静かなクラシックが店内に流れる、雰囲気の良い店だった。
「お好きな席へどうぞ」と声をかけた店員に会釈をして、類はカウンター席に座る。その席は、眩しい程の笑顔で挨拶をした店員の目の前だった。
「こんにちは。初めてなのだけど、何かオススメはあるかい?」
そう類が尋ねると、店員は一瞬目を瞬いて、すぐに笑顔を向ける。
「オススメは、店長自慢の珈琲だな! 軽食が良ければ、サンドウィッチも美味しいぞ!」
「それなら、このタマゴサンドと珈琲を貰おうかな」
「ありがとうございますっ!」
お店の雰囲気とは真逆の明るく元気な接客に、類がくすっ、と笑う。カウンター内で物静かに本を読んでいた男性が、先程の店員に「珈琲入りました!」と言われ、本を閉じた。どうやらこの男性が“店長”のようだ。類はそんな風に二人の様子を観察しながら、カウンターに頬杖をつく。
濃紺と暗い空色のツートンカラーの髪をした物静かな男性と、明るい黄色は毛先にかけて淡い桃色へグラデーションがかっている珍しい髪の明るい青年。どちらも目立つ容姿をしていて、二人の性格は相反して見える。けれど、とても仲の良さそうな二人のやり取りを見ながら、類はスマホを上着のポケットから取り出した。
着信の通知が数件並ぶ画面に指を添え、ロックを解除する。慣れた手つきでその連絡先にかけ直すと、2コールで相手が電話に出た。耳に当てたスマホから呼出音が消えたことに気付いた類が「ぁ」と小さく声を落とすと、機械越しに大きく息を吸う音が聞こえる。
『ちょっと、類っ!! なんで全然電話に出ないのよっ!?』
「すまないね、寧々。先程までクライアントと話をしていたんだ」
『あんたねぇっ…!』
電話先から聞こえる女性の怒った声に、類が苦笑する。
通話先の彼女は類の幼馴染で仕事仲間の“寧々”だ。類の仕事を裏で手伝うアシスタント。類とは幼い頃からの知り合いで、お互いに言いたいことを言い合える良い仲だろう。
そんな寧々の怒りを適当に躱しながら、類は「どうしたんだい?」と話を切り出す。まだ何か言いたげに、けれどそれを飲み込んで寧々は一つ深呼吸をしてから本題を切り出した。
『メール先は、やっぱり特定できなかった』
「……そっか…」
『それから、見つけた封筒や“指示書”に書いてあった住所も名前も全部偽物』
「態々調べてもらってすまなかったね」
大きな溜息を吐く寧々に、類が苦笑する。そんな彼の前に、そっと珈琲とタマゴサンドが置かれた。類が顔を上げれば、先程の店員がそっと会釈をする。通話中な為、気を遣ったようだ。それに気付いた類も、店員に会釈を返した。
上着の内ポケットから手帳を出し、ぱらぱらとページを捲る。そこには、びっしりと文字が埋まっており、文も斜めだったり横だったり縦だったりと色々な方向から書かれており、読みづらい。それを見ながら、類は肩でスマホを押えボールペンを左手に持つ。ぱら、ぱら、とページを少しまくり、ほんの少し余白のあるページにボールペンを走らせた。
「それと、指紋の鑑定は?」
『いくら調べても犯人以外の指紋は無かったわよ』
「……という事は、今回も“X”の指紋は無し、か…」
カタン、とボールペンがカウンターの上に置かれ、類は椅子の背もたれに背中を沈める。手がかりが全く得られなかった事に肩を落とし、スマホを手に持ち替えた。
「ありがとう、また後で連絡するよ」
そう言って、類はスマホを切った。
その様子を見ていた店員が、類の前にケーキの乗ったお皿をそっと置く。パッ、と顔を上げれば、その店員は口元に立てた人差し指を当てて「内緒ですよ」と小声で言った。
「お客さん、お疲れの様ですから、サービスです」
「ありがとう」
「ゆっくりしていってくださいね!」
にっ、と人好きのする笑顔でそう言った店員は、そのままカウンター内で洗い物を始める。そんな彼の姿を横目に、類は珈琲のカップに手を伸ばした。仄かな珈琲の良い匂いに、類の表情が緩む。カップに口をつけて傾けると、まだ少し熱い珈琲の苦い味が口の中に広がった。
