ガーデンバース※注意※
ガーデンバースという設定をお借りしております。
マドシュバ、黒白百合が同軸に存在しており、かなりカオスです。
ガーデンバースとは…
花生み体質と花食み体質の人間が稀に生まれる。
花生み体質は体や髪などから突然花が咲きます。その際エネルギーを使用するため、体が弱い花生みが多い。
エネルギーを得るために普通の食事量が多い。また、日光浴でエネルギーを得ることも可能。一番エネルギーを得られるのは花食みの体液である。
花食み体質とは、何かしらの能力に秀でた者が多く、花食みから生まれた花を食べるとその能力が更に向上する。ブートニエールになった花生みの花は更に効力が上がる。
ブートニエール:オメガバースで言う所の番。
このお話は、
花生み魔術師ルイくん×花食み騎士ツカサくん
と
花食み黒百合類くん×花生み白百合司くん
のお話の冒頭部分です。
続くかは分かりません。
突然書きたくなって書いております。
キャラ崩壊や年齢操作、捏造なんでもばっちこい、な方のお進み下さい。
ーーー
「ようこそお越しくださいました、ブラン辺境伯爵令嬢。お部屋まで御案内致します」
「ありがとうございます」
荷物を使用人に手渡し案内されるまま着いていけば、辿り着いたのは本邸とは少しだけ離れた場所にある小さな建物だった。透明な硝子張りのその建物には扉だけでなく大きな窓がついている。レースのカーテンから覗く室内は、それなりに広い様だ。
「“花生み”の方の為のお部屋にございます。あちらへ行きますと、他の方のお部屋もございますので、あまり歩き回らないようご注意ください」
「ありがとうございます」
「今夜は顔合わせの夜会がございます。時間になりましたら案内の者を向かわせますので、お部屋でお待ちください」
リボンの付いた鍵を手渡され、軽く会釈で返す。使用人は他にも用がある様で、すぐに本邸の方へ向かっていった。それを目で見送って、ふぅ、と一つ息を吐く。
足から力が抜け、その場にへたり込んだ。そんなオレのすぐ後ろに来たルイは、心配する様にオレの肩に手を置いて「白百合様」とオレの名を呼んだ。
「すまん。少し疲れてしまってな…」
「長旅でしたから、仕方ありませんよ。中で少し休みましょう」
「わっ……」
へらりと笑って返せば、安堵した様にルイが息を吐いた。次いで、立てた人差し指をすい、と横へ軽く振る。きらきらとした光の粒子が舞い、不意にオレの体がふわりと宙に浮いた。驚くオレを他所に、ルイはオレの体を抱えて室内に入っていく。
相変わらず、ルイの魔法はすごい。オレよりも歳下だというのに、軽々とオレを抱え上げてしまうのだから。
「……おぉ…」
入った部屋は、一面硝子張りでドームの様な形をしている。天井から射し込む陽の光に目を瞬かせれば、ルイがオレをベッドの上へ下ろした。
白を基調とした家具やカーテン、ベッドは広くてふわふわと柔らかく、肌触りもとても良い。所々に飾られた観葉植物の緑と、白い薔薇が部屋の雰囲気によく合っている。ブラン辺境伯領から来たオレに合わせて、公爵様が白い部屋を用意してくれたのだろう。
これにはルイも驚いたようで、キョロキョロと部屋の中を見回してる。その様子がなんだか可愛らしくて、くす、と笑ってしまった。
「後で公爵様に礼を言わねばならんな」
「そうですね。これ程の部屋を用意されているとは思いませんでした」
「ルイは使用人と同じ部屋になってしまうかもしれんが、大丈夫か…?」
「問題ありません。何かあれば、転移魔法ですぐに参りますので」
そう笑って答えたルイに、嬉しく思いつつも苦笑してしまう。ルイは簡単に言ってのけるが、転移魔法はかなりの高等技術を必要とする高難易度魔法の一つだ。それを簡単に出来てしまうのは、ルイが最年少で魔術師となった天才だからだ。
我がラレンヌデリス国で指折りの天才魔術師と名高いルイは、恐れ多くもオレの専属医である。