成程、店長自慢と言うだけあって、香りが強く味も美味しい。少しミルクでも足してみようか、とカップをソーサーに戻し、顔を上げる。小さな容器を手に取って珈琲にミルクを足した。白いミルクがゆっくりと混ざりあっていくのを眺めながら、ふと店内に目を向ける。お店の奥にはトイレがあり、壁沿いにソファー席が五つ。奥の二席は大人数用に大きなテーブルが置かれている。カウンター席は等間隔に椅子が置かれ、隣とは遠過ぎず近過ぎずで良い。トイレも男女別なので使いやすそうだ。そんな風に店内を見ていれば、お店の電話が鳴り出した。先程の店員が、明るい声で電話に出る。二、三言会話した店員は、「少々お待ちください」と電話先の相手に返すと、話し口を手で押えて、店内に顔を向ける。
「すみません、お客様の中で、“上田”様はいらっしゃいますか?」
少し大きめの声でそう言った店員の声に、類とは離れた位置のカウンター席に座る男性が顔を上げた。
「私が上田です」
「あ、上田様宛にお電話が来てますよ」
顔を上げた上田という男性に、店員が笑顔で受話器を向ける。上田は席を立つと、類の後ろを通ってレジ横の電話の側へ歩いていき、店員から受話器を受け取った。「もしもし」と通話先へ男性が話しかける。それをちら、と見て、類は珈琲にもう一度口をつけた。ほんのりと口に広がる珈琲の苦い味に一つ息を吐き、タマゴサンドに手を伸ばす。ふんわりと柔らかいサンドウィッチを一口食べれば、タマゴの優しい味が珈琲の苦味を柔らかく上書きしていく。
「…美味しい……」
「本当ですか? ありがとうございますっ!」
類の小さな呟きに、店員がパッ、と表情を綻ばせた。水の入ったピッチャーを手に、「お水はいかがですか?」と問いかけてくる。そんな店員に「大丈夫です」と断りを入れて、類はもう一口タマゴサンドを食べた。
店員はカウンターから出て、電話をしている男性のコップに水を継ぎ足すと、店内を軽く見て別の席へ足を向ける。その瞬間、つる、と足を滑らせた彼はその場で尻もちをついた。カシャンッ、と大きな音が店内に響き、類が反射的にそちらへ顔を向ける。
「い、たた……」
「大丈夫かい?」
「す、すみませんっ…!」
転んだ拍子にピッチャーの水を床に零してしまったようだ。床には水溜まりができており、店員の服も少し濡れてしまっている。席を立った類は、店員に手を差し出した。その手を取った店員は、困ったように眉を下げて謝罪する。丁度このタイミングでトイレから出てきた女性も、床と店員の姿を見て、「大丈夫ですか?」と駆け寄ってくる。彼は大丈夫ですと笑うと、慌ててピッチャーを拾い、カウンターの方へ入っていった。モップを片手に戻ってくると、濡れた床を急いで拭き始める。その様子を見て安堵した類は、そのままカウンター席に戻った。
「すみません、ありがとうございました」
「あぁ、電話、終わりましたか?」
「はい。それと、アイスコーヒーのおかわりをお願いします」
「かしこまりました」
電話を終えた男性は、店長と言葉を交わして自席に戻っていく。店員が手早く注文のアイスコーヒーを作っているのを見て、類は口元を弛めた。タマゴサンドの最後の一口を口に押し込み、類は満足そうに珈琲を飲む。
良い店を見つけたな、とそう思いながら、スマホを手に取った。時間は夕刻。まだこの後も仕事が残っている。先程の寧々の報告を思い出しながら、類はこの後の仕事のことを考えようとした。
その時、ガタンッ、と大きな音が店内に響いた。
「っ、ぐ、…ぁ……」
苦しそうな呻き声と同時に男性が床へ倒れる。ガチャンッ、と珈琲のグラスが床に落ちて割れる音が店内に響く。類がそちらへ顔を向けると、先程の店員が近くのカウンターにピッチャーを置いて男性の元へ駆け寄っていた。
「お客様ッ! お客様!?」
倒れた男性の肩を掴んで揺すり、大きな声で呼びかける店員に、類は急いで駆け寄り、「待って」と彼を止める。
「君は離れて」
「だがッ…」
「誰か、救急車を!」
類が店内に向かってそう声をかけると、店長が店の電話で救急車を呼ぶ。類の隣で男性を見る店員は、エプロンのポケットからスマホを取り出した。
「警察を…」
「警察を呼んだら、今いるお客さんを入り口近くの席で待たせておいておくれ」