「夜会まで少しでもお休みください。ご無理をなさると、また倒れてしまいますよ」
「そうだな…、支度の時に起こしてくれ」
「畏まりました」
ルイに促され、ベッドへ横になる。上から布団をかけられ、くすくすと笑ってしまった。ルイはオレの体調を気遣うあまりに、少々過保護になってしまったようだ。面倒見のいい兄のようで、嬉しくなってしまう。まぁ、ルイよりもオレの方が歳は上なので、少々情けなくもあるのだが…。
「では、ゆっくりお休みください、白百合様」
「あぁ。ありがとう、ルイ」
心配そうに微笑んで、ルイは部屋を出てしまう。それを見送って、オレをゆっくりと目を瞑った。
*
この国では稀に、特殊な体質を持って産まれる者達がいる。その体質を持つ者を、“花生み”、“花食み”と呼ぶ。
花生みは、自身の魔力を糧に体や髪から花を咲かし、花食みは花生みの花を食べて力を得る事が出来る。そして、花食みの体液は花生みにとって最も効果の高い栄養となる。その為、相性のいい花生みと花食みはブートニエールという共存関係を持つ。これは、花生みと花食みの間では、結婚と同じ意味合いを持つ。
ただし、全ての花生みと花食みがブートニエールの相手を持つわけではない。特に、この特殊体質は元々の数が少ない事に加えて大きな偏りがあり、産まれる花生み体質の人間よりも、花食み体質の人間が極端に少ないのだと言われている。その為、花生みは花食みの栄養を求め、数少ない花食みに自然と群がってしまう。だからこそ、花食み体質は自身と契約を結ぶブートニエールを数人抱えることも許されている。
「白百合様、支度の時間ですよ」
扉をノックする音に体を起こす。硝子の外へ目を向ければ、陽はかなり沈んでしまっている。薄らと赤く色付く空を見上げ、そっと息を吐いた。
乱れた髪を結え直し、「入れ」と声をかける。それを聞いて、ルイが部屋の中へ入ってきた。
「お手伝いしますよ」
「…すまんな。よろしく頼む」
ベッドから足だけ下ろして、ルイに笑いかける。お父様とお母様が用意してくれた衣装は、本日の為に誂えたものだ。我がブラン領は白百合が名産で、領全体が白を基調とした造りになっている。建物も、道に建てられた柵も、そして咲き誇る花々も。だからこの衣装も、我が領を表す白い衣装だ。今夜の夜会では、似たように自領の色を纏って参加する令嬢が多いのだろうな。
「……選ばれなければ、どうなるのだろうな…」
「何を仰いますか。白百合様ならきっと大丈夫ですよ」
「だが、公爵様は男性だろう? 同じ男であるオレより、他領の御令嬢の方が…」
「絶対に選ばれねばなりません。その為に無理をしてまでこちらに来たのですから」
弱音を吐いてしまったオレに、真剣な顔をしたルイがそう言い切った。その言葉は、オレの専属医としてルイの言葉だ。
生まれつき花生み体質だったオレは、魔力が殆どなく、加えて花を生む量が多かった。その為、花を生む度に魔力が枯渇し、体調を崩すようになってしまったのだ。今はルイに魔力供給をしてもらうお陰でなんとか持っているが、このままではそう長く持たない。元々身体が弱い事も相まって病気にもかかりやすく、殆ど自分の部屋から出たことは無い。体力も通常の人達よりない為、大きな病気にかかれば危ないとルイに言われてしまった。
オレの体質を改善する為に薬学や魔法を極めたルイは、多彩な才能を持っているにも関わらずオレから離れることも出来ない。それがなんだか申し訳なくて、自分でどうにかしたいと考えてみたが、中々改善出来る案もなく。そんな時に舞い込んだのが、この“縁談”だ。
「数少ない花食み体質の公爵様にブートニエールとして選んで頂ければ、白百合様の体質もきっと良くなります」
「……それは、そうなのだが…」
「その為にも、今夜の夜会で公爵様に会いましょう。きっと白百合様なら選んで頂けます」
「…ルイは本当にオレに甘いな」
オレを安心させるように笑うルイに、オレも自然と気持ちが落ち着いてくる。
子どもの頃に行き倒れていたルイを庭で見つけて以来、ルイはずっとオレに仕えてくれていた。二つも歳が下だというのに、ルイはオレよりもしっかりしている。そして、生まれつき魔力量の多いルイは、オレと同じ花生み体質であるにも関わらず体調を崩すこともない。いつだってオレを一番に心配し、気にかけてくれている。大切な友人だ。
そんなルイが、オレの体質を改善する為に必要なのは、“花食みの体液”だと言ったんだ。花生みにとってなによりも効果の高い栄養であり、ブートニエールとなった花食みの体液は花生みにとって薬の様な作用があるらしい。魔力供給が無ければ長くは持たないと言われたオレも、花食みのブートニエールとなりその体液を定期的に得られれば、この体質が少しづつではあれど改善するはずだと。
だからこそ、数日かけてこのノワール領へ来たのだ。数少ない花食み体質を持つノワール公爵の花嫁を決める、この夜会へ参加するために。公爵様に気に入られ、ブートニエールとなれば、この体質を少しでも改善できるからな。
「とにかく、準備しましょう。夜会して、お目通りだけでもしなければなりませんから」
「…そうだ、な……」
ルイの言葉に頷いて、ベッドから立ち上がる。と、心臓が大きく跳ね、突然強く掴まれる様な痛みを覚えた。
ぐら、と視界が大きく揺れ、気付いた時には床に膝をついて蹲ってしまっている。頭がぐわんぐわんと揺れ、気持ち悪い。込み上げる吐き気を必死に飲み込んで、なんとか酸素を取り込もうと口を開ける。が、上手く息が吸えず苦しさに涙が滲んだ。
「白百合様っ…!?」
駆け寄ってくるルイがオレの背に手を当てると、そこが次第に温かくなっていく。ほんの少し痛みが和らぐような気がするが、頭の揺れが治まらない。ごほ、ごほ、と咳き込めば、ルイがオレに覆い被さるように抱き締めてくれる。ぱた、ぽた、と床に涙が落ちて、あまりの苦しさに目を瞑った。ひゅー、ひゅー、と喉から乾いた音がして、ゆっくりと指先が冷たくなっていくのを感じる。ぞわりと背が粟立ち、その恐怖に叫び出してしまいたい。けれど声すら出ず、乾いた音だけが耳に反響する。
そうして、何十分、何時間と続いた様に感じたそれが、不意にゆっくり治まっていった。体から力がゆっくりと抜け、床に倒れ込む。そんなオレの背を撫でてくれていたルイが、「司くん…!」とオレの名を呼んだ。
「……大丈夫かい…?」
「…ぁ、あぁ……」
「体を動かすよ、じっとしていて」
「………っ、…すまん…」
魔法でそっとベッドの上へ体が寝かされ、バクバクバクとまだ煩い心臓に手を当てる。早まった呼吸を落ち着けながらルイへ顔を向ければ、そっと額を撫でられた。「無理しないで、眠るといいよ」そう言って、ルイが頭を撫でてくれる。繋ぐ手から温かい熱が伝わってきて、それに不思議と安心した。
「…だが、…じゅんび、せねば…」
「今夜は欠席しよう。夜会の最中にまた倒れても大変だよ」
「……しかし…」
視界の隅に、赤い花が映る。髪に絡まるように咲くそれは、オレの魔力を元に生まれた“花”だ。上手く見えんが、きっと他にも沢山咲いたのだろう。
呼吸が落ち着いてくると、頭を撫でるルイの手が、オレの髪に触れてくる。ぷち、ぷち、と音がするのを聞きながら目を瞑った。
花を生む際、オレはこうして体調を崩してしまう。花を生むタイミングは分からない。自分で決められるものでもなければ、止められる訳でもない。突然咲く花に魔力を吸われ、強い虚脱感と元より少ない魔力を失う苦しさに耐えるしかない。足りない魔力をルイが継ぎ足してくれなければ、とっくに魔力は枯渇し、生きてはいられない。
だからこそ、花食みの…、ブートニエールの体液が必要なんだ。その為に、花食みである公爵様に会いに来たと言うのに。