「はい…!」
スマホで警察に電話をかける店員が、類の言葉に強く頷く。それを横目に、類は男性の方へ顔を向けた。
微かにする嗅ぎ慣れた匂いに眉をしかめ、割れたグラスへ目を向けた。
(毒物か…)
カウンターの上には、空のグラスとティースプーン、使用済みのガムシロップの容器が五つ程転がっている。割れたグラスは破片が飛び散ってしまっていて、近くを通るのは危険な状態だ。大きめの氷がたくさん散らばってるいる事からして、先程注文したアイスコーヒーなのだろう。類は今の状況を観察し、ゆっくりと立ち上がった。
「あの、警察も救急車も、五分から十分程で到着するそうです」
「ありがとう」
店員の言葉ににこりと笑顔で返し、類は入り口近くのテーブルに座る客へ目を向けた。このお店に来ていた、男性と女性。それぞれ別々に席に座っていたので、連れ立って来店したわけではないのだろう。二人の近くにあった席へ座り、類はにこりと笑みを浮かべる。
「とりあえず、警察が来るまで自己紹介といこうか」
そんな類の言葉に、店内の全員が困惑した表情を浮かべた。
*
「僕は白海カイ。警察です」
店に到着した警察に、類は上着から出した警察手帳を見せた。それを見た警察官は、類に敬礼を一つして、捜査の参加を許可した。警察手帳を上着のポケットにしまい、類は床に倒れる男性に目を向ける。
「被害者は上田雄二さん 三十二歳、会社員で、この店には二、三度来ているそうです」
被害者と呼ばれる男性は、倒れる前に店内の電話で誰かと話をしていた男性だ。注文したアイスコーヒーを飲んですぐ倒れたのだろう。事件発生直後、床に零れたアイスコーヒーと一緒にあまり溶けていない大きめの氷が散らばっていた、そう証言する類に、警察も頷く。
「一番疑わしいのは、アイスコーヒーを出した店員ですね」
「給仕をしたのは、店員の天馬司さん 二十四歳。この店で働き始めたのは三年前ですね」
「この店の店長は、青柳冬弥さん 二十三歳。同じく三年前にこの店を開業しています」
警察の情報に、類がちら、とカウンターにいる二人へ目を向ける。
明るい接客をしていた店員、司は、そんな類の視線に気づくと顔を上げて類の目を見返した。カウンターに身を乗り出して、控えめに手を挙げる。
「えっと…、“カイ”さん、でしたか…?」
“カイ”と呼ばれた“類”は、にこりと口元に弧を描き、司の方へ近寄っていく。目の前まで近付いてきた類に、司は一瞬表情をこわばらせたが、すぐに真っすぐ類の目を見つめ返した。
「なんだい? 天馬くん」
「オレも店長も、お客様のアイスコーヒーに毒なんていれません」
「僕もその言葉を信じたいのだけどね」
直球な司の言葉に、類は苦笑を浮かべる。
二人を犯人だと断言はできないが、この状況で一番怪しいのは確かにこの二人だ。それは類もよくわかっている。被害者を含めて店に居た客は三人。それぞれ離れた席に座っていて、カップに毒を入れる隙があった様には見えない。店員なら、あらかじめ毒を入れて飲み物を提供することが出来る。
(といっても、カウンターから毒物は発見できなかったから、確証もない)
鑑識の調べでは、カウンター内に毒物や毒物を入れていただろう容器は発見できていない。つまりそれは、カウンター内で毒物をいれたわけではないということになる。ただし、毒を入れていた容器をカウンター内で洗ってしまえば、発見できなくてもおかしくないので、まだシロだと判断できない。
「この店に客として来ていたのは、男性が 神崎康二さん 三十五歳。女性は 山田恵美さん 二十九歳。どちらも所持品に変わった物はありませんね」
「スマホと、財布、手帳、ノート…、それから、水筒か…」
「中身は、まだ少し入っているようですね」
神崎と呼ばれた男性の鞄には、ノートや筆記具、小さめの水筒が入っている。水筒の中身は水のようだ。念の為に中身を確認させてほしいと警察が伝えると、男性は二つ返事で応じていた。
続いて、山田と呼ばれた女性の鞄には、財布の他に手帳と化粧品ポーチが入っている。小さめのポーチの中には、いくつかの化粧品が入っており、中には液体の入る形状の物がある。