「大丈夫。近いうちに、公爵様に謁見を願い出ればいいんだから」
「…そ、うだな……」
「おやすみなさい、白百合様」
そう優しい声音で言われ、オレはそっと目を瞑った。ふわふわとした海の底に落ちていくような感覚に身を委ね、意識を手放す。
次に目を覚ましたのは、翌朝になってだった。
―――
(黒百合side)
「…相変わらず、甘ったるくて気持ち悪い……」
「んんっ、」
「………帰りたいなぁ」
「主君、立場を弁えて頂かねば困ります」
「ツカサくんは真面目だなぁ」
顔を逸らせば態とらしく咳払いをされ、ボソッと本音を呟けばお小言が聞こえてくる。斜め後ろに控える従者は、一言で言えば“お堅い”のだ。
数段高い位置にある自席から会場を見渡すと、ちらちらとこちらを見る女性達と目が合う。確かあの赤いドレスがルージュ領の御令嬢で、向こうの黄色ドレスの子がジョーヌの御令嬢か。その隣がジョーヌ侯爵だろう。色とりどりのドレスと香水の香りに混じる甘ったるい花の匂い。この空間に長時間いるのは大層気分が悪い。けれど、主催者として席を外すわけにもいかない。
はぁ、と溜息を吐けば、隣に立つツカサくんに肘で小突かれた。
「一曲踊ってきてはいかがですか。主君ならばどの御令嬢も喜んで頷くことでしょう」
「“花生み”の御令嬢を態々集めてまで夜会を開く必要があるのかい? 僕は誰とも契る気は無いというのに」
「そろそろ伴侶を持てという旦那様の言いつけをお忘れですか?」
「あんなの気にする必要無いよ。僕は女性が苦手なんだから」
ひらひらと手を振って返せば、ツカサくんが不服そうな顔をする。
二十歳にもなって伴侶どころか婚約者すら決めない僕に、父さんが痺れを切らして勝手に他領にまで夜会の招待状を配ってしまったのが事の始まりだ。花食み体質である僕は、花生み体質を持つ者ならば愛人を持つことも許されている。それは、花生み体質を持つ人の数に比べ、花食み体質の人間が少ないからだ。花生みと花食みは共存関係を持つ事でお互いに良い効果を得ることが出来る。だからこそ、国は花食みと花生みの契約、ブートニエールの関係を推奨している。
だからといって、夫婦と大差のない関係となるブートニエールの相手をほいほいと作るつもりは、僕には毛頭無い。相性の良い花生みを探す事すら面倒だし、僕は今の生活で不自由はないのだから。
強いて言うなら、外交や社交をしなければならないこの立場が苦手だ。人付き合いなんてせず、屋敷の奥に籠って本を読んで静かに過ごしていたいのだから。
「ツカサくんが行けばいいよ。君だって花食み体質でしょ」
「主君に良い相手が決まらないのですから、私が先に、というわけにはいきませんよ」
「……君の立場は便利だねぇ」
上手く逃げた自分の護衛騎士に乾いた笑いを返し、頬杖をつく。きっかけさえあれば、今にも僕の元へ駆け寄ってきそうな御令嬢達の視線が痛い。この中から誰か一人を選べなんて言われても、困ってしまう。父さんからしたら、誰でもいいから会場から連れ出して関係を持ってもらいたいのだろうけど。
バルコニーや会場の入口の警備が手薄なのを見て、溜息がこぼれる。分かりやすい誘導に呆れてしまうよ。御丁寧に花生みの御令嬢達には敷地内に特別製の部屋まで用意しているのだから。花生み体質の者が陽の光を浴びれるよう全面硝子作られた特別製の部屋を。
(…全員帰したら、無駄になるねぇ)
費用も馬鹿にならないというのに、なんとも無駄な事を。だからといって、部屋全てに花生みを住まわせて囲うつもりなんて毛頭ない。早い所自領へ帰っていただいて、僕はゆっくりと本を読んでいたい。
はぁ、ともう一度溜息を吐けば、ツカサくんが僕の方へ顔を近付けた。「主君」と僕を呼ぶ彼は、手を口元に当て、小さな声で耳打ちしてくる。
「どうやら、招待した客人の一人が欠席しているようですね」
「欠席…?」
「体調不良で、部屋から出られないとの事です」
「……そう…」
ツカサくんの報告に、会場をそっと見回す。赤や黄色、紫や緑といった色とりどりのドレスが見えるけれど、確かに一色足りないようだ。
(…白、……ブラン辺境伯領か…)
この国は、中央に位置するセントラルリリーを囲む様に六つの領が位置している。そして、それぞれが自領に特色を持っており、僕の領は黒を特色としている。赤色はルージュ領、黄色はジョーヌ領、緑はヴェール領、紫はヴィオレ領、そして、ブラン領は白が特色だ。ドレスの色を見れば、大体どこの領の者か分かる。この会場に白色のドレスの御令嬢がいないという事は、ブラン辺境伯領の御令嬢が先程ツカサくんの言っていた欠席者なのだろうね。
大方、公爵である僕と交流を持つ為に両親から参加を言い付けられて来たけれど、会いたくなくて仮病を使った、というところかな。花生み体質は生まれつき体が弱い者が多いと聞くけれど、そんな御令嬢に今まで出会ったこともない。花食み体質が珍しいというのもあるけれど、花生みが全員 ブートニエールになった花食み、“ラペル”を絶対に持たなければならないという事もないしね。多くの花生みはラペルを持たないのだから。
(逆に、花食み体質は少ないせいで、“ブートニア”を持てとせっつかれるのだから、不公平だねぇ)
はぁ、と一つ溜息を吐き、飲みかけのワインを口に流し込む。我先にと牽制し合う御令嬢たちを横目に、早く時間が過ぎればいいと切に願った。
*
「おはようございます、主君」
「…ん、おはよう、ツカサくん……」
くぁ、と欠伸をして、軽く体を伸ばす。今日も朝からきっちり騎士団の制服を着込んだツカサくんは、そんな僕を横目に今日の予定をつらつらと話し始めた。会議に執務、鍛錬の時間の後、客人が来るから接待してまた執務。日々変わらないスケジュールに顔を顰めれば、ツカサくんは手帳を閉じてにこりと笑いかけてきた。
「朝食の御準備が出来ております。本日は僭越ながら私が御用意させて頂きました」
「…、ツカサくんが作ったってことは、野菜入りじゃ…」
「本日は鍛錬の時間もございますので、是非栄養をとって頂こうかと」
にこにこと笑顔のツカサくんに、隠さず嫌な顔を向ける。けれど、それを全く気にしない彼は、僕が今日着る服をクローゼットから取りだした。黒のジャケットを見て、渋々立ち上がる。いつも通り着替えを手伝う彼の目の前で溜息を吐けば、ツカサくんは鼻歌まで歌い始めた。
絶対に態とだ。彼からの姑息な僕への意地悪だ。むす、と頬を膨らませて顔を背ければ、ツカサくんが ふ、と顔を上げる。
「そういえば、昨日夜会を欠席した客人の使用人から、謁見の申し出がありましたが…」
「…ブラン辺境伯の……?」
「はい。体調が良くなったので、昨夜の謝罪をしたいと」
「……気にしなくていいと、伝えてくれるかい?」
「宜しいのですか?」と問い返すツカサくんに頷いて返し、それ以上は何も言わない。
最初から、夜会は仮病で欠席し、翌日謝罪と称して二人で会う算段だったのだろうね。他の花生み候補を出し抜いて、自分を売り込むつもりなのだろう。そう簡単に会うつもりもないし、適当に断ればいい。僕としては、このまま全員自領に帰ってもらえた方が良いのだから。
ブラン辺境伯の御令嬢がどんな女性かは知らないけれど、押しの強い女性は特に苦手だ。会わずに終えられるなら、その方がいいかもしれない。
身支度が整ったようで、ツカサくんが満足そうに顔を上げる。鏡で軽く確認をし、手渡された帽子を被った。彼が扉を開けてくれ、僕は彼の用意した食事の並ぶだろう食堂へ足を向けた。
―――
(魔術師side)
「白百合様、体調はどうですか?」
「おはよう、ルイ。今日はとても気分が良いぞ」
「ふふ、それは良かったです。このお部屋のお陰ですね」