「一応、中身を鑑識さんの方で調べても構いませんか?」
「ぇ、えぇ……」
「他には、ハンカチだけですね。少し濡れていますが…」
「さっき水をこぼしてしまって…」
全て確認したものを鞄にしまい、鑑識の人が化粧品ポーチも持っていく。
そんな二人の様子を見ていた類は、考える様に口元へ手を当てた。水筒や化粧品ポーチの中の容器から毒物が検出されなければ、二人が持ち込んだ可能性は更に低くなる。
「ちなみに、お二人とも上田さんと面識は?」
「ありません」
「私も、知らない人です」
警察の問いに、客の二人が首を横へ振る。面識があれば、態々別の席に座る必要はない。けれど、顔見知りだと知られない為に嘘をついている可能性もある。被害者の席はカウンターで、二人とも被害者とは少し離れた席に座っていた。被害者が知り合いだと気付かなかった可能性も十分ある。
警察は、今度は店のカウンターの方へ顔を向けた。
「そちらの二人は?」
「何度かお店に来ていただいたお客さんなので、顔は分かりますが、お名前までは知りませんでした」
「俺も、二、三度顔を合わせたくらいです」
警察の質問に、司と冬弥も首を横へ振る。警察は困った様に顔を顰め、手帳を開いた。
「皆さん、被害者が倒れるまでに席を立ったりはしていますか?」
「えぇ、一度トイレに…」
「私もトイレに行きました」
「オレは給仕の為に何度かカウンターから出ました」
神崎という男性は、被害者が電話中に一度トイレへ行くため席を立った。山田という女性も、トイレに行っており、丁度被害者が電話に出る頃トイレから出てきている。その時丁度、水を注ぎにカウンターを出た司がピッチャーを落としてしまっている。被害者の席はトイレの出入口にほど近いカウンター席だ。三人とも被害者の席の側を一度は通った事になる。だが、被害者の元へ問題のアイスコーヒーが届いた時に、被害者の側にいたのはアイスコーヒーを運んだ司だけだ。状況的には、店員である司が一番犯行可能となる。
(……被害者が倒れた直後にトイレから出てきた神崎さんも、被害者のアイスコーヒーが届く前にトイレから出て席に座った山田さんも、アイスコーヒーに毒入れられない、か…)
黙って考え込む類の姿に、司はほんの少し顔を顰めた。自分たちが疑われているのだと、司も気付いている。それならば、自分たちは無実だと知ってもらわなければならない。そう考えた司は、真っすぐ類を見返した。
「毒物は、グラスに入っていたんですか?」
「鑑識さんの話では、グラスの内側に毒物反応があったそうだよ」
「あぁ、それと一つだけですが、ガムシロップの中からも毒物反応が出ました」
「ガムシロップ…?」
司の質問に答える類の言葉に続けて、鑑識の男性が補足する。被害者が座っていたカウンターの上に置かれたガムシロップにも、毒物反応があった。それを聞いた類が首を傾ぐと、鑑識の男性が透明な袋を類に手渡した。
受け取った透明な袋の中に入ったガムシロップの容器を、類がまじまじと見つめる。容器の中身は殆ど入っていない。ガムシロップは、どこの店でも見かける形のものだ。蓋を剥がして中身をグラスに注ぐもの。その容器の中に毒物反応があったということは、これに毒物が仕込まれていたか、もしくは、毒物が付いたティースプーンで中のシロップをかき出そうとして、中に毒物がついたか。仮にあらかじめ容器の中に毒物を混入したとして、どうやって入れたのか。容器の蓋が少しでも開いていれば、被害者に不審がられるだろう。
じっと袋を見つめる類の少し後ろから、司も類の手元の袋を見つめる。
「…そのガムシロップの容器、少し見せてもらえませんか?」
「え…、いいけど……」
後ろから声をかけられ、類が目を瞬く。じっと類を見つめる司に、類はガムシロップの容器が入った袋を近付けた。穴が開くのではと思う程じっと見つめる司に、類は首を傾げる。容器自体は、他のものと変わらない。そんなガムシロップの容器を見ていた司が、「ぁ」と小さく呟いた。
「その蓋、“小さな穴”があいてませんか?」
「……本当だ、よく見ると、真ん中のところに穴があいてるね」