陽の光が天井から射し込む室内は、確かに温かくて気分が良い。あまり不調にならない僕でも、この部屋の居心地の良さは理解できる。
花生みは食事で栄養を摂ることも可能だけど、陽の光から栄養を摂ることも出来る。日光浴で陽の光を取り込む事で、失った魔力を回復できるんだ。だから、陽の光が沢山射し込むこの部屋は、花生みにとっても有難い造りをしている。カーテンを締めなければ外から見られてしまう可能性もあるけれど、周りは木々に囲まれ、すぐ側には小さめの池もある。この距離ならば、体の弱い白百合様が出歩いても問題は無さそうだ。
陽の光のお陰か、いつもよりも顔色の良い白百合様がベッドから立ち上がる。急いで傍に駆け寄り体を支えようとするも、それも断られてしまった。「大丈夫だ!」と嬉しそうに笑う白百合様に、僕も安堵する。
「朝一で公爵様に謁見の申し出をしましたので、お目通り出来ると思います。その際は、昨夜欠席した謝罪と、自己紹介だけでもしてくださいね」
「任せてばかりですまんな、感謝するぞ、ルイ」
「いえいえ。さぁ、先に食事にしましょう」
「そうだな。ルイが野菜を食べる姿を見届けねばならん」
くすくすと笑う白百合様に、思わず顔を逸らしてしまう。大切な栄養だからと白百合様に薦められてしまえば、断りきれない。体の弱い白百合様の前で好き嫌いなんてしたら、余計困らせてしまうのは目に見えているしね。
こほ、こほ、といつもよりは顔色もいいけれど、やはりどこか辛そうな白百合様に胸が痛む。心配させまいと笑ってくれるけど、本当は辛いはずなのに…。
(…絶対に、君だけは助けてみせるよ)
彼を支えて、テーブルまで案内する。椅子を軽く引けば、彼は「ありがとう」と席に座った。
司くんに出会ったのは、僕が六歳の頃だ。怪我をして倒れていた僕を見つけて保護してくれたのが、司くんだった。生まれつき体が弱い司くんはお屋敷から長い時間外に出ることを許されていなかったのにも関わらず、僕の手当をして、屋敷で僕の看病までしてくれた。僕が目を覚ますと、気が抜けたのかホッと胸を撫で下ろした後倒れてしまった彼の事を今でもよく覚えている。あの時は目の前が真っ暗になったように感じて、全く動けなかった。よくある事だと司くんは笑っていたけれど、彼のその優しさに惹かれ、僕は彼の為に頑張るとその時に誓ったんだ。実家から彼の屋敷に通い、薬学を学んだ。その内、花生み体質が病弱になるのは魔力量が少ないからだと知り、魔術についても習った。必ず彼の役に立つために、必死に努力もした。
その甲斐あって、十歳の頃に最年少で魔術師の資格を得た。治癒術だけでなく、彼の生活を支える為の魔法はなんだって習得したし、実際彼に仕えて支えてきた。
けれど、“花生み”を本当に助けられるのは“花食み”の者だけなのだと、己の無力さをこの数年で痛いほど思い知らされた。花を生む度に苦しむ彼に、僕は何もしてあげられない。殆どベッドから起き上がれなくなった彼を見るのが辛くて必死に調べた結果、司くんが生きていくためには“ラペル”を作るしか方法がないのだと知った。
ラペルは、花生みとブートニエール関係になった“花食み”のことを言う。俗に言う、“夫”の事だ。ラペルに愛される花生みは、花を生む際の苦痛が和らぎ、体調が回復していくらしい。花食みの体液は花生みにとって一番の栄養とも言われている。対して、花生みの生み出す花は、花食みにとって食べれば良い効果をもたらす物となる。花生みと花食みの関係は必要不可欠であり、ブートニエールとなればその効果も増幅する。
今の司くんには、相性の良い花食みが必要なんだ。同じ花生みである僕にできることは、限られてしまうから。
「ルイ…?」
「ぁ…なんでしょうか? 白百合様」
「今日は体調も良いから、外を歩いてみようと思うんだ」
「それは良いですね。私もお供いたしますよ」