司の言葉に、類がすぐさま蓋を確認する。司の言う通り、蓋の真ん中によく見ないと気付かない程小さな穴があいている。針を刺したような小さな穴だ。普通に見ただけでは気付かないだろう。
「…そういう事か……」
ぽつりとそう呟いた類は、ガムシロップの容器が入った袋を鑑識の人に返した。そして、顔を上げて静かに椅子に座って待つ二人の客に目を向ける。
(この方法なら、あの二人にも毒を入れることが出来るけど…)
口元に手を当て、類は考え込む。あと一つでも手がかりが見つかれば、犯人が分かるかもしれない。そう思い今までの情報を整理するも、これというものが思い当たらない。二人の荷物に変わったものはない。頭の中でイメージするものが、二人の荷物の中にはない。それなら、代わりに何を代用したのか。
類がじっ、と足元を見つめて考えていると、後ろからパシャンッ、と水の溢れる音がした。
「す、すみませんっ…!」
「司さん、濡れてませんか?」
「少しだから大丈夫です。だが、オレンジジュースは後でベタベタするかもしれんな…」
「仕方ないですよ。片付けは俺がやるので、司さんはエプロンを替えてきては?」
カウンターの内側で、冬弥と司がなにやら話している。オレンジジュースのパックを、過って司が倒したようだ。濡れた付近でカウンターを拭く冬弥に頭を下げて、司は着けていたエプロンを外した。オレンジジュースがかかってしまったエプロンは、少し色がついてしまっている。
それを見ていた類は、ハッ、と顔を上げ、預かった水筒や化粧品ポーチの中を確認している警察の元へ駆け寄っていく。
「すみません、手を出してくれますか?」
「ぇ…、はい……」
「失礼」
言われるままに出す警察官の手を掴み、類は顔を近付けた。ギョッ、とする警察官を他所に、類は すん、と手袋の匂いをかぐ。ほんのり甘い匂いに、類は口角をゆっくりと上げた。
「それでは、ショータイムといこうか」
にっ、と口元に弧を描き、類がくるりと四人の方へ体を向ける。
不思議そうに類の方へ顔を向けていた四人に、類は ぴっ、と人差し指を立てて見せた。
「まず一つ目に、被害者に毒を飲ませた方法ですが、犯人はこれを使ったんです」
「…ガムシロップ……?」
類が鑑識の人から受け取った袋をかかげると、男性客は首を傾げた。「それが、なんなのよ」と女性客も、類に問い返す。
「このガムシロップからは毒物が検出されています。そして、蓋の所には小さな穴があいている」
「穴…?」
「犯人は予め未開封のこのガムシロップの中へ注射器を使って毒を入れ、この店に持ち込んだ。そして、被害者が席を立った隙に、このガムシロップをグラスの側へ置いたんです」
グラスに毒物を入れたとすれば、被害者の元にアイスコーヒーのグラスが届いてからでなければ犯行はできない。けれど、ガムシロップに予め毒物を入れておけば、被害者が気付かなければ自分からそれを飲み物の中へ入れる。それなら、アイスコーヒーが届く前に席を立った二人にも犯行は可能だ。
「でも、それはあの人が使わなかったら上手くいかないんじゃ…」
「被害者のカウンターには、空のガムシロップの容器が五つもあります。相当甘いものがお好きなようですね」
被害者が甘党なら、ガムシロップが手元にあれば迷わず使うだろう。自分が持ってきたものと勘違いして。
そう話す類に、男性客はガタッ、と席を立つ。
「それで、誰なんだよ、その犯人って…!」
「…上田さんの席に毒入りのガムシロップを置いたのは、山田さん、貴方ですね?」
類の言葉に、店内の全員が女性客の方へ視線を向ける。彼女は、戸惑ったように視線をさまよわせると、首を左右へ振った。
「っ……わ、私じゃないわっ…!」
「被害者とも、知り合いだったのではないですか? 彼に気付かれなかったのは、長い時間トイレに入っていたから」
「だから知らないって言ってるでしょ…!」
「あの電話も、貴方がこの店のトイレからかけたものでしょうね。被害者を席から立たせた貴方は、水を零した天馬くんを心配するフリをして近付き、こっそりと彼の席に毒入りのガムシロップを置いた」