完璧な所作で食事を食べる司くんは、にこりと嬉しそうに笑う。こんな風に笑う司くんを見るのは、久しぶりだ。ブラン領では、本邸の室内にいた事もあり、日光を浴びる量が少なかったのだろうね。対して、この部屋は天井の硝子からも日光が射し込んでくるので、それが司くんの体調にも影響しているようだ。
それに安堵し、食べ終わった食器は魔法でぱっぱと片付ける。体調が良い内に、少しでも体を動かして体力をつけてもらった方が良い。少し歩くだけでも今の司くんにはキツイだろう。お部屋のすぐ側にある池までは問題無さそうだけど、日が傾いてしまえばいつ倒れてもおかしくない。早い時間帯が一番安全だ。
そう考えて、席を立ち上がる。彼の座る椅子の横へ立ち、そっと手を差し出した。当たり前のように手を掴んでくれる司くんは、静かに席を立ち上がった。
「さぁ、行きましょうか、白百合様」
「あぁ」
嬉しそうに笑う司くんに、僕も笑顔を返した。
*
「…へぇ、この辺りには珍しい薬草も生えているんだね」
司くんがお昼寝をしている間に、お部屋の周りを散策することにした。池の水に触れて楽しそうに笑う司くんを見た時は、感動で思わず泣きそうになったほどだ。
何かあった時のために、薬はあるに越したことはない。傷薬や火傷に効く薬なんかも作っておいて損は無いだろう。基本は僕の魔術で治せるけれど…。薬学についてはもはや趣味と言っても過言では無いからね。
ふんふん、としゃがみ込んで地面に生えた植物を真剣に見ていれば、不意に「おい」と声がかけられた。驚いて顔を上げると、司くんによく似た髪色の男性が少し離れたところから僕を見ている。青いマントを巻くその人は、不思議そうな顔をすると僕の方へ真っ直ぐ近寄ってきた。
「もしや迷子か…? ここは入ってはいけない場所だぞ」
「…迷ったわけではございません。私は魔術師の……」
「おぉ、魔術師の見習いか!」
「……はぃ…?」
僕の挨拶を途中で遮った彼は、自身の考えに余程自信があるのか疑いもせずはっきりとそう言いきった。キラキラとした目を僕へ向ける彼に、思わず低い声が口をつく。けれど、そんな僕に気付かない彼は、「どなたかの御令嬢が連れてきた専属魔術師のお弟子さんということだな!」となにかぶつぶつ言っている。
まさか、天才魔術師と名が知れ渡る僕を知らないとでも言うのだろうか。最年少で魔術師の称号を手に入れた僕を、“魔術師見習い”と?
ほう。と小さく口にして、にこりと彼へ笑いかける。最近の大人は礼儀作法もなっていないようだ。
「迷子ならば、オレが案内しよう。どこの領の御令嬢なんだ?」
「お気遣い無く。迷子ではありませんので、一人で帰れます」
「遠慮せずとも良いんだぞ? オレはこの辺りの巡回で来たのだが…」
「どうやらノワール領の騎士団長殿は大層お暇な御様子で」
「はぁっ?!」
しつこく子ども扱いする男性に にこり、と笑顔でそう口にすれば、低い声が返される。ノワール領の騎士団制服はよく覚えている。そして、この人が胸元につけているのは、騎士団長が代々継承している花飾りだと言う事も。僕に言い返されるとは思ってもいなかったのだろうね。開いた口が塞がらないとはまさにこの事。ぽかんと口を開け驚いた表情で僕を見る彼に、僕は立ち上がるとそっと頭を下げる。
「それでは、失礼致します」
「あっ、待て…!」
引き留めようと手を伸ばす彼を横目に、ぱちん、と指を鳴らす。その瞬間、一瞬で僕の体は司くんの部屋の中へ転移し、突然僕が現れて驚いた司くんに「入る前にノックしろ」と怒られてしまった。
丁度お昼寝から起きたばかりなのだろうね、髪が少し乱れている。そんな司くんの髪を軽く整えてあげながら、僕はそっと溜息を吐いた。
「背を伸ばす魔術でも探そうかな…」
「…ん……?」
「なんでもないですよ」
不思議そうにする白百合様に、僕はそれだけ返して話題を切り替えた。