女性客がトイレから店内に戻ってきたのは、被害者の席のすぐ近くで司が転んだ時だ。『大丈夫ですか?』と声をかけていた女性客の事を思い出した類は、あの時だと確信を持っていた。あれ程絶好のタイミングはない。店内の誰もが司の方に気を取られていて、他の人に意識を向ける余裕はなかっただろう。
「証拠はあるの?! 私が毒を入れたって証拠! 私の荷物に注射器なんてないでしょ?!」
バンッ、と机を強く叩いて、女性客が立ち上がる。類を睨むように見た彼女は、そっと口角を吊り上げた。
彼女の荷物に、毒物らしきものは何も無かった。化粧品ポーチの中身からも毒物反応は出ていない。自宅でガムシロップに毒物を入れ、問題のガムシロップだけを持ってきたとすれば、荷物から毒物が見つかるはずがない。証拠さえなければ、例え彼女が犯人であっても誤魔化されるだろう。
逃げられる、と心の奥で確信する彼女に、類は手を差し出した。
「貴方のハンカチを、お借りしてもいいですか?」
「…ぇ……」
「それに包んで持ち込んだんですよね? 鞄の中に袋はありませんでしたし、そのまま鞄の中に入れて万が一中身が溢れてしまっても困る。だから、貴方は毒入りのガムシロップをハンカチに包んで持ってきた」
類の言葉を聞いて、彼女は咄嗟に鞄を両手で抱えた。その反応だけで、類はこの考えが当たっているのだと確信する。
「先程貴方のハンカチが濡れていると言っていた方の手袋から、微かにガムシロップの甘い匂いがしました」
「た、たまたま甘いジュースを零しちゃったから……!」
「それでは、調べてみましょうか。そのハンカチから、被害者の飲んだものと同じ毒物が検出されるかどうか」
にこりと笑顔を向ける類に、へなりと女性客がその場にへたり込む。逃げられないと悟ったのだろう。「ごめんなさい」と一言謝った女性客は、被害者の男性にしつこく言い寄られていて困っていたのだと打ち明けた。
「最初はそんな気なかったんだけど、この先もずっと続くって思ったら、もう嫌になって…!」
ぼろぼろと涙を零して打ち明ける女性客に警察官が歩み寄り、その手にそっと手錠をかけた。
*
「ありがとうございました!」
「どういたしまして」
深々と頭を下げる司に、類がにこりと笑顔を返す。犯人を連れて、警察官は警察署に向かっていった。店内はきっちりと掃除をしなければならないだろう。けれど、司と冬弥、類の三人だけになった店内は、先程と変わらない落ち着きを取り戻している。
「良ければまたいらしてください!」
「是非、寄らせてもらうよ。オススメの珈琲も美味しかったからね」
「ありがとうございますっ!」
疑いが晴れたからか、今日一番の笑顔で御礼を言う司に、類の胸が温かくなる。初めて来た店で事件が起こったのは予想外ではあったが、類は店員の接客も含めてこの店が気に入った。言われずともまた来ようと心の中で決め、類は席を立つ。レジで支払いを済ませると、司の方へもう一度顔を向けた。
「また来るよ、天馬くん」
「はいっ! お待ちしています! “類”さん!」
九十度に頭を下げ元気な声でそう言った司に、類は目を丸くさせた。そんな類に、司は眉尻を下げて笑う。
「すみません、実は、電話でそう呼ばれているのを聞いてしまって…」
「…僕の名前が偽名だと、最初から気付いていたんだね」
こくり、と頷いた司に、類は苦笑する。
仕事の関係で、類は普段『白海カイ』という偽名を使っている。『神代類』という本名は同業者か、類の親しい者しか知らない。
意外と油断ならない相手だ、と類は司の認識を改めた。
「オレは耳がいいので、小さい声も結構聴こえるんですよ!」
「それは素晴らしいね。天馬くんの前では、通話も気を付けないとね」
「勿論口外するつもりは無いですよ?! お客様の情報を洩らすわけにはいかないので…!!」
「ふふ、そうしてくれると有難いね」
口の前で左右の人差し指をバッテンにする司に、類がくすくすと笑う。名前くらいなら、バレても大丈夫だろう。そう思いながら、類は時計をちら、と見て入口の扉に手をかけた。
「それじゃぁ、またね。“司くん”」
「っ…、はいっ!!」
ひら、と片手で手を振った類に、司はもう一度深く頭を下げて見送った。